第四話 授業開始
高原の山荘は、春の柔らかな陽ざしの下にある。
ヤストキが風の祠堂に現れてから四日目。
その日の朝食後から、居間でヤストキによる授業が始まった。
文部科学省指定の教科書も無い。ノートも無い。まわりにあるものを教材にした。
自家製の石盤とチョークを女児三人に配り、緑色に塗られた木の掲示板を黒板にして文字や算術を教えるのである。
文字は童話から拾って教え、ヤストキが黒板に書いた字を女児三人が次々と書き写した。
「ペン、テーブル、かびん……へー、こう書くのね」カーシアが感心する。
「私は村に来てた修道士に教えてもらってたから、文字は得意よ」ヴィオレータが言う。
「いっぱい字をおぼえて、自分で本読めるようになりたいなー」と、ミルティア。
ヤストキは最後に童話の読み聞かせで締めくくった。
屋敷の手伝いと遊び以外は娯楽が無かった子供たちにとっては、授業の中身は新鮮に映ったらしい。楽しんで授業に参加していた。
現世日本の小学校とは違い、一時間か二時間ほどで文字や算術の授業を終えると、それぞれ家事や自由時間を過ごしていた。
ヤストキは家事や物造り、そして薪割りを自身に課していた。
ある時はヒノキ材を細かくノコギリで切り、図形を教えるため立方体や直方体——つまり積み木を作った。
薪割りは炊事などに欠かせない消耗品なので日課と化していた。
子供達はそれぞれ気ままに過ごしている。
ミルティアが鳩笛を吹く。笛の穴が少ないので単純な音しか出ないが、いつも首にかけている鳩笛は心地いい軽やかな音色をしていた。
「みんな、おいで」
小鳥たちが寄ってきて、パンくずをついばむ様子を眺めている。
ヴィオレータは白詰草で花の冠を作る。
カーシアは人形に話しかけたり、飽きるとミルティアやヴィオレータを飯事につきあわせたりしていた。
その日もヤストキは日課の薪割りをしていた。
堅いブナの木を半分に割ると、きれいに半円に切れている。
「遊具くらいあってもいいよな」
短剣をナイフ代わりにして、木の角を削る。
鑢をこすりつけて形を整え、両端を縄で結ぶ。
「ヤストキ先生、今度は何作ってるんですの?」ヴィオレータがたずねる。
「ブランコさ」
庭の隅に広葉樹があり、太い木の幹が横方向に伸びていたので梯子を掛け縄を結びつける。
「よし、いい感じにブランコ完成!」ヤストキがためしに乗って揺らしてみた。
「わぁステキ、のってみたい」ヴィオレータの目が輝く。
「どうぞ」
「ぶーらんこ、ぶーらんこ」振り子のように小さな体が揺れる。
「あー、ヴィオレータだけへんなので遊んでてずるいー」ミルティアが飯事を中断して駆け寄る。
「なになに?たのしそー」カーシアも駆け寄った。
「こらこら、あまり近づくと危ないぞ、あと順番決めて乗るんだよ」
午後、ヤストキと女児三人は散歩をした。
フラットヒル領下の村々は高原地帯にあり、村人たちは春の耕作や種まきにいそしんでいた。
ヤストキ一行が畑の横を通りかかった際、土手で休んでいる農民の老婆に、
「いい天気ですね」とヤストキが話かけると世間話になり、
「ウチの一人息子が腰を痛めてしまってねぇ」と老婆がため息をついた。
事情を聞いたヤストキは、その場で畑の畝作りを引き受けることにした。
新潟の実家が兼業農家だったので、畑仕事にそれなりの知識はあった。
ヤストキが鍬をふるい出すと、女児たちもウズラ豆の種まきを手伝う。
「どっちが早いか競争だよ」カーシアもミルティアも豆を蒔く手つきが上手である。
「この豆はツルが伸びるから、支えがいるかも」ミルティアが言った。
ヤストキは感心した。この子たちの生活能力は高いのだろう。日本の小学生が生活科や高学年の家庭科で学ぶことを、日常生活ですでに体得している。
ヤストキは近くの林から篠竹も刈り、畝に支柱を立てていって、豆まきは完了したのであった。
数日経った、ある晴れた日。
女児たちが寝間着姿のままうろうろしていたことがあった。
ミルティアに至っては、パンツ姿の上に大人用の長袖シャツを着ているだけである。
「えーと、ミルティア。早く着替えたらどうかな?」
「だって……服があれしか無いの」ミルティアは恥ずかしそうに窓の外を指さす。
外の物干し竿に、下着の他にワンピースが干してあるのを見て事情を察した。
「あ、ゴメン…… 」
子供たちは服の洗濯をしても、この季節に合った換えの被服が無いのである。
気まずいのでヤストキは外で薪割りし始めた。
何度か斧を振り下ろし、汗をぬぐう。
馬車の音がしたので振り向くと、領主のカール・フラットヒルが現れた。
「ヤストキ殿、ここの生活には慣れたかの?」
「これはお館様」斧を置き一礼する。
「まあまあ、堅苦しい挨拶は抜きだ」領主は散らばった薪を見て言った。
「何もそなたが力仕事せずとも、屈強な使用人でもつかわすぞ」
「ご配慮はありがたく思います。でも、運動にもなるし」
「方々からそなたの評判は聞いておる。子供達に学問を教えたり、領民の仕事をいろいろ手伝っておるそうじゃな」
「はい、自分にできることから何かしようと思いまして」
「なるほど。——ところで明後日、フォルテン子爵と政の相談があるので南の街に行くのだが、ヤストキ殿どのもいかがか?市場も大きいし気晴らしになるであろう」
「ぜひ、おともさせて下さい」
"街"という言葉にヤストキは快諾したのだった。
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