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第二話 落ち着く場所

「あの、お食事にしませんか?」

「そうだね」

ミルティアはてきぱきとテーブルにシチューの皿とパンを置いた。

「どうぞ、しゃーまんさま。ごしゅじんさま……どっちだっけ」ミルティアはお盆を持って立っている。

 ヤストキは目の前の女児が一人分しか食事を出してない事に気がついた。

「一緒に食べよう。僕は君のご主人様じゃないし、食事作ってくれたことだけでもうれしいよ」

「はい……」ミルティアは自分の分のシチューを皿によそうと席に着いた。

「いただきまーす」ここは客人としてふるまうべきなのか、いや児童労働させては申し訳ないとか、いきなりこの子の身の上を聞くのも食卓が暗くなるか等??ヤストキは迷った。

「いただきまーすって、神様へのお祈りなんですか」先にミルティアが尋ねてきた。

「うーん……料理を作ってくれた君や、野菜を作ってくれた人へありがとうって気持ちかな」アパートの自室でカップ麺を食べる時は、パソコンのモニターを見ながら無言でもそもそ食べているのだが、学校給食の時は児童の手前、先生らしく居住まい正しくあろうとするから言う程度なのだった。

「おもしろーい」ミルティアは微笑んだ。

「君は食べる前にお祈りしてるように見えなかったけど?」

「あ、味見した時においのりしたもん……」

「なるほど」信仰心は……割と雑らしい。それにしてもこのシチューは美味い。素材のうまみをひきだしている。

「君の作ったシチュー、とってもおいしいよ」

「ほんとう?メイド長にもおやかた様にもめられたんだ」ミルティアの顔はさらに明るくなった。


    *     *     *


 翌日。

新緑まぶしい春の日差しの下、ヤストキとミルティアは近所を散歩していた。

散歩というか、ミルティアの提案によるご近所案内だった。

 ヤストキは昨日、よくわからない内にこの世界に転がり込んだばかりの異邦人である。その自分に子供ながら気を遣ってくれているのがありがたかった。


 ミルティアは鼻歌を歌いながら先頭を歩いている。

銀色の長い髪が風にそよぐ。十歳にしては、日本の小学四年生に比べ背が小さい感じがした。いや、日本の子供が栄養状態が良すぎるのか。薄桃色のワンピースは所々ほころびがあるのを見て、庶民の出身なのかもと察せられた。 

「しゃーまんさまは夕方になる前に寝てました」

「気がつかなかった……」遅い時間の昼食だったし、急速に疲れが来てベッドにダウンしたのかもしれない。いろいろあり過ぎたし。

「わたしは二階で寝たの」

「二階って屋根裏部屋のことかな。ベッドはあったけど」結構雑然とした物置と化していたような。

「ベッドあったから眠れたよ。でもでっかいクモがいてビックリした。見たらしゃーまんさまもビックリすると思うよ」

「ところで、ミルティア」

「はい」

「その、しゃーまんさまって呼び方はしてくれないかな。何だか照れくさくて」

「じゃあ何て呼べばいいの?」

「そうだな……先生、ヤストキ先生っで呼んで欲しい」実際、ヤストキは生前”ヤストキ先生”と同僚の教員や子供たちに呼ばれていたのだった。

「ヤストキ先生?」

「そうそう」


 ゆるやかな坂道にさしかかったころ、

「ここが、このまえ犬に追いかけられたとこです」

「大変だったね」

「野良犬がいきなり出てきてビックリした」

「そしてここが、ヴィオレータが転んだとこ」

「お、おう……」この子にとっては"事件"なのだろうけど、リアクションに困る。

確かにご近所の案内には変わりないが。

「わたしが石投げたら当たって、犬は逃げてったんだ。でも今日はヤストキ先生がいるから大丈夫だね」

「大丈夫……かな」いや、自分でも追いかけてくる野良犬の相手はしんどいが……


「ここが、落書き(らくがき)石がとれるとこだよ」 

崖には五十センチくらいの白っぽい地層があった。たぶん石灰か炭酸カルシウムかもしれない。ヤストキは転石をいくつかリュックに入れた。


「そこが水飲み場だよ」

白樺やブナの木に囲まれた岩場から水がわき出ていた。

「んー、おいしー。ヤストキ先生も飲んでみて」ミルティアが一口飲んだ後、銅製のコップを渡す。

「うん、うまい」ブナの森林は保水能力があるから水質が浄化されているのか。

旅人も使えるように銅製のコップが紐付きで置いてあるが、誰もコップを持ち去ろうとしないのは、領地の規律が行き届いているからなのだろう。


「ここが村長の家です」  

 道沿いの塀に掲示板がある。何らかのおれがあるようだ。

文字はアルファベットとローマ字の組み合わせで、ヤストキにはこの国の文字が読めるのだった。テルメという公共施設の改修を行ったが、料金は変わらないというお知らせらしい。

「テルメが10スタテルって……"テルメ"ってもしかしてお風呂?」

「うん、テルメはお風呂やさん、私お風呂大好き。山荘の近くに温泉があるんだよ」

「じゃあ、あとで行ってみよう」



 簡単なご近所案内から山荘に戻った後、ヤストキは居間にある本棚を物色していた。

この世界の歴史や事柄についてわかるかもしれないと思い、パラパラめくっては戻す。料理の本、童話??歴史書が見つかった時、

「ヤストキ先生はご本が読めるのですね」ミルティアが感心したように見上げていた。「何か読んで欲しいものあるかい?」

「んーとね、お話の本!」

「いいとも。ではお話始めるから椅子に座って」ヤストキは目についた童話を読み聞かせ始めた。

「昔々、あるところに猫の三兄弟がいまして……」 

女児は感心して聞いているのだった。

 しばらくすると窓際に人の気配を感じ、開いた窓から見知らぬ女児二人がこちらじっと見ていた。童話を聞いている風に見えたので、気づかぬふりをしてそのまま読み続けた。

 間もなく玄関の呼びかねが聞こえたので、玄関に出てみると執事のエールリッヒが来ていた。

「これは執事殿、お世話になってになっております」

「ご機嫌いかがですか、ヤストキ殿」

「昨晩はぐっすり眠れました。この子の料理もとても美味しく、えーと」何を話すべきやら言葉に詰まると、ミルティアが横に割って入り、

「しゃーまんさ……ヤストキ先生は優しいのでご本を読んでくれたりします」

「『ヤストキ先生』とは、そりゃよかった。すっかりなついたようじゃの。安心安心」老執事はにこやかにうなずくと、外に向かって呼びかけた。

「二人とも入って来て、ご挨拶なさい」

 おずおずと現れたのはさっき窓際にいた二人の女児だった。

「ヴィオレータともうします」

 黒く長い髪に緑の瞳、年格好はミルティアと同じに見えた。緑色の背丈に合わない長いワンピースは、裾が長過ぎて靴が見えないほどだった。

「カーシアです。しゃーまんさま、はじめまして」金髪のツインテールと青い瞳、赤い吊りスカート。髪を束ねるリボンはスカート同様、布地も色あせてくたびれている。人形のぬいぐるみを大事そうに抱いていた。

「はじめまして、こんにちは」背が小さいので、ヤストキはしゃがんで目線を合わせた。

 二人とも着替えらしきものが入っている風呂敷を背負っているのを見ると、どこかお泊まりするような印象を受けた。

「実は王都より、近々巡視の一行が参りまして、屋敷の部屋はお付きの役人や召使いたちの宿舎に充てられるため、子供部屋に使われてた部屋すら無いありさまでして」

 ヤストキは昨日、この件で執事のエールリッヒから雑談混じりに聞いていた。この子たちは館に引き取られて以来、重要な来客があるたびに村長の家などを一時預かりで転々としていたらしい。ただでさえ庶民の子がうろちょろされると困るようだ。

「ヤストキ殿には誠に心苦しく思っているのですが……この子達をしばらく預かっていて欲しいのです」

「おやすい御用です。僕だって居候の身ですし。『承りました』とおやかた様にお伝えください」その”しばらく”がいつまでを指すのか見当もつかなかったが、ここで居候するのも運命なのだろう。ヤストキは生前の事は忘れようと考えた。なにより、落ち着く場所がないこの子達も不憫だ。

「さすがは、教育を生業としていたヤストキ殿。引き受けてくださると信じていました。無論、ご入り用になる分は加増いたしますので安心めされ」


 エールリッヒの乗った馬車が帰った後、

「しゃーまんさまーあたしもお話のつづき、きかせてー」カーシアが言った。

「しゃーまんさまじゃなくて、ヤストキ先生って言うんだよ」ミルティアが訂正する。

童話の朗読に関心を持ってくれたことに、ヤストキは嬉しくなった。ひょっとすると子供向けの娯楽が少ないのかもしれない。

「じゃあ、お話の続きをするから、二人とも荷物を置いて座って」ヤストキは再び童話集のページを開いた。

「昔々、あるところに魔法使いの弟子がおりまして??」

 三人は童話に満足した様子だった。  



 女児三人の子供部屋が必要になったので、ヤストキは二階に上ってみた。

 ミルティアは昨夜そこで寝ていたと言うので見てみると、やはり屋根裏部屋はベッドがあったものの、半分は物置と化していたのだった。

「僕が二階を掃除するから、晩ごはんの支度は三人で」

「えー、気が散るからあたし一人でいーよ」

「私がいつもジャマしてるみたいに言わないで」ばつが悪そうにヴィオレータが言った。

「わたしがお料理手伝いしてる時、いつもおしゃべりしてばっかりでしょ」

「あたし、ヤストキ先生のお手伝いしたいー」カーシアがたのもしそうに言う。

「じゃあ、ヴィオレータとカーシアには掃除の手伝いを頼もうかな」

ヤストキは荷物を物置に運び、家具を移動する。ヴィオレータは掃き掃除。カーシアは雑巾がけをしていた。

「ヴィオレータはミルティアより年上なのかい?」動きながら話しかける。

「私はミルティアと同じ十歳で、カーシアが七歳です」

「八歳よ、それにもうすぐ九歳なの」カーシアはぷんぷんしながら言った。

「昨日、広間で僕のことチラチラ見てたのは君たちだったんだね」

「はい、見てました……」ヴィオレータが恥ずかしそうに言う。

「だって、白い変な服着てて珍しかったんだもん」カーシアもつづける。

「珍しい……言われてみれば確かにそうかも」あの葬式用白装束は生前の世界ですら非日常のものだし。この子たちにとってはエキゾチックな興味かも知れないが。

 雑談混じりに掃除していると、ヤストキとしては小学校の清掃時間のような感覚になっていた。

「ヤストキ先生は風のほこらに来る前は、どんなとこにいたの?」ミルティアが唐突に現れてたずねた。

「遠い遠い国で、子供達に勉強を教える仕事をしてたのさ。もう二度とその子たちと会えないし、戻れないけど」

 しばしの沈黙。

「じゃあここで、わたしたちに色々教えて。ヤストキ先生のお話、おもしろかったし」

ミルティアが言う。

「そうですわ、吟遊詩人くらいお話上手でした」ヴィオレータも続ける。

「ありがとう、みんなのために何ができるか考えてみるよ」


 新しい子供部屋はようやく整った。

蜘蛛を窓の外に追い出し、ベッドを日の当たる所に置き、シーツや毛布も洗濯済みのを見つけ、枕も三つ。床も柱もピカピカ。??一階に使用可能な客間があったのに気づいたのは清掃が終わってからだった。

気がつくとヤストキもホコリだらけだった。三人の女児も大掃除で汗とホコリまみれになっていいて、カーシアの頭に蜘蛛の巣がくっついている。

「みんなのがんばったから部屋も綺麗になったし、一汗かいたから温泉テルメ行こうか」

「わーい、行こう行こー」ミルティアとヴィオレータとカーシアは諸手をあげて賛成した。


 


 

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