第十二話 お裁縫を勉強しよう
粘土採取に出かけた翌朝。
山荘の居間で、ヤストキはミルティアやヴィオレータと共に朝食の後片付けをしながら、今日の授業は何にしようかと考えていた。
童話から文章を抜き出して国語にするか、それとも算数にしようか……
「たいへんだー」カーシアがツインテール髪を弾ませて、階段をドタドタ下りてきた。
「どうしたんだい?」
「ヤストキ先生、たいへんなの。この子の腕が取れちゃった!」
見ると、ぬいぐるみ人形の左腕が取れてしまっている。
「それはたいへん」
ヤストキは物置から布の端布と裁縫箱を持ってきた。
カーシアは隣に座り、興味深そうに様子を見ている。
「何かと思ったら、カーシアってば大げさですの」ヴィオレータがあきれていう。
「すぐに直るさ。かしてごらん」慣れた手つきで針に糸を通し、かがり縫いで直す。
人形の腕は元通りに付いた。
「ヤストキ先生、何でもできるんだねー」とカーシア。
「カーシアも練習すればできるよ──そうだ、今日は皆に算数を教えようと思ったけど、お裁縫を勉強しよう」
ヤストキ自身も家庭科は得意なほうなので、他の教員が高学年の授業でミシン指導する際に助っ人ほしていたのだった。電動ミシンのような文明の利器は無いから、ここでは手縫いしか教えられないが。
ヤストキは布の端布を数枚ずつ配った。
「じゃあ裁縫の基本、波縫いからだ」
「玉結びをしてから、針に糸を通す」
女児たちは易々(やすやす)と糸を通した。
「なみ縫い。二枚の布を縫い合わせて、針を上下にくぐらせる」
「いたっ、刺しちゃったー」カーシアは人差し指をくわえている。
「というわけで、針の先には気をつけて」
「布と布がくっついた~」ミルティアがいった。
「でもこのままだと解けるので、玉止めをする。縫い終わった所に針を当てて、糸を3回巻きつけ──巻いた糸を親指の爪で押さえて、針を引き抜く」ヤストキは更に実演する。後で、まつり縫いや刺繍も教えるとしよう。自立した時や、どこかに嫁いで子供の服を繕う時に役に立つかもしれない。
「ふしぎね。糸がほどけないわ」ヴィオレータが感心していう。
女児たちはなみ縫いと玉止めを器用にこなした。
「いいぞ、みんな上手にできた」
「これで服とか簡単に直せるわねー」とミルティア。
「そうだね。穴が開いた所は早めに直しておかないと、そこから解れていくし」
「じゃあ、あれも直してみよ」カーシアが立ち上がり階段を上る。
屋根裏部屋から戻ってくると何かの布を持っていた。
それは下着であり、そのほつれを直そうとしている。
「私の……も穴あいてるけど、そういうのはこっそり直したほうがいいと思う」ミルティアが小声でいう。
カーシアが下着のほつれを直そうとしてたのを見て、ヤストキは申し訳ない気分になった。
普段着と違い、下着の破けとかはいちいち確認する物でもないし、前世では独身の非常勤講師だから、そもそも気にかける事でもなかった。
というか、エンレストの街で服を買ったのに気がつかないのも、うかつである。
布きれで下着は作れるだろうか?
ヤストキは学習発表会用の簡単な服を縫ったことがあるが、自分のトランクスを作ろうなどとは生前も思った事もない。作るとしても、この子たちの体でサイズ合わせする図はさすがに不健全だ。
十日町の衣料品店なら、子供服売り場のワゴンからサイズだけ確認してレジに持っていけば済みそうだが、この世界は違う。ともかく町に買いに行く必要がある。
そんな事を考えて窓の外を見ると、家の前の道を兵士のケネスが通りかかっているのを見かけた。昨日といでたちが違い、ケープを羽織り弓と矢筒を背負っている。
「みんな上手に出来て良かった、裁縫の授業はここまで。続きはまたあとで」
ヤストキは外に出て、ケネスに声をかけた。
「ソーセージに使う香辛料を切らしましてね。妻に頼まれて、町に行くところだったんです」
「ここから歩いて? えーと、フォルテン子爵のいた町はかなり遠かったような」
「子爵殿の……ああ、エンレストの街ですか。あの町はかなり遠いし、自分もめったに行きません。乗り合い馬車で近くの町に行くんですよ」
「乗り合い馬車。いいですねそれ」その手があったか。ミルティアたちを連れて徒歩で行っても、ゴブリンが現れたら守りきれそうにない。乗り合い馬車なら公共バスみたいなものだ。
「風の祠堂あたりで待っていればじきに来ます。領主様の別荘前には恐れ多いので停めませんけど」
停まる所はわずかに道が広くなっている。なるほど風の祠堂あたりが停留所で、さしずめナントカ観音堂前みたいなものか。大理石造りの古い建物なら目立つだろうし──ふと、ヤストキはこの世界に来て一ヶ月近く経ったのを思い出した。
この前出かけた時は子爵家を訪問するという公務があって早朝から出たが、今からなら余裕がある。
ヤストキは居間に戻った。
「これから皆で町に行こう」
「遠足ですか」
「わーい、えんそくだー」
「行くですの」
ヤストキと女児たちは手早く身仕度して、ケネスと共に馬車に乗った。
乗り合い馬車は屋根の無い荷台に素朴な椅子がついた程度である。
「この所、ゴブリン共がしょっちゅう現れてるんで、戦士の旦那方が乗るなら安心ですわい」馭者の老人がいった。
馬車は分かれ道にさしかかる。
隣に座るミルティアが、もじもじしていることにヤストキは気づいた。
「わたし、オシ……じゃなくて、お花を摘(つんできます!」ミルティアがいった。
「おじさん、ちょっと休憩したいので停めてください」ヤストキが言うと、荷馬車は林間地で停まった。
ミルティアは森の中に向かった。
「このあたり……前に休憩したときに魔物が出てきた」ヤストキはゴブリンとの遭遇を思い出した。
「ええ、出ますよ、ゴブリン」ケネスは弓を左手に持ち換え、矢筒の留め具を外した。
ヤストキも馬車から降り、短剣の柄に手をかけ周囲を警戒する。
しばらくすると、
「ご、ゴブリンがー」
木陰からミルティアが走って来て、大急ぎで馬車に乗り込む。
その後をゴブリンが2体追ってきた。
手には棍棒や錆びた剣を持っている。
「みんな、馬車に伏せて」ヤストキは短剣を構えた。
ケネスの放った矢が、先にやってきたゴブリンの胸に命中し、
ドカッっと前のめりに倒れる。
後からきたゴブリンはヤストキに襲いかかる。
ヤストキは短剣を思い切り振り下ろし、
ガキィィン!
ゴブリンの剣をはたき落とした。
「ウボアァァーッ!」
丸腰になったゴブリンは逃げ出し、藪の奥に消えた。
「やったー」女児たちが声をあげる。
「逃げ足の早いやつらだ」ケネスがいった。
「さすが、弓技大会優勝者だけある」
「それほどでもありません。さあ、行きましょう。長居は無用」
乗り合い馬車は走り出す。
──あの子たちが怖がらずに戦いを平然と見ていられるのは、慣れた光景だからなんだろうなと、ヤストキはしばらく考え込んだ。
* * *
荷馬車はニフェジピンの町に着いた。
町の中心には刻を告げるための四角い鐘塔があり、その周囲は石畳の広場になって屋台が並んでいる。
鐘塔はロマネスク建築風で簡素な石造りである。
待ち合わせには便利そうな所だ、とヤストキは思った。
ケネスは香辛料屋の屋台で商人と世間話をしている。
「おいしそう」揚げパンや焼き菓子の屋台を見てミルティアがいった。
「お昼になったら食べよう。今日はお買い物があるからそっちが先だよ」
通り道に婦人服店と書かれた看板を見つけ、中に入る。
清潔そうな店内にはシュミーズや薄手のキャミソールなどが吊してあり、ワンピース姿の若い女性店員が話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。お客様、何をお探しで?」
「えーと、この子たちに似合う下着を何枚か見繕ってくださいな」
「かしこまりました」
ミルティアとヴィオレータが顔を見合わせ、笑みを浮かべる。
「ちょっと失礼」店員は服の上から巻尺でサイズを測る。
「くっ、くすぐったいです」ミルティアが身じろぎした。
店員はてきぱきと3人の計測をこなし、体型に見合った上下の下着をそろえた。
「これらのお品でよろしいでしょうか?お客様」
女児たちは嬉しそうに頷いたので、ヤストキはほっとして代金を支払った。
鐘塔の広場には、フードコートの様にテーブルと椅子がある。
ヤストキたちはそこで干し葡萄入りの揚げパンとプラムサワーの昼食を取っていた。
「ヤストキ先生、見て見てかわいいでしょー。ここにお花の絵が」カーシアが手提げ袋から先ほど買った下着を引っ張り出して見せた。
ヤストキはプラムサワーを吹きそうになった。
「買ってもらえたのは私もうれしいけど、こんなとこで広げないでですの」ヴィオレータが慌てて下着をしまう。
「よ、よかったねカーシア……」天然ゴム?が使われていることに、ヤストキは技術的な意味で感心したのであった。
「揚げパンおいし~」ミルティアは揚げパンを味わって満足していた。
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