第十一話 タンポポの綿毛
今朝も晴天。
村の家々に炊ぎの煙がたなびく。
高原の山荘では、いつものおだやかな朝を迎えていた。
ヤストキはパンとハーブティーの素朴な朝食を食べながら、雑多な事について考えていた。新しい学習教材は何にしようか?とか、インスタントコーヒーも飲みたい等ぼんやり思った。
カン、カン、カン。
玄関の呼び鉦が鳴る。
「ヤストキ先生、お肉やさんが来たみたいです」ミルティアが窓の外を見ていった。
「今行くよ」
山荘の庭にロバ荷車が停まっていて、農夫のような格好の若い男女がいた。茶色い髪、深緑色の野良着に毛皮のチョッキを羽織っている。
たまにフラットヒル家の屋敷から食料を運んでくる荷車と御者とは違うようだ。荷台には、いくつもの瓶が積んである。行商だろうか?
「こんにちは。毎度ありがとうございます。塩漬け肉はいかがです?」
どこかで見たような気がしてヤストキは一瞬考えたが、背中に負っている弓矢で気づいた。
「あなたは一昨日の弓技大会で優勝した、兵士の」
「ケネスであります。お初にお目にかかります。風の祠堂あたりにおられると伺いましたが、やはりヤストキ殿のお宅でしたか」
「そうなんです。居候みたいなもんですけど」
「実は私、兵士をしながら猟師もしてるんです。領地の見回り当番が無い日は、狩りをしてまして。獲物が捕れたら、たまに肉の行商をしているんです」
「ほうほう」道理で矢が上手いわけだ。兵士でもあり、行商でもある。フルタイムの兵士ではなく、何かしらの仕事をしているのは半農半兵だった鎌倉時代の武士みたいだ、とヤストキは思った。
「今日は新鮮な猪肉をご用意しましたの。いかがですか?」ケネスの妻がいった。
「いいですね。では買いましょう」
ヤストキは塩漬け肉と干肉を買った。
塩漬け肉を入れてもらうため、ミルティアは台所から空の瓶を持ってきた。
「あら、可愛らしい奥様ですこと」兵士ケネスの妻がトングで塩漬け肉を分けながらいった。
「奥様だなんて、そんな……」ミルティアは赤面し、瓶を落としかけたのでカーシアが素早くキャッチした。
「妹子です、妹子」あわててヤストキが訂正する。
「ところで、兵士ケネス。君は森で採れる物には詳しいかな?」ヤストキがいった。
「他の兵よりは、あちこちの森に詳しいです」
「あの、粘土ってどこで取れるかご存じですか?」
「粘土……工芸でもなさるので?」
「まぁ、そんなところです」
「粘土の質は今ひとつですが、ありかを知ってます。魔物は出ない所なので安心してください。途中まで道案内しましょう」
ヤストキは物置を探し始めた。
小ぶりなスコップを見つけ、リュックに入れる。
「ヤストキ先生、どこか行くの?」カーシアがたずねた。
「粘土を採りに行こうと思ってね」
「あたしも行く~」
* * *
ケネス夫妻とロバ荷車の後に、ヤストキと女児三人がついていく。
東にあるトラマド湖方面に続く道を十分ほど歩くと、とある石橋に着いた。
小川が流れていて、石橋のたもとにはタンポポが群生している。
「その小川を上った所に土手が見えるでしょう。そこで粘土がとれます。我々はこれにて」
「道案内ありがとう、ではまた」
ヤストキと女児三人は、ケネス夫妻に手をふった。
小川沿いに数十メートル歩くと、川に面して灰色い岸が見えた。草は生えていない。
「これだ」ヤストキは灰色の地層を触ってみた。ねっとりしている。
それにつられて、皆も興味深げに粘土にさわる。
「なんだか、焼く前のビスケット生地みたい」つつきながらミルティアがいった。
「ネットリしてますわね」と、ヴィオレータ。
「おままごとの泥よりおもしろそう」わしわし握りながらカーシアがいう。
「粘土を掘って持ち帰るよ」ヤストキはリュックからスコップを取り出すと、粘土をかき出し始めた。
粘土はリュックに入れることにした。汚れてしまうだろうが、洗えば済む。
「ふー、結構重いな」背負ってみると米袋一つ半くらいの重さだ。
「ヤストキ先生、これで何するの?」ミルティアがたずねた。
「図工のお勉強に使おうと思ってね」
「ずこう?」
「あとのお楽しみさ」
山荘に戻ろうと思ったが、タンポポの群生地が目にとまった。
「タンポポ……ためしてみるか」ヤストキはそうつぶやくと、スコップでタンポポを掘り始めた。
タンポポの根はゴボウのような見た目で、かなり長そうで深く掘る必要があるが、土は軟らかいので楽だ。
「あたし、オシッコしてくる~」不意にカーシアがいった。
「はい。気をつけてね」
「あの、カー……」ヴィオレータが何か言いかけたが、カーシアはいなくなっていた。
タンポポを引き抜くと、長さ三十センチほどの根が採れた。
やがて、
カーシアがすっきりした顔で戻ってきた。
「カーシア、外でおトイレする時は、”お花を摘んできます”って言いかえるの。乙女のたしなみですのよ」ヴィオレータがいった。
それを聞いたミルティアはタンポポを摘んでみた。「……なるほど」
「あっ、そうか。しゃがむからだね」カーシアもタンポポを摘み、綿毛を吹いた。
タンポポの綿毛はそよ風に吹かれ、空に舞った。
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