第十話 弓技大会
弓技大会の前日。
ヤストキと女児三人は、朝から領主屋敷の臨時調理場にいた。
「じゃあこれから、ビスケット作りをするので」ヤストキはいった。
“臨時”調理場は催し物がある際に使っているとのことで、流しと調理台と大きな石窯がある。
弓技大会で配るビスケットを作る菓子職人が急病で来られないので、ヤストキたちがビスケットを作ることになったのである。調理実習で作ったことあるからというだけで引き受けるのはどうなのか?と自問自答したが、仕方ない。
「まず、頭には三角巾をして、しっかり手を洗うこと」
「はーい」ミルティアとヴィオレータとカーシアは準備にとりかかった。
「小麦粉・砂糖・塩・牛乳・ヨーグルト酵母よし」──ヤストキは材料を確認した。
ベーキングパウダーの代用となる精製された重曹は無いものの、この地方ではヨーグルト酵母やレーズン酵母などを使ってパンなどの生地をふくらませているとの事だった。要するに自然酵母である。
材料を大きなボウルに入れて手早く混ぜ、こねてしばらく待つ。
「見て見て、ウサギができたよー」カーシアはビスケット生地で作ったウサギの顔を得意げに見せた。
「数える時に大変だから、丸く作らなきゃダメですの」ヴィオレータがいう。
「ヴィオレータはいい所に気がついた。同じ大きさに作ったほうが便利だね」
「つまんないのー」カーシアはふくれた。
「カーシアのうさぎも上手にできてるよ──じゃあ、皆一個だけ好きな形作っていいよ」
それを聞くなり、ヴィオレータは星形の形を、ミルティアはひまわりの形を作った。粘土細工の様に創作意欲が沸いてしまったようである。
「それでは、お祭りの分を作ろうか」ヤストキはコップを四つテーブルに置いた。
「コップは何に使うの?」ミルティアがたずねる。
「いい質問です。こうするのさ」ヤストキは生地をのばし棒で平らにすると、コップを生地に押しつけた。丸く凹みができる。
「あー、おもしろーい」
女児三人は、コップで丸形を作る作業を楽しそうに始めた。
ビスケット材料の投入はその後に何度もあったので、後半は流れ作業になった。およそ150人分の量産作業なだけに、皆はへとへとになった。
次は焼く番だ。
少ない量を試しに焼き、砂時計で時間を見つつ生焼けと焦げの試行錯誤を繰り返す。
その間、調理室には甘い香りが漂う。
「いいにおい~」ミルティアがいった。
ヤストキはキツネ色に焼き上がったビスケットを篦でかき寄せ、トングで次々とカゴに放り込む。
「味見に来たわよ」
いつのまにかメイド長のカンナがやってきて、釜から出したばかりのビスケットをつまみ食いした。
「あー、つまみ食いしてる」カーシアが叫んだ。
「味見よ味見。ちょっと焦げてるけど、おいしいから大丈夫ね」
「ぜんぜん大丈夫じゃない、私も味見しますわ」
「あたしも味見する~」
「おいしい、っていってくれてうれしいな」ミルティアがいった。
* * *
弓技大会当日。
晴天の下、屋敷近くの会場は観客で賑わっていた。
領主や来賓は木組みの観覧席に座り、グラスを片手に談笑している。バモス隊長は警護の責任者なので、ワインの酌を断っていた。
ヤストキも後ろのほうの観覧席は与えられていたものの、女児たちを連れていたので領民が見物している芝生の土手にいた。貴族や商人の相手は堅苦しいのでかえって気楽である。
大会見物は領民にとっては農作物の種まきが終わった頃の娯楽らしい。食べ物を売る露店もあった。
大会のルールは兵士たちが数名ずつ射座について、矢を10本撃って総合点を競うという。
開始のラッパが鳴り、選手の兵士が2名ずつ射座について巻藁人形に矢を放つ。
なかでもケネスという名の若い兵士は、標的に狙いをつけてから発射するまでの間が素早く、巻藁人形の頭部に3本と胴体に7本命中していた。
全ての兵士が撃ち終わって集計している間、お菓子の配布が始まった。
観覧席に大勢の子供達が行列を作る。ミルティアたち三人も行列に並んでいる。
領主夫妻はお菓子の袋を一つずつ手渡しした。
大事そうに袋を持って駆けていく子供達の姿に、ヤストキほほえましさを感じた。
「これはこれは、精霊使い殿」
ヤストキは不意に声をかけられた。
振り向くと、四十歳くらいの貴族風の男がいた。小太りの体に緑色の上質なブリオーをまとい、首には宝石のネックレスをしている。
「クレメンス男爵にございます」男爵の隣にいた若い従者がいった。
来賓として来ていた貴族らしい。片手にはワイングラスを持っている。
「噂に聞いたが、ただの木片程度でフォルテン子爵に取り入るとは、おもしろい。あれはおぬしが考えたのか?」クレメンス男爵はチョビ髭をなでながらたずねた。
「木片……ええと、積み木のことですか」ヤストキはフォルテン子爵の幼児に積み木をプレゼントしたのを思い出した。
「私の考えではなく、フレーベルという昔の学者が考えたんです」
「なんだ、おぬしの独創ではないのか?」
「残念ながら」
「まあいい??おぬしは異界からこの国に来たという。どうだ、私に仕官する気はないか。報酬ははずむぞ」
「あいにく、私はフラットヒル領で養ってもらっているので……魔法とか、そういう能力は使えないですし」
「魔法も精霊の力も使えぬ、とな……ふん、ただの穀潰しを食客にするとはフラットヒル殿も酔狂な」とたんに興味を失ったのか、クレメンス男爵は従者と笑い会うとその場を去った。
ヤストキはため息をついて空を見上げた。
めんどくさそうな相手は関わらないに限る。
閉会を告げるラッパが鳴る。
「優勝は兵士ケネスです、優勝者は前へ!」司会の文官が大声で告げた。
兵士ケネスは表彰され、領主フラットヒルから祝杯と賞金の袋を受け取った。
弓技大会はとりあえず終わったようだ。
「ヤストキせんせーい、飴」カーシアがツインテールをはずませて駆けてきた。
「カーシア、先生は飴じゃないです」
「えーとね、ビスケットの他に飴も入ってた」カーシアはお菓子の袋を見せた。
ビスケットの他に黒い飴玉が入っている。
「村の子たちも、ビスケットおいしいっていってた」後からやって来たミルティアとヴィオレータが嬉しそうにいった。
「良かった~みんなありがとう。ビスケット作り頑張った甲斐があったね」ヤストキはミルティアとヴィオレータとカーシアの頭をなでた。
「ヤストキ殿。裏方のお役目ご苦労でござる」執事のエールリッヒも近づいてきた。
「お菓子は村の子供達に行き渡りましたか?」
「ええ十分に。不足はありませんでしたわい」
「それを聞いて、肩の荷が下りました」
色々あったけど、一仕事がようやく終わったとヤストキは安堵したのだった。
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