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秘密の戦争  作者: 六福亭
3/15

3 リート、魔物にご馳走してもらう

 黙ってしまったリートの手をそっと取る者がいる。背の低い少年だ。

「よく来たね、リート。ここまで来たら、もう怖がることなんてないよ」

 その声は大人のように優しく、落ち着いていた。その時、リートは自分ががたがた震えていることに気がついた。

「オグマから、君のことを頼まれてる。彼らが戻るまで預かってくれと」

 

 リートの目から、涙が一粒転がり落ちた。

「ほ、本当に師匠は帰ってくる? 殺されたりしない? 本当に……?」

「きっとね」

 リートが泣きだしたのを見て、少女がうろたえている。だが、少年は動じない。

「悪い人間にいじめられたのかな。だけど、大丈夫だよ。だいじょうぶ」

 リートの頭を撫でる魔物は、ハルアと名乗った。少女の方は、スニ。二人は、リートを真ん中に挟んで明るく話し続けた。

「大地の子の家に招かれることなんて、滅多にないだろう。ゆっくり見物していくといい」

「はいっ」

 リートが魔物の血を引いているらしいことは、二人にはまだ話していないはずだ。だが、彼らはリートを仲間の中の一人のように扱っていた。

「お腹は空いてない?」

 その途端、リートのお腹が大きく鳴った。ハルアは声を上げて笑った。

「何か食べ物を持ってくるよ。待ってな」

 ハルアがどこかに行ってしまった後、スニはリートを穴部屋の一つに案内した。そこには先客は誰もいなかったけれど、果物や酒の残り香が漂っていた。スニが地べたに腰を下ろしたので、リートも倣う。

「ここで、いつも食事をするんだよ」

 と、スニが教えてくれた。「皆で集まるのは日に二回、朝と夜。おやつは作業をしながら好きに摂るよ」

 スニは、壁の岩棚から鉄の鍋を下ろし、部屋の真ん中のたき火の跡にかけた。鍋に注いだ水は、湧き出る清水の泉から汲んできたものだ。火を熾す役目はリートに任された。オグマの手癖を真似して、リートは魔法で火を灯す。石炭のかけらに火の赤ん坊を落とすと、魔法の火は大きく膨らんだ。


 鍋の中に、スニがハーブと動物の骨を落とした。リートはのぞき込んであっと言った。

「何するの?」

「スープを作るんだよ」

 スニは優しく答えた。

「一本の骨から、濃くておいしいスープができるのさ」

 しばらく待っていると、良いにおいが部屋いっぱいに満ちた。その間、スニは芋の刻んだのやら、玉ねぎやらを次々と鍋に入れていく。リートの口の中につばがわいた。

「ああ、スープはいいね。体が温まる」

 音もなく戻ってきたハルアが嬉しそうに言った。彼は抱えてきた魚の干物や肉の串をたき火の周りに刺し、スニの隣に座った。

「いっぱい食べな。怖い目にあったばっかりなんだから」

「はいっ」

「オグマたちもね、出発する前にここで飯を食っていったから」

「師匠も?」

 リートは瞬きした。

「それで……今はどこにいるんですか?」

「えーっと……」

 スニが少し躊躇う。その間にさっと答えたのはハルアだった。

「オルバにいるよ」

 オルバ?


 ノール姉さんの家があるところだっけ。


「そこで何してるの?」

「今頃、悪い奴らと戦っているさ」

「ちょっと、ハルア」

 リートの不安に曇った顔を見て、二人が慌てて慰める。

「大丈夫、オグマが負けるなんてことはないよ」

「うちからも助っ人を派遣してるからね」

「それよりも僕は、あの子の方が心配だな」

 ハルアが、あごをさすりながら呟く。

「ノールのこと?」

「そう」

 リートは背筋を正した。

「ノール姉さんが、どうしたんですか?」

「なんていうのかな、上手く言えないけど、変だよねあの子。ずっと心が違うところにある感じ」

「ああ分かる。温度がないんだよね」

 リートには、よく分からない。

「ノール姉さんが……?」

 

 だがその時、スニがスープの味を見て、「できたよ」と話を切った。


 スープも串焼きもおいしかった。とろとろにとけた玉ねぎや煮崩れした芋に、しっかりと肉の味がしみこんでいた。魚の串焼きも香ばしく、旨みが凝縮されていた。お腹を満たすと、リートは少し安らいだ心地になった。

「お茶も飲みな」

 スニがしきりに世話を焼いてくれる。

「おいしい?」

「はい」

「食べ終わったら、朝まで眠る? それとも、作業場を見て回るかい?」

 リートの目はすっかり冴えていた。

「作業って何するんですか?」

「魔法を作っているんだよ。気になる?」

「はい!」

 だけどその時、別の魔物が顔を覗かせた。彼女はリートに笑いかけ、それからつっと顔を引き締めた。

「ハルア、スニ。ニーが呼んでるわ」

「はいよ」

 ハルアはぱっと立ち上がった。スニがリートに教えてくれる。

「ニーは、アマンドラの地図を見張ってくれてるんだよ」

「あ、さっきの……」

 壁一面の線を真剣に見ていた魔物だ。

 

 三人がニーの所に来て空井戸の周りにも、彼は振り向かない。ハルアが彼の隣に腰掛け、同じ壁を見上げた。

「どうした? ニー」

「誰か知らんが、人間が集まっている」

 ニーがぶすっとした声で言って、壁を指差した。

「空井戸……この、僕らの家への出入り口だな」

 確かに、指差した一点の周りに白いもやがかかっていた。

「アマンドラの人間にとっては、この井戸は死んだ、水の出ない井戸だ。こんなに注目されるはずがないんだ。__我々に用事がある連中でなければ」

 リートの傍らのスニが、険しく顔をしかめた。


「誰だろう?」

「見に行った方が良いね」


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