2 リート、魔物に会う
がらんとした穴の壁いっぱいに、赤や緑や紫、黄色の宝石のような印が散らばり、それらをつなぐようにして奇妙な線が縦横無尽に走っていた。
これと同じような模様を、どこかで見た気がした。
「……あ! 地図だ!」
リートの独り言に、壁の前に一人だけ座り込んでいた、子どものような背丈の魔物が、ゆっくりと振り向いた。どんよりとした金壺眼が鈍く光った。
「おやおや?」
その魔物は、面倒くさそうにあくびをした。口の中に。鋭い虎の牙が見えた。口を手で隠す右手にはもじゃもじゃと縞模様の毛が生えていた。
「迷子かね?」
魔物はリートを手招きし。またすぐ壁の線図に顔を戻した。おそるおそる近寄るリートも、つられて壁を凝視する。線の上を白い光がゆっくりと動いている。一つ二つ、三つ四つ。
「ここは、人間の子どもがくるような場所ではない。地上へお帰り」
「はあ、あの……」
リートはしばらく線図にみとれてぼうっとなっていたが、今ここにやってきた理由を思い出した。
「ぼく、迷子じゃないです。師匠に、ここに行けと言われたんです。……ぼく、リートっていいます」
「ああ……」
魔物は合点したようにうなずいた。
「仲間のハルアが君の世話をする。探しに行くがいい」
それはつまり、ここにいちゃいけないということ?
「ありがとーございました」
リートは、相変わらずこちらを見ない魔物におじぎをした。
この奇妙な部屋を出た瞬間に、すぐ外にいた誰かとぶつかりそうになった。
「わわ、ごめんなさい」
慌てて後ろに飛び退いたリートは、目の前にいるのが、やはり自分よりも三つも四つも年下に見える少年少女たちであることに当惑した。向こうも、ちょっと驚いたように顔を見合わせている。
相手が何か言う前に、リートは大きく息を吸った。
「はじめまして! ぼく、リートです! 魔術師のオグマの弟子です」
少女の顔がほころんだ。
「リートだね。待っていたよ。あんたが無事で本当によかった」
リートが今までどこにいたかを、全て知っているかのような口ぶりだった。
モリという少女の策略で、リートは得体の知れない連中に掴まっていた。怖い顔の魔術師が、師匠に深い恨みを抱いていて、リートを何度も脅かした。
『お前の師匠は人殺しだ』
『その上、盗人だ。この私から妻も娘も、何もかも奪っていった』
『お前たち師弟を、油を一樽分注いだずだ袋に押し込んで、火をつけて殺してやる。でなかったら、怪物の国から連れてきた狂犬に、生きながら食わせてやろう』
『万が一、お前が逃げたとしても、お前の師匠は決して逃がさない。誰一人味方のいない世界でお前は飢え、孤独の中でのたれ死ぬだろう』
__もう、沢山だ。