1 リート、魔物の洞窟に来る
「輝ける明けの明星」の続きです。ネタバレは多分あります。毎週更新を目指しています。
主人公たちが生きているところでは、太陽は淡いみどり色をしています。また、日食や月食が頻繁に起こります。そうした時、人々は何日も暗闇の中で生活しなければなりません。
太陽の光がささないと、地下深くに潜んでいる怪物が、地上に出てきては人間や獣を食べようとします。彼らは光を嫌うため、夜や日食の時は、家に閉じこもり、火を灯し続ける必要があります。
また後で、と師匠は言った。
だからリートは、一人の夜道を歩いている。師匠が約束を破ったことなんて、一度もなかった。そう自分に言い聞かせながら。
いつもの見慣れた、寂しい道だった。星たちは踊りながらだんだん高く高く昇っていったし、紫や青の透き通る果実がなった木々は、その本数を数えているうちに一本もなくなってしまった。リートは幻の翼をたたみ、白い砂利を敷き詰めた道をとぼとぼと歩き始めたところだ。
まだ少年は、夢を見ている。今歩いているリートは、リートという男の子の心である。しかし、普通の人間であれば、肉体は寝具の上でぐうぐう寝ているはずのところだが、リートは体もちゃんと夢の中に連れてきていた。だから、このおなじみの夢を見ている間は、リートの体は現実世界のどこにもいない。もしも、いつかリートとその魔術の師匠が宿を借りている部屋を、夜に覗いて見れば、いつでも師匠の姿しか見えないことが分かるだろう。
毎晩、リートの夢の番人は師匠が務めていた。彼はリートが夢の世界でひとしきり遊んだ後、本当の眠りにつくのをちゃんと見届けていた。
いつもは、この不思議な夢を終わらせるのは師匠の役目だったが、今夜はリートが一人で目覚めなければならない。リートは、そのやり方をちゃんと習っていた。
何の起伏もない一本道をてくてくと歩いていると、あくびが何度も込み上げてくる。それもまた不可思議だ。もう既に彼は眠っているはずなんだから。だけど、リート自身はあまり気にしたこともない。
リートは、ふと立ち止まった。うるさいくらいに辺りに響く音のない音楽から耳を塞ぎ、今しがた別れてきたばかりの二人のことを思った。
師匠もノール姉さんも、ずいぶん、怖い顔をしていたっけ。
リートは、引き攣ったオグマの顔に刻まれた皺の数や、ノール(実は彼女の名前はレイラなのだが、リートはまだその事実を知らない)の真っ青な顔を正確に思い起こすことができた。あれから、二人はどこへ、何をしに行ったのだろう。
空気が変わった。
リートは体中でそれを感じた。暖かな土の、柔らかい匂いがした。ぺちゃくちゃと風にのって聞こえてくる話し声は現実のものらしかった。爽やかな風が、リートのいるところまで流れてきた。
夢から目覚める(師匠はふざけて「脱出する」と言う)が来たようだ。リートはぐっと息を深く吸い、一本道の果てに向かって駆け出した。「目覚めよ!」と誰かに呼ばれるよりも先に、空中で一度とんぼ返りをした。……
それからリートが着地したのは、薄暗い穴ぐらの中だった。びりびり震える細い足の下で、脆く表面の土が崩れた。柔らかく大きな土くれを摘み上げ、リートは指でそれを潰した。砕けた砂が指の腹に残った。
戻ってきた。リートはそう、確かに感じた。師匠の手も借りず、一人で。
だけどここは、一体どこだろう?
薄暗い__と言っても、リートは夜目がきく方だから、天井から下がるコウモリの小さな爪や、壁を這うヤモリの動きまできちんと捉えている。耳を澄ませば、カンカンとしきりに何かを叩く規則正しい音や、水を打つ涼しい音がきこえてくる。鼻を動かすと、獣独特の荒々しい臭いがする。
その場に留まろうか、それとも、誰か人を探して散策するか。しばし迷ったのち、リートは歩き出した。
師匠は言った。『リート、お前はハルア……大地の子たちのところへお行き。皆お前のことを待っているから』
大地の子は、地中に棲む魔物のことだ。リートでも知っている。獣と人の間のような見かけで、長いこと歳を取らない。師匠と二人で砂漠を旅していた時も、何人かに会って親しくなったことがある。
まだ鳴り止まない作業音の方に向かって、リートは歩き出した。地中の道は迷路のように曲がりくねっては分岐が続く。リートは、三叉路や四角にくる度にぶつぶつと口の中でその場所の目印を反復した。そうでもしないと、元いた所を忘れてしまう。
道の途中に横穴がいくつもあって、きっと魔物たちの寝床なのだろうとリートは思った。その中でも、一際大きな横穴の前で、リートは立ち止まった。