98話 顛末
「んー……」
『どうかなさいましたか?』
「シンプルに怠いし痛い」
昨日、ふて寝している間に探索者ギルドのクラン設立科から連絡があり、寝起きでかなり大きな情報を放り込まれて頭がバグりかけたが、なんとかそれを処理しきってツウィーターで報告した翌日。
朝からテレビのニュースでかなり大きな話題の一つとして取り上げられ、現在世界で一番注目を浴びて、最も一般募集が望まれているクランだと説明されていた。
自分の影響力などを考えると、そのように報道されるのは理解しているが、最も募集が望まれているは言い過ぎではないだろうか。
そう思っていたのだがアイリがネット掲示板やツウィーター、そのほか海外のネット掲示板やSNSなどを夜通しでチェックしてくれていて、その報道もあながち間違いではないと教えられた。
現在もツウィーターの一位に新設した自分のクランの名前、夢想の雷霆が君臨しており、その下の二位から十位のトレンドも全て美琴関連のワードが独占している。
これだけ注目を浴びて、大勢から認められているのは非常に嬉しいことなのだが、最悪なタイミングできついのが来た。
それは女の子に生まれた以上、強制的に経験することになるものではあるため受け入れてはいるのだが、頭は重いし倦怠感が酷いし、薬を飲んでも針に刺されるような痛みが下腹部に襲いかかるのは勘弁してほしいと毎度思う。
しかも今月のは一際重いもので、大分調子が悪い。自分でも驚くほど不機嫌で雰囲気がピリ付いているの自覚できる。
それもあってか、最近なんだかんだで声をかけてくるようになった男子諸君が、空気を読んで話しかけてくるのを控えてくれている。
『今朝お薬は飲んだのですよね?』
「飲んだ。でも今月のは酷い。今はなんとかなってるけど、これ以上酷くなるなら病院行きかも」
『権能で痛みだけを軽減できないですか?』
「普段だったらできたかもだけど、今やったら周りに被害出そう」
『左様で』
現在は昼休み。
もしここにアイリがいてくれたら、何か温かい飲み物でも買ってきてくれと言えたかもしれないが、アイリはAIでピアスについている通話機能を通じてか、スマホや浮遊カメラなどの電子機器の中にいるため、それもできない。
「やっぱり、朝から体調悪いんじゃん。我慢はよくないよ。何か買ってこようか」
見かねたらしい昌が、呆れた様子で財布を片手に近寄ってくる。
今のアイリとの会話を聞かれていたようだ。
「昌。ありがとう、でも大丈夫よ。水筒に生姜湯淹れてきたから」
「水筒に入れるチョイスじゃなくない? 体は温まるけどさ」
確かに水筒に淹れるようなものじゃないのは分かるが、今日は本当に酷いのだ。
何なら学校に連絡を入れて休もうかとすら思いもしたが、ここまで無遅刻無欠席を貫いているので、せっかくだから皆勤賞を取りたいと重い体を引きずるように登校した。
「とりあえず、今日の配信は休んどきな。灯里ちゃんも理解してくれるでしょ」
「……そうね。そうしとく。灯里ちゃん、テスト明けの探索楽しみにしてくれていたんだけどな」
「特に、クラン設立した翌日だしね。尚更気合入ってたとは思うけど、あの子は自分の欲を優先するような子じゃないでしょ」
優先事項をしっかりと自分の中で組み立てるだけでなく、当たり前ではあるがやっていいこといけないことの区別がかなりしっかりしている。
その中には、他人に迷惑をかけてはいけないも入っており、ちょっとしたわがままは時々言うが無茶な要求はしてこない。
まだ十五歳なのによくできているなと、灯里の爪の垢を煎じて、昨日仕事から逃げ出して助けを求めてきたマラブに飲ませてやりたいくらいだ。
あとは、ブラッククロスマスター黒原仁一の息子、黒原仁輔にも同じものを飲ませてやりたい。
マラブの権能、千里の神眼による観測によって、ブラッククロスはどのように軌道修正を試みても、必ずピンが打ち込まれて決定した未来に向かうことになっている。
未来というのは行動一つ、一秒以下の差一つで大きく変わるほど無限の可能性が広がっているが、マラブは過去と過去から分岐したあり得たかもしれない過去と現在、現在から派生する無限の可能性の道と、その先にある無限の未来を見ることができ、その中から自由に望んだ結果に向かうことができる。
そんなマラブが、もうどのようにあがいても一つの結果に向かって全てが終息していくと断言しているのだから、もし本当なら遠くないうちにあのクランはなくなるだろう。それも、クランマスターの一人息子の手によるものという皮肉で。
「しっかし、よく政府も許可したよね。どう考えても、過剰な戦力が集まるのが分かっているのに」
『お嬢様個人だけで、探索者業界全てにどれだけの影響と利益をもたらすのか分かりませんから。現在、極秘に未成年でも厳しい条件付きで素材も持ち帰れるようにするべきかという会議もしているようです』
「ねえ、私そんなこと調べろって指示出していないんだけど」
『私個人の好奇心による独断行動です。ダンジョン省のサーバーに潜り込んで調べました』
「……」
『ご安心を。私が潜り込んだという痕跡は、一ビットも残しておりません』
「そういう問題じゃなくて……、あぁ、もういいや……」
「美琴が考えるのをやめた」
ネットでも、美琴個人で既に最強クランだと言われているし、そこにどこまでも成長する灯里、京都の幼馴染二人が加わると、その四人だけで東京都全区を制圧できるのではとまで言われている。
既に日本の最強クランランキングの一位には夢想の雷霆の名前があり、他のランキングサイトでも同じように一位の座を奪っている。
あまりにも持ち上げられすぎて変にアンチとかが湧くのではとも思いはしたが、あまりにも実績が多すぎるために、ごく少数いるそうだがすぐに埋もれて見つけられない。
「とりあえずは二人だけ?」
「いいえ。他にもお世話になった人とかにも声をかけようと思っているわ。あの先輩三人も、事務所所属じゃなくてあのグループだけで活動しているから、もしよければって感じで誘おうかなって」
「どんどん過剰戦力になっていくわね」
「高校卒業するころには少しは慣れてくるだろうから、その時に一般募集しようと思っているけど、今からもう怖いよ」
「ここまでデカくなった自分を恨みなさい」
「私をこの業界に踏み込ませた昌にも責任があるからね? 私のマネージャーとして、クランに引きずり込んであげようかしら」
「就活しないで済むからラッキーね。今からバイトとして雇ってくれてもいいわよ」
「親友のクランに入る理由を、就活しなくていいからで決めないで頂戴」
まだ高校二年生だというのに、既に就活が怠いとか言っている時があるので、天恵だと言わんばかりにいい笑顔を浮かべる。
全く、と呆れたようにため息を吐き、鈍い痛みを発する下腹部に手を当てて机に突っ伏す。
♢
放課後。
灯里には昼休みの間に連絡を取り、少し残念がられたがしっかりと理解を示してくれて、回復した後に一緒に探索しに行こうと言ってくれた。
本当にいい子だなと微笑ましくなり、今度会った時に何かお菓子でも作って持って行ってあげようと決める。
帰宅後は、とにかく体が怠いのですぐに部屋着に着替えてベッドに潜り込み、体を温めて眠った。
目を覚ました時にはすでに午後六時を過ぎており、やってしまったと頭を抱えた。
「……なにこれ」
眠ってしまう前よりは大分体調がよくなったので、アイリにしてもらった配信お休みの呟きにどんなリプライが付いたのか見に行こうとして、ついでにトレンドの方を覗いたら『ゴミの交通事故』とか『予言的中』、『女神フレイヤ』とかがトレンド入りしていた。
女神フレイヤの方は、神話や伝説の英雄などを現代に召喚して戦うソシャゲの方かと思ってスルーしたが、もう一つのゴミの交通事故というのが異常に気になった。
なんだこれはと思って開いてみると、黒原仁一によく似た顔立ちの青年が、握れば隠れる程度ではあるが、かなり大きく作ってある政府がギルドを通して明確に製作と使用を禁止している物質、撒き餌を使ってモンスターパレードを引き起こすところから始まる動画があった。
そしてその青年、黒原仁輔、活動名御影ジンは適当に目を付けた軍服のようなものを身にまとった金髪の女性にモンスターを擦り付ける、最大の違反行為である怪物譲渡を行っていた。
どうやら自らそのような最悪な行為を行ってから、自らピンチになった人を助けるという最悪極まりないマッチポンプをしようとしていたようだ。
しかし金髪の女性が自分よりも大きく武骨な大剣をどこからか取り出して一撃で全てを葬り去り、それにビビった御影ジンが逃げようとしたが背後から猛烈な速度で突撃されて壁に叩き付けられ、ワンパンKOされていた。
背後からすさまじい速度で追突される様子が、さながら交通事故のようだったために、ゴミの交通事故という単語がトレンドに入っていたようだ。
「ていうかこの女の人フレイヤさんじゃない?」
『お知り合いで?』
「フレイヤさんの実家が、探索者御用達の装備製造会社のEA社でそこのご令嬢だから、そういう大企業が集まるパーティーで二、三回会って少し話をしただけよ」
イギリスのウェールズ地方出身で、中学に上がる頃に日本に引っ越してきたそうだ。
同い年で物腰が柔らかく礼儀正しい女の子であることもあって話が弾み、連絡先を交換するだけした覚えがある。
「フレイヤさん、探索者やってたんだ」
『どうやら配信者としてもデビューしているようです。先週から始めたばかりの新人のようですね』
「へー。……一週間でこんなに伸びるきっかけがあるなんて……」
『お嬢様は半年かかりましたものね』
「追い打ちかけないで……」
トレンド一位にある女神フレイヤが何なのかを理解して、アイリがホログラムで表示させた画面を見てうなだれる。
美琴が半年かかった大バズりを僅か一週間で叩き出し、瞬く間にチャンネルの登録者数を二十万以上まで増やしていた。
美琴は運がなかったとしか言えないが、知り合いがこうして短期間でここまで大きく伸びるのを見ると、なんだか複雑な気分だ。
『それよりも、これでマラブ様の予言が当たりましたね』
「確か、撒き餌使って擦り付けようとして失敗してぼこぼこにされて、ぼこぼこにされたことをリベンジしようとしてまた撒き餌使ってまたぼこぼこにされるんだっけ? じゃあこれが一回目か」
トレンド二位に入り込んでいる予言的中とはこのことかと納得し、なんで自分が所属している自分の父親のクランが大変なことになっているのに、自ら首を斬り落としに行っているのだろうかと首を傾げる。
どうあがいても、ブラッククロスがなくなる未来に行くと言われてはいたが、正直本当に当たるのか疑っていた。
撒き餌を使ってしまうことがきっかけとなって潰れていくのだから、探索者と配信者活動ができないように監禁するなり、監視を付けるなりすればもしかしたらまだどうにかなった可能性もある。
なのにそんな様子はないし、ほぼ息できない状態まで首を絞めていたのに、最後の止めとして自分で細いピアノ線を首に括り付けて、勢いよく踏み台から飛び降りて行った。
『お嬢様。このようなノミ以下のド低能の行動を理解しようとすること程、無駄な行為はありませんよ。そんなことを考えるより、もっと有益なことを考えましょう』
「随分すごい毒を吐くわね? それで、その有益なことって?」
『クランのエンブレムです。名前が決まったとはいえ、まだエンブレムが決まっていないでしょう? エンブレムはクランの顔そのもの。早めに考えなければ、のっぺらぼうのまま活動することになりますよ』
「大げさな表現ねえ。でも確かに必要ね。……頭回んないから体調戻ってからでいい?」
『その方がいいですね。万全な状態で考えたほうが、納得のいくデザインができるでしょうから』
とりあえず、エンブレムのことは一旦後回しにして、お腹が空いたので一階に降りる。
キッチンに向かって何かレトルトでもないかと探すと、そろそろ時期だからと事前に買っておいたリゾットのレトルトがあったので、今日の夕飯はそれにすることにした。
少し濃かったが、味自体は好みだ。あと数日はこれに頼ることになるかもしれないなと、困ったように眉を下げながら苦笑して、白い湯気の上がっているそれを平らげた。




