95話 怪物部屋の殲滅劇
美琴が飛び出すと同時にミノタウロスの大軍が雄叫びを上げ、棍棒をがむしゃらに振り回しながら向かってくるが、少し手前で立ち止まって刀を振るう。
真打ではないとはいえ、自分の神の力を切り離して物質化させたものだ。あれほど威力は出なくても、陰打ち以上の威力なら出せる。
刀の描いた軌跡の延長線上にいたミノタウロス達は、放たれた強烈な斬撃でまとめて両断されて、その先にある壁にすら深々と裂傷を刻み付ける。
続いてキマイラが連携もせずにバラバラに向かってくるか炎を吐き出すが、炎はルナが楯を張ることで防ぎ、突っ込んできたキマイラは体の発条を使った鋭い一閃で、豆腐でも斬るかのように両断する。
ぼろぼろと体を崩壊させていき、その陰から石の槍がすさまじい速度で飛んでくる。
投げつけてきたのは、いわゆるアンデッド系のモンスターに分類されるスケルトンの一種で、下層から存在するスケルトン・コーネルというものだ。
骨だけしかないというのに異常なまでに力が強く、左手に持っている剣と右手に持つ槍で近中遠距離に対応してくる厄介なモンスターだ。
そのモンスターが一体ではなく十数体隊列を成しており、一斉に石槍を投げてくる。
「月夜の繚歌・月神の火矢!」
向かってくる石槍を撃ち落とそうと刀身に雷をまとわせるが、それよりも速くルナが後ろから燃える矢を放って迎撃してくれた。
このモンスターハウス全体にかかっているデバフ魔術もそうだが、月魔術という割には属性が様々だ。
少なくとも、デバフ系は氷の属性が混じっているし、今の矢だって炎でできているものだ。
『バフ系魔術で冠が出るものにはセレネ、今回はアルテミスですか。月が現す象徴だとルナ様は仰っておりましたが、神話の女神の特徴もあるのでしょうか』
「どうなんだろう。セレネは分からないけど、アルテミスは確か月の女神で、狩猟の神様だっけ。それなら、属性はともかく矢の形をしているのは理解できるけど」
石槍が全て迎撃されたスケルトン・コーネル達は、すぐに剣を構えて隊列を成して襲ってくるが、その動きは非常に緩慢だ。
しっかりと彼女のデバフが効いているのだなと思うと同時に、これと自分へのバフが同時にあったら、敵を容易に倒しやすくなるが成長はしないだろうなと、とあるパーティーを思い返す。
遅い足取りで向かってくる骸骨達に向かって、雷鳴と共に急接近し、回避も防御もさせる余裕を一瞬も与えずに、胸のコアを破壊していく。
もっと骨のある強いモンスターと相手がしたいと一瞬思ったが、口には出さなかった。きっとアイリがかつてのように、骨だけならこの骸骨達が一番多いというと思ったからだ。
大量のブラッディウルフを従えるブラッディロードウルフが、統率された動きで取り囲もうとするが、やはりどうしても全体にかけられている強力なデバフの影響で、その動きは緩慢だ。
真っ先に群れの頭であるブラッディロードウルフの下に急接近し、その首を刎ねる。
トップが瞬殺されるのを目の当たりにしたブラッディウルフ達は、怯えたように美琴の方を見て、美琴がそちらを向くと尻尾を丸めて逃げようとする。
下層は中層ほど人がいないとはいえ、これだけの数のモンスターがモンスターハウスから出てしまうと、美琴達以外にも潜っている探索者に被害が出てしまう。
それを防ぐために、一番遠くにいる個体から順番に倒していくことにする。
雷鳴を轟かせて一番出口に近いところまで移動していた個体の真横に付き、胴体を両断する。
それから後続のブラッディウルフ達に向かって踏み込み、一刀一殺で一体ずつ倒していく。
”すげえええええええええええええええええええ!?”
”なにこれぇ……”
”俺の知ってる群れの倒し方じゃないんですけど”
”美琴ちゃんの配信では常識は通用しないぜ”
”雷と同じ速度で移動できるんだ。それに対応できる奴なんて、それこそ魔神とかじゃないと無理っしょ”
”マラブちゃんとかどうだろう。一応魔神だけど”
”本人曰く戦闘能力ないらしいから、権能で見ることはできるだけで反応はできないんじゃね?”
”あの時戦ったアモンって、マジでヤバい化け物だったんだな”
”美琴ちゃんの視聴者があまりにも慌てなさすぎてヤバいんですけど”
”仮にも下層のモンスターハウスに、未成年の女の子が二人でいるのはかなり問題なんですが……”
”《トライアドちゃんねる》おー、配信観に来たらなんかすごいことになってるねー”
”トライアドちゃんねるだー!”
”あやちゃーん! 次はいつ美琴ちゃんとコラボするのー?”
”早く美女&美少女のてぇてぇが見たいです!”
”また美琴ちゃんと灯里ちゃんに、探索者講座をやってほしい。ふんふん頷く二人が見たい”
”どうなってんだよこのチャンネルの視聴者”
一体ずつ丁寧に倒していきながらちらりとコメント欄を見ると、普段から観に来てくれている眷属達と、ルナの方からの流入できた視聴者達で、コメントの反応がまるで違う。
見慣れている視聴者達は爽快感がすごいや、刀で戦う美琴がカッコ可愛いというコメントを書き、流入して来た視聴者達は普通ならば再現不可能な戦い方をする美琴と、それを当たり前のように見ている眷属達に困惑したコメントを書く。
「月夜の繚歌・繊月!」
ブラッディウルフを殲滅し終えて血払いし、ルナの方を見る。
彼女の頭には銀色の冠が乗っており、あれが先ほど美琴にかけられたバフなのだろう。
掲げた杖の先から巨大な細い三日月が放たれて、地面を少し抉りながらモンスターに接近し、素早く動けなくなっているモンスターがそれに叩き潰される。
どうにか回避できたモンスターは、一歩も動かないでいるルナに向かって走っていくが、通過していった三日月がかなり変則的な軌道を描いてから水平に振り払われて、吹っ飛ばされたモンスターが壁に激突してから、追撃で放たれた巨大な火矢で串刺しにされて消滅する。
コメント欄は、一般では非常識極まりない戦い方をする美琴に対するコメントでいっぱいだが、ルナも十分すさまじいことをやってのけている。
これだけ強力な魔術師がソロで活動していることは、彼女は配信をしているため多くの人が知っていることだろう。
それなのにどうして抜けたあのパーティー以外で組もうとしないのだろうと考えるが、あの一件で組むのはもうこりごりなのだろう。
十分一人で下層でやって行けるだけの実力もあるし、下手にパーティーを組んで余計なごたごたに巻き込まれるより、気ままにやったほうが楽しいことに気付いたのかもしれない。
『まるで仲間を見つけたかのような目ですね』
「ソロ活動って最高よね」
『……恐らく、ルナ様がソロで活動していた理由は別にあると思いますが』
「そうかしら? でもあの子、元々組んだパーティーの勝手な行動で追い出されて、それが嫌になってソロ活動しているように見えるけど」
『それもあるでしょうけど、もしかしたらお嬢様とダンジョンの中かギルドで鉢合わせて、あわよくばお嬢様とパーティーを組みたかったから、ソロでいたのではないかと推測します』
アイリの説も否定はできない。あのようなリアクションを見たならなおさらだ。
あとですぐにまたパーティーを組まずに、ソロで活動して配信活動を始めた理由を聞いてみようかと、頭の隅に置いておく。
まだまだ大量にいるモンスター達。
雷鳴を何度も鳴らしているため、そうそうほかのモンスターが寄ってくることはないだろうが、長期戦はこちらが不利になる。
美琴は雷を無制限に使えるが、ルナはそうはいかない。
魔力には限りがあり、使い続ければすぐに魔力が尽きてしまう。
そうなるとルナは魔術が使えないただの女の子になってしまうため、リスク回避のためにも殲滅速度を上げる。
「諸願七雷・三鳴」
分割している力をもう一つまたくっつけて、最も多用する諸願七雷、三鳴を開放し、背後に三つの一つ巴が出現する。
”キタアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!”
”諸願七雷だああああああああああああ!!!”
”ああやって、美少女の背後に出てくる紋章って最高にかっこいいよな”
”切り抜き動画で見たやつだ!”
”なんか雷の規模がデカくなってません?”
”やばすぐるwwww”
”美琴ちゃんの代名詞じゃあああああああああああああああ!!!”
”封印壊れてからあまり使わなくなったから、久々に見れた!”
”一つ巴紋が三つってことは、三鳴か。白雷が見れるなこれは”
”薙刀の白雷もえっぐいけど、刀の白雷はどうなんだろう”
”今の美琴ちゃんの状態で撃ったら、壁ぶち抜いてトンネル作りそう”
”弓矢でもでっかい横穴作ってたからなあ”
一人で深層に潜っている時には何度か諸願七雷は使っているが、視聴者達の前で使用するのは、ドラキュラ戦以来かもしれない。
蓄積の方をやや優先させながらも、美琴の権能と美琴自身にも大きな強化を入れる。
モンスターハウス全体に反響するような大きな雷鳴と共に踏み出し、二本の黒い角を持つ黒い馬の魔物、バイコーンの首を刎ねる。
バイコーンというモンスターは、純潔の女性を忌み嫌い、性交経験のある女性になつくという特性があり、それはそのままダンジョン産モンスターの方にも適用されている。
一体のバイコーンが倒されると、他の七体のバイコーン達は怒り狂ったように美琴に向かって、角を突き出しながら突進してくる。
こういう風に、こうした特性のモンスターから異常なまでな敵意を向けられると、しっかりと自分の体はまだ、穢れを知らない雪なのだと安心できる。
突進してきたバイコーンを避けて、追いかけようと方向転換してきたところを、稲魂を飛ばして体に風穴を開ける。
残りの六体は仲間がやられたことなど気にせずに突進してくるが、ひらりと交わして首を刎ね、胴体を縦や上下に両断し、稲魂を飛ばして体内から電撃で焼き殺す。
しばらくモンスター達をハイスピード殲滅していると、背後の一つ巴が三つ重なって、三つ金輪巴になる。
それを見た視聴者達は、一瞬で勝ちを確信したようにコメントを書きこんでいく。
「ルナちゃん、少し移動するわよ!」
「え? あ、三つ金輪巴! 白雷ですね!?」
「本当によく見ているわね?」
すぐに意図を察してくれたルナが、美琴が移動している方向を目指して走ってくる。
もちろんモンスター達が妨害しようとしてくるが、ルナのデバフの効果のおかげですぐに引き離されている。
「ついに生で諸願七雷が見られるなんて……! 生きててよかった……!」
「ちょっと大げさじゃないかしら? ……諸願七雷・三紋」
左の腰に添えた左手に鞘が現れて、それに刀を納める。
頭上の三つ金輪巴に蓄積されたエネルギーを全て刀に送り込み、圧縮する。
「───白雷!」
鯉口を切り、勢いよく抜刀する。
そして美琴の前方に、刀が描いた軌道に合わせて膨大な雷が放たれる。
今日一番の特大の雷鳴がダンジョン内に響き渡り、幾重にも反響する。
膨大な雷は真っすぐモンスター達に向かって行き、逃げる時間を与えずに飲み込んで丸ごと消滅させる。
白雷が収まり、そこに残されていたのはモンスターの核石と素材だけだった。
「よし、殲滅完了ね。さ、今のうちに核石だけ回収しちゃいましょう」
「こ、これが雷神の一撃……。か、かっこいい……!」
納刀して刀を元の力に戻して体内に戻してから、核石の回収に向かう。
ルナは少しの間呆けていたようだが、すぐに我に戻って、一緒になって核石の回収を行った。




