番外編 84話 雷神のいない魔術師の話 3
昼を食べ終えた後、せっかくだからと昌とリタも混ぜて遊ぶことにした。
ウィンドウショッピングをしたり、洋服屋でリタと凛の二人に着せ替え人形にさせられてファッションショーが開かれたり、ゲームセンターのクレーンゲームで一喜一憂したりと、楽しく時間を過ごすことができた。
「はー、楽しかったー!」
「凛ちゃんって、シューティングゲームとか上手なんだね」
「あたしもびっくり。こんな才能があったなんて」
クレーンゲームで獲得した大きなハムスターのぬいぐるみを両腕に抱きながら、出入り口のある一階に向かって歩いていく。
リタもリタでクレーンゲームに熱中しており、熊やウサギのぬいぐるみが入った袋を手から下げている。
手に入れた時、ちょっと嬉しそうに口角が上がっていたので、こういうものが好きなのだろう。大人な女性っぽい雰囲気がありながら、年相応に乙女な部分もあるのだと思った。
「でも今日は楽しんだ分、しばらくは節約生活しないと。将来大きくなったら、絶対にいい研究道具一式を買い揃えるんだ」
「凛ちゃん魔術師の腕もいいんだし、探索者やればいいのに」
「あたしにあんな怪物と戦う度胸はありませんー。美琴様と一緒に行けるなら、考えてあげなくもないけど」
「なんでちょっと上からなの? ……一応、今度美琴さんに聞いてみようか?」
「え、マジで? どうしよう、ちょっとやる気出て来たかも」
大体何が原因でやる気になってきたのか分かるので、友達が同じ場所に来てくれるかもしれない嬉しさと一緒に、若干の不安を感じてしまう。
「もうそろそろお時間ですね。では、わたしはここで」
「ん、またね、リタ。帰り道には気を付けなよ? あんた、ただでさえ男に声かけられやすいんだから」
「ご心配いただき、ありがとうございます、昌。安心してください。仮に手を掴まれたところで、抜け出すことなど容易いことですから」
「そうだったわね。無駄に対人格闘とか護身術のレベルが高いんだった。じゃ、絡まれても相手を怪我させないように、気を付けて帰りなさいよ」
「手加減を間違えるほど、わたしは鈍くはないですよ。では」
そう言ってリタは上品に頭を下げてから、優雅な足取りで駅の方に向かって歩いていく。
どうしてあんなにも、一つ一つの所作が上品で優雅なのだろうかと、思わずコツを聞きに行って弟子入りしたくなってしまいたくなる。
「相手を怪我させないようにって、大分腕とか腰とか細いですけど」
「あんなでもリタのやつ、確か二等だか一等の探索者だったはずだよ。ライセンスを一回取っちゃえば、ダンジョンに頻繁に潜らなくても更新さえすればいいみたいだから、本業優先してあまり行ってないみたいだけど」
「本業?」
「リタは、新宿にいる探索者御用達の装備製造会社、エクスターミネートアーミー社社長の一人娘の専属メイドとして雇われてるのよ。普段はメイドとして働きながら学校に行っての生活だから、ダンジョンに行ってる暇がないのよ」
「メイドさんなんですね」
一人娘専属のと聞こえたが、もし仕える人が一人娘ではなく一人息子だったら、あんな大人っぽくて色っぽいメイドが常に近くにいたら、恐らく余計なことばかり考えてしまうのではと思ってしまう。
隣の凛はどう思っているのか顔を横目で見ると、ものすごく目を輝かせていた。
社長令嬢の専属メイド、というところに過剰反応しているのだろう。分かりやすい親友だ。
「……最近何かと物騒だし、途中まで一緒に行こうか?」
デパートの中で遊び回って有意義な時間を過ごせたからか、時計を見るといい時間だ。
太陽も少し西に傾いており、もうしばらくしたら空が燃えるような茜色に染め上がるだろう。
学校の試験はまだ少し先の話とはいえ、勉強はしっかりとしておかないと成績が落ちてしまうので、そろそろ帰って残りの時間は勉強に当ててしまおうと考えていると、昌がそう提案してくる。
その申し出は、正直非常にありがたい。
凛の家は灯里の家からは少し離れており、少し一緒に歩いたら途中で別れなければいけない。
ここは日本なのでほとんどないとはいえ、最近はブラッククロスの連中が何かと狙ってきている気配を感じるので、十分ちょっとと言えど一人で歩くのは怖い。
昌からはなんの魔力も感じられないので紛れもなく一般人だろうが、一般人でも一緒にいるといないのとでは大分安全性が違う。
護衛の人達もいることだし、少しでも安全を上げるために昌からの申し出を受ける。
「お願いします、昌さん」
「ん。凛ちゃんはどうする?」
「あたしも途中までお願いしていいですか?」
「りょーかい。じゃあ歩きがてら、ちょっと美琴の秘密話でもしてあげよう」
「本当ですか!?」
「おぉう、すごい食い付きだね凛ちゃん。あなたが期待するような話はないわよ」
「それを判断するのはいつだって聞き手側です」
凛が凄まじい反応を見せたので出さなかったが、実は灯里も美琴の秘密話が気になっていたりする。
灯里が知っている美琴のことなんて、ほんの僅かしかない。それを自分より過ごす時間が長く、多く知っている昌の口から聞けるのは楽しみだ。
♢
「そんなことがあったんですね」
「そうなのよ。でもあの子、妙なところで見栄っ張りっていうか、強がるところがあってね。嫌なら嫌ってはっきり言えばいいのに、無理していくから」
凛とは途中で別れ、二人で会話しながら歩く。
昌から今、美琴がホラー系が大の苦手であることを教えてもらっている。
今の世の中、怪異などが見える人の方が圧倒的に多いというのに、ホラーがダメな人もいるんだなというと、人間より怖いものは存在しないし、そんな人間が本気で怖がらせるために本気で作ったものほど怖いものはないと、涙を浮かべながら話していたことを教えてくれる。
「なんだか、普段見ているのが探索者としての一面ばかりなので、ちゃんと弱いところもあるんだって知って、なんというか、安心しました」
「みんなの中でもイメージが、完全に雷神だからね。今のあの子の配信、リスナーの間では神社とか言われてるの知ってる?」
「知ってます。スパチャのことをお賽銭って言っているんですよね」
「そうそう。いやー、そんな風に思われているんだって知った時は、本当面白かったなあ」
灯里はまだ、自由に使えるお金が少ないのでスパチャを投げることはできないが、もし高校生になってお小遣いが増えるようであれば、影響が出ない範囲で投げてみようかと企む。
見知った人からお金を投げられるとどんな反応をするのか、今から少し楽しみになる。
「そういえばさ、灯里ちゃんはどこの高校に行きたいとかあるの? 来年受験でしょ?」
ひとしきり話していると、ふと昌がそう聞いてくる。
「もちろん、美琴先輩が通っている高校です。私が高校生になる頃には、もうとっくに大学生になっているので学校の中では会えないでしょうけど、それでも美琴さんの後輩になりたいです」
「灯里ちゃんて、美琴のことが本当に好きなんだね」
「はい! 助けてくれた恩人ですし、憧れの人ですから」
昌なら変な意味で受け取らないと信じての発言だが、一瞬だけ鳩が豆鉄砲を食ったような反応をしてから、小さく笑みを浮かべて「そっか」と言う。
「言っとくけど、うちの高校は入学するの難しいわよ? 美琴のおかげで、今頃倍率がバカ高くなってるんじゃないかしら」
「やっぱり世間を賑わす有名人がいる場所に、人って行きたがりますよね」
「この場合、単純に美琴がいるからじゃなくて、都市伝説上でしか語られなかった魔神の一人で、深層攻略作戦に参加して成功させた立役者で、超大物配信者の美人女子高生だからだけどね」
現在も学校の担任の先生が、諦め悪く美琴のことを学校の広告塔に仕立て上げようと暗躍しているそうだが、その都度アイリの複製体であるアイリIIがオリジナルのアイリに報告して美琴に伝わり、計画が抹消されているらしい。
灯里の護衛のために付けてもらった複製体のアイリIIIという名前で、既にもう一体別のものがあるのだと思ってはいたが、まさか担任教師のパソコンとスマホの中にいるとは思いもしなかった。
「来年は私達も高校三年生だし、下の後輩ちゃん達が美琴のことをこぞってお姉様とか呼び出すんだろうな」
「話せばかなり明るい方ですけど、黙っているとクールなお嬢様って感じですもんね」
「元からお姉様呼びする子が何人かいたのに、バズってからたくさんの後輩達がそう呼ぶようになったのよね。その都度止めてくれって言ってるけど、誰も聞いちゃいないわ」
「ちょっといじられやすいのは、配信の時と変わらないんですね」
話せば話すだけ、美琴の知らないことを知れる。
どれだけ強くても、どれだけ偉業を成し遂げても、雷神と崇められても、美琴は一人の女の子であることに変わりはない。
いいことをたくさん聞けたなと思っていると、急に昌が立ち止まってそのまま歩いていこうとする灯里の腕を掴む。
「ど、どうしたんですか?」
「……美琴がいないこのタイミングで来るとは思っていたけど、一人になっていない状況でも来るなんて、舐められたものね」
どういうことだと首を傾げると、昌が鋭い視線を向けている場所がぐにゃりと曲がり、そこから真っ黒な装束に身を包んだ人が複数人現れる。
もしやブラッククロスかと思ったが、着けている紋章が血の付いたナイフを二本交差させているようなものだったため、見たことのない紋章に警戒心を強く出す。
「お前のような華奢な小娘一人いたところで、何の障害にもなりはしないさ」
「そう? 随分と舐められたものね。体が細くても、やり手の魔術師とかだったらどうするわけ?」
「もしそうなのだとしたら、こうするまでよ!」
昌と言葉を交わしていた男性がガラス球を一つ取り出して、アスファルトの地面に叩き付けて割ると、そこを起点にかなり広い範囲に結界を展開する。
それに何の効果があるのだと思っていると、昌が少し強引に自身の体の方に引き寄せる。
「やられた。魔術回路を励起させて魔力強化状態までは持っていけるけど、その先の魔術式のある魔術法則界へのアクセスができなくされた。その魔封じの硝玉一つで八桁は軽く飛ぶけど、随分と大盤振る舞いじゃない?」
「依頼主から、報酬として三億貰う予定なのでな。こっちには大きな利益が発生するのさ」
試しに小さな火種を生み出す魔術を使ってみようとするが、確かに魔術回路は励起状態にすることができても、法則界にある魔術式を取り出して事象化することができない。というか、取り出すことすらできない。
昌の言う通り、法則界にアクセスすることそのものが制限されているようで、これでは魔術師である自分は何もできない。
どうしようと体を震わせると、昌が自分の右手親指の腹を歯で食い破り、それを左手の平に塗り付けて両手を合わせる。
その行為に何の意味があるのだろうと見ていると、抱き寄せている腕の力が増したのを感じた。
まさか、自分の血を媒体に魔術で言う制約か、呪術の制誓呪縛で身体能力を底上げしたのかと、頭の中で考え始めると同時にすさまじい風と圧力を感じる。
「逃がすな! 追え!」
遅れてそんな声が聞こえてきて、自分が今昌に抱えられてすさまじい速度で家の屋根の上をかけているのだと理解する。
一体どんな誓約を己に課すことで、これだけの身体能力を手にしたのだろうと疑問に思うが、とにかく今は振り落とされないようにしっかりと昌にしがみつく。




