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79話 帰還へ、そして確定した未来へ

 ばたばたとうるさい音を立てて飛んでいたコウモリ達が、ドラキュラ消滅後に灰となって消滅する。

 地面にコウモリだったものの灰が散らばり、その中から小さな核石といくらかの素材が顔を覗かせる。

 あのコウモリもドラキュラの一部だったようで、本体が倒されたことで存在の維持ができなくなり、あのように崩れたようだ。


「これで終わりですね」

「……そうね」


 ドラキュラが落とした素材と核石を拾い、それを少し辛そうな顔をしながら見つめる。

 顔は覚えているが、名前は知らない。それでも共に戦った仲間であることに変わりはなく、その仲間を目の前で失ったことが少し辛い。

 あの時、すぐに動いてまだ息のある人を助けることができれば、何人かは命を落とすことはなかったかもしれない。

 そんなことを考えてしまうと、犠牲者が多く出たこの攻略作戦の達成を、素直に喜ぶことができない。


「最初のこと、気にしているんですか?」


 右手に持っている陰打ちを消して、四つ金輪巴紋が浮かんでいた瞳を元の焦げ茶色に戻すと、華奈樹が心配そうな顔をして寄り添いながら聞いてくる。


「もちろんよ。人死にを見るのはこれが初めてじゃないとはいえ、やっぱり直視するとかなり精神的にきついし、あの人達にも帰りを待つ人がいたかもしれないって思うと、ね」


 雷神の力を覚醒させた、九年前の京都で発生した大規模な百鬼夜行。

 現れた全ての怪異が特等と規格外の大災害で、存在が明るみになり統計を取り始めてから史上最悪の被害を出した。

 美琴は逃げ遅れたために、その百鬼夜行のど真ん中に取り残され、同じように逃げ遅れた人々が鬼に犯され、食い殺され、子供が玩具を壊す様に惨たらしく殺されて行くのを目の当たりにした経験がある。


 恐ろしい形相で屈強な体の鬼に体を押さえつけられ、服を破かれて、気持ちの悪い笑みを浮かべながら大切なものを奪われそうになり、更には血塗れの武器で体を切り裂かれそうになった。

 女として、そして自分の持つ命を奪われる意味での死を実感し、そしてそれら死の恐怖が引き金となって、厳霊業雷命の力を覚醒させて、その時の記憶の大部分が飛びながらも、自分が空を支配して全ての怪異を神立の雷霆で消滅させたのを覚えている。


 その時と同じだ。

 自分にこれだけの力があるのに、何もできずに目の前で人が殺された。

 あの時は、もっと早くに覚醒していれば、あのような惨状になることはなかった。

 今回は、もっと早くに動いていれば、被害を最小限に抑えることができるはずだった。

 そんなことばかりを考えて、胸が苦しくなる。


「ならなおさら、生きて帰れることを喜んだ方がよいぞ。命を落とした(つわもの)達の願望は、未知の領域である深層上域を踏破し、それを生きて地上に持って帰ること。それが叶わぬ者が出たならば、叶えることができんかった者達のために妾達が叶え、そして帰ることができんかった者達の分まで喜ぶことが、一番の手向けじゃ」

「……流石、疱瘡神討伐作戦に参加して生きて帰ってきた退魔師なだけはあるわね」


 三年前の疱瘡神討伐に参加していた退魔師として、美桜が自分の意見を言う。

 目的は違えど、最終的な目的である『生きて帰る』を成し遂げることができなかった点は同じだ。

 そのようなことを経験しているからこそ、自分が生きて地上に帰ることができることを、目的である深層の情報を持って帰ることを達成できることを喜ぶべきだと、慰めるように言う。


「そうね。美桜の言う通りだわ。私は退魔師でも呪術師でもないから、すぐに切り替えるなんてことはできないけど、でも、亡くなった人の分まで命あることを喜ぶわ」


 それでも自分の落ち度もあるから、誰がなくなったのかを後で聞きだしてから、自分のお金で慰霊碑を建てることにする。

 それが今の美琴ができる、この作戦で散った英霊達に対する最高の敬意だ。


「それじゃあ、戻る準備をしましょう。あ、その前に色々とここで済ませておきたいことがあるんだった」

「まず一つはあれじゃが、他はなんじゃ?」

「見ていれば分かるわよ」


 美桜は人よりも五感、特に聴力に優れているのだが、マラブのあの詩のような詠唱が聞こえていなかったらしい。

 珍しいこともあるのだなと思いながら、必死の形相で雷薙を放すまいとしている仁一と、今にも死にそうな顔をしながら雷薙を奪い取ろうとしているマラブの方に向かう。


「い・い・か・ら! この薙刀を放しなさいよ! これはあんたのじゃなくて、美琴さんのものでしょう!」

「違う! これはもう俺のものだ! 俺のものなんだ!」

「ただの人間がこれを使えるわけないじゃない! とにかく、これを放して返しなさい! じゃないとマジで死ぬわよあんた!?」

「この呪具が俺に従わなかったのは、まだこれが俺を主と認めていないからに違いないんだ! じっくりと俺が主と認めさせて、俺が雷神が如き無双の力を手にするんだ!」

「えぇ……」


 今ので大体、どうして雷薙を狙ったのかを把握できた。

 どうやら美琴の雷の力を、美琴自身の能力ではなく雷薙のものだと勘違いしているらしい。

 確かに自分の行動を振り返れば、人によってはあの雷が最上呪具である雷薙から出ていると捉えられかねない動きをしているが、しっかりと見ていれば美琴の体から出ていることくらい分かるはずだ。

 まさかそんな、無双の力を手にしたいから、などというくだらない理由で危うく大惨事まっしぐらコースを行こうとしていたとは、どこまでも愚かな人だと呆れてため息も出ない。


「そもそも、天候を支配できる呪具があるとして、こんな武器程度の大きさに留まるはずがないことくらい常識で考えれば分かることでしょう!? いくら例外がある世の中とはいえどね、ここまで突飛な例外はないのよ!」

「あの祓魔十家序列二位の雷電家の呪具だぞ!? 常識に当てはまるようなものがあるとは思えん!」

「あんたはどこまでバカなの!? それが雷電家のものだって分かっているなら、ウン百万人見ている配信の中で、持ち主から盗むんじゃないわよ!」

「そもそもその呪具って、男性には扱えないようになっていますしね」


 怒鳴り合いのように言い合っている二人の会話に入り込み、こちらを向いた仁一に音を立てずにすっと近付いて、感情を消した表情で首を掴んで軽く締めながら電流を流し、脳から発せられる電気信号に介入して強制的に体を操作し、雷薙を美琴に手渡させる。

 首から手を離すと、喚きながらすぐに返せと叫ぶがさくっと無視して、傷が付いていないか、刃が毀れていないか、歪んでいないかなどを確認する。


「男には使えないって、どういうこと?」

「そのままの意味ですよ。この雷薙の能力って、言っちゃえば私の能力全てに強力なバフをかけるものなんです。その効果で最上呪具に分類されている理由は、それを使える条件を満たしている人間が現時点で、世界中探しても私一人だからなんです」


 呪具、雷薙。

 呪具とカテゴライズされてこそいるが、細かく言うならば天逆鉾と同じ神器の類だ。

 雷電家というより雷一族に伝わる、初代現人神の厳霊業雷命が死の間際に己の命を代償に作り上げた、最強格の神器だ。


 持っている効果こそ非常にシンプルだが、それを発揮する条件が、雷神としての力を完全に覚醒させた雷一族の女性と、使える条件が特定の一族のみに限定されているため、その上り幅が他の強化系呪具の追随を許さない倍率になっている。

 それ故に、持ち主を強化するというシンプルなものでありながら、最上呪具に君臨しているのだ。


「つまるところ、雷電家の雷神でなければ、その呪具の能力が機能しないってわけね」

「その通りです。どれだけ呪力を流し込もうが、これの起動方法自体が、目的を持って雷神の力を持つ私の声で名前を呼ぶことですから。それより」


 相棒に傷がないのを確認し、安心してほっと息を吐いてから、ぴたりとその(きっさき)をマラブの喉元に突き付ける。


「さっきの詠唱、あれは魔術でも呪術でもなかった。あの力の流れ方は、アモンの時と似ていたわ。マラブさん、あなた一体何者なの?」


 魔神であることはもう決定的だ。

 もし先にアモンと戦っていなければ、あの妙な力の流れはマラブ個人の特殊な何か程度に認識していただろうが、あいにくと過去に魔神との命がけの戦いを繰り広げた経験がある。

 だからこそ、あの力の脈動が魔神特有のものであると分かった。


 こうして問い詰めて、ここで権能や神性を開放してもすぐに対処できるよう、七鳴神を開放しておく。

 仮に武器を奪われた時の保険として、すぐに真打・夢想浄雷を取り出せるようにもしておく。


 バチバチと体から雷を走らせ、鋭く睨み付けて殺気をぶつける。

 すると、どういうわけかマラブがぺたりと尻もちをつく。

 弱いふりをして油断を誘う作戦かと思い、雷薙に雷をまとわせていつでも迎撃できるようにする。


「……ぅっ」

「?」


 顔を俯かせて、体が小刻みに震えだすマラブ。

 そして、


「うわああああああああああああああああああああああああん!!」


 滂沱の涙を流しながら、大きな声で泣き出した。


「…………………………え?」


 完全に予想外の行動に、本気で思考が停止する。

 周りの人達も、大分ぼろぼろではあるが、大人でグラマラスな美女のマラブが、まるで幼子のように泣き叫ぶのを見て、ぽかんと呆ける。


「なんで……なんでこんな目に遭わないといけないのよおおおおおおおおおおおおおおお! そこのバカに、ひぐっ、散々こきつかわれてぇ……、たくさん酷い目に遭って、フェニックスとベリアルに殺されかけてぇ、ひっぐ、バアルゼブルに危害を加えないとか色んな誓約を交わした挙句、戦えないのに深層までついて行って支援する血の誓約まで交わして、いきたくもないしんそうにきょーせーれんこーされて、相手がまじんじゃないからしぬことはないけど、ばけものたちとれんせんしてぼろぼろになって、さいごのさいごでじんいちのバカがとくだいのやらかしをしてくれやがったせーで、ちじょーにもどったらあのばけものふたりのおしおきかくてーしちゃうし……! もういやだぁああああああああああああああああああああ!!」


 びええええええええええん! と、大粒の涙を流し泣きじゃくりながら、だんだん幼児退行を起こすほど追い詰められた理由を、どんどん話す。

 その中でフェニックスとベリアルというとんでもない名前が二つ出てきて、ここまで号泣する理由は、最終的な引き金は美琴の怒りと殺気ではあるが、特に大きな理由はその魔神二人のようだ。

 一体どれだけの数の魔神がこの現代にいるのだと聞きたいが、大人なのに子供のように泣くマラブに聞こうにも聞けないので、どうしようかと思い、とりあえず雷薙を下ろしてブレスレットにしまう。


 しばらく幼子のように泣き喚いていたマラブをなだめること数分。

 溜まりに溜まっていた鬱憤を全部吐き出したこともあってか、恥ずかしそうに頬を赤くしながらもどこかすっきりした様子だ。


「それで、結局あなたは何者なの? 魔神であるのは分かったけど」

「……私はバラムよ。ソロモン七十二柱、序列第五十一位、知者の魔神バラム」

『検索にかかりました。バラムは過去・現在・未来に関する正確な知識や機知・策略を授ける能力があります。その能力が権能で、その権能を用いてブラッククロスを大きくしてきたのでしょう』

「アイリ、あなた今までどこにいたのよ」

『最初の被害者が出てから、ずっとお嬢様達三名だけが映る安全な場所におりました。それで、私の推測は当たっていますか、バラム様』

「えぇ、当たっているわよ。私は過去と、その過去から無数に分岐した過去、現在と、現在から無数に分岐する可能性、そしてその分岐した先にある全ての未来が見えるの。その中で、最も安全で最も人から信用されて、最も大きく成長できる道を選んで、その過程のアドバイスをしてきた。ほとんど無視されて、私が望んだ、本当に輝かしい場所からは程遠い場所に行きついたわけだけど」


 嘘は吐いていないようだ。

 ドラキュラ戦でも、バラムの詠唱が聞こえて力の脈動を感じた後で、明らかに未来を見ていなければ知ることができない指示が流れてきた。

 そんな能力があるなら、それを戦いにも活かせるのではと思ったが、運動神経が本当に鈍いことと、数秒から一分程度先ならまだある程度未来を絞れるが、それ以上先となると絞り切ることができないほど道が分岐するため、選択している間にやられてしまうのがオチらしい。


「どうして私を守るように、フェニックスとベリアルに言われたわけ?」

「あの二人の個人情報に少しでも触れるようなことは言っちゃいけないって、血の誓約を交わしているから言えない。正確にはベリアルとだけど。神血縛誓って言って、人間でいうところの制誓呪縛の、魔神版みたいなものよ。破れば七日間じっくり苦しんだ後に死ぬわ」

「なんてものを使っているのよ……」

「過去の魔神時代の私の悪行のせいで、こうでもしないと信用されなかったのよ」

「何をしたのよ……」


 余程酷いことをしたようだが、聞くと長そうなので聞かないことにする。


「どんな誓約を交わしたのか、答えられるところだけ教えて」

「まず、あなたと一緒に深層攻略に参加して、権能を使ってでもサポートすること。次に、あなたには嘘を吐かないこと。傷付かない、いわゆる優しい嘘なら許容範囲内。三つめはあなたには何があっても危害を加えないこと。そして最後に、この作戦終了後にブラッククロスと仁一、そして仁一の血縁者とは未来永劫関わらないこと。これが、フェニックスと交わした神血縛誓よ」

「なっ!? マラブ、貴様俺を裏切るのか!?」

「裏切るも何も、自分で自分の首を絞めた挙句、自分から全速力で助走付けて崖から身投げしたんじゃないの。大人しく私のアドバイスを聞いていれば、こんなことにはならなかったのに」


 バラムが完全に手を切ると宣言したことで、仁一が声を荒げるが、興味をなくしたような目を向けながらいい返す。


「言っとくけど、最後のあれでもう完全に、一ミリも軌道修正ができなくなったわよ。どうあがいても、このクランは確実に破滅する。先に教えておくわ。来月くらいにあんたの息子が撒き餌を使って、怪物譲渡(モンスターギフト)をするけど一人の女の子にぼっこぼこにされて、その後の仕返しでより大きな撒き餌を使って、それでもまたぼこぼこにされて、使用禁止されている危険物質を二度使ったことが最後の止めとなって、泥の上で辛うじて保っていた危うい栄光は完全に失墜するわ。これはもう確定して変えられない未来だから、これから近いうちに訪れる確定した破滅に怯えながら過ごしなさい。ついでに、その情報も与えてあげる」


 そう言って、先ほど聞こえたのと同じ詠唱をし、一瞬だけ捻じれた角のようなものが側頭部から生えてきた。

 アモンもそうだが、その詠唱を唱えた後は角が生えて来るらしい。

 アモンもバラムも美琴のことをバアルゼブルと呼ぶので、美琴がもし神性を開放できるようになったら、もしかしたら同じように角が生えてくるのかと思い、右手で頭をさする。


「う、嘘だ……! 嘘だ! こんな、こんな、結、末……!」


 どんな未来の情報を与えられたのか、仁一は顔を真っ青にして膝から崩れ落ちる。

 バラムの権能は、正確に知識や機知、策略を授けるものなので、仁一に与えられた未来の情報も正確なものなのだろう。

 確実に破滅すると教えられ、その知識を持ちながら何もできないまま、潰れていく自分の未来を変えられない。そんな絶望を味わった仁一は、ぶつぶつと小さな声で、「嘘だ……嘘だ……」と繰り返し呟く。


「ざまあないのう」

「そんなこと言わないほうがいいですよ、美桜。自業自得とはいえ、流石にちょっとかわいそうです」

「華奈樹も結構すごい追い打ちかけてるけど」


 近くにいるブラッククロスの成員、というか美琴達がいた第一班の班長が、優しさで声をかけるが全く反応を示さない。

 そんな仁一を、美桜はおかしそうにくつくつと笑いながら言い、華奈樹も少しスカッとしているのか、笑いそうになっているのをこらえながら言う。


 ともあれ、数十名もの被害者を出す結果となったが、前人未踏だった深層上域を攻略することに成功し、一千万近くの視聴者から賞賛のコメントの嵐を送られながら、ボス部屋の中に落ちている核石と素材を回収して、バラムの全力の支援を受けながら深層モンスターを連携で倒していき、夜になる頃に地上に生還した。

 後に、世界初のダンジョン深層攻略成功として大々的に取り上げられ、貴重な深層攻略の風景を配信していた美琴のチャンネルは特大成長し、色んな放送局から出演のオファーなどが大量に舞い込んでくる事態になったが、現時点でメディア出演するつもりはないの一点張りでどうにか乗り切るのは、まだ少し先の話。

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