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75話 陽の光に拒まれ、月の光に愛された者

「ここが、深層上域のボス部屋か……」


 待ちぼうけを食らうこと二時間。やっと他の班が合流した。

 何人か寝不足になっている人もいるのか、その間に眠ってしまう人が出た。マラブなんかは時間がかかると分かった途端には瞼を閉じており、合流した後も眠ったままだ。


 見るからにあからさまな場所だが、ここが中域に続く道があるボス部屋であると判明したためか、仁一は真剣な眼差しで城を見上げている。

 二度にわたって攻略が行われ、二度にわたって失敗した地獄、深層。

 そこの最難関とも呼べる場所に辿り着いたことが嬉しいのかもしれない。


「これより一時間の休憩の後に、ボスに挑む! 相手は未知なモンスターだ! 決して油断するな!」


 深層に突入する時と同じように、声を拡声することで攻略班全員に通達する。

 相変わらず嫌われているようで、あの時と同じように顔を歪めたり耳を塞ぐ人が出たが、言っていること自体は正しいので仕方がないというような雰囲気が流れる。

 これからこの先にいる化け物に挑むというのに、相変わらず団結力がないなと苦笑を浮かべていると、華奈樹が隣にやってくる。


「あの、こういう時って少しでもモンスターの情報が必要になったほうがいいと思うんですけど」

「そうだけど、一度ボス部屋に入ったら内側から来た道を戻ることができないのよ。それができるようになるには、そこにいるボスを倒す以外道がないか、その先に進んで別ルートでどうにか戻ってくるかの二択しかないの。下層ならともかく、ここは深層で、中域にどんなものがいるのか分からないから、下手にその先に進んで撤退っていう手段が取れないのよ」

「それは分かりますけど、大丈夫でしょうか?」

「まあ、いざとなったら陰打ち抜いて、壁壊して全員逃がすけど」

「そ、それは頼りになりますね……?」

「ちょっと、そんな反応しないでよ」


 美琴がそれくらいのことできるのは知っているだろうに、とんでもないことを聞いたようなリアクションを取られて、少し傷付く。

 どれだけ強い力を持っていようと、根は繊細な女子高生なのだぞと抗議し、ちょっと引いている華奈樹に飛びつく。


「ひゃっ!? い、いきなり飛びつかないでくださいよ」

「そんな反応するからでしょう。数年ぶりに会った幼馴染が人を助ける手段を言ってする反応が、ちょっと引くこととか酷くない?」

「そ、それについては謝ります! 謝りますから、離れてください!」

「おやおや、恥ずかしがり屋さんなのは変わらずなのねー。ほっぺ赤くしちゃってー、可愛いわねー、うりうりー」

「や、やめてやー!」


 恥ずかしさで若干繕っていた言葉が剥がれ、京言葉が出てくる。

 しばらくそうしてじゃれていると、そこに美桜も加わって一緒になって華奈樹をからかったが、顔を赤くして涙目になってぷるぷると震えだしたところでやめた。


 その間、周りの探索者達は美琴達のじゃれ合いを非常に微笑ましそうに眺めていたが、それに気付いたのは少ししてからだ。

 コメント欄も少女達のじゃれ合いに感謝のコメントを大量に投げ、中には真っ赤なスパチャを全力投球してくる視聴者もいたが、それに書かれているコメントを読むのはまだ先の話。


 そうして休むこと一時間。

 仮眠を取っていた人、瞑想していた人、武器や杖の手入れをしていた人、その他も全員が準備を整えて、これから過去最難関の怪物に挑むことに緊張した面立ちをする。


『これからボスだというのに、お嬢様に指揮を代われという人が出てこないあたり、理性的でございますね』

「私はそれでいいんだけどね。人に指示出すの、あまり得意じゃないし」


 何があってもすぐに対処できるようにと、部屋に入る前から四鳴を開放しておく。

 雷が使えなくなるのは陰打ちを抜いた時なので、それを出さなければ雷は使える。


「これより、人類初の、ダンジョン深層ボスの攻略を始める! 全員、心してかかれ!」


 指揮官気取りで大声で言う仁一の言葉に反応したのは、ブラッククロスの成員だけだった。

 まだマラブがそれを言った方が返事を返してくれるだろうが、指揮官の立場を代わるつもりはないのだろう。


 相変わらずだなと思っていると、仁一が先陣を切って門を開けて足を踏み入れる。

 それに続いて残りもぞろぞろと足を踏み入れていく。

 中は非常に広い作りになっており、ぱっと見大したものがないように見えるが、よく観察すればまるで海外の城とかで見かける謁見の間のような飾りなどが見られる。

 ただ全体的に薄暗く不気味な雰囲気が醸し出されており、いつどこから何が出てくるのか分からない怖さがある。


”ファンタジーで言うところの謁見の間だなこれ”

”まさかダンジョンの中でそんなの見るとは思わんかった”

”でも普通の謁見の間じゃねーなこれ。不気味さがパねえ”

”よく見りゃ天井にコウモリもおるし、戦闘中に襲ってきそう”

”どこから何が来るか分からん怖さがあってスリルあるけど、そんな悠長なこと言ってらんねえな”

”入ってきたときの入り口も閉まっちゃったし、もう先に進んで逃げるか美琴ちゃんに壁ぶち抜いてもらうしか道がないぞ”

”いざとなったら美琴ちゃんがいる安心感よ”

”ボス部屋破壊実績持ちは伊達じゃない”

”逃げきれるかどうかが不安だけどね”


「……全員気を付けなさい。この先にいるわよ」


 少し進んでいると、突然マラブがそのような警告を飛ばしてくる。

 ここがボス部屋なのだし、この先にいるのは分かり切っていることだが、下層までのボス部屋ではいきなり出てくるものもあるので、それを警告したのだろうと納得する。


「ほう、随分と久方ぶりの来客だ。すまんが、急な来客なもので、出せる茶も茶菓子もないがよろしいか」


 もう少し進むと、部屋の奥の方にある玉座のような場所に座っている何かが、ふっと顔を上げてこちらを見て、《言葉を発した》。

 モンスターは基本、言葉を発しない。

 地上にいる怪異は等級が上がれば、人語を操る個体も出てこないこともないが、そこまで知能を持つ怪異なんて早々出てこない。


 とにかく、ダンジョンのモンスターは人語を解さない。なのに、このボスモンスターはどうだ?

 普通の人間が話す様に、自然に言葉を発した。


「どうして、モンスターが……」

「人語を発するのがそんなに不思議か? なにも驚くことなどない。私は私という個として、この世界に存在する。私は私という命を与えられ、私という存在を入れる器を与えられ、知恵を授かりここにいる。ならばこうして、お前達と同じように言葉を発してもおかしくはないだろう?」


 人の正気をがりがりと削るような不快感のある声で言いながら、影のように黒い服の上に羽織った鮮血のように赤いマントを翻らせ、ごつん、ごつんと足音を立てて階段を下りてくる。


「私は、陽の光に拒まれ、月の光に愛された者」


 階段を降り切り、影の中から巨大な剣を一本取り出して、それを床に刺してそこで止まる。


「私は、青く輝かしい空を忌み嫌い、月明かりと星が照らす夜空を愛し、夜を歩く者」


 ざわざわと、大広間の中で何かが一斉にうごめき始める。

 周りからは異様な気配が無数に感じられ、それがボスモンスターの方に向かって行くのが分かる。


「私は、甘美な香りと芳醇な味わいの鮮血に飢え、それを啜って永らえる者」


 それが大量のコウモリであると知り、もうすでに戦闘態勢なのかと構えるが、そのコウモリ達は真っすぐに、ボスに向かって飛んで行き、そして大きく広がった影の中に食われるように吸い込まれて行く。


「私は、不死者の王(ノーライフキング)血啜る夜の怪物(ノスフェラトゥ)、ヴラド・ツェペシェ。……この名では諸君らには通じまい。ゆえに、こちらの名を名乗らせてもらおう」


 強烈な威圧感にむせ返りそうな血の臭いが立ち込め、恐ろしく禍々しいオーラのようなものをまとう。


「私はアール・ドラキュラ。さて、諸君らの血の味は、如何なものかな?」


 その問いの直後、美琴達の後ろにいる探索者達が悲鳴を上げ、ばっとそちらに顔を向けると、生暖かく赤い雨が美琴の頬を僅かに濡らした。

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