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72話 深層の安地

「い……いだだだだだだ!?」

「声を上げるのはいいけど、もうちょっとどうにかならないわけ?」

「そ、そんな無茶なことを言うでないわ……! こればっかりは繕う余裕すら……あだだだだだ!?」


 ドラゴンの討伐後、深層の地図の作成や地形の把握、モンスターの分布などを見ながら深層上域をうろつき、昼休憩を挟んでから更に探索を続けること五時間。

 十数時間という長い時間動き回り、合間合間に休憩を挟んでいたとはいえ、体力の限界が近かった。

 それはほかの班も同じだったようで、班長に持たされている通信機を使って合流場所を指定され、美琴達の第一班はどこの班よりも先にその地点に到着していた。

 奇しくも、そこは正のエネルギーがかなり広い範囲に充満している安全地帯で、モンスターに襲われることもない。


 そして残りの班が来るのを待ちながら、ドラゴン戦から動きがかなりぎこちない美桜に、軽い電流マッサージを行っていた。

 どうやら彼女の秘剣、十六夜風刃は瞬間的に高い瞬発力と敏捷性を得られる代わりに、使用後に全身筋肉痛のような激痛にさいなまれるらしい。

 錬気呼吸法で練った気を使えば、その痛みを大分緩和することはできるそうだが、痛みがなくなるだけでひきつるような感覚はなくならない。

 それもあってか、ただ歩いている時は問題ないが、モンスターと戦う時は大分動きがぎこちなく、少し後手に回る場面が散見された。

 特に腰が酷いようで、他を先に終わらせてから腰をじっくり時間をかけてマッサージする。


 ちなみに、それを行うためにわざわざ力を七つに分割したうえで、七分の一の力を更に七つに分けることで、どうにか人体に害が出ないレベルまで出力を落とした。

 一瞬でも気を抜くと全部くっつきそうなので、意外と神経を使う。


「全く、痛いなら早く言いなさいよ。我慢はよくないわよ」

「わ、妾は十六夜の長女で、当主じゃからな。弱音を吐くわけにはいかぬのじゃ」

「ここでは長女だろうが当主だろうが関係ないわよ。戦場に立てば身分の差なんて存在しない。ここではあなたは、ただの一等退魔師の十六夜美桜よ」

「ひぐぅ!? み、美琴!? 今わざと一瞬だけ電流を強くしおったな!?」


 強がるところは変わらないなと呆れ、無理をして我慢をしていることにお仕置きをしようと、一瞬だけちょっと強めに電流を流す。

 しっかりとそれを感じた美桜は体をびくんっ、と跳ねさせて、痛かったのか若干涙目になりながら抗議の声を上げる。


”電流マッサージしているからしかたないけど、現役JKの腰をがっつり映すのはよくないですよアイリちゃん!”

”体めっちゃ動かす退魔師だから納得できるけど、腰ほっそい”

”美少女が美少女にマッサージする絵も中々いいですわゾ^~”

”これは仕返しにやり返されるパターン”

”あら^~”

”キマシタワー”

”キマシッ!”

”明らかに特別な感情持ってる灯里ちゃんとのやり取りもいいけど、幼馴染の女の子との絡みもいいね”


 美琴にマッサージをしてもらっている様子をアイリは映しており、流石にきわどいところは映さないようにしてくれてはいるようだが、恥ずかしいのか珍しく頬を赤くしている美桜。

 だが恥ずかしさより痛みの方が勝っているようで、もくもくと配信を続けるアイリには何も言わず、痛みで声を上げる。


「うぅ……。痛みはなくなったが、色々と酷い目に遭った気が……」

「我慢した罰と、昔よくからかわれたお返し」

「今ここですることか!? 辛いのが苦手じゃから、地上に戻った時に激辛料理を食べさせるとかならまだ分かるが」

「それは私も巻き込まれるからやらない。前に一回それやって、変に需要があるって分かったから」

『視聴者の皆様は、激辛料理を食べて汗を流すお嬢様を見たがっていますよ』

「もう絶対にあんな企画はやらないから」


 味は美味しくできたが、それが帳消しになるどころではないレベルで辛くなってしまったため、悶えるような痛さを舌に感じた。

 程よく辛い物、それこそ市販のキムチとかなら全然好きだ。白米と一緒に食べるとたまらない。

 あとは家の近所にある中華料理屋だ。麻婆系は全部激辛だが、それ以外のものは好みの味と辛さだ。


 あれくらいだったらいくらでも作るのになーと少し遠い目をしていると、ばたばたと慌てるような慌ただしい足音が聞こえた。

 恐らく他の班の到着したのだろうと立ち上がり、その足音がしたほうに向かう。

 そこには予想通り、第二班の探索者と参加者達がいたが、何か違和感を感じた。

 そしてすぐに、感じた違和感の答えに行きついて、くらりと眩暈のようなものを感じた。


「美琴、大丈夫ですか?」


 一緒に来てくれていた華奈樹が、ふらついた美琴のことを支えてくれる。いきなりのことで、心配そうな顔をしている。


「えぇ、大丈夫……。ただ、やっぱりダンジョンは、深層は、地獄なんだって再認識しただけ……」


”美琴ちゃんどったん?”

”体調悪いなら横になったほうが”

”今日めっちゃ働いてたしね。もう休んでても誰も文句言わないでしょ。あのアホ以外”

”証拠の動画は配信に映っているし、ネチネチ何か言ってくるならそれを見せればええ”

”ん? なんか第二班のやつら、人数少なくね?”

”え、まじ?”

”ほんまやんけ。もしかして美琴ちゃんが今ふらついたのって、人死にが出たのを知ったから?”


 視聴者も、息も絶え絶えで安全地帯に入ってすぐのところで、座り込んでいる第二班を見て、別行動になった時と比べて数が少なくなっていることに気付く。

 彼らの言う通り、人死にが出てしまっていると認識したから、その重い事実に脳が処理落ちしたような感じで鈍くなり、眩暈のようなものがしたのだ。


 美琴のいる班は、怪我人こそ出ても死人までは出なかった。

 あまりにも頼もしすぎる助っ人に、優秀な参加組の探索者達、そして班員全員をまとめられる能力を持つ班長。

 生き残るために必要なピースが揃っていたからこそ、一人も欠けることなく今日一日過ごすことができていた。


 他の班に、生き残るのに必要なピースが揃っていないとは言わない。彼らだって持ちうる知識と実力を全て出し尽くして、ここまで生きて逃げ込んできたのだ。

 ただ、誰も死ななかったのは運がよかっただけで、もしかしたら自分の班にいるメンバーのうち、誰かがいなくなっていた可能性があった。

 今日どうにか生き残れたからって、明日も生き残れるとは限らない。この程度で浮かれていてはダメだと、気合を入れなおす。


 安全地帯ギリギリのところで座り込んでいる第二班の人達のところに駆け寄り、労いながら中央の方まで連れて行く。

 中には、何を見たのかもうこんな地獄にはいたくないと、恐怖を顔に張り付けてうずくまっている人もいた。

 中には、声をかけても反応せず、何か大切なものを喪失したかのような絶望を浮かべ、虚ろになった目で何もない場所を見つめる人もいた。

 中には、美琴が近付いただけで悲鳴を上げて、来ないでと泣きわめく人もいた。

 大百足戦の後で別れてから、一体どんな地獄を見て来たのか。精鋭ともいえる強さを持つ探索者達の反応を見て、そんな彼らでもああなってしまうのかと冷や汗を流す。


 それから遅れて第三班、つまりは仁一とマラブがいる班がやってくる。

 その班も人数が減っており、三つの班の中では一番被害が大きかった。

 百十人以上はいたであろう第三班は、その数を七十人程度まで減らしていた。

 傍若無人、自己中心的で傲慢な仁一は、別れる前の余裕な表情はどこへやら。命からがら逃げきれたと、大量の汗を流し肩で呼吸をする姿が語っている。


「ほ、本当に安全地帯があった……」

「戦闘力がない分、こういうのを見つけるのは得意なのよ。これで信じてくれたかしら?」


 土まみれ埃まみれになり、髪もぼさぼさになったマラブが、安全地帯に足を踏み入れて安心したように言う仁一にこれといった感情を見せずに言う。


「そしてこれで分かったでしょう? 二週間なんていう期間が短すぎるって。ここは下層のボスクラスのモンスターがそこかしこに湧いている、地獄なの。最低でも一か月は準備期間が欲しかったわね。多分、あそこのお嬢さん方もそう思っているんじゃないかしら」


 そう言いながらマラブは美琴達の方を指さし、それを追うように仁一がこちらを見る。

 彼女の言うことは頭では理解できているようだが、感情が拒んでいるようで、明確に拒絶の色を浮かべて顔をそむける。


”なんだよあいつ”

”感じ悪ぅ”

”そもそもこの深層攻略も、大分無茶してるからなあ”

”こんなの、ほぼ美琴ちゃんがいるから成り立っているようなもんだろ”

”美琴ちゃんが攻略参加拒んでたら、どうするつもりだったんだろう”

”まず間違いなく、最初の奇襲で半壊以上はしてたな”


 今更のように取り繕った仁一は中央に向かって歩き出し、わざとぶつかろうと体を寄せてきたのでさっと避けると、じろりとにらんでそのまま歩いて行った。

 いい大人だというのにどこまでも子供っぽいなと思いながら、地面に倒れこんだり座り込む第三班の班員に近寄り、二班と同じように労いながら中央の方へと連れて行った。

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