71話 二つの秘剣と一つの轟雷
作戦を聞いた美琴達は、まだ半日も経っていないのに得手不得手を把握していることに驚きつつ、与えられた指示に従う。
美琴はとにかく派手に雷を使ってドラゴンの注意を引きつつ、素早い動きで翻弄して斬り付ける。
そのまま倒してしまってもいいそうだが、せっかく団結力が高まってきているのに、それに水を差すようなことはしたくないからとできるだけセーブする。
もちろん、自分以外の人に命の危険が訪れるようであれば、瞬時に消し炭にするつもりでいるため、二鳴から三鳴に切り替えて蓄積優先にする。
「あー、もう! 咆哮がうるさすぎて耳がキンキンする」
もう何度放たれたか分からない、物理的破壊力を持つ轟音咆哮。それを食らわないように離れ、一旦建物の陰に身を隠しながら耳鳴りがする耳を軽く押さえる。
普通、あんな爆撃のような咆哮を連続して使えば喉を傷付けてしまうものだが、モンスターであるため瞬時に回復できることと、そう簡単には傷付かない頑丈な喉を持っているためか、威力が衰える様子も使うことを控える様子もない。
『あまりの轟音に、常にノイズキャンセリングが入ってしまっていますね。眷属の皆様にも、上手く音を伝えられていないようです』
「あれだけ連続して使ってくるってことは、あれがメインの攻撃手段だっていうことは、班長の読み通りね。……普通にホワイトレイヴンに入れるくらいに優秀じゃない?」
そんなに長いこと戦っているわけではないのに、お互いのことを深く理解できていないのに、自分達の得手不得手をかなり深いところまで理解していて、モンスターの行動や攻撃手段などの解析をかなり精密に行っている。
それだけの能力があるのなら、少なくとも班長が探索者になるよりも前から黒い噂のあるブラッククロスより、非常に高い能力が求められるホワイトレイヴンに加入していた方が、確実に名前が広まっていただろう。
『恐らくですが、ああいう観察能力はブラッククロスに入った後に身に付いたものではないでしょうか。ブラック企業所属の人は、上の顔色を窺うのが上手いという話を耳にしないわけでもないですし。上層部のご機嫌取りに奔走した結果、深層でも通用する観察眼を目覚めさせた、とか』
「だとしたらすごく可哀そう。どうにかしてあの人をあそこから助けられないかしら」
『お嬢様の配信に現在二百万人を超える視聴者がいますし、優秀な探索者をヘッドハントしようと企んでいるクランや企業も山ほど観ておりますので、そう遠くないうちにブラッククロスから脱退するかと』
「そうだといいけど、ねっ!」
ふっと影が挿し込んできたので、雷鳴と共にそこから離れる。
直後にドラゴンが、美琴が一瞬先までいた場所に墜落してきて、地面を大きなアギトでえぐり取っていた。
あんなもので噛み付かれでもしたら、一瞬で腕や足を持っていかれるだろうなと冷や汗を流し、自分の周囲にソフトボールほどの大きさの稲魂を大量に作り出し、それを射出する。
あの図体でかなり俊敏に跳び回れる飛行能力は厄介なので、少しでも飛んでいる時間を減らすために翼腕を攻撃する。
華奈樹のように、傷付けた場所を問答無用で殺すなんて芸当はできないので、付いた傷はすぐに再生していくが、美琴の強みは無制限の雷だ。
とにかく稲魂を撃ち出してはまた作り、作った傍から撃ち出すを繰り返す。
翼腕を破壊されて飛べなくなったドラゴンは、代わりに発達した後脚と前腕で地面を抉りながら蹴って跳び上がり、ナイフのように鋭い牙が並んだアギトを大きく開ける。
「人間の味じゃなくて、雷の味を味わってみたらいかが?」
「ガアァ!?」
威力を絞った雷を口の中に放ち、体の中を電撃で焼かれて悶える。
口を閉じてそのまま美琴の下を通過していき、落下を始める前に自分を電磁加速させることで撃ち出して、強烈な蹴りをお見舞いして地面に叩き付ける。
ズドン! という鈍い音を立てて地面に叩きつけられたドラゴンは、すぐに体を修復させて、雷の足場に立っている美琴を見上げて睨み付けて、今まで以上に大きく息を吸って咆哮を放とうとするが、意識の外に追い出されていたであろう華奈樹が即座に懐に潜り込み、膨らんだその胸部を斬り付ける。
膨大な量の空気を吸い込んで大きく膨らんだ肺を斬られ、切り口から空気が漏れて傷口が大きく広がる。
しかも魔眼を使っての攻撃であったため再生が遅く、先ほどのように食い千切って再生するという力技が使えない。
再生が完了するまで、思うように体が動かせなくなると察したドラゴンは、再生できる場所まで移動しようと動き出すが、班長がそれを逃さずに指示を出す。
術師達が大火力の呪術、魔術を放ってダメージを蓄積させていき、動きが鈍ったところで近接型の探索者が飛び出て取り囲み、ひたすらに殴る。
深層攻略に参加しているだけあって、いい装備を持っているため僅かなものではあるが、ダメージを与えることができている。
「ガボォ!?」
その場に縫い付けるように集まった探索者達を食らおうとアギトを大きく開くが、雷速で突撃した美琴が強烈な一撃を脳天に叩きこみ、強制的に閉じさせて雷の追撃をピンポイントで発生させて、顎も地面に強打させる。
大きな顔が地面に触れ、数々の術が飛び交い人が密集するところを美桜が吹き抜ける風のように通り抜けていき、瞼を閉じられる前に両目を潰す。
最強の火力の美琴と、再生を遅くさせる術を持つ華奈樹。この二人が付けた傷を、とにかく再生させないようにすることが、班長から与えられた指示の一つだ。
地上の怪異と成り立ちがそう変わらないモンスターからすれば、付けられた傷などすぐに回復できてしまうものだが、それがあまりにも大きいと意識を集中させないといけなくなる。
その間は素早く動くこともできなくなるし、それ以上の大きな傷を回復よりも先に付けられると、先に回復していた傷の修復が中断される。
参加者達が付ける傷は、一つ一つは大したものではないが、度重なれば無視できなくなる。
できれば修復してしまいたいが、華奈樹が付けた傷の方が大きく、どうしてもそちらの方が生命の維持に影響があるため、大きい方が優先される。
そちらがじわじわと回復していくが、美琴がそれ以上の大きなダメージを与えることで、華奈樹の与えた傷の修復を停止させる。
もし美琴だけであったら、こんな戦い方を思いつくことはなかっただろう。
再生されるより先に首を落とすか、再生なんてものをさせる暇もなく消し飛ばすの二択だ。
ただ情報を持ち帰らずに攻略するなら、これが一番の正解だ。何もさせずに、先手必勝で一撃で葬る。これが一番確実に、生きて地上に帰ることができる手段だ。
しかしこれは、深層という未知の領域を開拓し、そこで得た情報を探索者ギルドに持ち帰らなければいけない。
いつも通りの戦い方ができないことに少しもやっとしていると、美琴、華奈樹、美桜の三人が与えたダメージ以外を無視して、それらだけを意識的に再生させるのが見えた。
さっきからこのドラゴンは、高い学習能力を発揮している。
万雷は手数の多さがメインで威力はやや控えめ、と言っても十億ボルトは軽く超える電圧があるのだが、それでも威力が弱いことを学んで、咆哮で対抗してきた。
華奈樹の魔眼を使った攻撃も、殺された部分より上を自ら破壊することで、すぐに再生できるようにした。
どう考えても、人間と同じかそれ以上の頭脳を持っている。それだけ脳も大きく発達しているということなのかもしれない。
「全員離れてください!」
一番最後に華奈樹の傷を修復し、体を少し仰け反らせながら大きく息を吸い込む。
目に見えて大きく胸部と腹部が膨らみ、華奈樹が咆哮を放つ前にまた斬り付けようと踏み込んで鋭く刀を振るうが、獣の本能か学習したのか、刀が接触する寸前でより大きく体を反らせることで回避し、華奈樹の攻撃が外れる。
しくじったというような顔をして青くするが、声を発しようと口を開けた瞬間に、蓄積しきっていないが強引に三つ金輪巴にして雷を雷薙にまとわせて、切っ先に集中させて喉を抉り飛ばす。
物理的破壊力を持った轟音の代わりに、すさまじい暴風が吹き、近くにいた前衛達と華奈樹が飛ばされて地面を転がる。
ドラゴンはすぐに修復して美琴を一瞥するが、華奈樹を一番危険だと認識しているようで、すぐに彼女の方に向き直る。
「こっちを向きなさい!」
足場を蹴って接近して薙刀を振りかざすと、それを待っていたと言わんばかりに、タイミングを合わせて尻尾を振って攻撃を仕掛けてくる。
そんな反撃の仕方は予想外だったが、紙一重で回避して通り過ぎる前に雷薙で斬り付けて追撃を発生させ、斬り落とす。
そのまま体を捻りながら勢いを加え、首に雷薙を振り下ろして追撃を発生させるが、肉をえぐるだけで斬り落とすことができなかった。
「一応七鳴神と変わらない状態なんですけどお!?」
分割した力を全て一つに戻し、そこからどうにかして力を抑えられるようにしてきてはいるが、それでも常時七鳴神状態と変わらない。
周りに被害が出ないように加減はしているが、今首に叩きこんだ攻撃で中層ボスのゴリアテなら一撃で首を落とせるだろうし、下層のボスモンスターも五回攻撃する前に倒せるだろう。
大きな頭を支えている首が頑丈であることは分かっていたが、いくらなんでも今のは硬すぎる。
こればかりは流石に陰打ちを使った方がいいのではないかという考えがよぎるが、このドラゴンを倒すためには使ってはいけない。
邪魔だと言うように翼腕を振るって美琴を追い払おうとするが、その翼腕を斬り付けて追撃で焼き斬る。
特別頑丈なのは首なようで、ならそれ以外の場所をとにかく削っていく。
激しく跳び回りながら雷を撃ち込んで意識をこちらに向かせ、その外側から術師達が術を撃ち込んでそちらにも向かせ、美桜と華奈樹が強固な鱗や関節を斬って痛みを与え、そちらにも向かせる。
とにかく一つの場所に集中させない。とにかく意識をあちこちに移させることで狙いを絞れないようにし、できるだけその場所に留まらせる。
まだかまだかと、最大の一撃を叩き込む瞬間を待っていると、怒りが頂点に達したのか体中の筋肉が膨張して、ただでさえ大きな図体が更に大きくなる。
体が大きくなることは流石に予想外ではあったが、これだけ大きくなれば動きも遅くなる。
事実、ドラゴンの動きは先ほどと比べて、筋肉が膨張したことによって鈍くなっている。その分、一撃の重さは比べ物にならなくなっているが。
体が大きくなり動きが鈍くなったのを確認した瞬間、三人が同時に動く。
蓄積を優先ではなく強化を優先し、雷も身体能力も跳ね上がり、硬い鱗を砕く。
咆哮を放とうと動作なしで胸部を今まで以上に大きく膨らませるが、今までのように胸部を斬り付けることで無効化することはせず、それを放たせる。
「ゴオォオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ドゴォン!!! という轟音と共に放たれた咆哮は、幾度となく放たれたどのものよりも威力が高く範囲が広い。
その正面に立っていた華奈樹は、こげ茶の瞳を怖気のする灰色に変色させて魔眼を開き、壊滅的な音の爆撃を刀で斬って殺すことで無効化する。
本人も、魔眼で見てそれで破壊対象になっている証拠である、極彩色になっていなければ分からないと作戦を伝えられていた時に言っていたが、やってのけたということはそう見えたのだろう。
轟音の爆撃を食らって、ただの肉塊になるはずだった華奈樹が無傷で正面に立っていることが信じられないようで、ドラゴンが一瞬だけ呆けて行動が止まる。
「秘剣───十六夜風刃!」
間合いの内に入り込んだ美桜は深く息を吸って、一陣の疾風となって瞬く間にドラゴンの体中に、大量の切り傷を刻んでいった。
十六夜家に伝わる秘剣で、方法は教えられていないが、爆発的に気を練り上げてそれを余すことなく瞬発力と敏捷性に使いつくすことで、韋駄天が如き速さで移動して斬ることができるようになるそうだ。
体のあらゆる箇所をほぼ同時に斬られることで立っていられなくなったドラゴンは頽れ、その首を華奈樹の前に差し出す。
「秘剣───万祓い」
兼定を納刀していた華奈樹は、彼女の存在そのものが希薄に感じてしまうほど脱力しており、その状態から鯉口を切り、そう認識した時にはすでに振り抜かれていた。
刀崎家に伝わる秘剣、全ての退魔師の家系の剣技の中でも、最強最速の魔剣。間合いの内で使われれば回避も防御も不可能。
振り抜いたという結果が先に来て、それを追うように斬ったという原因が追いかけて来る、因果が逆転している魔剣。
純粋な剣技のみで、魔法の領域に到達した剣術の最高到達地点の一刀が放たれ、ドラゴンの体を深々と斬り付け、ほんの僅かに核を露出させる。
蓄積ではなく強化優先にしているため完了していないが、力技で雷をひたすらに圧縮して強化させ、雷薙のバフも乗せることで疑似的に三鳴の蓄積状態に持っていく。
それを見た全員は、巻き込まれないように大慌てで離れていく。
「諸願七雷・三紋偽式───白雷!」
暴力的なまでに収束した雷を見て、喰らったら死ぬと感じたドラゴンは修復を後回しにして逃げようとするが、その行動空しく振り下ろされた雷薙と共に強烈な雷が放たれ、飲み込まれる。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ……」
断末魔を上げたドラゴンだが、それも尻すぼみに小さくなっていく。
白雷が収まると、体の半分以上が消し飛んだドラゴンだったものがあり、それはすぐにぼろぼろと崩壊していく。
班長の作戦とは、怒りで攻撃が最大まで大振りになる、あるいは動きが鈍くなるまで攻撃を続け、どちらかが確認出来たら即三人が攻撃を畳みかけ、美桜と華奈樹が秘剣を使用して大きく削り、最後の一撃に美琴の諸願七雷のどれかを叩き込むという、シンプルなものだ。
元々怒りで攻撃が大振りになることは観察して分かっていたので、恐らくこちらの方を想定していたのだろう。美琴も、まさか膨張なんてするとは思いもしなかった。
少し予想外だったとはいえ、動きが鈍くなったのは確かだったので最後の段階に移行し、退魔師の二人が連続して秘剣を披露して削り、止めに美琴が最大の一撃を叩き込んだ。
身もふたもない話をすれば、こんなことをしなくたってドラゴンは倒せた。そうしたら班員の安全は確保できるが、代価として情報は得られなかった。
こうして大勢で攻略するのも悪くないなと思いながら、これだとやりたいようにやれないもどかしさと不完全燃焼があるため、やっぱりソロか連れて行っても二人か三人までだなと、勝利の雄叫びを上げる班員達を見て思った。
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