66話 下層以上の地獄へ
”下層ボスモンス全てワンパンとかマジっすかwwwww”
”やべーwww 相変わらず爽快感マックスですわwww”
”他の参加者、果たして自分がいる意味あるのだろうかって顔をしてますがな”
”美琴ちゃんは相変わらずだけど、侍ガール二人も意味分からんくらい強くて草”
”この三人だけで深層クリア行けるんじゃね?”
”予想以上の強さだった”
”術師みたいにド派手な絵面があるわけじゃないけど、絶対配信映えするから配信者なったほうがいいって”
”超清楚で敬語で物腰柔らかくて、それでいて最強クラスの剣の腕。これは万人受けしますわ”
”美桜ちゃんも格好と口調ですごい数のファン付きそう”
美琴達第一班が深層へ続く最後のボス部屋で、後続を待機している間は暇なので雑談タイムを取っていると、視聴者達が華奈樹達も配信者になったらどうかというコメントを書き込み始める。
配信者側の画面を見ることは滅多にないからか、興味深そうにのぞき込んでいた美桜が、そのコメントに対して首を傾げる。
「ふむ? なぜ妾まで配信活動をする流れになっておるのじゃ? 華奈樹ならともかく」
「なんで私ならいいんですか。私もするつもりは今のところないんですけど」
「じゃがこうしてすごいと言われて、可愛いと持て囃されるのは気分がいいのじゃろう?」
「うっ……、それは、まあ、女の子ですし。可愛いって言われるのは嬉しいですけど、それとこれとは話が別です。私を無理にそっちの道に連れて行こうと言うなら、あなたもこちらに引きずり込みますからね」
「うぐっ。それは勘弁願いたいのう」
美桜の後ろで、これから挑む深層のために感覚を研ぎ澄ませておこうと、刀を抜いて正眼に構えていた華奈樹が、自分が美桜に勝手に配信者にされかねないと感じたのか、刀を下ろして反論する。
それを美桜は面白がっていたが、同じ道に引きずり込むと言われて大人しくなる。
華奈樹が配信をするなら美桜も道連れだと言い、割と本気で彼女をこちら側に放り込もうとしていたのか、顎に手を当てて考える美桜。
それを見てやめてくれと懇願する華奈樹と、調子に乗ったらしい美桜が悪戯笑顔を浮かべて意地悪し始めるのを見て、変わらず姉妹のように仲がいいのだなと見守る。
華奈樹は一人っ子だが、美桜には三つ歳の離れた妹がいて、その妹はとてつもない量の呪力を有しているため呪術師として活動している。
体がそんなに丈夫じゃないので退魔師にはなれないと知った時は、姉のようになれないと涙していたが、朱鳥霊華もびっくりするほどの呪力を持っていることが判明してからは、すっぱりと諦めて呪術の道を驀進している。
”少し進んだら深層だってのに、この三人に緊張感が微塵もない件”
”一応、ここから先はマジで地獄だっていうし、緊張感持った方がいいよ”
”美琴ちゃんがいるから安心できるけど、それでも万が一があるからね”
”前にしれっと深層モンスの大百足瞬殺してたけど、二百人の攻略班が一日足らずで半分まで減ったんだから、マジで気を付けて”
”美琴ちゃんが怪我するところなんて見たくないよ”
”美少女リョナは二次元が最高であって、リアルで自分の推しがリョナれるのは嫌です”
『これより先は完全に未知の場所。過去二回の大規模攻略で多少の情報はありますが、役に立たないと考えたほうがいいでしょうね』
「図鑑でちょっとだけ公開されているモンスターの情報は知っているけど、それ以上のことは知らないものねえ。大百足なんて、戦ったとはいえないし」
『あの時は陰打ちを抜刀していましたしね。一応、深層のモンスター相手に、四鳴が通用することはそこで判明していますし、封印がなくなった今、相手ではないでしょうね』
「それでも油断はしないわよ。能力は人離れしていても、体は普通の女の子なんだから、怪我をすれば当然痛いし、毒を受ければ動けなくなる。頭や心臓を潰されれば、いくら私でも死んじゃうわよ」
ぐいーっと伸びをしながら言う。
あの時戦ったアモンは体のことを、自分という存在を入れるのに最も適した、作られた肉の人形だと言っていた。
それがどういう意味で発したのか、倒してしまった今は分かりようもないが、寄せ集めた肉塊を人の形に整形したのか、殺した人間の体を奪ったのか、どちらとも受け取れる。
とにかく、アモンのように欠損した体を瞬時に再生させるなんて芸当は、美琴にはできない。
体は、厳霊業雷命の力を入れておくのに最も適した器ではあるが、それを除けばいたって普通の人間のもの。病気にだってなるし、怪我もするし、死にもする。
深層はまだ足を踏み入れたことのない、未知の領域。図鑑で知っている程度の情報など、アイリの言う通り役に立つことなどないだろう。
後続がいつ着くのか分からないので、今のうちに華奈樹と同じように感覚を研ぎ澄ませておこうと、雷薙を構えて素振りをする。
「随分と熱心なことね」
「……何か用ですか?」
薙刀術の基本の形を繰り返していると、マラブがやってくる。
どういうわけか彼女も攻略に参加する様で、これまたどういうわけか美琴の班に入っている。
戦闘能力は皆無だと自分で言っておきながら、どうして地獄に足を踏み入れているのか、理解できない。
一体何の用だと振り向くと、地上で見た時は遠目だったので分かりづらかったが、近くで見ると前あった時より酷い顔になっていた。
メイクでも隠しきれていない深い隈に、少し荒れている肌。綺麗な金髪も少しボサ付いていて、スーツにタイトスカートという服装からなんというか、仕事に追われすぎて疲れ果てたOLのような見た目になっている。
「大丈夫ですか? 酷い顔していますけど」
「大丈夫よ。えぇ、大丈夫ですとも。ここ二週間、まともに睡眠が取れないほど激務に追われていただけだから」
「……今すぐにでも地上に戻ったほうが身のためだと思うんですけど」
「今ここで引き返したほうが、私の命が危ないのよ」
がたがたと体を震わせて顔を青ざめさせ、魂の底から恐怖しているような表情を浮かべながら言うマラブ。
一体この二週間の間に、彼女の身に何があったのかものすごく心配になる。
「それで、何か用があるのですか?」
何にここまで怯えているのか分からないが、触れないでおこうと決めて話を戻す。
「……そろそろ後続が到着するから、深層に向かう準備をしておいてって言いに来ただけよ。その様子だと、大丈夫そうだけど」
「思っていたよりも少し時間がかかっていますね」
「あなた達がいるこの第一班の進行速度がおかしいだけ。下層ボスワンパンってどういうことよ。世界征服でも目指してるわけ?」
「なんでそんな面倒で得のないことをしないといけないんですか。ただ単純に、無駄な時間を省くためにやっただけです」
「下層のボス戦を、無駄な時間って言う女子高生をこの目で見ることになるとは思いもしなかったわ」
何か見てはいけないものを見てしまったかのような目を向けられながら言われ、少し心外だと思った。
その後、色々と限界そうだったので落ち着ける場所まで移動し、愚痴でも何でもいいから聞いてあげようとしていると、ブラッククロス所属の女なのにこんなに優しくしてくれるなんて、と謎に感激された。
ただ落ち着けるであろう場所まで移動して座らせただけなのだが、まるで神でも崇めるような眼差しを向けられて、これはもう冗談抜きで地上に送り返して休ませた方がいいかもしれないと感じた。
そうこうしていると、マラブの言う通り後続組が到着した。そして、全体的にどこか暇そうな雰囲気が流れているのを感じたのか、どれくらい前からここにいるのだろうかと少しざわついた。
そんな中でひときわ鋭い視線を感じ、顔を向けると黒原仁一が美琴のことを不気味な笑みを浮かべて凝視していた。
まさか年下の女の子が好みなのかと身構えるが、どうに見浮かべている笑みというのがそういうものではない。
「よし! ここから先は深層だ! かつての最精鋭の揃った攻略部隊が敗走するしかなかった地獄が、この先に待ち構えている! 十分の休憩の後、最前線である深層に突入する!」
仁一が呪力を使って声を拡大し、全員が集まったボス部屋全体に響く大声で言う。
外部の参戦組は彼の声を聴きたくもないのか、顔をしかめ、中には耳を塞ぐ人もいた。
そういった人達を見て、これだけ人望がないのによく自分で指揮を執る気になったなと、その鋼のメンタルを称賛する。
「いよいよじゃな」
「かつての大事件が起こった深層。一瞬たりとも油断はできませんね」
いきなり虚ろな目になって、何もない場所を見つめ始めたマラブのことが本気で心配になり、大丈夫かと優しく肩を揺すっていると、華奈樹と美桜が近付いてくる。
「私もまだそこまで行ったことがないから、本音を言うとちょっぴり怖いかな。でも今はそれ以上に、この人が色々と限界そうで途中で倒れそうなことが一番怖い」
「……死んで一年経った魚のような目をしておるな」
「よく見るとかなりぼろぼろなんですけど……どうしてこの状態で、深層攻略に参加したんでしょうか?」
二人も流石に心配になったようで、どうしようかと話し合う。
しかし与えられた時間はわずか十分なので、できることはその十分間仮眠を取らせることしかない。
マラブは大丈夫だと消えてしまいそうなほど儚い笑みを浮かべて断っていたが、倒れられたら色んな人に迷惑がかかるだろうし、こんな顔をしている人をそのままにしておけないと説得し、美琴が膝枕することで仮眠を取らせる。
必要ないと言っていたが、横になって目を閉じるだけであっという間に意識を手放してしまったようで、少し浅い寝息が聞こえてきた。
そして十分が経ち、眠っていたマラブを起こす。
十分だけとはいえ、睡眠を取ったからかいくらか顔色はよくなった。
『いよいよですね』
「この階段を下りれば、深層……」
「そう思うと、気が引き締まって来るのう」
「油断は禁物、ですからね」
変わらず第一班が先頭を行くこととなり、目的地に続く階段前に集まる。
螺旋を描くようにできている螺旋階段を見下ろし、ここを降り切ってしまえば下層以上の地獄が待ち構えていると思うと、心なしか緊張してくる。
班長の男性が数度深呼吸をして、意を決して階段を駆け下りていく。それに従って美琴達も階段を駆けていき、一歩、また一歩と深層へ近付いていく。
長い長い螺旋階段を降り切って、横に広く開いている出口のような場所を潜り抜けると、目の前に広がっていたのは今までの洞窟のような場所ではなく、まるで中世のどこか海外のような異様な光景だった。




