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65話 攻略作戦開始

 過去最大級の、ダンジョン深層の攻略作戦。

 集まった大勢の探索者、呪術師、退魔師、魔術師達の前で、黒原仁一が演説を行っていた。

 この作戦が成功すれば、自分の揺らぎまくっているクランが立ち直り、失墜しかけている名誉も地位も回復すると思っているからか、それはもう熱が入っている。

 しかし、自分のクランの成員以外の参加者は、話している内容などそっちのけで、後ろの方で揃っている三人の美少女に注目していた。

 そしてそのことを美琴は感じており、どうしてとても熱い演説をしている仁一ではなく、自分の方に意識が向いているのだと言いたくなった。


「───この深層攻略を成し遂げた後、諸君らも、我々も、今まで以上の名誉を獲得することが、」

「はいはい、演説はそこまででいいでしょう。あまりそんなくだらないことに時間をかけている余裕はないわよ」


 大部分が話を聞いていないことにいら立ちを感じ、更にその注目先が美琴であることを理解しているらしい仁一は、だんだんと語気に怒りが混じり始める。

 あまりにも人が話を聞いていないため、そろそろ怒号になるのではないかと思っていると、なぜかこの場にいるマラブが手を叩きながら演説を遮る。


「マラブ……。この俺の話がくだらないとでも?」

「今のこの状況を見てそう感じないわけ? あなたのクランの成員はともかく、外部の参加者はみんな琴峰美琴に注目している。そして彼らの士気の向上は全て、彼女が参加していることに起因している。これ以上時間をかけたって、あまり意味ないわよ」

「……くそっ。雷電美琴、覚えていろよ」


 マラブに止められ、悪態を吐いた仁一は演説を中止して、具体的な作戦を話し始める。

 まずは一気にダンジョン下層まで駆け抜ける。中層ボスはゴリアテを三日前に倒してあるとのことなので、巨人兵の大広間を通っていく。

 そこから下層を駆け抜け、必要ならば下層モンスターと戦闘を行う。

 そして重要な下層ボスモンスターだが、下層ボスはどれも倒せていないらしいので、そこは上域、中域、深域、最深域全てのボスモンスターと戦うことになる。


 スムーズに攻略するため、三百人はそれぞれ百人班に分かれ、下層ボスは先に進む第一班が討伐して、後続がスムーズに進めるようにすることになった。

 深層ボスの場合はどうするのだろうと思ったが、現在判明している深層の情報だと、深層の広さは下層よりもずっと広いようで、深層上域でも下層最深域の倍近くあるそうなので、そのボス部屋ともなると三百人という大人数は入るかもしれないとのことだ。

 これでもし、三百人全員はきついと入った後に気付いたらどうするのだと言いたいが、もしその場合は美琴が壁をぶち抜いて逃がすつもりだ。


「なんというか、行き当たりばったりな作戦にも感じてしまうのう」

「準備期間が二週間しかなかったからね。しっかりと考える時間が足りなかったんじゃないかしら」

『ですが、深層は上域の半分しか判明しておりませんから、どうしたって美桜様のいう行き当たりばったりになってしまうのは仕方がないことです。お嬢様がいますので、大した問題ではないのでしょうけど』

「過度な期待はやめて頂戴。人がこれだけ多いと、巻き込まないように加減するの難しくなるんだから」


 七つに分割した力はすでに全てくっつけて来てあるため、今は常時七鳴神状態みたいなものだ。

 そこからこの二週間、ひたすら手加減できるように鍛錬を続けたため、雷の射線上に割り込んでくるなんてことをしない限り、巻き込むことはないだろう。

 だがもし、深層に挑んでいる最中でとんでもないイレギュラーが発生したら、もちろん指揮をまともに聞く人なんていないだろうし、もしかしたらそこで雷を使っている時に巻き込んでしまうかもしれない。

 なのでできる限り雷は使わない方針でいるが、やむを得ない場合は開放する覚悟をしている。


「ではこれより、世田谷ダンジョン深層攻略作戦を開始する。指揮はこの俺、黒原仁一が務める」


 いよいよ深層攻略が開始される。

 百人ずつの班に分かれて、一つずつダンジョンに足を踏み入れる。

 美琴は華奈樹と美桜と同じ班になり、ここにいる誰よりも頼りになる幼馴染がいるため、緊張はなくなったし安心して背中を任せられる。


 第一班となった美琴の班は先に進むこととなり、恐らく裏で妙な策略を巡らせているであろうこの作戦が、遂に開始された。



「ダンジョンに足を踏み入れるのはこれが初めてじゃが、配信で観た通り明るいんじゃな」


 ダンジョン攻略を開始してから三十分。上層モンスターは片っ端から無視、あるいは進みながら倒しながら進んでいると、美桜が興味深そうに周りを見回す。

 美桜も華奈樹も、普段は地上に発生する怪異だけを専門とした退魔師として活動しているため、ダンジョンのライセンスは一応持ってはいるそうだが、潜った経験はなくこれが初めてとのこと。

 モンスターも怪異と同じであるため、戦う環境が変わるだけでやることは同じなので、飛び込むことに躊躇いはないらしい。


「霊気を吸って発光する、特殊な鉱石があちこちに埋まっているからね。だからこの世界から霊気がなくならない限り、ダンジョンの中は明るいものよ」

「便利なものじゃな」

「こちらとしてはありがたいですけどね。普段の活動が夜なので夜目は利きますが、明るいことに越したことはありませんから」


 班長が仁一に何か言われているのか、かなりハイペースで進んでいるのだが、美琴達は息一つ乱さず、汗一つも流さずに余裕を持ってついていっている。

 この程度で置いていかれるわけがないのだが、何よりも驚いているのは恐らく、華奈樹と美桜が呪力を一切感じることができないのに、強化状態と同じ速度で普通に走っていることだろう。


 退魔師は呪力を持っているが使えない、あるいは一切持っていないが怪異を目視することができる人がなる職種だ。

 怪異や魔物は基本呪力や魔力で肉体を強化しているため、何の補助もなし、ただの人間の身体能力では太刀打ちできない。

 それではただ怪異の餌になってしまうということで開発されたのが、十六夜家が起源の錬気呼吸法だ。


 刀崎家と十六夜家の呼吸法は似通ってはいるが大分形は変わっていて、そのやり方というのは秘伝なので詳しくは知らないが、丹田式呼吸法に近いらしく、丹田で練った気を使って身体能力を底上げしている。

 この呼吸法のおかげで退魔師は呪具さえ持っていれば怪異と戦えるようになり、十六夜家は原初の退魔師と呼ばれるようになった。

 そしてそこの現当主の美桜と、刀崎家次期当主の華奈樹は、若くしてその呼吸法も剣術も極めており、この程度の進行に息一つ乱さずついていくなんてことは朝飯前なのだ。


「それにしても、進行速度が随分と遅いようじゃな? 美琴であればとっくに、中層に突入している頃じゃろう」


 岩の陰から飛び出てきた猿のようなモンスターを、逆手で柄を握っていた脇差を一瞬で抜き放って首を刎ね、流れるような所作で血払いをして納刀した美桜が言う。

 現時点で公式に残されている上層最速攻略記録は二十九分。それに対して、スタンピード殲滅後の配信で美琴が叩き出した記録は十七分と、十分以上も短い。

 美桜は先ほど、時々配信を観ていると言っていたので、美琴が普段からどれだけの速度で上層を走破して下層まで行っているのか知っているのだろう。


「美桜、言っておきますけど、あれは美琴がおかしいだけですからね。上層とはいえ、ダンジョンは危険地帯。それを三十分足らずの記録を出した保持者も中々ですけど、美琴の記録はもはや人外の域ですから、それと比べるのはあまりにも酷というものですよ」

「何気に辛辣ね、華奈樹」


 しかし事実なので反論もできない。まだ化け物と表現しないだけ、ありがたいと思っておくことにする。


「それより、私は上層のモンスターって結構弱いんだってことに、少し驚いています。美琴以外の女の子の配信者の多くは、上層に留まっていることが多いので強いとばかり」

『怪異等級で換算すると、いってもせいぜい三等ですからね。特等と一等のお二人からすれば、少なくとも下層までは雑魚の烏合の衆にしか感じないでしょう』

「そうなんですね。じゃあ下層に行くまでは、体力を温存しておかないといけませんね」


 などと言いつつも、常人なら目視できない速度で抜刀して飛びかかってきたゴブリンを両断する華奈樹。

 ただでさえ剣術の腕は美琴よりも圧倒的に上なのに、彼女の家には必中必殺の秘剣があり、間合いの中で先に使われでもしたら、美琴が全力を出しても回避できないという反則技だ。そして華奈樹はそれを習得している。

 その技は抜刀術で、抜刀術を極めた末に到達する極地であるため、それを習得しているということはつまり抜刀術を最も得意としている。

 そんな練度が異常に高い抜刀術を受けたゴブリンは、恐らく自分が斬られたという自覚がないのだろう。体が崩壊しながら追いかけようとしてくるが、あっという間に体を全て崩してしまう。


「最後に見たのが八歳の時だから何とも言えないけど、やっぱ末恐ろしいわね。流石は刀崎家始まって以来の天才ね」

「あら、三百年ぶりに雷電家に生まれた神様にそう言っていただけるなんて、光栄ですね」


 少し棘のある言葉が返ってきて、禁句が何だったのかを思い出す。


「あなたがただ才能だけでそこに行ったわけじゃないのは、洗練された技を見れば分かるわよ。ごめんなさい、天才って言葉が嫌いだったわね」

「人の努力を、この世界で最も簡単に否定できる二文字ですから」


 華奈樹の言葉には、美琴も共感できる。

 努力なくして成果を残すなんてことはあり得ない。そんなことができるのは、それこそ人じゃないだろう。

 美琴は日々、スタイルを維持するのだって、自分磨きだって、勉強も、運動も、料理も、剣術に薙刀術も、何もかもを毎日努力している。

 でもそれが人の目に映ることはなく、他人に映るのは努力の末の結果のみ。そして努力していることを知らない人達はこぞって、その結果だけを見て「天才」だと言う。

 美琴もその言葉が嫌いだ。頑張っている姿を見た上で、それを含めてそう言われるならまだいい。しかしそんな風に言ってくれる人は、両親くらいしかいないだろう。


「では、許してほしいなら、今度美琴特製スイーツをお願いします」

「……嵌めた?」

「まさか。ただ、この手を逃すわけにはいかないと思っただけですよ」

「先約があることを忘れるでないぞ?」

「あれ本気で言っていたのね」

「当たり前じゃ。妾が油揚げと稲荷寿司を冗談で要求するわけがなかろう」

「油揚げとお稲荷さんの食べすぎで、狐になっても知らないわよ」

「そうなったら毎日食べ放題じゃのう。なんと素晴らしい日々になるのじゃろうなあ」


 おとぎ話や神話だと思われていたことが全て事実だと判明している今、美桜の先祖に狐が混じっているのではないかと疑うほど、油揚げと稲荷寿司を好いている。

 口ぶりからしてしばらくこちらに残るようなので、いい豆腐を買っておいた方がいいかもしれない。


 そんな緊張感が感じられないまま上層を踏破し、そのまま中層に足を踏み入れ、中層は上層より五分遅い三十八分で踏破。

 下層に突入し、ここから本格的に怪物地獄となっていくため班に緊張が走りだすが、その緊張もすぐに消し飛ぶこととなる。


「なるほどのう。確かに、中層よりかいくらかマシになるようじゃが、鈍いのう」

「数が多いだけの烏合ですね。これで下層のモンスターなのですか?」


 百人という過剰に感じる戦力だが、それを遥かに上回る強さを誇る美琴、華奈樹、美桜の三人が先頭を進んでいるため、後ろにいる残りが戦闘準備に入る間もなくモンスターが消滅していく。

 アモン戦の後から上域付近にも出るようになったミノタウロスを、美桜が刀で皮一枚を残して頭を切り落とし、ブラッディウルフを従えるブラッディロードウルフを、華奈樹が次々と作業のように頭を刎ねていく。

 そして美琴は現れた鬼を、防御しようと横に構えた棍棒ごと縦に両断する。


”うはははははwwwwwwwwwww”

”女子高生三人が過剰戦力すぎる件”

”なにこれぇ(困惑)”

”華奈樹ちゃんが美琴ちゃんの知り合いは確定したから、もしこれで美琴ちゃんがクラン立ち上げてこの二人が加入したら、それだけで最強クランの完成じゃん”

”しかも全員ミニ丈着物&ミニスカ巫女服という、非常にそそる格好をしている”

”侍ガールすぎる”

”美琴ちゃんが速すぎるだけだと思ってたけど、他二人も意味分からん”

”もう刀身が目で追えねーよ”

”美琴ちゃんの知り合い、現時点で一般探索者枠のトライアドちゃんねるを除いて全員人間やめてるんですけどwww”


 最初は大丈夫だろうか、変な輩に襲われないかと心配のコメントが多く上がっていたコメント欄も、美琴達の暴れっぷりを見て安心してきたのか、すぐにいつも通りになった。


「すっげぇ……。ただ可愛いだけじゃないんだ……」

「美琴ちゃんも、刀崎特等退魔師もそうそう会える人じゃないから、マジで俺達運がいいな」

「このことを後世まで語り継ぐことができるくらいすごい」

「下層の攻略って、命を落とす覚悟でするはずのものなのに、やばいのが集まるとこんなに楽になるんだね」

「呪術なしであの強さってどうなってるのよ。……美琴ちゃんがクラン建ててあの二人が加入したら、鍛錬付けてくれるのかな」


 三人が暴れれば暴れるだけ、後ろにいる班員の士気が上がっていくのを感じる。

 やることを奪っているようなものなので大丈夫かと心配したが、そんなことはないらしい。

 そのことにほっとしつつ下層を順調に進んでいき、もうさっさと深層攻略に取りかかってしまいたいので、ボス部屋前で背後に一つ巴を三つ出しておき、部屋に入ってボスが姿を見せた瞬間に白雷で消し炭にする。

 それを合計四回繰り返し、下層ボス戦という本来であれば大規模な戦闘に、配信では最大のビッグイベントになるはずのものが戦闘すらせず終了し、班員の体力と魔力、呪力を大きく温存したまま深層へ進むこととなった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >巻き込まないように加減するの難しくなるんだから メンバーの大半はともに戦う戦力では無くただの足手まといな件
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