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64話 頼もしすぎる助っ人

 深層に挑むというのに、与えられた二週間という異常に短い準備期間。

 美琴はこの二週間の間に、ひたすらダンジョンに潜って力を分割しない状態で、かつ人を巻き込まないように範囲などを制限する鍛錬を行い、ギリギリで感覚を掴むことができた。

 そして、美琴の配信に入り込んだマラブから深層攻略の参加要請を受け、数日後に詳細な日程を教えてもらい、一応学生であることを考慮してくれたのか土日の間の二日間の短い期間で、できるだけ現在判明している場所以上まで進むことが決まった。


 早朝から開始とのことだったので、まだ日が完全に上り切っていない時間に起きて準備をし、心配だからと前日に帰宅してきた龍博と琴音から、厄除けや安全祈願のお守りを渡されて、優しく温かい抱擁を受けてから家を出た。

 こんな時間から町を、普段ダンジョンに潜る時の格好をして歩くことなんてないので、新鮮さを感じる。


『これから今まで以上の危険地帯に行くというのに、やけに浮かれていますね?』

「ちょっとだけ楽しみっていう気持ちはなくはないからね。遠足気分ってわけじゃないけど」

『主導があのクランでさえなければ、お嬢様も気兼ねなく参加できたのでしょうけどね』

「嫌われちゃってるからねー。私のことを色々と考慮してくれているあたり、まだ優しい人がいてくれるのはありがたいけど」


 土日の二日間の短い攻略。そして、美琴はいつも通り配信をしてもいいということになっている。

 本当にいいのかと確認は取ったが、深層の攻略映像を残すこともそうだが、それ以上に美琴自身の身の安全の確保のためにも、一応つけておいた方がいいと言われた。

 もしかしたらこれ以上は危険だと判断して、今日中に引き返す可能性もあるが、引き返すことがなければ一晩をダンジョンの中で明かすことになる。

 そうなると出てくるのは、美琴に対していい感情を抱いていない連中か、《そういうこと》しか考えていないろくでなしに襲われる危険性だ。


 参加するのは男性が多く、その中で数少ない華ともなれば劣情を抱く者だって出てくるだろう。

 いくら雷神で一等以上、それこそ特等クラスの実力を持っていたとしても余裕で返り討ちにできるが、眠っている間は無防備でしかない。

 そんな無防備極まりない状態の時に襲われでもしたら、もちろん何もできない。それを防ぐためにも、寝ている姿をネット上に公開する羽目にはなってしまうが、それで身の安全と純潔を守れるなら安いものだ。


「それにしても、私が正式に参加するって分かった途端に、結構な数の人が集まったね」

『それだけ注目を浴びているということでしょう。こればかりはお嬢様の人徳ですね』


 信号を待っている間にスマホをいじり、最終的に参加することになった参加者三百人越えという数字を見て呟く。

 美琴がマラブから言われて参加すると言ったばかりの時は、ブラッククロス主導だから行かないというコメントや投稿が多かったが、正式に参加することが完全に決定した瞬間から参加したいという声が日本中から上がった。

 その結果、最初は百人ちょっとしかいなかった参加者が、一気に膨れ上がって三百人という異常な数字になった。


 正直多すぎやしないかと思ったが、二百人でも一日足らずで半分まで減らされた深層なのだから、これくらいはいたほうがいいのかもしれない。

 ダンジョンは下に向かえば向かうだけ広くなっていくピラミッド型構造なので、最初は手狭に感じるかもしれないが、下まで行けばその狭さを解決できるのだろう。

 もしかしたらその参加表明をした人達の中に、一人くらいは知り合いがいるかもしれないなと思いながら進んでいると、目的地であるダンジョンの入り口周辺に着く。


「……もうこんなに集まっているの?」

『やる気に満ち溢れているようですね。ちなみにお嬢様、すでに配信を開始しております』

「なんでそういうことをもっと早く言ってくれないかあ!?」


 かつての焼き直しのように、勝手に配信を始められていた。

 ホログラムを開かせると、家を出て少ししてから始めたらしいのか、十分ちょっと経っていた。


”なーんか配信の話し方じゃないと思ったら、やっぱそういうことねw”

”またやられてるよこの雷神少女wwww”

”またしても相棒AIにやられるぽんこつ雷神JK”

”まあでもスマホの画面をハッキングされて時間ずらされたあの時よりはましでしょ”

”どうしてこう、神様なのにすさまじいぽんこつなんだろう”

”神様だからこそぽんこつなんじゃないか”

”そんなぽんこつが可愛いんだから、アイリちゃんにはもっとやれって言いたくなっちゃう”


「人のことをあまりぽんこつぽんこつって言わないでくれません!?」


 お仕置きだ! と言わんばかりに浮遊カメラを両手で掴んで、上下に激しくシェイクする。でも流れるコメントは「ありがとうございます!」や「素晴らしい!」と言った謎のものばかりだった。

 そんなやり取りをしていると、美琴の到着に気付いたらしい参加者達がざわつき始める。


「うおぉ! マジもんの美琴ちゃんだ! やっべえ、超可愛い……」

「あんな綺麗な子が同じ教室にいたら、授業に集中できないだろ」

「こうしてみると、本当に背が高いのね。スタイルもいいし、モデルみたいで羨ましいなあ」

「あんなに可愛くて、料理も勉強もできるって完璧すぎじゃない? 本当に人間?」

「いや、あの子神様じゃん」


 配信を数十万人に見られるのと、本物の人間数百人から視線を向けられるのとでは、まるでものが違う。

 大勢に見られているという感じがして恥ずかしくなり、視線が泳いでしまい落ち着かない。

 ここにトライアドちゃんねるの三人がいてくれればよかったが、あの三人には父親が雇ってくれたボディーガードと共に、灯里を危険から遠ざけてくれる予定なのでここにはいない。


「美琴ちゃーん!」

「え、彩音先輩!?」


 そう思っていたのに、ここに本来いるはずのない人がやってきて驚いてしまう。


「どうしてここにいるんですか?」

「まだダンジョンに潜る前だし、直接頑張れって言いたくて。慎司くんと和弘くんも来たがってたけど、流石に三人抜けるのはよくないってことで、私が代表で来ちゃった」

「来ちゃったって……」


 しかし、来てくれたことはとても嬉しい。すぐに戻ってしまうとはいえ、こうして知り合いと会えるだけで大分気が楽になる。

 彩音は本当に激励の言葉をかけに来ただけのようで、五分も経たない内にいなくなってしまった。だがその五分足らずでも、緊張がほぐれていた。


「相変わらず人望が厚いようですね、美琴」

「全くじゃ。その人望のおかげでこれだけの参加者が来たのだから、黒十字のマスターは美琴に感謝せねばなるまいな」


 時間までまだ少し時間があるので、どう時間を過ごそうかを考えていると、覚えはあるが記憶の中の声とは少し違っている声がした。

 そちらの方を向くと、美琴と似たようなミニ丈着物を着て刀を左腰に差している、大和撫子という言葉がぴったりな黒髪の少女と、ミニスカ巫女服という変わった格好をした、刀と脇差を差した亜麻色髪の少女がいた。

 一瞬だけ誰だとなったが、二人の顔がどことなく似ているように見えることと、記憶の中にある顔と面影が重なり、思い出す。


「嘘!? 華奈樹(かなた)美桜(みお)!? あんた達も来とったん!?」


 非常に懐かしい顔ぶれに、思わず京都弁が出てしまう。


「くふふっ。美琴のことじゃからちゃんと見とらんとは思っておったが、予想通りじゃったのう」

「普段はきちんとしているのに、こういうところはやっぱり抜けているんですね」


”誰だこの二人”

”どっちも超可愛いんですけど”

”ミニ丈着物にミニスカ巫女服って、美琴ちゃんも合わさって性癖捻じ曲げバーゲンセールみたいになってる”

”この三人の衣装作ったやつ天才すぎる”

”今、華奈樹って言わなかった?”

”え、華奈樹って”

”唯一の特等退魔師の刀崎華奈樹ちゃん!? 初めて見た!”


 声をかけてきたこの二人は、京都にいる同い年の幼馴染だ。

 黒髪の少女は刀崎華奈樹と言い、世界で唯一の特等に至った退魔師として知られている。

 もう一人の亜麻色髪の少女は十六夜美桜と言い、日本で最初に退魔師という活動を始めた一族の末裔だ。

 実は刀崎家と十六夜家は親戚同士で、十六夜を本家として刀崎が分家という立ち位置となっている。


「どうして二人ともここにいるのよ?」

「決まっているでしょう? 美琴の手助けに来たんですよ」

「いくらぬしが雷神とはいえど、ここに集まる有象無象を守りながら深層の怪物どもと戦うのは、骨が折れるじゃろう? その負担を少しでも軽くするため、わざわざここまで足を運んでやったのじゃ。感謝するのだぞ?」


 華奈樹は特等、美桜は一等の退魔師で、刀崎家も十六夜家も京都の最大戦力であるため、そこの次期当主と現当主が抜けて来るなんて思いもしなかった。

 この二人は、呪力も魔力も一切ない。美琴のように先祖に現人神がいるわけでもなく、純粋な人間だ。

 呪力刻印から回路に流して呪力励起状態、あるいは呪力強化状態になることはできない。

 そのため、その身体能力は呪術師に劣ると思われがちだが、十六夜家の開発したものを源流とした身体強化術、錬気呼吸法によって強化状態の呪術師や魔術師と変わらないかそれ以上の身体能力を発揮できる。


 その錬気呼吸法に加えて、両家の剣術を幼少のころから叩き込まれており、純粋な剣術の技量に関して言えば美琴よりもずっと上だ。

 特に華奈樹に至っては、剣術の腕だけで言えば呪術だけでなく武人としても日本最強の朱鳥霊華をも上回ると、当の本人に負けを認めさせるほどだ。

 美桜は華奈樹ほどではないが、それでもやはり美琴よりも剣の腕は上だ。この二人が来てくれたのだから、心強いことこの上ない。


「二人ともありがとう。正直すごく助かる」

「そう言ってくれると、加勢しに来た甲斐がありますね」

「じゃがこれは高く付くぞ? そうじゃな……褒美は、主の手作りの絶品稲荷寿司で頼む」

「……相変わらず油揚げやお稲荷さんが好きなのね」


 見た目は大分お姉さんっぽくなっているのだが、変わったのは見た目だけで中身はまるで変っていないと安心し、微笑みを浮かべる。


「美桜、せっかく数年ぶりに幼馴染と再会したんですから、そういうことを言うのはなしですよ」

「別によいじゃろう。美琴は料理好きじゃしのう。というか華奈樹、どうして主は慣れぬ標準語で話しておるのじゃ?」

「身内以外がいる場所で京言葉を使うつもりがないだけです。むしろ美桜はよく、普段通りの口調でいられますね」

「これが妾じゃからのう。変に繕うよりはマシじゃろう」

「学校では普通に話しているくせに」


”この美桜って子、話し方の癖強www”

”のじゃ口調の美少女とか、最高じゃないですか!”

”そんな女の子がミニスカ巫女服着てて、二刀流とか属性多すぎるwww”

”この三人の服装もあって、この三人の周辺だけ雰囲気が全然違うように見える”

”多分大勢のやつらが美琴ちゃんと話したいだろうに、とんでもない美少女が三人そろったから話しかけづれーんだろーな”

”仲よさそうだし、数年ぶりに会ったっぽいから邪魔をするのは無粋だ”

”そもそも百合に挟まる男は死ねばいいのだ”


「これが美琴の配信画面か。華奈樹が観ているのを覗く時があるんじゃが、妙なコメントが随分と多いんじゃな?」

「それはもう諦めているから、特に触れないで。で、観てくれているんだ」

「と、時々ですけどね」

「嘘を吐くでない。観ることができるなら毎回見ておるじゃろう。華奈樹は昔から、美琴のことが大好きじゃったからのう」

「美桜!?」


 くすくすと悪戯笑顔を浮かべていう美桜の暴露に、華奈樹が顔を赤くする。

 他にも、美琴の配信にスパチャを何回か投げていることや、まだ出していない歌ってみたを楽しみにしていることなども暴露されて行き、それを続ける美桜を黙らせようと華奈樹が飛びかかるが、楽しそうに笑いながらひらひらと避けていく。

 実家は刀崎家が本家である十六夜を差し置いて祓魔十家に選出されたこともあって、びっくりするくらい険悪な仲というか刀崎家が一方的に嫌われているのだが、刀崎家次期当主の華奈樹と十六夜家現当主の美桜は、そんなことなんか知らんと言わんばかりに仲よしだ。


 昔と何ら変わらない、それどころかより仲よくなっていそうな二人を微笑ましそうに見ていると、鋭い視線を感じた。

 ただの視線ではなく、怒りと殺意が混じっていたので気になって見回すと、少し離れた場所から熱い眼差しを向けてくる四人組がいた。

 面識がないので誰だと思ったが、一人の男性が刀の最上呪具を持っているのを見て、その気配が灯里を助けた時のものであることに気付き、元パーティーメンバーであることを察する。

 この四人が原因のようなもので、ブラッククロスはここまで見事に大炎上を続けているのに、よくまだ残っていられるなとその鋼のメンタルを心の中で褒めたたえる。


「全員、揃ったようだな。今回は我々、ブラッククロスが主導の深層攻略作戦に参加してくれた勇気ある猛者諸君に、敬意と感謝を」


 これといった特徴もない、この作戦にはあまりにも不釣り合いな実力しか持ち合わせていない四人なので、その視線の主達に冷めた目を向けてからふいっと顔をそむけると、ますます視線に殺気がこもったのを感じた。

 ダンジョンに潜る前に何かしでかしそうだなと思っていると、五十前後の男性が姿を見せ、集まった三百人という異常な数の探索者、呪術師、退魔師、魔術師の前で演説を始める。

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