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61話 招集

「いやー、すごかったね。氷魔術でもあんなに威力出せるんだ」

「たくさん頑張ったんです」

『術師は才能と環境が万全だと、どこまでも成長していくと言いますからね。流石です』


 ぼろぼろと崩れた骨が崩壊していくのを眺めながら、とことことやってきた灯里を称賛する。

 餓者髑髏は核石を核の中に隠し持っているため、粉砕された核の中から美琴の頭ほどの大きさの核石がごろりと地面に転がっている。

 初めて自分の手でボスモンスターを倒したことにちょっと興奮しているのか、頬が紅潮している。

 可愛いなあと思いながらも、最後はちょっと危険だったので人差し指で軽くこつんと突っつく。


「ただ最後はちょっと危なかったかな。あなたの操作性がとても緻密なのは分かっているけど、万が一ということもあるからあまりああいうことはやらないように」

「ごめんなさい……」

『お嬢様ならあの状況で目視してから回避など余裕だと思いますが』

「私ならね。でもこれが他の探索者だったら? 灯里ちゃんに止めを刺させようとしたから自分で行かなかったけど、もし私以外の人と組んだ時に、その人がチャンスだと思って自分から向かって行ったら? 私以外と組むつもりがないって言ってくれてるけど、そういうことは常に考えておいた方がいいわよ」

「分かりました……」


 突っつかれた額を右手で押さえながら、しゅんと下を向く。

 反省しているようなのでこれ以上は言わないでおくことにして、地面に転がった核石を回収しに行く。


 やはりボス産のものであるだけあって、大きく重い。品質もいいし、換金したら大きな収益だ。

 久しぶりにボスモンスターの核石を手に入れることができて心躍りそうになっていると、奇妙な何かの流れを感じる。

 なんだと思って辺りを見回すと、ボス部屋中央に誰かが転移してきた。


 部屋の入り口で監視していたあの二人組かと思ったが、入ってきたのは一人の女性だった。

 背は美琴と変わらない程度で、スーツにタイトスカートを身にまとっており、綺麗な金髪は緩やかなウェーブがかかっている。

 ぱっと見とても美人なのだが、どうにもその表情はかなり疲れているように見える。息も上がっているし、今にも倒れそうだ。


”金髪ボインの美女が来た”

”え、誰?”

”まさか、美琴ちゃん達の成果を横取りしに来たのか!?”

”もしそうだったら速攻で通報する準備はできている”

”腐れ十字のこともあるし、あの男前二人のおかげで入れたとはいえ、未成年がボスに挑んだわけだし、あれこれ理由付けて没収してきそう”

”でも今にもぶっ倒れそうなくらい疲れてません?”

”なんだろう、どことなく不憫オーラを感じる”

”スーツにタイトスカートな金髪外国人なんだけど、仕事に疲れた社畜OLっぽいな”


「あの、大丈夫ですか?」


 心配したらしい灯里が、水筒を取り出しながら近寄る。


「え、えぇ、だい、じょうぶ……。ただ……モンスターに追いかけられて、全速力でここまで、走ってきた、だけだから……」


 ぜぇはぁと肩で呼吸しながら答える。

 着物を着て潜っている自分が言えることではないが、スーツでダンジョンに潜るなんて少しどうかしている。


「あなたが、燈条灯里で、そっちの着物の子が、雷電美琴ね? 私はブラッククロス専属アドバイザーの、マラブよ。一つ、仁一から言伝があって大急ぎでここまで来たの」


 灯里が差し出した水筒を受け取り、水分を取ってから話し始める。

 マラブという名前を聞き、支部長からブラッククロスと深く関わっていることを聞かされているので、預かってきた言伝というのに嫌な予感を感じる。


「ボスモンスター倒し終わったら配信を終わらせる予定だったので、地上で待っていてもよかったのでは?」

「私もそう言ったけど、とにかく今すぐにでも行けの一点張りだったのよ。地上で待ってたら怒った顔でやってきてお尻蹴られるし、行かなかったら違約金を払ってもらうって脅されるしで、ただでさえ薄給でお金があまりないんだからそれは嫌だって潜ったらモンスターに追いかけまわされるしで、地獄を見たわ。私は戦闘能力皆無だっていうのに……」


 今にも泣きそうな顔をしながら話すマラブ。

 ブラッククロスというだけで信頼も信用もできないが、どうにも嘘を吐いていないように感じた。


「私が預かってきた伝言は、二週間後に深層へダンジョンアタックするから、あなた達二人もそれに参加するようにってことだけ。これだけならわざわざ直接言いに行かなくなって、ツウィーターのDMなりなんなり使えばいいのに……」

「深層にアタックって、正気ですか? それも二週間って、準備期間があまりにも短い気がしますが」

「あの人にとっての全ての元凶であるあなたに言うのもあれだけど、かなり焦っているみたいよ。今まで揺るぎなかった地位と名誉が、あなたの登場で一気に揺るがされているし、最悪転がり落ちる可能性すら出てきたからね。前にネット上でもあったでしょう? 女子高生に嫉妬するアラフィフのおじさんって」

「嫉妬って、何に対してのですか」

「全部じゃない? あの人かなり若い時にクラン建てたけど、あの時の自分よりも恵まれた環境にいる上に、大成功していることが気に食わないんだと思うわ」


”あーはいはい、そういうことね”

”つまりは、自分で深層アタックを計画しておいてそこに美琴ちゃんや灯里ちゃんを加入させれば、どれだけ二人が大暴れして大きな成果を上げても、腐れ十字主導の攻略だからそっちの手柄にしようって魂胆か”

”うっわー、やることが狡いしゲスいなー”

”そこまでして女子高生に手柄取られたくないのかよwww”

”でもさ、さっきのあの二人みたいに腐れ十字に美琴ちゃんファンもいるんだし、もし美琴ちゃんから手柄を奪ってそれを自分のものだって主張したら、それこそ組織崩壊レベルの大炎上になりかねないだろ”

”息子がゴミなら親もゴミだな”

”深層なんていまだにボスモンスターの一体すら判明してないってのに”

”世田谷ダンジョンの最前線って、深層上域の真ん中くらいだっけ”

”自分から下層に行けないようにしておきながら、未成年二人をそれよりも危険な場所に連れて行こうとしてるとか、矛盾しすぎだろwwww”


『お嬢様を狙ったものとはいえ、未成年の下層進出を防ぐようなことをしておきながら、深層にはお嬢様を連れて行きたいとは。そこ抜けたバカなのですね』


 アイリも相当呆れているようで、あまりの酷さに変なエラーでも出しているのか、美琴とマラブの周りをぐるぐると回る。

 正直な話、どうして自分がそんなものに参加しなければいけないのか理解できないし、手助けする義理も道理もないので断りたい。

 しかもあのブラッククロスが主導なのだから、絶対にろくでもないことばかりだろう。

 美琴達の分だけ異常に物資を少なくしたり、意図的にカバーなどをせずに危険に陥らせたり、男性成員からのセクハラなどもきっとあるだろう。


『お嬢様、ここは参加したほうが吉でしょう。恐らくですが、参加を拒否した場合それをネタに、お嬢様にとって不名誉な噂を流されるでしょう。例えば……一月ほど前のアモン戦は、偶然発生した魔神同士の戦いではなく、意図して行われた八百長の殺し合い。それ故に、死傷者ゼロというあり得ない奇跡が起きた。だから不確定要素ばかりのダンジョン深層の攻略に参加しないのだ、とか』


 ピアスのスピーカーから聞き、なるほど、確かに非常に厄介だと思った。

 所詮は噂でしかないし、それの出元がブラッククロスだと割れればそれだけで誰も信じなくなるだろうが、一度でもそういうものが流れた場合、必ず疑念を抱くものは現れる。


 美琴の影響力というのは、今や考えられないほど大きくなっている。

 全てをアイリに任せているのでどれくらいかは分からないが、今でも数多くの企業やクランから加入してほしいという勧誘メッセージや、数多くのコラボのお誘いメッセージが届いているほど。その中には、大企業からの案件も混じっている。

 今のところコラボをまともにしているのはトライアドちゃんねるだけだし、企業案件も受けていないので、私生活に確実に影響が出るからと全て断ってくれているのだろう。


 とにかく、多くのクランや探索者、配信者、企業からは、前代未聞の大惨事を引き起こした、都市伝説でのみ語り継がれていた魔神を一人で、それも九十万以上の世田谷住民を守り抜いた英雄という認識であるため、仮にアイリの言ったような内容の噂を流されると、大幅なイメージダウンになってしまう。

 そこまで考えているかどうかはさておいて、少しでも今後も活動しやすいように、この話は受けざるを得ないようだ。

 ただ、これを受けるには条件がある。


「お話は了解しました。二週間後の深層上域攻略に参加します。ただし、条件が一つだけあります」

「何かしら?」

「参加するのは私だけにしてほしいです。灯里ちゃんの魔術の腕は確かに一等最上位級ですけど、経験が圧倒的に足りていません。万が一が起きてはいけませんから、灯里ちゃんは連れて行けません。これが呑めないなら、この攻略には参加しません」


 様々なことが考えられる。

 一つはもちろん、深層のモンスターとの戦闘で怪我をする、あるいは庇いきれずに命を落としてしまうことだ。

 一緒に行くのであれば何があっても、片腕や足を失おうが守り抜く覚悟でいるが、深層は下層以上に危険度とモンスターの凶暴さ、そして数が高い。


 他にも考えられるのは、それに参加するブラッククロスの成員が灯里の安全を人質に、彼女を無理やりにでもクランに加入させようと企てることだ。

 灯里の探索者としての価値は、今も上がり続けている。先ほどのボス戦で氷魔術を披露したので、今後もぐんと価値が上がって勧誘の声も増えるだろう。

 これで深層攻略に参加したら殊更価値は上がり、一緒にいるその時を逃すはずもないだろう。

 そう思って灯里は参加させないでほしいというと、マラブがぽかんと呆けた顔をする。


「どうかしましたか?」

「え? ああ、いえ、なんでも。……ぶっちゃけ、その辺のセキュリティのいい施設にいるより、あなたの隣にいたほうがずっと安全そうなのになーって思っただけ」

「場所が場所ですから。下層までなら安全は確実に確保できますけど、深層はまだ行ったことがないので」

「……そう。分かったわ。私も中学生の可愛い女の子をあそこには連れて行きたくないし、仁一と殴り合いの喧嘩になってでも納得させるわ」


 少し自信なさそうな顔をする。話した感じ割といい人っぽいというか、ものすごい苦労人っぽいので、そんなことにならなければいいなと祈る。


「灯里ちゃんはこれには反対しないのね?」

「一緒に行きたいですけど、今の私だと足手まといになるのが目に見えていますから。本当は美琴さんと行きたいって言いたいんですけど、それ以上に迷惑をかけたくないんです」

「……めっちゃいい子じゃんこの子。やりたいことと優先すべきことの区別がついてて、これで十五歳になったばっかの中学生って、やっぱ親の教育と環境って大事なんだあ」


 超遠い目をしながらしみじみと呟くマラブ。

 なんとなく、彼女が誰のことを指していっているのか察することができ、やっぱりこの人はものすごい苦労人なんだと分かり、思わず同情の目を向けてしまう。


「とりあえず、伝えることは伝えたから。それじゃあ……ごめんだけど、地上まで送ってくれないかしら? さっきも言ったけど私、戦闘能力本当に皆無なの」


 ダンジョンに潜っている以上ライセンスは持っているのだろうが、潜ったことなどないのだろう。

 さっきから足が震えているし、ここまで来るまでにかなり怖い目に遭ったのか、顔が若干青い。

 地上まで送ってほしいと言われ、灯里と顔を合わせてから揃って困ったように笑みを浮かべ、言った通りボスモンスターを倒したので、このまま地上に戻って配信を終わらせることにした。


 マラブを護衛するように地上へ戻る道を歩き、モンスターを倒している間、後ろで聞き取れないほど小さな声で何かをぶつぶつと呟いており、辛うじて聞き取れたのは、大バカ者と化け物二人というものだけだった。

 大バカ者はクランマスターの黒原仁一のことだろうが、化け物二人とはいったい何のことなのか思いつかず、もしや自分達のことではあるまいなと思ったが、目が合っても怯える様子もないので違うらしい。

 結局何をぶつぶつと言っていたのかは聞き取れずじまいのまま地上に出て、すぐに配信を終える。

 その後で感謝の言葉と護衛代として二人に一万円ずつを渡したマラブは、そのままそそくさと退散していった。

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