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59話 ボス戦デビュー

 人が多く、その分負の感情も何もかもが地層のように何重にも積み重なり、地下にはダンジョン、地上には定期的に大量の怪異が発生する色んな意味での地獄の坩堝である新宿、の中にあるブラッククロス本部の執務室前の扉。

 ものすごく疲れた表情をして目の下に隈ができているマラブが、ノックをしても返事がないので勝手に入り、新調した机でアワーチューブを開いて何かを視聴している仁一の後ろに回る。

 それは四日前に行われた、美琴の自宅での料理配信のアーカイブの切り抜きだった。


「あら、随分と平和な動画を観ているじゃないの。珍しいこともあるものね。随分とお暇なのね」


 ブラッククロスの現状を踏まえて、渦中の人物にとって皮肉になるように言う。

 傘下クランとは言えど、暗殺未遂なんてことをしくさりやがってくれたおかげで、単騎で全盛期のバアルゼブル(美琴)と小細工なしのガチンコ勝負をしていい戦いができる怪物どもに、深夜まで問い詰められることになったというのに、いい身分だなと冷めた目を向ける。


「……ただこの小娘が気に食わんだけだ」

「気に食わないんだったら観なければいいじゃない。今のところ、その子はアワーチューブ以外で活動していないんだし」

「こいつの弱点を探っているんだ。あれだけの力、なんの代償も道具もなしで使うなんてありえない」


 それはあくまで人間の尺度で考えた場合で、マジもんの神にそんな常識は当てはまらないぞという言葉を、マラブは口から出る前に飲み込む。

 美琴はネット上で魔神と呼ばれるようになり、大多数がノータイム天候支配や無制限の雷を見て納得しているが、仁一のように納得できていない頭が固い連中が一定数存在する。


 もし仮にあれが魔術や呪術的な儀式や特殊な道具によるものだとしても、あれだけ超大規模な雷撃なんてできるはずがないことくらい、ちょっと考えれば分かることだ。

 一応、美琴が段階的に力を開放する際に、背後に紋様が出現するため、それが隠し持っている儀式道具などの仕業だと考えられなくもないが、それにしたって威力に限度というものがある。


「くそっ! どの配信アーカイブを見直しても、弱みになりそうなことを一つも言いやがらねえ!」

「そりゃ、大企業と大手芸能事務所の娘だもの。下手なことを言わないようにって、小さい時から躾されているんでしょう。一々上品さのある所作ばかりだし、それくらい意識しなくても無意識のうちにやってるんでしょうね」


 両親の会社が大きくなればその分だけ、その娘にも注目が行く。

 そうなった場合、もし一人でいる時にどこかの出版会社の取材班に声をかけられて、しつこく情報を聞き出されそうになっても、ぽろっと言ってしまわないようにと厳しく躾けられていることくらい考えなくたって分かる。


 小さい時からそのような生活を続けていれば、現在の配信活動の中でも、言っていいことと悪いことの区別くらいつくだろうし、自分が不利になるようなことは言わないように無意識に情報の取捨選択くらいしているだろう。

 バカなことばかりやって、毎度多額のお金を渡してもみ消しているあんたの息子とは大違いだなと言いそうになり、そっと唇を噛む。


「……そうか。そういうことか。ふ……ふははは! なんて単純な答えなんだ!」


 いい加減、放置されすぎたせいで山のように積み重なっている書類や始末書に手を付けてほしいなと、一番上にある書類を一枚手に取りながら思っていると、いきなり笑いだす。

 ついに頭でもおかしくなったかと思ったが、どうにもまだ正気を感じる。


「この薙刀……。確か最上呪具と言っていたな。最上呪具はどれも癖は強いが、強力無比。この無尽蔵の雷も異常な身体能力の技のキレも、全てこの呪具の効果に違いない!」

「……」


 やはり頭がおかしくなったようだ。

 美琴の使う薙刀、雷薙は本人の口から最上呪具であることは配信内で明かされている。それ故に、他の最上呪具と比べて癖は少ないのだろうが、雷神の力に頼らずにあれを手足のように自在に扱っていることに感心する。

 だが仁一は、美琴の力の全てがあの雷薙から来ていると勘違いしたようだ。


 もし仮にあれが全ての根源だとしたら、美琴の最初のイレギュラー戦であるイノケンティウスや、アモン戦の時のあの異常な力はどう説明するのだろうか。

 何にでも例外は存在するが呪具は基本、持ち主が体で直接触れていないとその効果を発揮しない。それが近接武器であるならなおさらだ。

 美琴が薙刀ではなく刀を使ったのは、この二回だけ。そのずっと後に弓矢も使っているが、それは一旦除外する。そしてその二回とも、雷薙を何かを使って収納している。つまり、触れていない状態になっている。

 なので必然的に効果もそこで切れているわけなのだが、もう焦りや怒り、嫉妬などで考える余裕もなくなってしまったようだ。


「雷神などと持て囃されているお前のその化けの皮、剥がさせてもらうぞ! 覚悟しておけ、雷電美琴……!」


 もう頼むからこれ以上余計なことをしないでくれ。

 あの化け物二人に美琴に危害を加えないと言った矢先に暗殺未遂なんてものがあったおかげで、危うく首が胴体と泣き別れするところだったのだ。

 半泣きになりながら深夜まで、必死に自分は無関係であることを証明したというのに、また何かやらかされたら今度こそ首が飛びかねない。

 もういっそのこと、仁一ともブラッククロスとも完全に縁を切って、きちんと給料も払って週休二日、有休も取らせてくれてボーナスも出してくれるようなホワイトな企業にでも就職しようかなと、割と本気で考えてしまうマラブだった。





「───ふぁ……くしゅん!」

「大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫。なんかすごく鼻がむずむずして……くしゅん!」


”助かる”

”くしゃみ助かる”

”美琴ちゃんのくしゃみで救われる命がある”

”美少女のくしゃみは万病に効くっていうデータがアメリカの大学から出てる”

”くしゃみ可愛い”

”何気に美琴ちゃんのくしゃみ聞くの初めて”

”全ての行動が可愛い神様だなあ”

”当然だ、だって女神様だもん”

”どっかで誰かが噂でもしてるのかな”

”腐れ十字のアホマスターだったりしてwwww”


 普段通り、放課後にダンジョンに潜って配信をしていた美琴と灯里。

 一時間ほどモンスターを美琴の薙刀と灯里の炎で轢き殺していき、休憩中にちょっと大きめなくしゃみを二回する。


「風邪でも引いたかしら?」

『季節の変わり目ですものね。体調管理を一層気を付けませんと』

「今日の夕飯はネギの豚バラ肉巻き焼きにしようかな」

『風邪予防をするに越したことはありませんから、その方がいいでしょう。かぼちゃのポタージュもいかがですか?』

「それも作ろうかな。今日はお父さんとお母さんが帰ってくるって連絡あったし、たくさん作っておかないと」


 風邪だと決まったわけではないが、風邪でなくても今の時期は体調を崩しやすい程寒暖差が激しいので、予防するためにも風邪予防料理を作ることにする。

 冷蔵庫の中身に材料が揃っているかを確認し、調味料も素材も全部あるので、配信終わりに買い出しに行かなくて済みそうだ。


「ところで、雅火さんはまだ日本にいるの?」

「はい。でも三日後にイギリスに戻るそうです」

「ちょっと寂しくなりそうね。灯里ちゃんは大変だったんじゃない? 雅火さんが日本に来て私の配信に映ったから、同級生とかからすごい聞かれたでしょ」

「聞かれましたね。紹介してほしいとも言われましたね。男子に」

「男の子って、人によるけど露骨な子っているわよねえ」


 美琴の高校にも、龍博と琴音の娘だからという理由でお金目的で近付いてきたり、年齢不相応に育っているスタイル目当てや、話題が尽きない時の人だからという理由で寄ってくる人がたくさんいる。

 これがまだ女子だったらいいが、男子ばかりだと今度は女子からやっかみを受ける羽目になるので、本当に取り囲むのは勘弁してほしい。

 灯里も似たようなことがあるようで、有名人を身内に持つと大変だと、深くため息を吐く。しかしその顔は、自分の姉が褒められていることが多いからか、ちょっと嬉しそうでもある。


 しかし、雅火が三日後にはイギリスに帰ってしまうと知った今、何か渡したほうがいいだろうかと考える。

 無難なのはお菓子とかだが、それだとあまりにもありふれすぎていてなんか嫌だ。

 二、三秒考えて、いっそのこと母の琴音に頼んで新作の化粧品一式を渡すのはどうだろうかと思ったが、これだと少し重いかもと思い保留にする。


「美琴さん、その、ちょっとわがままなんですけど」

「うん?」

「私、ボスモンスターに挑んでみたいです。美琴さんと一緒に行動し続けてから、魔術に自信も付いてきましたし、連携もできるようになったのでどこまで通用するのか確かめたいです」


 灯里のその申し出に、美琴は思わず呆けてしまう。

 かつてのパーティーメンバーに下層で囮にされて命を危うく落としそうになり、それもあって下層が怖いと言っていた彼女が、自らそこへ通ずる場所とはいえ、挑みたいと言ったことに驚いた。

 この短期間で一気に成長したなと思い、思わず頭を撫でてしまう。


「私もそれには賛成かな。でも、大きな問題があるのよね」


 灯里の意見は尊重したい。自分もいるんだし万が一なんてことは絶対に起こさせないつもりだが、それをするには一つ大きな問題がある。

 それは、先週からブラッククロスが続けている、未成年の下層締め出しだ。


 言い分としては、下層での未成年の死亡率が異常に高いため、これ以上死者を出さないためにするというのは理解できるし、まあ一応納得はできる。

 だが下層は美琴にとっていい収入源が転がっている場所なので、行けなくなってから目に見えて核石換金による収入が減っている。

 視聴者達のおかげで、スパチャや日々再生され続けている切り抜き動画で入る広告費が入ってきており、総合的に見れば減っているどころか増えているのだが、やはり本業の方の収入が減ったのは気にする。


「そこはもう、強行突破という手もありますけど」

「色々と強くなったわねえ」


 ちょっと前までは多分言わなかったであろうセリフと灯里の口から聞いて、成長を感じた。

 とりあえずダメ元で中層ボスの部屋のところまで行くことにする。


”ついに灯里ちゃんもボス戦デビューか”

”心配ではあるけど、美琴ちゃんがいる安心感がある”

”でもどうやってボス部屋に行くの? 下層に通じる道はボス部屋にしかないから、腐れ十字の成員が監視してるよ”

”まあ、この雷神ちゃんには壁をぶち抜いていくという強硬手段があるから”

”壁ぶち抜きついでに、そのまま中にいるボスを倒しちゃいそうwwww”

”一旦あの大穴を飛び降りて下層まで行って、上に上がって中層ボス部屋に入るということもできるんじゃない?”

”今までボスを倒した後で下層に行くのが普通だから、下層から中層ボス部屋に行く事例がなさすぎて何も言えない”

”監視員全員気絶させていくという荒業もあるけど、多分やらないだろうな”


 コメント欄はどうやってボスに挑むつもりなのだろうかと盛り上がるが、これでもしどれだけ押し問答しても通してくれないようなら、仕方はないが諦めるつもりでいる。

 ボス戦は非常にいい経験にはなるが、それ以上に危険な戦いになるため、まだダンジョンに慣れていないうちは無理していく必要はない。

 美琴は本当に例外である自覚があり、まだ封印が健在の時でも解除してしまえば雷は使えたので、ちょっと慣れて来たなと感じた活動開始一週間で、餓者髑髏を粉砕している。


 骨だけでできた体は、筋肉があるモンスターと比べて軽く動きが速いため、これから下層に挑むとしたらいい対戦相手になる。

 行動パターンも結構単調なので戦いやすく、灯里の最初のボスモンスターもこれにしようと考えていた。

 主に使用する魔術が超大火力の炎なので、絵面的に火葬になりそうだが、それはそれで面白そうだ。


「……やっぱり監視しているわね」

「二人だけ? もっとたくさんいるんだと思っていました」


 ボス部屋の前に到着すると、案の定ブラッククロスの成員が監視していたのだが、どうもあまりやる気がないように見える。

 帽子を結構深くかぶっている一人は眠そうに目を細めているし、眼鏡をかけているもう一人は壁に寄りかかってスマホをいじっている。もしかしたら渋々監視に駆り出されているかもしれないと思い、前に出る。


「あの、すみません」

「ん? んお!? え、マジの美琴ちゃんきたんだけど!?」

「うっそだろ!? くぅー! こんな意味のない監視に駆り出されてだるかったけど、今回ばかりは感謝するぜアホマスター!」


 眠そうになっている人に声をかけると、眠そうな目のままこちらを向くが、声の主が美琴だと気付いた瞬間目を大きく見開いて興奮状態になる。

 その声に釣られて、壁に寄りかかっている男性も持っているスマホを放り投げ、大慌てで近寄ってくる。

 想定していたリアクションではない上に、ちょっと興奮気味で近付かれたので、困ったように眉をハの字にして一歩下がってしまう。


「あ、悪い。いきなりこんな近付いたらキモいよな」

「い、いえ。ちょっと驚いただけですので」

「それでもごめんな。ここに来たのは……配信の一環か」


 浮遊カメラを見てどうしてここに来たのかをすぐに察したようで、非常に申し訳なさそうな顔をする。


「悪いな。俺もこいつも美琴ちゃんの大ファンって言うか、アモン戦の時にモンスターに襲われて殺されそうになったところを助けられたから、君は俺らの命の恩人なんだけど……」

「あのヴァカの命令で、未成年はこっから先に通しちゃいけないって厳命されてんだ」


 まさかブラッククロスの中に自分のファンがいることに驚きだが、それよりもやはりこの二人はクランマスターのやり方が気に食わないようだ。


「そうなんだよなー。おかげで推しがこれからボスに挑むって分かってても、それこそ目にゴミが入って上手く見えなくなったりでもしないと、入れられないんだ」

「そうですか。……分かりました。灯里ちゃん、やっぱり今回は───」

「ところでよー。俺の眼鏡知らねえ?」


 諦めて引き返そうとすると、眼鏡をかけている男性が眼鏡を外しながら、もう一人に向かって言う。


「あ? 何言ってんだよ、今お前が手に、」

「やべーなー。眼鏡がねーとなーんも見えん。おかげですぐそこに超可愛い推しがいるのに、顔もろくに見えやしねー」

「……悪いけど俺も知らねーな。なんかさっきから、俺の視界もすっげー悪くなって見えないから」


 あまりにもわざとらしすぎる。

 眼鏡は自分の手に持っているし、もう一人だってさっきよりも深く帽子をかぶって目が隠れているだけだ。


「これだけ視界が悪いと、誰かが転送陣を踏んでも分かんねーや。やべーやべー、急いで探さねーと」


 棒読みの大根役者にもほどがあるが、つまりはボスに挑むのを見逃してくれるらしい。

 咄嗟の機転を利かせてくれたことに感謝して、美琴と灯里はささっと転送陣まで移動して、それを踏む。


「頑張れ」

「ファイト」


 転送される直前、二人の男性がにっといい笑顔を浮かべながら、これからボスに挑む二人に声援を一つ贈ってくれた。

お読みいただき、ありがとうございます。




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