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54話 雷龍の逆鱗

 一時間後。

 美琴と灯里はダンジョンを出てギルドの応接室のソファーに腰を掛け、出された紅茶やお茶菓子を口にしながら、職員を待っていた。

 灯里の暴露とブラッククロスの内部告発で、元々てんやわんやの大騒ぎだったのに、更にその下部組織である黒の驟雨が殺人未遂を引き起こしたとして、余計に騒ぎとなった。


 これがもしブラッククロスとは何の関係のないクランであれば、襲った相手が美琴と灯里でなければ、もしかしたらここまで騒ぎが酷くなることはなかっただろう。

 ただ言えることは、あの二人が狙った相手があまりにも悪すぎた。


「なんというか、色々と変に疲れたって言うか」

『気疲れでしょうね。明日の配信はお休みにしましょう。楽しむことは大事ですが、それ以上に休息が重要です。一応告知をしておきますね』

「そうねえ。明日は放課後に昌と一緒に、カフェにでもよってスイーツ食べようかな」


 まだ月曜日だというのに、余計な問題を放り込んできたことに気疲れしたようだ。肉体的な疲れはなくても、精神的に少し疲れを感じる。

 こういう時はしっかりと休んだ方がいいのを分かっているので、アイリの提案を受けて休むことにする。


 アイリが配信は休みだと告知をすると言ったが、美琴達を保護した職員が配信はそのままにしてほしいと言ったので、視聴者達には休みであることはもう伝えられている。

 ちなみにどうして配信は切らないでほしいと言われたのかについては、説明はされていないがなんとなく理由を察している。


「わ、私達、何かいけないことをしちゃったんでしょうか……」


 隣に座る灯里が、小動物のようにぷるぷると小さく震えながら、震えた声で言う。

 待っていてほしいと言われて既に三十分近く経っているのだが、中々職員が戻ってこないことに不安を感じているらしい。


「大丈夫よ。私達はただ、中層に潜ってモンスターを倒したり連携の練習をしていただけでしょう? 何一つとして、悪いことはしていないわよ。あの二人を倒したのだって、言っちゃえば正当防衛みたいなものだし」

『神様スペックでの反撃ですので、過剰防衛だと捉えられなければいいですけど』

「余計に不安になるようなことを言わないで。内心少し怖がっているんだから」


 そうは言うが、まあ平気だろう。

 どちらが先に攻撃を仕掛けてきたのかも、ばっちりと証拠映像が残されているのだから、罰せられるとしてもやりすぎだと注意されるか数日の謹慎程度だろう。


「お待たせして申し訳ありません。思っていた以上に手こずってしまいまして」


 テーブルの上に出されたクッキーをかじり、そのサクサク感とほんのりと甘いそれに舌鼓を打ち、味を覚えて今度家で作ろうと頭の中でメモを書いていると、応接室の扉が開く。

 緩やかなウェーブのかかった長く明るい茶髪の、スーツにタイトスカートを身にまとっている、クールでいかにも仕事ができるという雰囲気の女性が入ってくる。

 この女性は一見すればギルド職員だが、実際は探索者ギルド世田谷支部の支部長だったりする。名を霧島優樹菜(きりしまゆきな)という。

 服装もピシッとしているのだが、どうしてだろうか。なぜか大人の色気というものを強く感じてしまう。


「いえ、お気になさらず。何かしていたのですか?」


 対面にあるソファーに座った優樹菜にそう言葉を返す。


「言ってしまえば尋問をしていました。ですが中々口を割らなかったので、自白させるのに手間取ってしまったのです」

「それで、何か分かったことはありますか? 私が配信をしていることを知ったうえであんなことをするなんて、正気の沙汰じゃないので」


”教えてくれ支部長!”

”単純にバカになりすぎて何も分からなくなった末の行動に五万ペソ”

”腐れ十字のやつらが指示を出したんちゃうん? 狙うタイミングはバカすぎるけど”

”ていうか支部長エッッッッッッ!”

”シャツとスーツのボタンが悲鳴を上げているのが聞こえる”

”美琴ちゃんがあれ関連のやつらに対しての言葉が一々キツイの草”

”暴言まではいかないでも、ほとほと呆れた感じが出てるね”

”嫌な顔されて罵られながら美琴ちゃんに踏まれたい”


「……ず、随分と個性的な視聴者さん達ですね?」

「うちの視聴者がすみません。アイリ、画面消しといて」


 変態コメントがいきなり流れるようになったのを目の当たりにした優樹菜が、少しというか大分引いているので、すぐに謝罪してアイリに頼む。

 普段だったら視聴者側に乗っかって引っ掻き回す側に行くが、今回は真面目な話になるので、大人しく消してくれた。

 彼らの言う、優樹菜があまりにも大人だというのには、確かに同意はするがそれを本人がいる前でコメントすることではないだろう。配信を終わるころにしっかりと叱っておかないといけないなと、小さくため息を吐く。


「こほん。ではまず、どうして襲ったかについてですが、配信をしていることは承知の上で奇襲を仕掛けて戦闘不能にし、あなたの化けの皮を剥ぐことが目的だったそうです」

「化けの皮? ……まさか、私の力に対して何かからくりがあると思い込んでいるってことですか?」

「そのようです。あとは判明したからくりを奪って自分達のものにして、戦力向上を狙っていたそうです。あの二人があなたの力に対して何か仕掛けがあると思うことには、理解はできますがわたしもあなたの配信を……息子と一緒に観る時があるので知っていますが、あれだけの大規模な雷を何の準備もなしに使えるはずがないというのが、呪術師としての意見です」


 似たことをダンジョンの中で、隣に座っている小さな魔術師にも言われた。

 魔術も呪術も、大魔・霊気を取り込んで心臓にある魔力の貯蔵庫の魔力刻印、丹田にある呪力の貯蔵庫の呪力刻印に取り込んで変換して保管し、負の感情を使って取り出す。

 どちらにも共通するものは、術を使うには魔力と呪力が必要になること。そして、規模が大きくなればなるだけ魔力の量が増え、ものによっては大きな代価を支払う必要がある。

 それこそ、アモン戦で見せた天候支配の魔術や呪術になると、魔力や呪力だけが代価ではなくなり、別のものを用意しなくてはいけなくなる。

 そういった超大規模術式のことを、祈祷魔術や儀式魔術と呼び、同様の呼び方を呪術にも当てはめることができる。


 なのでなんの前準備もなし、大規模な儀式に使うような道具もなしにその場で即座に天候支配するなんてことは、普通に考えればあり得ない。

 魔法ともなれば可能だが、天候魔法なんてものは存在しない。それらに類する風や雷の魔法使いはいるが、国が管理しており顔も割れているためたとえ情報に疎くとも、美琴が魔法使いではないことくらいは分かるだろう。


 魔術ではありえない。かといって魔法使いでもない。魔神の類であることは知られたが、恐らくそれについて懐疑的なのだろう。

 美琴もこれだけの大規模な力が使えるなら、何か大きな代償があるのではと思った時期もあったが、特に何もなくここまで生活できているので、恐らくそれはないということなのだと思いたい。


「ですが、あの戦いを見てわたしは、あなたが間違いなく神であることを確信しました。神に近しい存在である神霊に魂が昇格することで、正真正銘無双の力を会得した精炎仙人と会ったことがありますから、間違えようがありません。なので、あれだけの力を使うのに、一般と同じような工程を踏む必要などこにもないです」

「神霊と魔神は大分種類が違うと思いますけど……。まあ、どちらも神であることに変わりませんか」


 神霊は神、またはその神のすぐれた不思議な徳を示す言葉で、霊とついているが立派な神の一種だ。

 京都にいる知り合いに、神霊が宿っている九字兼定という刀を持っている人がいるが、あれ一本持っているだけで大体の怪異はどうにかなってしまうという反則っぷりだ。

 刀に宿るだけで絶大な効果を発揮するほどの強大な存在。それと美琴は非常に近しい。それを感じ取ったらしい優樹菜は、真剣な表情で美琴が神であると断言する。


「しかし、ブラッククロスと言いその傘下クランと言い、昔と比べて随分と落ちぶれたものです。活動初期は、黒とは名ばかりのホワイトクランだったのに」

「……え?」


 聞き間違いかと思い、思わず聞き返してしまう。


「知らないんですか? 昔は慈善事業のほかにも新人講習会を頻繁に開いて、今より段違いに評判がよかったんですよ」

『……そのようですね。過去のブラッククロスを調べ上げましたが、確かに初期の頃の評判は今のホワイトレイヴンズをも上回るほどよかったそうです』


 到底信じられない。ブラッククロスは今のクランマスターが十代半ばの頃に設立したクランで、活動歴が非常に長いことは有名だ。

 まだ京都にいた頃からこの名前は何度も耳にしていたが、そのころからすでに悪評が広まっていた。

 そのため、昔は評判が非常にいいクランだと言われても、信じることができない。


「ただ、一時期業績が著しく伸び悩んでいる時があって、かなり落ち目になって名前も聞かなくなってきたころにまた業績を伸ばして頭角を再度見せ、そこから悪い話が今のようにたくさん出てくるようになったんです」

「お話だけ聞くと、成長するために悪いことに手を伸ばし始めた企業みたいに聞こえますね」

「やはりそう感じますか。それともう一つ。ブラッククロスが急成長をし始めるころに、一人のアドバイザーのような人物を雇ったという噂がありました。調べたところ、実際にマラブと名乗る女性を、成長を始める少し前に雇ったそうです。どうにも、この女性が怪しいとわたしは睨んでいます」


 なんというか、よくドラマとかで見る大きな企業の社長や会長を、裏から操る黒幕みたいな感じがすると思ったのは、美琴だけではないだろう。

 あまりにも露骨に怪しい要素がいきなり出てきて、これは一体どうしたものかと頭を抱えそうになる。

 間違いなく、そのマラブという女性が怪しいだろう。もしこれでこの女性が何の関わりもなかったら、じゃあなんでこの人の名前が出て来たんだということになるくらいには怪しい。


「話が大きく一気にそれてしまいましたね。改めて説明をすると、あの二人組はダンジョン内で雷……美琴さんに奇襲を仕掛けた。その理由は雷の力、更には天候を支配することができる力に何か裏があると思っており、それを奪うことで美琴さんから力を奪い、かつそれを使って自分達の戦力向上に使おうとしていた。でもあなたの力は仕掛けも何もなく、純粋な神の力からくるものであるため、奪うものは何もない。ちなみにそんなお粗末な計画を立てた理由ですが、あの二人は黒の驟雨の中で長い間長いものに巻かれていたそうです。ずっと権力者に逆らわずにい続けることが苦痛だったそうで、それを打破できるだけの力が欲しかったから、まずはギルドで燈条さんに迫ってそれをあなたに見せ、追い払ったと思わせておいてこっそり尾行したそうです」

「……」

『どこまでもお粗末な計画ですね? その日のうちに行動に移したところで警戒されているでしょうし、多くの人が灯里様を狙っていることはお嬢様も知っておりますから、たとえダンジョンの中であろうと警戒していることくらい分からなかったのでしょうか』

「長いものに巻かれていた期間が長すぎるせいで、考える力が失われたのでしょうね。こちらとしては、殺人未遂まではいかずとも傷害事件を起こしかけたところから攻めて、解散命令を出すことができるので、言い方は非常に失礼になりますが、実にいいタイミングでした」


 もう言葉が出てこなかった。

 傷害事件、最悪殺人事件になりかねないほど重大なこの一件を、ブラッククロスの傘下クランとは言え解散に追い込むための材料に利用されることは、まあ別に問題ない。

 ただとにかく、あまりにも酷すぎて何を考えていいのか何も分からなくなってしまった。


 一体何を言えばいいのか、何を考えて今後の対策を練ればいいのか、ほぼ頭が固まりかけているような状態でいると、応接室の扉がノックされる。

 優樹菜が入るように許可を出すと、一人の若い女性職員がおずおずといった様子で入ってくる。


「し、支部長……。その、急な来客がありまして……」

「来客? 今日は誰かと会う約束もしていないはずですが」

「そうなんですけど、その、あまりにもビッグゲストすぎてお帰りいただくこともできなくて……」

「ビッグゲスト? 誰のことでしょうか。美琴さんと関係のある方ですか?」


 優樹菜の言葉に、こくりと頷く職員。

 美琴に関係のある人とは誰だろうと思ったが、ビッグゲストという単語が当てはまる関係者など、かなり限られてくる。

 真っ先に一人が浮かんできて、まさかと思うと、すぐそこで待っていたのか職員が声をかけるとすぐに応接室の中に男性が入ってきた。


 百九十はあるであろう長身に、スーツに身を包んでいるがかなり鍛えられているのが見て取れる体つき。鼻筋が綺麗に通っており、顔立ちは整っているのだが少し強面だ。

 そしてその男性の目元は、美琴と非常によく似ている。


「迎えに来たぞ、美琴」

「お父さん!?」


 その男性こそ、大手電機会社RE社現社長にして、美琴の実父である雷電龍博その人だ。

 突然の大企業の社長の襲来に、優樹菜は驚いた表情を浮かべ、灯里はどんな感情なのかよく分からない表情をしてぴしりと固まる。


「どうしてここにいるの!?」

「迎えに来たからだと言っただろう。暇だったから俺も美琴の配信を観ていたんだが、あんなことがあったからな。色々と準備をしている間にギルドに移動していたから、そのまま迎えに来たんだ」

「その準備って言うのがすごく気になるんだけど、まだ配信中なの知ってて来るかなあ!?」


”美琴ちゃんパパ登場!?”

”デッカ!?”

”美琴ちゃんの身長高いの、お父さん由来かあ”

”筋肉やべえwww なんでこんなフィジカル持っておきながら電機会社の社長なんだよwww”

”どう見てもゴリゴリの武闘派な件”

”絶対フィジカルモンスターだろこの社長”

”これで電撃も使ってくるってんだから、恐ろしいことこの上ねえな”

”このスーツの下、絶対傷だらけみたいなパターンだろ”

”見るからに強そうで、社会的地位もめっちゃ高い美琴ちゃんパパがしてた準備がすごく気になる”


 龍博が入ってきた瞬間にアイリがコメント欄と配信画面を再び表示し、思わぬ形での親フラに盛り上がりを見せる。


「ふむ、配信中に親は映ってはいけないものなのか」

「私の個人情報結構知られちゃってるから今更だけど、できれば事前に連絡欲しかったです」

「これは悪いことをしたな。なにぶん、こういうものには疎いもので勝手が分からんからな。次からは気を付けよう」


 そう言いながら大きくてごつごつとした手で、美琴の頭を撫でてくる。

 小さい時からこの大きな手で撫でられるのが好きで、今でもこうして撫でてもらうことは変わらず好きなのだが、できればそういうことは配信をしていない時に自宅でしてほしかった。

 撫でられて嬉しくて、その感触が気持ちよくて表情が緩んでしまいそうになるのを必死に我慢する。


「それはそうと、支部長。うちの愛娘に怪我を負わせようとした不届き者はどこにいる」


 頭を撫で続けながら抑揚のない声で、優樹菜に尋ねる龍博。

 かなり怒っていることが声から察せられるし、ボルテージを突破するギリギリなのか、あるいはすでに突破してしまっているのか、体からパチパチと電気を奔らせている。


「お、お父さん落ち着いて。怪我はしていないんだし、もう私が痛い目に遭わせたから」

「それとこれとは話が別だ。娘に危害を加えようとした罰はしっかりと受けてもらう」


 一体何をしようとしているのかは明確なので、落ち着くように言うが考えは変わらないらしい。

 よりにもよって今日、龍博が配信を観ている中であんなことをしでかしてしまったせいで、ただでさえややこしいことがもっとややこしくなってしまった。


 このままどこにいるのかを教えてしまえば、間違いなく殴りこみに行くのでそうはさせまいと必死に説得し続ける。

 総合的な能力は雷神である美琴の方が上だが、武術の技量に関してはまだ龍博の方が上だ。死にはしないだろうが、キレた龍博の迫力はそれこそ彼が雷神だと錯覚するほどだろう。

 戦意を失った相手をぶちのめす父親の姿なんて見たくないので、大事な娘のためにキレている父親の像のままでいてほしいと、とにかく説得する。


 最終的に、このまま怒りを抑えなければ龍博の分の夕飯だけ作らないということで、かろうじて落ち着かせることに成功した。

 ただし、法的手段は確実に取ることだけは変わらないそうなので、美琴もそれを条件に承諾して、龍博は久しぶりの美琴の手作り夕飯を確保した。

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[良い点] 娘の手料理は食べたいよね
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