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51話 轟雷の矢

 真っ先に美琴が排除にかかったのは、このモンスターハウスの中で最も危険度が高いナイトメア・ポーキパインだ。

 数は十二体ほどおり、数こそ全体で見れば少ないほうではあるのだが、それでもぶっちぎりで危険だ。


 すでに体中の棘を逆立たせて射出準備に入っているので、撃ち出されるよりも先に一気に詰め寄って、雷を雷薙にまとわせて間合いを大きく拡張して薙ぎ払う。

 一か所に集まってくれていたことに感謝して、体が崩れるのを確認するよりも先にくるりと身を翻して、巨大な蜘蛛のモンスターであるアイアンスパイダーに向かう。

 このモンスターは生態が蜘蛛そのもので、捕獲した獲物に毒液を流し込んで動けなくしてから消化液で溶かし、吸い上げて捕食する。


 これが普通の蜘蛛のサイズだったら食物連鎖の一部として見られるが、ダンジョンの中だと人間すら捕食対象になってしまうため、そんなことを言っていられない。

 何よりも糸は鋼鉄並みに硬く、縛られるだけで体中の骨が砕けて肌が裂ける。そしてもちろん、捕まったら抜けだす方法など存在しない。


「ギチギチギチギチ……」


 気味の悪い見た目から、更に耳障りな声のような音を出すアイアンスパイダー。

 見た目もただでさえ気持ち悪い蜘蛛が、そのまま大きくなったような姿なのでこれ以上見たくないし、灯里にも見せ続けたくない。

 なので間合いを拡張するのに使っていた雷を刀身だけにまとわせて、斬撃として放つのではなく一瞬で近付き、三ギガジュールの雷撃で瞬く間に消し炭にする。


灰は灰に(ATA)塵は塵に(DTD)!」


 ぼろぼろと体を崩していくアイアンスパイダーを雷薙の柄で弾き飛ばし、灯里の方に向かおうとしているゴブリンナイトを倒そうとぐっと膝を曲げるが、灯里が魔術を使って前方にいるモンスターをナイト諸共焼き払ったので、行く必要はないようだ。

 とはいえ、全く意識しないわけにもいかないので、少しでも危険を感じたらすぐに駆け付けられるように気を配る。


 そう一瞬考えていると、ブラッディウルフが背後から不意打ちのような形で噛み付き攻撃を仕掛けてくるが、振り向きもせずに真上に蹴り上げてから落下を始める前に薙ぎ払って、胴体を両断する。

 視界を若干塞ぐような形で崩れていくブラッディウルフの後ろから、棍棒を持ったゴブリンが嫌な笑みを浮かべながらどたどたと走ってくるが、左手に雷を集めてから放出して、雷鳴と共に消滅させる。


 ブラッディウルフの背中に乗ったゴブリンナイトが、錆の浮いた剣を掲げながら突進を仕掛けてくるが、まず先にブラッディウルフの首を刎ねてから、前に飛ばされたナイトの心臓を一突きする。

 スコットランド民話に登場する、水妖(フーア)と呼ばれるものの一種が元となっているモンスターのナックラヴィーが、むき出しになっている筋肉を脈打たせながら突撃をしてくる。

 植物をしおれさせるという毒の息を吐いているが、近付かれてそれを至近距離で吸わなければ、ただの強烈な口臭に過ぎない。見た目的にも気持ち悪いので、美琴の半分ほどの大きさの稲魂を作って、それを飛ばして丸ごと消滅させる。


「む、むす、むす、め!」


 異常なまでに髪が乱れた、人の形をした異形なモンスターである鬼婆が、右手によく研がれた包丁、左手に糸切鋏(いときりばさみ)を持って走ってくる。

 存在感や威圧感から下層にいてもおかしくはないのだが、下層にいる鬼系のモンスターはどれも文字通りの化け物なので、老婆の姿の鬼など瞬く間に蹂躙されてしまう。


 ただし、下層では通用しなくとも中層ではかなりの強さを誇り、細い体は非常に軽くそれを活かした素早い動きで翻弄しながら、左右の包丁と鋏でじわじわと切り刻んでくる。

 がむしゃらに包丁を振り回してきて、それを紙一重で回避して薙刀を頭にたたき込もうとするが、炎の弾丸が飛んできて小さく爆ぜて吹き飛ばす。

 地面を転がり、腕の力で跳ね上がって着地するが、それを狩るように続けて炎の弾丸が飛来して着弾し、指向性を持たせているのか、鬼婆とその背後にいるモンスターが爆撃を食らって消し飛ぶ。


”うっははははははwwwwww”

”中層とはいえモンスターハウスは数の暴力で危険なのに……”

”どいつもこいつも相手にならんなあ!?”

”ノールックで蹴り上げて、落ちて来るよりも先に薙ぎ払うってどんな速さですか”

”なんか、アモンの時以前と比べて雷の威力バチクソ上ってね?”

”今の雷だけで、どれだけの電力を賄えるんだろう”

”おいwww 一応心配しろよwww”

”心配しろって言われても、こんなハイスピード殲滅劇を見せられちゃあ……ねえ?”

”灯里ちゃんもすげえwwww 炎の基礎魔術だけで中層モンスターゴリゴリ倒していってるwwww”


 視界の端に映っているコメント欄が大盛り上がりを見せているようだが、戦いの時はよほど余裕がない限りは反応しない。

 上手い人であれば、合間合間にどうにかして解説を挟むのだろうが、美琴がやっていることは危険度順にモンスターを分けて、優先順位が高い順に倒していっているだけだ。

 無論これは誰もがやることだが、戦い方が一般的なそれと乖離していることを自覚しているため、ここで自分の考えていることや感覚を言語化したところで、視聴者にとって何のメリットにもならない。せいぜいネタにされるだけだろう。

 なら余裕がない限りは何も話さず、淡々と倒したほうが動きのキレが落ちないし、案外これを望んでいる人が多いから喜ばれる。


 そうして戦いを始めてから五分近くが経過すると、百近くかこれ以上いたかもしれないモンスターの数は、半分以下まで減った。


『お嬢様。ここまで来れば少しは余裕が出るのではないでしょうか』

「……何が言いたいわけ」


 残り半分以下なのだから、殲滅速度を上げてモンスターの漁夫(おかわり)が来る前に終わらせようと考えていたので、ついアイリの言葉に冷たく反応してしまう。


『灯里様の方も、お嬢様のサポートをしつつモンスターを順調に倒しておられますので、ここは一つ奇抜な戦い方をしてみてはいかがでしょうか。例えば、弓矢だけで近接戦をしてみるとか』

「……意外とありかも?」


”待て待て待て待て待て!?”

”そんなことが許されんのはアニメとマンガだけですぜお嬢さん!?”

”めっちゃ危なそうだけど、めっちゃ見たいと思う自分がいる”

”超見てえええええええ!! でも普通に戦ってほしいいいいいいいいいいい!!”


 常に適切な距離を取って戦う必要はあるが、雷速で移動できる美琴にとって、どれだけ大量のモンスターが押し寄せてこようと関係のない話だ。

 それにアイリの提案した戦い方は、弓矢での鍛錬中にモンスターといきなり鉢合わせた時、咄嗟に対応できるようにする練習にもなる。

 なので雷薙をしまい、再び弓を胸から引っ張り出す。

 そしてそのまま右手に矢を生成しながらモンスターの方に向かって走り出す。


 ドール・アーミーという、個体だが群体という矛盾した特徴を持つモンスターが作り出した人形が、本体を守るように陣形を組んで迎え撃ってくる。

 槍を突き出して攻撃してくるが、それを弓でいなしながら右手の矢を頭に突き刺し、地面に叩き付けるようにして首をもぎ取る。

 その勢いを殺さずに回転して左足の踵を、迫っている人形の側頭部に打ち込んで粉砕し、左足を着地させてから今度は右足で回し蹴りを繰り出し、もう一体の人形を粉砕する。


 そのまま半身になって矢を番え、雷を矢にまとわせてから放つ。

 放たれた矢が人形にぶつかると、すさまじい轟音と共に五ギガジュールというすさまじい威力の雷に焼かれる。


『お嬢様、少し威力を絞ったほうがよろしいのでは?』

「そんな悠長なこと言っていられないでしょ。時間かけすぎると不利になるのはこっちなんだし」

『お嬢様は無制限に雷が使えますが。……灯里様のことですね』

「連戦するのは別にいいけど、灯里ちゃんは不慣れなことが多いからそうは言っていられない。魔力だって有限だしね。だからここで一気に片付けてから移動して、その後で別の場所でまたモンスターと戦うわ」


 わらわらと迫ってくる人形達を殴り、蹴り飛ばし、雷で破壊し、強烈な矢で消滅させる。

 初めてこの戦い方をするが、案外いけるかもしれない。


 もしここに美琴一人で飛び込んでいたなら、満足するまでひたすらドール・アーミーを練習相手にしていただろうが、今は一人じゃない。

 たくさんのモンスターに囲まれながらも、杖を振るって呪文を唱え、魔術を行使している幼い魔術師がいる。

 なので軽く、弓矢での近接戦闘をいくつか試してから、あとは灯里と一緒に中層モンスターを相手に練習することにする。


「それにしても、私がモンスターの数をかなり削ったとはいえ、灯里ちゃん普通に一人でも戦えているわね」


 尽きることなくやってくる人形を次々と破壊しながら、少し離れた場所でモンスターを炎で焼いていっている灯里を見て、その実力を高く評価する。

 これだけの数のモンスターに囲まれれば、下層上域のモンスターと相手しているのと変わらないくらいになるのだが、所々で若干の判断ミスはあれどすぐに修正して持ち直しているので、やはり経験が足りないだけで十分下層に行ける。

 今はどこぞの黒いクランが、訳の分からないことをやってくれているおかげで行きづらくはなっているが、そのうちそのはた迷惑ボランティアもなくなるだろうし、その時までに経験をたくさん積ませようと考える。


 試したい戦い方を一通り試せたので、人形を足場にして隠れている本体まで近付く。

 近付かせまいと人形を操って壁を作られるが、それを飛び越えて上下さかさまな状態になり、その体勢のまま矢を引き絞って頭を狙って放つ。

 脳天を狙ったのだが若干ずれて顔面に刺さり、やはりまだ精密な射撃とはいかないなと、少し眉を寄せる。


 ぼろぼろと体を崩壊させていくドール・アーミーを一瞥してから、きつくなってきたのか汗を流して息を切らせている灯里のところに行こうとすると、背後の三つの一つ巴紋が、バチン! と音を立てて三つ金輪巴紋になる。

 これは非常にちょうどいいタイミングだと、一直線に灯里のところに向かい、彼女の周りのモンスターをいくつか蹴散らしてから合流する。


「少し移動するよ」

「え、えぇ!?」


 灯里を小脇に抱えてから素早く移動し、モンスターハウスの壁際まで退避する。


「あ、あの、ここだと逃げ場が……」

「大丈夫。次で終わらせるから。諸願七雷・三紋弓式(さんもんきゅうしき)───白雷の矢」


 頭上にある三つ金輪巴に蓄積された雷を、全て凝縮して一本の矢を生成する。

 手に取らずとも、この一本の矢を下手に扱ったら大事故になりかねないほどの雷が詰まっているのが分かる。

 慎重な動作で矢を番え、しっかりと狙いを迫ってきているモンスターの群衆の中央に定め、そして雷鳴と共に放つ。


 雷と共に放たれた矢は、進行方向にいたモンスターを問答無用で灰にし、その周囲にいたモンスターは衝撃で体が砕け飛んだ。

 そしてその先にあるダンジョンの壁には、特大の穴を開けて横穴のようなものが完成していた。

 ただの矢だが、その威力は使った自分でも驚くものだった。


「……これは、あまり使わないほうがいいかも」

「……」


 砲撃の様に放つ普通の白雷や、切っ先に集中させる一天。それらよりも威力が高くなっている白雷の矢の威力は、使う場所を誤ると壁をぶち抜いてその先にいるモンスターやほかの探索者を巻き込みかねない。

 周辺の安全を確認できない限り弓式は封印だなと息を吐き、あちこちに転がっている核石の回収をする。

 小さいものばかりを集めても仕方ないので、大きいものを二人掛かりで探し集め、美琴がそれをブレスレットの中にしまう。


 核石の回収を手早く終わらせた後は、戦闘音を聞きつけたモンスターがやってくる前に移動する。結局、美琴の雷鳴のおかげで寄ってくることはなかったのだが。

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