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46話 目下の問題

 土日を挟んで月曜日の午前中。授業前の学校の職員室。


「頼む……! 本当に雷電が必要なんだ……!」

「前にも言いましたけど、私という広告がなくても十分生徒が来るでしょうから、お断りします。というか、よくアイリの監視を抜けましたね?」

『独自のプログラムを意地で組み立てられ、突破するのに時間がかかりすぎてしまいました。すでに把握済みですのでこちらで操作も可能です』

「前と同じで」

『かしこまりました。パンフレットやウェブサイトの制作に使われた、検索履歴やお気に入り等を含めた、お嬢様に関するあらゆるデータを削除しておきます』

「いやああああああああああああああああ!? 俺の成果が!?」


 美琴の成績以外の全ての美琴に関するデータがアイリに削除され、悲痛な悲鳴を上げて膝から崩れ落ちる担任。

 いい加減に懲りろと言いたいが多分まだ懲りていないだろう。

 きっと今後もしばらくこういったやり取りが何度かされるのだろうなと、小さくため息を吐きながら職員室から出る。


「相変わらずだねえ。美琴に振られ続けてるのにまだ諦めないんだ、あの先生」


 職員室前の壁にもたれかかって待っていた昌が、扉が閉まる前に見えたのであろう担任教師を見て、呆れたように苦笑を浮かべながら言う。

 今日は日曜日からお泊りで美琴の家に来ていた昌と一緒に登校しているため、昌はいつもよりも少し遅い時間に学校にいる。


「何度言っても諦めてくれないのよ。というか、アイリの監視を潜り抜けるプログラムができるんだったら、いっそ教員やめてどこかの企業に転職したらって思ったわ」

「そんなことしてたの? 無駄に才能があるのか、意地でもアイリの監視の目から抜けたかったのか。どっちにしろすごい執念ね」

「その情熱をもっと別の場所に向けてほしいわ……」


 肩を少し落としながら言うと、朝からお疲れさまと労うように優しくポンと左肩を軽く叩く。

 それだけで朝から感じていた疲労感がなくなっていくのだから、実に不思議だ。疲れ果てた時は今後、思い切り昌に甘えようかと考える。


「それよか、今どうにかすべき目下の問題は、あのバカ十字よね。本当、何を考えているのやら」


 階段を上りながらささっとスマホを操作し、隣を歩く美琴にその画面を見せてくる。

 そこに映っているのは、一昨日土曜日の午後六時半にブラッククロス本部の公式ツウィーターに投稿された、意味不明理解不能の謎のボランティア活動の宣言だった。


「何をどう思って、こんなアホで抜け穴まみれなことを思いついたのかは知らないけど、はっきり言ってはた迷惑にもほどがあるわよね。美琴はどう思ってるわけ?」

「同じ意見よ。いい迷惑だわ。抜け道なんていくらでもあるし、その気になれば自力で物理的に作れるけどさ」

「流石は雷神様。私達にはできないことを平然とやってのける。そこに痺れる憧れる」

「ならせめてもう少し感情と起伏を込めて頂戴」


 つん、と右の人差し指で頭を突っつくと、大げさに頭を傾げながらぐわー、っと言う。


「やっぱりこれさ、何度見ても私のことを締め出そうとしているわよね?」

「十中八九、間違いないわ。未成年入れたパーティーで下層なんて普通行かないもの。大体未成年パーティーや未成年を入れたパーティーは、中層で止まるものだしね。下層なんてそれこそ、ベテランが行くような場所よ。むしろソロでそこまで行く美琴が異常」

「人を化け物みたいに……。でもやっぱそうかー。どうしよう、下層のほうが大きくて質のいい核石手に入れられるから、できればそこに行きたいんだけどな」

「お手軽なバイト感覚で下層に行くの、ちょっとは改めたら? あそこ一応、怪物地獄って言われているくらいモンスター多い場所なんだけど」

「見つかる前に倒すか、見つかっても行動に移す前に倒せば問題なし」

「そんなことできるのは美琴だけですー」


 お返しだと言わんばかりに、左の人差し指で美琴の頬を突っついてくる。

 少しくすぐったくて目を細める。


「で、どうするの? 土曜の一日配信の時、一緒に組んだ女の子がいるとはいえ、普段通りの活動はできないわよ?」


 階段を上っている途中で、一年生の女子たちが遠巻きに声をかけて来たので手を振って相手していると、美琴の配信の視聴者が一番気にしているであろう問題を、昌が口にする。

 美琴の普段の活動場所はダンジョン下層。土曜日から正式に灯里とデュオパーティーを組むことになったので、当面は中層に留まるつもりではいるが、灯里の成長度合いに合わせて潜る深さを変えていく予定だ。

 なので、今日はまずは中層だがその間に下層でも問題ないと判断できれば、連れて行こうと思っていたのだ。


 そこにブラッククロスの迷惑ボランティア活動の実施がされたので、いくらでも抜け道は作れるがどうしようかと悩んでいたのだ。


「んー、まあ、どうにかなるんじゃないかな。あの人達がやってることはただの迷惑行為だし、止められても強引に突破できるし。なんなら、アモン戦の時に空いてそこから修復されずに残り続けてる大穴使って、下層まで行けばいいじゃないかしら」

「あれを飛び降りていくってこと? 美琴ならともかく、灯里ちゃんは無理じゃない?」

「雷の足場を作れるから、抱きかかえて目を瞑ってもらえば大丈夫だと思う」

「解決策がゴリ押しすぎる」


 アモンとの死闘の際、ダンジョン下層から壁や地面をぶち抜いて地上へと戻ってきた。その時にできた穴は、いまだに修復されていない。

 本来ダンジョンにできた傷や損傷は、内部に満ちている大魔や霊気で自動的に修復されて行くのだが、あの時の戦いでできた傷は一月近くたった今も直っていない。


 父親に聞いてみたが、恐らく美琴の神の力とアモンの力の激しい衝突で、修復できないような影響があるのではないかと推測を立ててくれた。

 ギルドもどうして直らないのか調査中とのことだが、今後もそのままのようであれば、下層への直通エレベーターでも作ろうと考えているらしい。


 ともあれ、今の時点で下層直通の大穴がそのままぽっかり空いているので、灯里を抱えて足場を作って、飛び降りるのではなくゆっくり降りていくという手段を取れなくはない。

 昌の言う通り、大分ゴリ押しな解決策ではあるが、これが一番ブラッククロスの意味不明な監視の目をすり抜けることができる。


「もう人間の常識でものを語れなくなってきたわね、あなた」

「むっ、そういうことをするのはダンジョンの中だけですー。普段はいたって普通の女子高生なんだから」

「はいはい、そうですね」

「ちょっと、もうちょっと真面目に取り合ってよ」

「ネットとかでも言われているけど、今更普通の女子高生と言い張り続けるのは大分無理があるわよ」

「酷い!」


 たとえ薙刀一本でモンスターを瞬殺できたり、雷の速度で移動できたり、天候すら支配下に置くことができたって、美琴はいたって普通な現役女子高生なのだ。

 学校に通って勉強して、友達と会話してお弁当を食べたり、帰りにちょっとデパートとかに立ち寄って買い食いしたりアクセサリーを買ったり、ゲームセンターのプリクラを撮ったりと、どこにでもいる女の子がするような青春を楽しんでいる。

 昌だって幾度となく美琴と一緒に遊びに出かけたりしているくせに、今更普通とは言い難いと言ってくれやがったので、若干凹む。


「ま、普通とは言えないけど、それでも私の親友だからね。ちょっと傷付けたお詫びとして、帰りにクレープ驕ってあげるから」

「昌……! あなただけよ、今まで通りに接してくれる人なんて……!」


 階段を上り切って教室に向かっている途中で、ちょっぴり気恥ずかしそうにうっすらと頬を朱色に染めながら言う昌に、美琴は今でも態度を変えずに親友と言ってくれることが嬉しくて抱き着く。


「うっ、スキンシップはありがたいけど、せめてここじゃなくて教室でして」

「んー? 何、もしかして恥ずかしいの?」

「……そりゃ、ちょっとね。人目もあるし、美琴自身が注目浴びてるから」

「あらー、珍しくほっぺが赤いじゃないのー。可愛いわねー、うりうり」

「あ、あんまりからかうなら、クレープ驕らないわよ?」


 昌の言う通り人目もあるが、もう注目されすぎて大分視線にも慣れたものだ。

 それに、配信では大暴れしているところをよく見せているが、学校では普通の女の子なのだと主張するために、教室についてからも少し昌とじゃれついた。

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