44話 灯里のおねだり
昼食は結局全て食べ切ることができなかったので、一旦ブレスレットの中にしまった。
その際、彩音が言い出しにくそうにもごもごと小さく口を動かしているのを見て、おかしそうにくすりと笑い、地上に出たら好きなものを持って行っていいと言うと、ぱっと表情を明るくした。
灯里も雅火に食べさせたいとのことで、いくつか持って帰りたいと申し出て、流れで慎司と和弘にも渡すことになった。
「影は消える。黒は青に、白は紅に、寒さは暖かさに。闇があるなら忘却せよ。光があるなら記憶せよ。その光こそが我らが全てなり。最果ての空にて燃ゆる星は、我らを影から引き離す!」
だからなのか、灯里のやる気が昼食前後で大分違った。
魔術も呪術と同じように、取り込んだ大魔を心臓の魔力刻印に取り込み、負の感情を用いて体内魔力の小魔に変換しつつ取り出すという特性上、あまりポジティブすぎると術の威力が落ちるのだが、感情の制御が凄まじいのかやる気に満ちているのに威力が高い。
ノタリコンで切り詰めた呪文を素早く詠唱し、前に伸ばした左手から真っ赤な炎を放ち、モンスターを焼き払う。
炎で作り出した指揮棒を指揮するように振るい、放った炎を操る。
炎の竜巻を起こして焼き焦がし、炎の剣を形成してその熱で焼き斬り、大量の炎の大蛇を作って獲物の内側に潜り込み、内部から焼き殺す。
高威力かつ大規模なのに、針穴に糸をすっと通すような精密な操作で、才能の部分もあるだろうが血の滲むような努力をしてきたのがよく分かる。
勝手な憶測だが、姉に魔法使いを持っているからその分の期待が激しく、それに応えるために努力したのではないかと思う。
「やー、すごいねえ。どうしよう、灯里ちゃんをパーティーに本格的に引き入れたくなってきた」
「俺も。ここまで優秀な魔術師を逃す手はないぞ、灯里」
「優秀すぎておれ達の仕事がなくなりそうだけどな」
「美琴ちゃんも入れようかな」
「本格的にやることなくなるわ」
消し炭にされたモンスターを見ながら、彩音が割りと本気そうにつぶやく。
灯里を育成するという名目で一緒に中層に潜っているが、本当に条件さえきちんと整ってさえいれば、余裕で下層に行けるだけの腕をしている。
ここまで腕の立つ魔術師はそうそう見つけられないだろうに、どうして彼女の長所を生かそうとしなかったのか、あるいはその実力を見抜けなかったのか、甚だ疑問である。
”灯里ちゃんすげえええええええええええええええ!!!”
”これで新人ってマジすか”
”つくづく腐れ十字のやつら、色んな意味でもったいないことしたな”
”ノタリコン詠唱がかっこよすぎて鬼リピできる”
”後方で弓矢構えている美琴ちゃんもセットでいい絵になるわ”
”小柄なロリっ子中学生と、後方から援護するクール系でポンコツな高身長ナイスボデー女子高生とか最高です”
”誰かこの二人のファンアート書いてくれ”
”言い出しっぺの法則というのがあってだな”
”ここまで行くとそのうち有志でフィギュアとか作られそうだな”
”魔法使いの妹だって期待されてたけど、ここまですごいと魔法使えるって言っても信じるぞ”
”実はどこかに、魔法を込めた特殊道具とか隠し持ってない?”
コメント欄も、灯里の優秀さを目の当たりにして、純粋にすごいと賞賛する人や、どうしてこんな優秀な魔術師を潰そうとしたのかを疑問に思う人で溢れる。
中には相変わらず変なコメントが書き込まれることもあるが、よっぽど変態的なものでない限り、コメントを削除することはない。
そこらへんは全てアイリに任せきりだし、流れるコメントの量が多すぎて仮にあったとしても見つけられないことの方が多いだろうしで、あまり気にしないでおく。
「……あの、美琴先輩」
「んー?」
トライアドちゃんねるの三人で一か所に集まって、ひそひそと灯里の方を見ながら何かを話し合っているのを眺めていると、灯里が指先で着物の裾をちょんと摘まみながら話しかけてくる。
「その、私、美琴先輩と一緒にパーティーを組みたいです。普段から下層に潜っていますし、私は実力不足なのはよく分かっていますけど、先輩がいいです」
灯里のその告白に、少し頭がフリーズしかける。
美琴なんかよりも、見本になる的な意味で優れた探索者はごまんといる。それこそ彩音達三人組も、美琴よりもよっぽど見本になるし親切なパーティーだ。
そんなことは言わなくても分かるほど、彼女はこの数時間の間に実感しているだろう。それでも、灯里は美琴と組みたいと言ってきたようだ。
「わ、私でいいの? 自分で言うのもあれだけど、本当に戦いとかに関しては教えるの苦手な方だと思うし、私と組んだら結構大変だと思うよ?」
「先輩でいいんじゃなくて、先輩がいいんです。……本人を前に言うのが少し恥ずかしいですけど、探索者を始めた一番大きなきっかけって、美琴先輩なんです。背が高くてすっごく綺麗で、雰囲気とかもお上品で、なのにすごく強くて。それでいてどれだけすごいことをしても全く驕らないし。配信や切り抜きの動画を観るたびに先輩みたいな探索者になりたいって思うようになったんです」
「えぇ……? やりたいように暴れてただけの配信で、そう思ってくれたの……?」
”まあ理解はできるよ? 真似しようとは思わんけど”
”大暴れしていたのは自覚あったんだwww”
”あのイノケンティウスとかいう炎の化け物倒した奴はえぐかったな”
”今でもまだ再生数数万から数十万単位で伸びてんの笑える”
”その後の出来事が一瞬で千万超えて、イノケンのことが霞んでいると思われがちだけど、全く遜色ないくらいヤバいのよな”
”ぶっちゃけあれで探索者始めた人多いんじゃない? 特に女の子”
”美琴ちゃんに憧れて着物装備でダンジョン潜っている子も増えたね。大抵上層どまりだけど”
”その美琴ちゃんに憧れて始めたそのうちの一人が、その憧れに助けられた上にパーティーを組んでその手作りご飯食べられるとか、ファンからしたら垂涎もの”
探索者になったのが一か月くらい前だと本人から聞かされているので、確実にスタンピード一掃後に集まった野次馬達を視聴者に変えるべく、飽きさせないよう大暴れしていた時期のものを言っているのは確かだ。
今思えば少しやりすぎていた。あの時はまだ封印があるから今より力の加減こそできていたが、それでも雷薙一本で下層をソロで潜れたし、ボスをソロで最速討伐、時には雷を放つことができない一鳴で雷速ヒット&アウェイ戦法で削り倒したこともある。
彩音達とは仲良くできているが、下層のモンスターすら上層と変わらないペースで倒すため、他の初心者に優しい講座系のチャンネルからは若干警戒されているようだ。
嫌われてこそいないが直接配信を観に来てくれている人たち以外からは距離を置かれているのも感じる。
灯里だって美琴のチャンネルばかり見ているわけじゃないだろうし、あの一件でどれだけイレギュラーな存在なのかは知られているはずだ。
その上で美琴と組みたいと言ってくれている。
基本ソロで配信中は視聴者とアイリ以外に話し相手がいないから、若干の寂しさを感じることもなくはなかったので、その申し出はとても嬉しい。
しかし美琴も今言ったが、普段から下層に潜ってばかりで、下層はまさにモンスターにとっての天国で、探索者にとっては地獄のような場所に他ならない。
魔法使いの妹で、恐ろしく腕の立つ超優秀な魔術師であっても、昨日十五歳を迎えた現役女子中学生をそんな危険区域に連れまわすのは危険極まりない。
「だめ、でしょうか……?」
「うっ、うぅっ……!」
まるで姉にお願いする妹のように、ちょんと指先で裾を摘まみながら見上げながらお願いをしてくる。
かねてより妹が欲しいと思い続けてきた美琴にとって、そのお願いの仕方はあまりにも破壊力が高すぎる。
衝動的に抱きしめながらいいよと言いそうになるのを我慢する。
『私としては大賛成ですね。お嬢様の話し相手にもなりますし、先ほどから可愛がりたいとうずうずしておられますし』
「アイリ!?」
頭一つ分背の低い灯里を抱きしめたいと思っているのを見抜かれ、挙句それを本人に暴露される。
アイリのチクりに灯里はさっと顔を赤くするが、「み、美琴先輩になら……」とまんざらでもない反応をされて逆に困る。
『何でしたら、お嬢様を筆頭にクランでも設立してみたらいかがです? その方が、より灯里様を余計な悪意から守ることができると思いますが』
「確かにそうかもだけど、クラン設立はやりすぎじゃない?」
『そんなことはありませんよ。お嬢様をクランマスターにして新しく設立すれば、それだけでも大きな抑止力になるでしょう。それだけでなく、クランはいわば会社のようなものですから社会的地位の確保もできますし、規模が大きくなればその分だけ影響力も増えますし、影響力が増えればその分また抑止力も大きくなります。面倒な手続き等などは増えますが、それ以上のメリットがありますよ。特に税負担が』
「そう、言われると、納得するしかないじゃない……」
とっくに確定申告が決定している身なので、そう言われると確かにメリットが大きいと言わざるを得ない。
節税の部分を抜きにしても、アイリの言う通り『美琴が設立したクラン』というだけでかなりの人数集まるだろうし、人が多ければその分できる幅も広がり、業績も上がって影響力が強くなる。
そうなると仮に美琴達に対して悪意を抱いている人がいても、彼ら彼女らが下手に手を出せば不利益を被るのは手を出した側になる。
そのことを考えると本当にクラン設立はいいこと尽くしなのだが、そう簡単に決めていいものではない。
「……クラン設立は、一応考えておくわ。それよりも灯里ちゃんのパーティーのことだけど」
『私は賛成です。経験の浅さに不安はあれど、それはお嬢様と組めば問題ないでしょう。実力も十分ですし、何より同性ですから』
「本音を言えば、私も賛成よ。でもこればっかりは勝手に決められないことだし、ひとまず彩音先輩達にも相談しましょう」
三人の方を向くと、とっくに話し合いを終えているようで、こちらを見ていた。
とりあえず彩音達に近付き、灯里からされた提案のことを話す。
「ぶっちゃけた話、美琴ちゃんの隣以上の安全な場所ってないと思う」
「住人庇いながら魔神と戦えるんだし、俺も全然反論はないな」
「正直、そっちがおれ達のパーティーに入ってほしいと思ってたんだけど、灯里ちゃんが美琴ちゃんと組みたいって言うんだったら、無理強いはできないな」
少し残念と思っているような表情をされるだけで、否定的な意見など全くされなかった。
先輩達三人から美琴と一緒にいたほうが安全だというお墨付きをもらったおかげで、灯里の眼差しがより強くなり、キラキラと輝く期待の眼差しに耐えられなくなり、パーティーを組むことを決める。
美琴からの許可をもらったことが嬉しかったのか、ぱっと表情を明るくさせてありがとうと感謝しながら抱き着かれた時は、本当に可愛くて仕方がないなと色々と甘やかしそうになってしまった。
遅れて、自分が何をしているのか理解した灯里が耳まで真っ赤になりながらゆっくりと離れ、若干震えた声で謝罪してきたが全く気にしていない。
ともあれ、これで美琴は固定メンバーを獲得したわけだが、視聴者十万越えの配信で灯里の優秀さを全国に流したことで、ノタリコン詠唱術を使いこなしている上に古代魔術遺産を有していて、止めに魔法使いの妹であることが知られた。
美琴と強いつながりを持ち、更に灯里本人の探索者としての価値がこの配信で爆上がりしていることなどつゆ知らず、一応加減できるようになったので元の本日の配信のメインである灯里の育成に路線を完全に戻し、連携をしながら次々とモンスターを倒していく。
───のちに、この配信で価値が上がりまくった灯里をめぐって、かなり面倒な抗争に巻き込まれるとは全く知らずに。




