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41話 魔法使いの妹の魔術

「へー、灯里ちゃんはノタリコンで呪文唱えるんだ」

「はい。お姉ちゃんから教えてもらったんです。呪文の暗号化にもなるし習得して損はないって」


 美琴と彩音達は、さほど脅威になるモンスターがいない場所なので、一応警戒はしているが散歩に出ているくらい緩い雰囲気で歩き、灯里は緊張と警戒が重なって少し動きがぎこちない。

 上層とはいえダンジョン内部。いつ何が起きてもおかしくない場所なのだから、灯里の反応が一番当たり前だ。むしろ美琴達の方が警戒しなさすぎておかしいのだ。


「ノタリコンかー。俺も魔術を使う方だから覚えようと思ったんだけど、無理だったわ」


 慎司が灯里に感心したような目を向けながら言う。


「それってそんなに高等技術なんですか?」

「まあね。そもそも呪文自体短くすることが難しいから、その極致ともいえるノタリコンはかなりムズイ」


 ノタリコンとはカバラの一種で、文や単語の連なりの頭文字を取って新しい単語を作ったり、単語からもとの文や単語の連なりを復元することをいうものだ。

 ギリシア語で速記を意味する言葉に由来し、その由来通りに高速詠唱を可能とする。


 簡単に言えば「炎よ」という詠唱が必要な魔術があるとして、ノタリコンは「ほ」や「F」という一文字を唱えるだけで、炎の魔術が使えるようになる。

 ただ早くなるだけでなく、詠唱文を暗号化させることで術が発動するまで何が来るか分からなくさせることも可能で、対術師では有利になる。


 この詠唱法は高等技術に分類され、習得が難しいとされている。のだが、灯里は魔法使いの妹というだけあって、徹底的に叩き込まれたようだ。


「へー、短くするのが難しいんですか」

「そそ。しかも短くした分威力が落ちるなんてざらにあるんだ。だから、詠唱も何もなし、ノータイムでマジもんの雷ぶっぱできる美琴ちゃんは、術師連中からすれば羨ましいんだよな」

「今は制御できていませんけどね……」


 優先は灯里の育成だが、美琴の加減もその次に大事だ。

 なので連携に最適な上層モンスターが出てくるまでは、美琴が手加減を覚えるために雷を使っているのだが、結果は昨日と同じだ。


「お、いいのが出てきた。灯里ちゃん、準備はいい?」

「は、はい! いつでも!」


 自分から直接放つのがダメなら、他に何かいい方法はないだろうかとうーんと腕を組んで考えていると、モンスターが姿を見せたようだ。

 思考をやめて彩音が見ているほうを向くと、ゴブリンの集団がいた。その中にはブラッディウルフという、全身真っ赤な毛皮に覆われている狼型モンスターにまたがっているのもいる。


「モンスターが他モンスターと連携取るなんて珍しい。それじゃあ灯里ちゃん、まだ見つかっていないから、ここで連携の大まかな流れを説明するね」

「お、お願いします」

「まず、基本は前衛が前に出てモンスターの注意を引き付けて、その間に後衛が魔術の詠唱を唱える。魔術師じゃない場合、例えばガンナーとかは、前衛が注意を引きつつ隙を作って、そこを撃つの」


 岩の陰に隠れながら、モンスターに気付かれない程度の声量で、灯里に説明していく。

 非常に分かりやすい連携講座を受けている灯里は、ふんふんと頷きながら真面目に聞いている。


”ふんふん頷く灯里ちゃんきゃわわ!”

”先生と生徒の構図なんだけど、妹に教えるお姉ちゃんにも見える”

”前にも美琴ちゃんも同じようなことしてなかった?”

”初めてのコラボの時にしてたね。あれも可愛かった”

”っぱ初心者講座はトライアドちゃんねる一択だよなあ!”

”美琴ちゃんは初心者に優しくないから”

”神様だからね。仕方ない”


「どーせ私は初心者には優しくないですよーだ。勉強はともかく、戦いは人に教えるのが苦手なんですー」

『教え方が独特というわけではありませんが、お嬢様の場合は前提が基礎から離れている場合が多いですからね』


 雷薙とかいうチート呪具を持っていることが前提になってしまいがちなのは、自覚している。なのでそれを抜きにした想定で、自分なりに解説をすることもあるのだが、雷神になってから電気系は全て支配下にあり、それはもちろん体の中の電気信号も例外ではない。

 そのおかげで動体視力や反応速度は常人のそれではなく、それが美琴にとって当たり前になってしまっているため、見切りや先読みが鋭すぎるあまり他人には優しくない講座が誕生してしまう。

 初心者どころかベテランですら分からないような、一秒以下の僅かな隙すら見逃さず、的確にそれを突けるのは今のところ美琴か、京都にいる幼馴染の退魔師くらいだろう。


「───最後に灯里ちゃんが魔術を使って、モンスターを倒す。これでいいわね?」

「は、はい! 頑張ります!」


 緊張した様子で頷きながら、着ているローブの懐から指揮棒のような杖を取り出す。

 それを見た瞬間、その杖も美琴の持つ雷薙のような最上に部類されるものだと分かった。

 おそらく、使用者の魔術の威力に大幅な強化が入る代物だろう。ただ、ちらりと見えたが、炎のような装飾が彫られていたので、炎属性にのみ限定しての強化だろう。


「じゃあ、打ち合わせ通りに行くよ!」


 彩音が抜刀してから岩の陰から飛び出し、駆けていく。慎司と和弘も同じように岩の陰から飛び出し、慎司は拳に魔術をまとわせ、和弘は腰のダガーを抜いて逆手に持って走る。

 灯里は少しだけ岩の陰から体を出しながら、彩音達がモンスターの隙を作るのをしっかりと観察する。


『お嬢様も最初に、彩音様達のような良識ある方々と当たっていれば、今頃は連携も上手くできていたのでしょうね』

「一発目にあれじゃ、人を信用できなくなるわよ。女の子だけのパーティーでも組もうかとも思ったけど、それはそれでなんか怖いし」

『どこまでも運がありませんね。いっそのことお祓いにでも行ったらどうでしょうか』

「本当に行こうかな……」


”神様がお祓いに行く構図よwwww”

”想像付かねえーw”

”一回目のパーティーが酷いからって言うのが大きいけど、その後に一人の方が効率がいいという謎が発生しててワロス”

”人がいるせいで雷が使えない。なら人がいないほうが全力出せるよねって、確かにそうだけどさwww”

”ご両親とか心配で仕方なかったんじゃない? いやでも雷神だし平気か?”

”ご両親の心配が娘の心配じゃなくて、町とかに対する被害の方になってそう”

”実際アモン戦で結構被害出たからなー。そういや、あの時の二億はどうすることにしたの?”


 彩音達の見事な連携によって、どんどん一か所にモンスターが集まっていくのを見ながら、コメント欄を見る。


「あのスパチャね。みんなが怖いくらい送ってきて、その日の夜眠れなかったわよ。いや、すごくありがたいことではあるんだけどね? 限度って言うのを覚えようね?」


”¥10000:これで美味しいごはん食べて”

”¥5678:もっとぽんこつ可愛いところを見せて”

”¥3150:お前ら、ここは神社じゃないんだぞwww あ、また激辛料理企画してください”


「そんなポンポン送ってこないの! ありがたく受け取るけども! あの時の二億は、二、三割だけもらって後は全部復興支援にすることにしたよ。もうとっくに寄付済み」


 自分の口座の中に九桁のお金がいきなりドカンと入った時は、己わず手が震えた。

 正直普通に生きていくならそんな大金はいらない。毎月のお小遣いだけでも一か月は普通に生活できるし、なんなら上手くやりくりしているから三万だと余る。

 余った分は貯金に回せるし、余裕を持っておけば母親の会社から新作の洋服や化粧品が出ても、無駄に爆買いしなければ買うことだってできる。


 二億円という数字は一旦置いておいて、スパチャを投げてくれること自体は非常にありがたいことだが、九桁もいらない。

 そんなお金があっても困ってしまうので、アイリと両親に相談した結果、アモンとの戦いで出た被害に対して復興支援するために、少しだけ受け取ってあとは全部寄付した。

 ちなみにその資金をもとに、両親から許可をもらって未成年証券口座を開いて、アイリに管理させることにしている。そこで出た利益は家計に回しつつ、残りを寄付する予定だ。


「そんなことより、加減を覚えないと。体から直接雷出すのだと、威力が高すぎて下層のモンスターですらワンパン。何かいい方法はないかな」

『でしたら、アモン戦でやった、神の力をそのまま物質化すればよろしいのでは? 感覚は覚えておられますか?』

「覚えてるには覚えてるけど、いきなりやれって言われてできることじゃないと思うわよ」

『それでもやらずに終えるより、やってから諦めたほうがよろしいかと』

「でもあれ、一応私の力を武器にしているわけだし、すごい威力になると思うよ?」


 と、そこまで話して、一ついい案が舞い降りてきた。

 これは試してみる価値はあるかもしれないと、目を閉じて集中する。


「灯里ちゃん、今!」


 その間にも彩音達の誘導は進んでおり、モンスターがいい位置に集まったのか灯里に合図を送る。


「は、はい! 灰は灰に(ATA)塵は塵に(DTD)!」


 その合図に合わせて、灯里がノタリコンで呪文を唱え、魔術が発動する。

 どんなものなのか気になったので目を開けてみると、すさまじい量の炎がモンスターに向けている杖の先から吹き荒れて、濁流のように向かっていく。

 しかもすごいことに、その炎は彩音達を意思を持っているかのように滑らかに動いて避け、モンスターだけを飲み込んで焼き消した。

 炎が消え、そこに残っていたのは、核石とモンスターの素材だけだった。


「いやー、すごいね? これは、中層の最深域でも結構安全マージン取れるんじゃない?」


 上層で使うには見るからにオーバーパワーな魔術を見た彩音は、冷静に分析をして灯里の実力を把握する。

 灯里本人は下層はまだ早いと思っているようだし、経験の浅さから鑑みてその判断は正しい。

 しかし、上層や中層でしっかりと経験を積んでいけば、一年が経つ頃には下層も中域くらいまでならそれなりの安全マージンを確保できるだろう。


「すげえ、ただの基礎的な炎魔術だろ今の。それでこの威力とか、マジで黒十字のやつら、こんな逸材を潰そうとしてたのかよ」

「わ、私自身の力じゃなくて、お姉ちゃんのおさがりの杖のおかげです。これ、確か古代魔術遺産(アーティファクト)だって言っていましたし」

「……魔法使いって、とんでもねーもん持ってるな」

「魔法使いになる前から使っていたみたいです。なんでも、炎の魔術に限定して、その威力を最大で七倍にまで上げてくれるみたいです」


 古代魔術遺産は、その名前の通り古代から存在している魔術的な遺産のことだ。

 灯里が持っている杖を始め、聖遺物や聖骸、数々の伝説に登場する聖剣や魔剣もそれに該当する。


 魔術師曰く、古代の魔術のほうが現代よりも数段優れており、その時代に作られた魔術道具は総じて、反則級の性能を秘めている。

 灯里の杖も、一つの属性に限定されているためやや使い勝手が悪いかもしれないが、その性能は破格だ。


「これは……ちょっと予想外の火力かな? どうしよう、上層だと練習にならないかも」


 配信開始時に、昨日の今日で中層まで連れて行くつもりはないと言ってしまっているため、どうしようかと彩音が悩み始める。

 しかも灯里の能力が予想以上に高いだけでなく、下層でも相手にならない怪物(美琴)がいるため、本当に上層程度では練習にすらならない。


「あ、あの、別に中層まででしたら行ってもいい、ですよ? ちょっと怖いですけど、先輩達もいますし」


 トライアドちゃんねるの三人が集まって、どうしようかと話し合っていると、とことこと近付いた灯里が、彩音の服の裾を指先で軽く引っ張りながら言う。


「え、いいの? 私達に気を遣ったりしてない?」

「はい、大丈夫、です。わ、私も強くなりたいですし、上層だとあまり練習にならないと感じていましたので……」


 おずおずといった様子で言い、少し怖いという言葉に偽りはないのか少し声が小さくなっているが、いつまでも強い人に甘えていられないという決意を感じられる。

 彩音達もそれを感じているのか、三人で顔を合わせた後に頷く。


「分かった。それじゃあ予定を変更して中層まで行くけど、無理そうだったら教えてね? どうしようもなさそうな時は、美琴ちゃんに縋っちゃえ」

「そこは自分じゃないんですね、彩音先輩?」


 自分ではなく美琴にと言ったことに驚いたが、ちょっとした冗談だと気付いて、小さく苦笑を浮かべながら言う。


「だって、この中で一番強いの美琴ちゃんだし。そりゃ、私達に甘えてくれれば一番嬉しいけどね。ピンチの時は一番強い人に頼ったほうが安全だよ」

「私だとド近距離で雷鳴が鳴るので、耳が痛くなるかもしれませんよ?」

「……やっぱり私達を頼ってくれる?」

「……ふふっ。はい」


 少し緊張もほぐれたのか、自然な笑みがこぼれる灯里。

 とりあえず、上層だと相手にならないことが判明したので、予定を変更して中層まで行くことになった。

 ただここも、灯里のことを考えてすぐに上層に行けるよう、行っても中層中域までとなった。

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