38話 万物を灰燼に帰す奇跡との邂逅
予想外な出来事に遭遇し、灯里を保護した美琴達は周囲を警戒しながらダンジョンを登っていく。その気迫から、灯里にはモンスターの声一つ聞かせないというのを感じられる。
事実、美琴は稲魂を射出して視界の端に映ったモンスターを一瞬で消し炭にし、彩音達はアイリにサポートを得て、先にモンスターを見つけて声を上げるよりも先にスピーディーに狩る。
完全な不意打ちであれば下層のモンスターも速攻で倒せるようで、戦闘時間は十秒もない。
「ふわぁ……。先輩達、すごい……」
テンポよく作業のように静かにモンスターを倒していく彩音達に、灯里は尊敬の眼差しを向けている。
いくらか精神的に回復した様子で、よかったと安心する。しかしまだ離れることが怖いのか、小さくて柔らかい手でしっかりと美琴の手を握っている。
「……い、今更ですけど、すごい人達の配信にお邪魔しているんですね……」
今になって自分がどれほどの人気配信者に助けられたのかを理解し始めたのか、先の恐怖とは別の理由で体が震え始めている様子だ。
「ねえ、灯里ちゃん。灯里ちゃんは、そのルナちゃんっていう子のことは知っているの?」
「いいえ、特に詳しくは……。ただ、パーティーリーダーの猪原進さんが、すごい気に食わなさそうにルナさんの配信を観ていたのを、ちらっと見たくらいで」
「むしろ自分で追い出した女の子の配信を観ていること自体、すごいと思うんだけど」
追い出した理由が自分のチャンネルが伸び悩んでいるからと結構ろくでもなく、それでもって追い出しておいて自ら配信を観に行くとか、精神的にすごい。
気に食わなさそうに観ていたというので恐らく、自分達はチャンネル登録者数が全然伸びていないのに、追い出したルナが伸ばし始めていることが気に入らないのだろう。
『調べたのですが、猪原様がリーダーを務めるパーティーのチャンネル、アタックチャンネルですが、登録者数は四万人と全体で見れば一応多い方にはなります。ですがその四倍以上の登録者をルナ様は、アタックチャンネルよりも短い期間で獲得しています。年齢は灯里様と同じ十四歳の中学二年生です。ツウィーターの裏アカウントも特定し、そちらで不平不満をぶちまけております。お読みになりますか?』
「いい。自分のことを棚に上げて女の子をいじめるようなろくでなしの投稿なんて、見たくもない」
要するに、ルナに嫉妬しているそうだ。それも、中学生の幼い女の子に。
逃げていく時に見た感じ、猪原を含めた他のメンバーは全員美琴よりも上、つまり成人しているだろう。
細かい年齢までは距離があったので分からないが、少なくとも四人とも二十代を超えているはずだ。
それよりもチャンネルの名前がアタックチャンネルとか、その壊滅的なネーミングセンスはどうにかならないのだろうかと思った。
『面白い情報もありますよ。ルナ様がパーティーを追放されたのちに自身の個人チャンネルを開設したわけですが、その際にアタックチャンネルの視聴者の大部分がそちらに移動したようです。どうやら視聴者は、アタックチャンネルではなくルナ様を観に来ていたようですね』
「つまり、そのパーティーが下層まで潜れたのはそのルナちゃんのおかげだって言うことを、多くの視聴者は理解していたってわけね」
「その通りです。私も時々配信を観ていたんですけど、ルナさんの使う特殊な魔術によるバフと回復があるからこそ、名前みたいに猪突猛進みたいな戦い方が奇跡的に成立していたんです。ルナさんが抜けてから回復用の呪具とか魔術道具買うのにすっごい費用が掛かっています。最上呪具買ったせいで、最低価格で最低品質のものしか買えていないですけど」
「ざまあみなさい」
『……お嬢様』
”美琴ちゃんでもそういうこと言うんだ”
”むしろ美琴ちゃんが言うほど酷いってこと”
”聞けば聞くほどそのパーティーマジでざまぁwww”
”ねえねえ今どんな気持ち? って言ってやりてえええええええwww”
”今もルナちゃんって子が配信してるっぽいから二窓してるんだけどさ、この子も結構強いぞ”
”優秀な探索者を、このクソダサネーミングチャンネルのやつらが腐らせようとしてたってマ?”
後先考えずに一番貢献していた人物を偏見で追い出しておいて、強力ではあるが使いこなすにはそれなりの鍛錬が必要な最上呪具を勢いで買って宝の持ち腐れにし、挙句の果てにはかつての自身の配信の視聴者のほとんどをルナに奪われる。
アイリからその情報を聞かされて、心の底からざまあ見ろと言う気持ちになった。
そも最上呪具とは、一部の例外はあるが基本的に強力無比である代償として癖が強いものが多い。
九節棍の最上呪具は、一端があらゆる魔術や呪術を打ち消す効果があり、もう一端には触れた相手から呪力や魔力を奪い蓄積する効果がある。
そして真ん中の棍に蓄積した呪力や魔力を所有者の身体強化に割り振る効果があるのだが、これは恐ろしく癖が強く使いこなせる人がほとんどいないからと、実質封印状態にある。
他にも、日本創成に使われた神器である最上呪具の天逆鉾は、矛先を地面に突き刺すことで自らが有利になる領域となる世界を創成して閉じ込める結界を張るが、天魔反戈という別名があり、そちらはあらゆる魔を打ち払うという効果がある。
有利になる世界を作る呪具であり、全ての魔を払う呪具。一見すれば最高の組み合わせに聞こえるかもしれないが、天魔反戈の効果は自身の作ったものにも有効であるため、考えて使わないと自分の作った世界を自分で壊すことになってしまう。
美琴の雷薙は所有者にバフをかけるだけで特殊な効果はないが、その上り幅というのが普通ではないため最上呪具認定を受けている。
なので、九節棍の呪具や天逆鉾と比べると比較的使いやすいが、使えるのが雷神の力を持つ女性だけと決められているため、結局癖が強い。
そんな最上呪具を猪原は財産のほとんどを費やして買ったというが、使いこなせるように鍛錬しない限り呪具に振り回されるだけで宝の持ち腐れだ。
持っているだけで強くなれる武器など存在しない……わけではないが、鍛錬しなければ本来の性能を引き出すこともできない。
「あの、美琴様のその薙刀も、最上呪具ですよね?」
「様はいらないわよ。……そうね、一応最上呪具にはなるわね」
「ふわぁ……! それをきちんと扱える人ってだけで尊敬できます! ちゃんと使いこなせれば、下層のモンスターなんて簡単なんですね」
きらきらと輝く純粋な瞳を向けられる。
確かに使いこなせているし、あれ一本だけでも下層のモンスターはどうにでもなるが、あれは雷神の力を持っている女性にだけすさまじい強化をかける代物なだけなので、使いこなすも何もない。
強いて挙げれば、薙刀の扱いをしっかり覚えて身に付けることくらいだろうか。
「言っておくけどね、使えるだけじゃダメ。使えることと、それを実戦で活かすことは結構別だから」
「そうなのですか?」
「なんていうのかしらね。例えば、火があって食材が揃っているだけじゃ料理にはならないでしょう? 包丁を用意して食材を切って、調理器具に乗せて火にかけて炒めたり調味料をかけて味付けをして、そこまでしてやっと料理になる。料理に必要なものを揃えるのが基礎で、それを切ったり炒めたり味付けしていくのが応用、かな。料理の仕方次第で完成品はまるきり違ってくる。戦いの場なんて、一秒ごとに状況が大きく変化するし。だから使えるだけじゃ、実戦では全く活かすことはできないの」
「ほえ~……。」
料理好きなので料理で例えたが、一応理解はしてくれたようだ。
こうして年下の女の子にこういうことを教えていると、妹に何かを教えているような気分になってくる。
灯里のことを見ていると、やっぱり自分にも妹が欲しかったなという気持ちが湧いてきてしまう。両親はそれどころではなかったし、美琴を授かるまでに何年もかかったうえに母にはかなりの負担がかかっていたため、結局その後は望めなかったわけだが。
その後も、灯里は美琴や彩音達に色々と質問をして答えを得て、楽しそうにしていく。
もう人を信じることができないと言って涙を流すほど追い詰められていたが、優しく接し続けることで気持ちも精神的にも回復したようだ。
そのことに安堵しつつ、灯里の体力のことも考えて休憩を挟みながらダンジョンを進むこと一時間と少し。一行はダンジョンの出入り口付近まで戻ってきた。
ダンジョンを出た後はそのまま配信を付けたままギルドに向かい、そこで報告をしたり灯里が組んでいたメンバーやルナについて聞くことにしている。
このまま出てまっすぐ進もうと出入り口に向かって進んでいくと、何やらその周辺がやたらと騒がしい。
「何かあったのでしょうか?」
『……これは。面白いものが見れそうですよ、お嬢様』
「面白いもの?」
もしやアタックチャンネルの四人がそこで何か喚いているのではと思ったが、近付くにつれて聞こえてくるのは怒っているような慌てているような女性の声と、それを必死に静止している聞き慣れた守衛の声だ。
本当に何が起きているのだと思いながら出入り口を過ぎると、そこには美琴と同じくらい背の高い、琥珀色の長い髪を適当にヘアゴムでまとめて、パリッとさせている白いワイシャツと黒のスリムパンツを履いた女性が、大きな声で喚きながらダンジョンの向かおうとしており、それを守衛が必死になって押さえている。
「離せ! 今すぐにでも妹を助けに行かなきゃいけないんだ!」
「ですから! 入るには探索者ライセンスが必要なんですってば!」
「離せえええええええ!」
羽交い絞めにされている女性はライセンスを持っていないのに、ダンジョンの中にいるという妹を助けに行こうとしているらしい。
よっぽどその妹のことが心配なんだろうなと思っていると、既視感を感じた。
琥珀色の髪に、茜色の瞳。
左下に目線を下すと、琥珀色の髪に茜色の瞳の灯里。
「お、お姉ちゃん!?」
「っ、灯里!? 無事だったのか!!」
羽交い絞めにされている女性を呆然と見ていた灯里が我に返り、大きな声でお姉ちゃんと呼ぶ。それに対して女性は、安堵したような表情を浮かべ、灯里の名前を呼んだ。
「面白いことって、こういうこと?」
世界で十三人しか確認されていない、強すぎるがゆえに特定の条件が揃わない限りダンジョンに足を一歩でも踏み入れることのできない、人の身で神の奇跡を引き起こすことができる存在───魔法使い。
そのうちの一人、水の魔法がない限り引火した瞬間に勝負がつくと言われるほどの威力と殺傷能力を持つ炎の魔法を使う魔法使い、燈条雅火とこんなところで会うことになるとは、思いもしなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
もし少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
ブックマーク登録と、評価(【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に)して応援していただけると狂ったように喜びます。
なにより作者のモチベーションに繋がります。
なにとぞ応援よろしくお願いします!




