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第19話 御雷の一太刀

 左胸のコアを破壊されたイノケンティウスは、内側の芯をドロドロと溶かしてから内側から急激に膨張して、大爆発を引き起こした。

 幸い膨れ上がった瞬間には壁側に退避していたため、爆発に巻き込まれるなんてことはなかった。


『流石、というべきでしょうね。このようなイレギュラーにも対応してのけるとは』

「かなり厳しかったけどね。あー、暑かったし熱かったー。うわー、汗でびしょびしょだよー……」


 爆音と爆炎が収まり、ちろちろと小さくくすぶる炎を視界に収めて数秒ほど構えてから復活とかしないのを確認した後、ぺたりと地面に座り込む。

 全身汗だくで髪は顔に張り付いているし、着物も濡れてしまっている。

 これは帰ったら速攻でお風呂に入ってさっぱりしなければと、苦笑を浮かべる。


「結局、あの炎の怪物も女の子も、なんなのか分からずじまいだね」

『一つ確実に言えることと言えば、下層で怪物災害が頻発している原因があの真紅の髪の少女であることでしょう』

「逆に言えばそれだけしか分からなかったってことだよね。……ここに入った時、あの女の子が入っても焼き殺されないなんて珍しいみたいなことを言ってたよね。それってつまり……」

『そういうことでしょうね。調べましたが、二週間前からダンジョンに潜って帰ってこない探索者の数が跳ね上がっていますから』


 数日前にギルドに立ち寄った時、四日前から帰宅しない息子を探しに行ってほしいという切実な依頼が貼り出されていたのを思い出す。

 ギルド職員に聞いたところ、その依頼を出した母親の息子というのは七人組のパーティーで下層まで潜るだけの強さがあるそうで、その依頼が貼り出される四日前もいつも通り下層まで行くという話を聞いていたそうだ。

 しかしいつもは受付時間前には戻ってくるはずなのにその日は戻ってこず、それどころか二日三日と過ぎても戻ってこなかった。


 それ以外にも行方不明者捜索の依頼がいくつも貼り出されていて、きっと全員ここまで潜って、そして全員殺されたのだろう。灰も一切残さずに。

 せめて安らかに天国に行ってほしいと、両手を合わせて般若心経をゆっくりと唱える。


「……今日はもう引き返しましょう。深層まで行くつもりはないし」

『そうですね。お嬢様もかなり汗をかかれましたし、早くお風呂に入りたいでしょう』

「そりゃもちろん。もうお肌もべたべた。帰ったら塩分タブレットとか食べないと」


 くるりと引き返して下層に戻る転送陣の方まで歩く。


「あ、アイリ、あなた配信切った?」

『………………あ』

「やらかしたわね。……み゛ゃっ!? 同接二十七万!?」


”やっとコメント見てくれた!”

”ツウィータートレンドから来ました!”

”例の切り抜き動画から来たら、それよりもとんでもないことしてて脳みそ溶けるかと思った”

”汗だく美琴ちゃんえっっっっ!”

”なんというか、もう言葉が出てこない”

”もうすごいとしか言いようがない”

”イレギュラー倒しちゃったよ”

”もはや伝説と化しててワロス”


 消していたホログラムを映して配信画面を確認すると、二十七万とかいう恐ろしい数字になっていた。このままいけば三十万をも超えるだろう。

 送られてくるコメントのほとんどが、イノケンティウスを倒したことへの賞賛で、それに次いで心配したというコメントが多かった。

 中には変態コメントも混じっているが、それは見なかったことにする。


「心配かけてごめんね。この通り無事だから。でも流石に疲れたから、もう帰る───」


 転送陣まであと数歩といったところで、後ろから熱を感じた。

 言葉を切って振り返ると、小さく燻ぶっていた炎がどんどん大きくなっていき、そして再びあの炎の教皇、イノケンティウスが再臨する。


”はああああああああああああああああああ!?!?!?!?”

”今の絶対倒した雰囲気だったろ空気読めくそが!”

”美琴ちゃん逃げて! 今ならまだ転送陣踏んで逃げられるから!”

”これ以上は危険だ! なんかさっきよりも火力マシマシになってるし!”

”もう熱持ちすぎて白く見えるのえぐすぎんだろ。中心温度どうなってんだ”


 コメント欄が今すぐにでも転送陣を踏んで逃げろというコメントで埋め尽くされる。


「……アイリ、弱点はどうなってる?」

『先ほどと変わらず、です。相違点は、自ら弱点となる芯を露出していることですね。これも恐らく制誓呪縛に似た何かによる強化のためでしょう』

「逃げられる可能性は?」

『あと数歩で転送陣なので、九十パーセントを超えます。逃げるほうを推奨しますが、お嬢様はそれを選択なさるおつもりはないのでしょう?』

「本当は逃げたいわよ。こんな暑い場所にいつまでもいたくないし。でも、放っておいたら被害が拡大する。あんなのがいるとは知らずにここに踏み込んで、命を落とした人みたいに」


 三鳴でも倒しきれなかった。その事実を真っ向から受け止めて、抑え込んでいる力の半分以上となる諸願七雷・四鳴(よつなり)を開放する。


「できればこれは使いたくはなかったけど、あれで倒せない以上使わないわけにはいかないわね」


 そう言って雷薙をブレスレットの中にしまい、左手を何かを掴むように緩く握って左腰に添え、同じように緩く握った右手を添える。その構えはまるで、抜刀術のようだ。

 今から使うものは、四鳴以上からでないと制御できずに暴発してしまう危険性があるほど、強力なものだ。

 三鳴最大火力である白雷を一点集中させた白雷・一天でも倒しきれなかった。なら、それ以上の火力で叩きのめすしか方法はない。


「───陰打ち、抜刀!」


 三鳴の時とは比べ物にならないほどの量の雷を放出させ、直後にそれを左手と右手に一気に凝縮させる。

 まばゆい雷光が焼け焦げているボス部屋の中を照らす。


 その光が収まると、腰を低く落として構えている美琴の手には、稲妻の紋様の描かれた鞘に納められた一本の刀が握られていた。

 これが美琴が四鳴以上の時でないと使うことのできない攻撃手段である、陰打ちである。


「縺昴?繧医≧縺ェ雋ァ逶ク縺ェ蠕礼黄縺ァ縺ゥ縺ョ繧医≧縺ォ謌代r谿コ縺吶▽繧ゅj縺??」


 その理解できない言語と声は、もはや雑音でしかない。


 帯に差してから鯉口を切り、ゆっくりと抜刀する。刀身には、美琴の雷が全て集約されている。

 この刀を使っている間は、美琴本人から雷を出すことはできない。できることは、一鳴同様、雷かそれ以上の速度で移動することだけ。


「……今更だけどさ、敵討ちなんてガラじゃないけど、それでもここに入って苦しんで亡くなった人の分の気持ちを、ありったけぶつけさせてもらうわ」


 正眼に構え、強く感情のこもった目をイノケンティウスに向ける。

 その感情は、ふつふつと燃えるような怒り。しかし決して烈火のように荒れ狂うのではなく、静かな大海のような怒りだ。


 ぎゅっと柄を強く握る。このような化け物がここにいるせいで、大勢が殺された。殺された人を弔おうにも、灰すら残っていないからできない。

 ならせめて旅立っていった人達にできる手向けは、この化け物を倒すことだ。


「シッ!」


 電光石火の速度で踏み込み、左に構えた刀を逆袈裟に振り上げる。

 鋭く振るわれたその一刀をイノケンティウスは大きく横に跳ぶことで回避する。

 直後、刀の直線状の壁と地面に巨大な裂傷が深々と刻まれる。


 それを見た炎の教皇はボオオオオオオオオオオ!! と爆炎の咆哮を上げて両手に十字架を持って振りかざし、地面に叩き付けて広範囲に炎の大津波を発生させる。

 その範囲はたった一振りでボス部屋の大部分を埋め尽くしており、そう簡単には逃げられない。

 だが美琴は逃げる素振りを見せず、刀を大上段に構える。


「フゥ───!」


 構えた刀を鋭く振り下ろすと、地面に深々と裂傷を刻むのと同時に炎の大津波を真っ二つに斬り開く。

 イノケンティウス諸共斬ったつもりだったが、危険を察知して避けられたようだ。


 炎でできたあの体は、近付くだけでこちらにダメージを与えてくるため、下手に近付けない。

 この刀の本領は刀身が当たる距離での近距離戦なのだが、あの体のせいで近寄れない。

 なら、選ぶ選択肢は一つだけだ。


 イノケンティウスと距離を取り、刀を鞘に納める。

 雷のエネルギーを全て丸ごと貯蓄に回し、四つの一つ巴が四つ金輪巴紋に変化して、そのエネルギーを一滴余さず刀身に乗せる。

 腰を深く落とし、右手はそっと柄に添える。美琴が使う最速の技、抜刀術だ。


 速度を捨てる。次の一刀で全てを決めるのだから、移動する必要はない。

 力の全てを、刀に収束させる。体にまとっていた雷すら残さずに、収束させる。

 体中から全ての力を抜く。地面を踏む足から、膝から、腰、胴体、胸、腕、肘、首、頭、瞼に至るまで全てから脱力する。

 掲げる目標はただ一つ。この部屋のどこかに小細工を仕掛けていようが関係なくなるように、一刀でこの部屋全体を一気に根こそぎえぐり斬ること。


 大火炎を発生させて両断された炎の大津波よりもより規模と密度の高い、炎の大壁とも表現できる攻撃を仕掛けてくる。

 ボス部屋の隅から隅まで炎で埋め尽くされており、どこにも逃げ場など存在しない。

 そんな中で美琴は宣言する。


「諸願七雷・御雷一閃(みかづちいっせん)ッ!」


 キンッ、という小気味いい音を立てて鯉口を切り、超超高速で抜刀する。

 同時に、炎が全て一瞬で焼失し、美琴が立っている場所から前方全てのボス部屋が消失する規模の裂傷が刻み込まれる。

 当然そんな超大規模な一撃に逃げ場など存在せず、復活したイノケンティウスはほんの僅かな火の粉すら一つ残さずに完全に消滅する。

 惚れ惚れする残心を解き、くるりと刀を回転させて逆手に持って滑らかな動作で納刀する。


 四鳴を解除すると、役割を終えた陰打ちの刀が溶けるように消えていく。


『余程あれが許せなかったようですね』


 変わらず配信を切らずにそのままでいたアイリが、配信画面をホログラムで表示させながら近くに戻ってくる。


「あたりまえでしょう。人の命は、その人にだけ与えられたこの世界に一つしかない宝物なんだもの。それを徒に奪ったのなら、相応の報いを受けるべきよ」


 また切らずにいたのかとこつんと軽く手の甲で叩きながら言う。


”……え、勝った……?”

”実はまだ生きていましたー、なんてことはもうないよな……?”


 ボス部屋の大部分が美琴の一刀によって消失したことで静かになったコメント欄が、微かに流れ始める。

 いつの間にか三十万を迎えている視聴者達が画面の前で固まり、目の前の現実を受け入れるのに些か時間がかかっているようだった。

 だがその静寂も美琴が下層に戻る転送陣を踏んで外に出たことで討伐が確証に変わった瞬間、一瞬で火山のような熱に変わる。


”うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?”

”倒したあああああああああああああああああああああああああああ!?”

”なんじゃ最後の!? 部屋ほとんど消し飛んでんじゃん!?”

”ボス部屋だぞあそこ!?”

”すっげえ……。画面の前で声上げてガッツポーズまで決めたぞ……”

”今まで見て来たものの中で最高の鳥肌物すぎる! 伝説どころか神話だろこんなの!”

”こんなの、惚れるなって言うほうが無理でしょ……”

”わたし、女だけど美琴ちゃんに抱かれたいって思っちゃった”

”収益とかそんなもん関係ねえ! とにかく切り抜いて拡散しろ! こんな偉業を知らないなんて人生損するから、全人類に届かせるんだ!”


 コメント欄が大爆発する。

 三十万人が一斉に送ってきているからかほとんど読み取れず、それどころかコメント欄自体が少しカク付き始めている。

 早すぎて何が書かれているのか読み取れないが、流れていく速度から大盛り上がりしていることは間違いないだろう。


「すっごい量のコメントが送られてくる……」

『当然の結果ですね。お嬢様がどれだけすさまじいことをなさったのか、自覚しておいでですか?』

「最後のは流石にね。あれで自覚なしだったら、ただのやばい女の子になっちゃうから」

『視聴者からすれば、もう十分やばい女子高生配信者ですけどね』

「今日の配信で、私はただの青春を謳歌したい女子高生な配信者だって印象は付けられなかったわね」


 明日学校に行ったらどんな顔をされるのだろうか、どれだけの人が引かずに話しかけてくるのか、それともどれだけの数の人が押し寄せてくるのか。

 どれも想像するだけでなんだか気分が憂鬱になってくる。

 若干肩を落としながら地上へ戻る道を歩き、下層を抜けてもなおも勢いの衰えないコメント量と同接にもはや恐怖を覚えた。


 最高潮な盛り上がりの中、中層の深域あたりでダンジョンに潜って大急ぎで下層まで向かおうとしていたトライアドちゃんねるの三人とばったり合流し、無事にあの地獄から抜け出してきたことを報告。

 その後は多少なりとも消耗していたため、護衛されるような形で四人でダンジョンから帰還し、三十三万人という真っ先にやはりバグを疑いそうな数字を叩き出した配信を終えるのであった。


 ちなみにしっかりとゴリアテの核石は回収しており、換金後速攻で自分の口座に入れて親孝行用資金の大きな足しになった。

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