185話 配信解禁
琴音と龍博から言い渡された一週間のダンジョン攻略禁止令が解除された。
とはいえやはりまだ心配だと言って、当面は行き慣れている世田谷ダンジョンだけにしろと言われた。
行き過ぎてもうボスの行動パターンも把握して最早作業になってしまっているので、今日はソロではなくパーティーを組んでの配信だ。
「なんかこの三人でって言うのもすごく久々な気がするわね」
「ここのところずっと組めていませんでしたからね。またこうしてパーティーが組めて嬉しいです」
「美琴先輩と組めていない間、ひたすら灯里ちゃんと魔術鍛錬しまくったので期待していてください」
「ただでさえすごいのにもっとすごくなるのかあ」
ダンジョンに入って少しだけ進んだところで、配信準備をする。
今日は灯里とルナを招いての配信で、三人そろって配信を行うことになっている。
灯里のチャンネルは開設したばかりだが、美琴とルナのチャンネルの配信でその存在を多くの視聴者に植え付けているため、瞬く間に人気配信者となった。メインは動画投稿なので、配信者というよりアワーチューバーと言った方が正しいかもしれない。
「ところでお怪我はもう大丈夫なんですか? しばらくツウィーターの方がすごいことになっていましたけど」
「うん、もうとっくに平気よ。何なら運ばれたころにはもう治っていたし。お父さんもお母さんも少し大げさ……とは行かないけど、過保護なのよね」
「美琴先輩は一人娘なんですから、怪我したらそりゃ心配しますし過保護にもなると思います」
「七年も望んでやっと授かった宝物だってよく聞かされていたから、気持ちは理解できないこともないんだけどねー」
それにしたって少し過保護すぎるきらいがある。
反抗期というのがない、あるとしてもせいぜいちょっと無視するのが限界なのでよく分からないが、反抗期を迎える原因の一つとして親がとにかく干渉してくるからというのがあると何かで聞いた。
干渉してきたり過保護になるのはそれだけ大切に思っている証拠なので、あんな環境に数年身を置いていたからこそそれがどれだけ大事なのかを早い段階で知ったため、多少うざったさを感じるが嫌な気はしなかった。
「親が過干渉というか過保護というのは、私も分かります。最近私の両親もそうなってきているので」
「灯里ちゃんの成長具合すごいもんねー。将来は超大物魔術師間違いなし。魔術界にもきっと名前を残すよ」
「そ、そんなことはないと思うんだけど」
「そんなことあるでしょ。灯里ちゃん、ネットで魔術の神様の意味で魔神って今呼ばれているからね?」
「そうなの!?」
「すっごく納得できるネーミングね」
「美琴さんまで……」
本人はその呼ばれ方は少し不服なのか、可愛らしく小さく頬を膨らませる。
「そういうルナちゃんだって、月の妖精さんとか月の女神様とか呼ばれているけど」
「いずれは呼ばれるだろうと覚悟はしていたけど、思っていたより早かったなー」
「……むぅ」
「ふふっ」
灯里がルナにも同じ気持ちを味わってもらおうとしたらしいのだが、不発に終わって納得がいかなそうな表情をする。
『このメンバーですので心配は万が一にもないでしょうけど、ここはダンジョンですのであまり緩い空気を醸し出さないようにお願いします。最近ダンジョンそのものがきな臭いので』
「分かっているわよ。もうイノケンティウスみたいなのが出てきても、油断はしないわ」
『だといいのですが。……あぁ、そういえば、灯里様に一つお伺いしたことがあったのでした』
「へ、なんですか?」
『以前イノケンティウスを自力で再現なさっていたでしょう? あれが魔術なのは承知ですが、イノケンティウスという名の魔術は存在しなかったはずです。あれはどうやったのでしょうか』
フレイヤとの初めてのコラボ配信の時、一緒に来ていたルナがネメアの獅子との戦いで披露した炎魔術。
それは確かにかつて戦ったイノケンティウスをそっくりそのまま模しており、杖の補助も得てすさまじい火力を発揮していた。
灯里は炎が一番得意で、魔法使いなのではと言っても信じるレベルの腕をしているが、雅火という魔法使いの姉がいる以上魔法はどうあがいても使えない。
なのであれは紛れもない魔術によって作り出されたものであるのだが、杖の補助ありきでもあの威力は色々とおかしい。
「あぁ、あの時の魔術ですか。あれ、お姉ちゃんが魔法で使っていたのを過去に見たことがあって、その時のを自力で再現したんです」
「雅火さん何やってるの」
「イギリス旅行に行った時に魔物の群れに出くわしてしまったんです。その時にお姉ちゃんが、割と本気で怒りながら使っていました。見たのはそれっきりだったのでイメージしきれずにいたんですけど……言っちゃ悪いですが、美琴さんがあのイノケンティウスと遭遇したことでネット上に映像が残されたおかげで、完成させることができたんです」
「つまり、炎のイノケンティウスって言うのは元々魔法や魔術として存在していたってこと? でもそうなると、どうしてアモンはそれを権能で再現したのかって話になるね」
『権能は神の力で、魔法は権能によって作られた魔の現象の法律そのもの。魔術はその魔法を再現しようと魔術師が作り上げた結晶であり、魔法を真似た現象を引き起こす学術。この相関図から推測するに、言ってしまえばあらゆる魔術の源流は権能。アモンは炎の権能を持つ魔神ですので、イノケンティウスという名の存在を権能で作り上げていたのではないでしょうか』
「暴論……とは言えないわね」
神の使う権能こそがこの世の根源そのもの。
美琴達魔神の使う権能は、本物の不純物一切なしの最高神などと比べるとやや劣るため、美琴の雷の権能がこの世全ての雷の原型というわけではない。
だがそれでも権能と言うものを使っており、魔神の記憶と知識も得たためどういうものなのかを理解できている。
「灯里ちゃん。魔術を一から作り上げるって、普通は一族が何世代もかけてやっとできるようなことなんだよ?」
正真正銘、灯里が手ずから作り上げた新作魔術という真実を知ったルナが、若干引きながら言う。
ルナの使う魔術、月魔術も彼女の家エトルソス家が長い年月をかけて完成させた魔術だ。それを後世にしっかりと残して相伝の魔術として、完成した頃からさらに改良が加えられて現代に繋がっている。
このようにしてバトンを繋げて精度や威力を上げていくのが一般的なのだが、灯里はその辺の手順を丸ごとすっ飛ばして、最初から改良の余地もない完璧に近い形で完成させているようなものだ。
「そ、そんなこと言っても、あれは魔力の効率めちゃくちゃ悪いし、長時間の維持もできないし、まだそこまで安定もできていないから出来損ないもいいところだよ」
「うちの月魔術、ご先祖様がバトン繋げて数世代かけて形にした時も同じような感じだったって、家の歴史書に書いてあった」
「うっ……」
『まあ、灯里様は魔法使いの妹君ですから。あの雅火様がご自身の代で一気に魔法使いになるまで駆け抜けていったのですから、その妹であればそれくらいはできるでしょう』
「魔法使いの一族って本当にすごいんだね」
魔法使いは全ての魔術師の憧れであり、最終到達地点。
ルナも当然魔法使いを目指しているようで、ほんのりと嫉妬と羨望の籠った眼差しを灯里に向けている。
その視線を向けられている灯里は気まずそうに視線を逸らすが、ルナはただ少しからかっていただけのようですぐに抱き着いて、「このこのー!」と言いながら灯里の体をくすぐってじゃれていた。
これから配信するというのになんという緩い空気なのだろうかと、最近ダンジョン界隈で感じている殺伐とした緊張感など一切感じられず、温かい目で二人の少女のじゃれ合いを見つめながら配信開始の時間になるのを待った。




