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184話 休み明け実力テストの後

 冬休みが明けて数日。

 配信をしつつもきちんと勉強をしていたので特に意識などはしていなかったが、通っている学校は毎回長期休みの後に実力テストが実施される。

 ある生徒は自信満々に、ある生徒は絶望感たっぷりに、ある生徒は非常に眠そうに、各々がテストに挑んでいた。


「なんでいつもいつも、こういう地獄みたいなテストをしないといけないわけよ……」


 二日間の実力テストの最後の科目を終え、後はもうホームルームだけとなり弛緩した空気が流れる教室。

 その中で昌は溶けたアイスのように机に突っ伏して脱力し、起伏の少ない声で呟く。


「お疲れ様。手応えの方はどうだった?」

「まあ、それなりには勉強はしていたから結構何とかなったけど、もんのすごくめんどかった。美琴の方はどうなのさ」

「特に問題はないわね。予習復習は毎日欠かさなかったし、後はケアレスミスとかがなければ満点は取れるかしら」

「……あんたほぼ毎日配信とかで忙しくしていたくせに、どうしてそんなに勉強できるのよ」

「きちんと合間合間にお勉強しているんですー。配信で忙しくしているからっていう理由で、成績落としたくないし」

「ごくごく一部の超が付く優等生にしか許されない発言ね」

「そりゃ、私はこの学校じゃ優等生で通っていますから」


 ふふん、と腰に手を当てながら胸を張る。

 とは言いつつも、配信が楽しくて勉強をおろそかにしてしまっていた日もいくつかあったので、実はちょっぴり不安がある。

 ダンジョンに潜るのをまだ禁止されているので、昨日も帰った後はひたすら机に嚙り付いて出題範囲を勉強して問題はなかったので、大丈夫だとは思うが。


「とりあえず、今日はテストお疲れ様会ってことで喫茶店にでも寄る?」

「それ、美琴が最近出た新作パンケーキを食べたいだけなんじゃないの?」

「……」

「こら、目を逸らすな」


 すーっと視線を外すが、ぺちりと左右から顔を挟まれて顔を固定される。


「……だって、最近色々頑張っているからちょっとくらいご褒美欲しいんだもの」

「……ま、そんなことだとは思っていたわよ。普段から運動……はあれは完全に別枠だからカウントしないでおくとして、案件やらなんやらで忙しくしていたのは確かだし」

「でしょ? だから、」

「でもお正月はダンジョンにもいかないでずっと家でだらけてたのも知っているし、ちょっとだけ体重増えているのも知ってるわよ」


 ぎしりと固まる。

 昌の言う通り、確かに体重は少しだけ増えている。ほぼ誤差の範疇ではあるし無駄なお肉も付いてしまったわけでもないのだが、ずっと維持していた体重が二キロほど増えていたのにはかなりショックを受けた。

 三が日明けのダンジョン攻略でカロリーを消費したつもりでいたのだが、あの程度では全く消化できていなかったらしい。その後の両親から出されたダンジョン行き禁止令で追い打ちをかけられた。


「ま、ぶっちゃけ美琴って出るとこは出てるし引っ込んでるところは引っ込んでるから、一キロ二キロ増えた程度じゃあまり分からないんだけどね。むしろちょっと細すぎじゃない? って思うくらいだからいいことだとは思うわよ」

「……精神的にはかなり重大な問題よ」

「それは分かるけど。……てか、本当に食べ過ぎで増えたのかしらね?」

「どういう意味よ」

「どういうって、美琴、今でも成長期(・・・)なんじゃないの?」

「…………っ!?」


 一瞬意味がよく理解できなかったが、遅れて理解して顔を真っ赤にして両腕で胸を隠すように自分の体を抱く。

 身長はもう中学生ごろから伸びなくなったので違う。なら何が成長しているのかなんて、少し考えればすぐに分かる。

 確かに最近少し、本当に少しだけきついかな? と感じるようになってきたので、昌の言う通り未だにちょっとずつ成長しているようだ。


 いきなりの昌の発言にそんな反応をしてしまい、それを近くで聞いていたらしい男子がかなり小さな声で「マジかよ……」と言ったのが聞こえた。

 だがそれ以上に、美琴のその反応を見た瞬間からふっとハイライトの消えた目で見つめてくる昌の方が怖い。


「前に美琴に教えてもらった通り、自分に合ったマットレスに変えて睡眠の質を向上させて、毎日豆乳飲むようになってから少しだけ大きくなったわよ。でも、もうそこまで豆乳を飲んでいないはずの美琴が未だに成長しているのがものすごく気にくわない」

「何その理不尽!?」

「結局、どれだけ環境とかを整えても最終的には遺伝で決まるというのね。それとも、神様でもあるからその身長に対する黄金比になるまでは確定で成長するようにでもなっているの?」

「そんなわけないでしょ!? お、落ち着きなさいよ昌。まだ数か月しか経ってないわけでしょ? 前も言ったけど、そういうのってすぐに効果が出てくるようなものじゃないから!」

「……神絵師の右手を食べると絵が上手くなる、足が速い選手の足を食べると足が速くなるって言う話があるけど、美琴が泣くまでそれを触りまくれば私のも成長するかしら」

「やめてぇ!?」


 顔を真っ赤にして後ろに下がって逃げるが、じりじりとにじり寄ってくる。

 しかも、昌の話を聞いていたのか他の女子達もなぜか近寄ってくる。下手なホラーよりも怖い。


「おーし、帰りのホームルームを始めるぞー。ほら、寄ってたかって雷電をいじめてやるな」


 そこにタイミングよく担任教師が教室に入ってくる。

 いつもは、未だに美琴のことを広告塔にしようと企んでいるどうしようもない先生ではあるが、今ばかりは救世主のように見えた。


「先生……!」

「何がどんな事情かは知らんが、そういうのは後にしてやれよー」

「先生……!?」


 救いはなかった



「で、どうにか逃げて来たってわけか」


 ホームルームを終わらせ放課後現在。美琴は綾人と二人で喫茶店におり、テーブルにぐったりと突っ伏している。

 あの後結局担任教師は救いの手を差し伸べることなくいなくなったので、ホームルーム前のように女子達に追い込み漁の如く教室の隅に追い込まれていた。

 あの時の担任の顔からは「女の子の問題には巻き込まれたくない」という薄情な感情が読み取れた。


 結局バアルゼブルの権能の一つの透明化を使って抜け出し、綾人を見つけたので誘拐するように左手を掴んでそのまま今いる喫茶店まで走って逃げて来た。

 なんでいきなりここに連れてこられたのかの事情を説明しろと言われていたので、お店に入りパンケーキとコーヒーを注文してから、突っ伏しながら疲れたように事情を説明。

 納得してくれたようだが、それとは別にそわそわと落ち着きがない。


「……どうしたの?」

「え?」

「なんか落ち着きないから」

「い、いや、別に。……綾香以外の女の子と、こうして喫茶店に入ったことってないから、なんか変な感じだなって思っていただけだ」

「へー」


 高身長で爽やかイケメンでものすごくモテそうなのに、デートの一つもしたことがないらしい。

 昔からやや奥手で恥ずかしがりやなきらいがあったので、今でもその性質は変わっていないようだと、微笑みを向ける。


「なんだよ、その微妙に生暖かい視線と微笑みは」

「別にぃ」

「ぜってー嘘だ」


 一転してぶすっと若干不機嫌そうになり、ふてくされたように頬杖を突いて顔を背けてしまう。

 不機嫌になるとそうやって顔を逸らすのも変わらないなと懐かしくなり、少しだけ体を乗り出して頭を撫でる。


「……いつまでも弟扱いすんなよ」

「何か言った?」

「別に。もう少し周りの目を気にしろって言ったんだよ」


 綾人の頭を撫でている右手が優しく掴まれて離される。

 あまり目立たないような場所に座っているとはいえ高校生の男女で、美琴は今や有名人。

 顔を一切隠さずにいるためかちらちらと視線を向けられていて、言われてからほんのりと恥ずかしさを感じたので大人しく手を引っ込める。


「はぁー……。美琴に連れ去られたから、明日は確実に男子どもから呪い殺されそうな目を向けられるだろうな」

「あ……。なんか、ごめん……」

「気にすんな。幼馴染バレしてからもうすでにそんな感じだったし」


 いい加減、自分の影響力や人気具合に対する認識を更新したほうがいいかもしれない。

 もとより学校内では男子人気が高いのを、周りがあれだけ騒いでいたのである程度は自覚できていたが、配信の方でも人気が出てきてからはそちらの方のことを考慮するのをずっと忘れていた。

 いつかは改めようとは思っていたのだが、いつも忘れてしまう。


「……一昨日も聞いたけど、怪我の方はもういいんだよな」


 美琴の注文したパンケーキとコーヒー、綾人が注文したアメリカンコーヒーが運ばれてきた。

 焼き立てで甘くいい香りを漂わせているうちに味わおうとナイフとフォークを手に取ると、コーヒーを一口飲んだ綾人が聞いてくる。


「え、うん。もうなんともないけど。……もしかして、心配してくれているの?」

「そりゃするだろ」

「えっ」


 美桜のようにちょっとからかってやるつもりでいたのだが、真っ向からカウンターを叩き込まれてどきりと心臓が跳ねる。


「偶然なのか、両親が仕組んだのかは知らんけど、引っ越した先にいるたった一人の幼馴染の女の子なんだ。心配するに決まってんだろ」

「ぇ、ぁぅ……」


 危険なことをやっているので心配されることに慣れているはずなのに、なぜかとてもむず痒い。と同時に、心配してくれているのかと嬉しくもある。


「なんていうか、その、心配してくれてありがと」

「……おう」


 照れくさそうに顔を逸らしながらコーヒーカップを傾ける綾人にふわりと微笑みを浮かべて、パンケーキにナイフを通した。

 初めて食べる新作のそれは、なんだか少し甘すぎるくらいに感じた。










 いつの間にか後ろの座席に座っていた昌に茶々を入れられて、恥ずかしさで顔を真っ赤にするまで、あと一分。

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