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182話 大地の魔神と■■■

 時間は遡り、美琴がイノケンティウスに殺されそうになったところをギリギリモラクスに助けられた直後。


「やはり、これはアモンのものか。しかし彼女は既にバアルゼブルに殺されている。……バラムの言っていたことは、正しかったということか」


 地面を操り、大暴れして熱量をどんどん上昇させていき地面を溶かし始めているイノケンティウスを鋭い双眸に収めながら、左手を伸ばしてぐっと握る。

 より強く権能の支配下に置かれた地面はそれ以上の権能でしか破壊できなくなり、溶かされていた地面は溶かされることがなくなり、一瞬にして野球ボール程度の大きさに圧縮される。

 流石にここまでされればイノケンティウスも活動を続けることはできず、圧縮された地面の中で消滅する。


「いやー、流石はトップクラスの戦闘力を持つモラクスだ。戦いが苦手とか言っておきながら、こうもあっさりとイノケンティウスを破壊してしまうなんて」


 パチパチと手を叩きながら、奥の方から何者かが姿を現す。

 ダンジョンの中にいるにしてはあまりにも不釣り合いな、非常にラフな私服をまとった青年。

 姿も声も記憶とは違うが、彼が指にはめている十の指輪には覚えがある。

 その指輪を身に着けることが許されているのは、世界広しと言えど彼だけだ。


「やあ、久しぶりだねモラクス。ここではその体の本名である、岩蔵悟(いわくらさとる)と呼んだほうがいいかい? あ、君の娘の真白ちゃん、ブエルは元気にしているかい? 相も変わらず運動よりも知識を増やすことを優先しているだろうね」

「動揺を誘おうとしたところで無駄だ」

「だろうね。だって君、バラムから話を全て聞いているんだろう? だから俺はただ、ちょっとした世間話をしようとしただけなんだ」

「世間話をするにしては、随分と大仰な仕掛けだな。わざわざ数か月前の、アモンが世田谷で引き起こしたことを再現するなんてな」

「そうすればバアルゼブルも来るかもしれないし、君も来てくれると思っていたからね。こうして久々に再会したんだ、バアルゼブルが目を覚ましたら一杯やらないかい?」


 右手をコップを握る様に緩く握って、呷る様に傾けながら言う青年。


「お断りさせてもらう。酒は好きだが、お前と飲む酒は嫌いなのでな」

「ふむ。強いて言うなら娘にお酌してもらったお酒が好き、だろうね。でもさ、その実の娘がブエルだと知っている今だと、純粋にそのお酒も楽しめないんじゃない?」

「……真白は確かにブエルだが、日常ではあの子には父親として接しているしあの子のことは娘として見ている」

「うんうん、そうだろうね。そうでもしないと、自分の娘が一度死んでいるなんて受け入れられないし」


 その発言に、モラクスはガリっと強く歯ぎしりする。

 ブエル、本名を岩蔵真白は、二人で車で旅行している最中に大型トラックに突っ込まれ、全身が原型をとどめないほどに潰されて親子共々即死した。

 天文学的確率で揃って魔神足りうる器だったために、即死したおかげで魔神として完全に覚醒して、再び生を得た。

 その奇跡に感謝こそしているが、同時にあの時娘を連れて出かけていなければ、もしあの時もっと注意していればという後悔は尽きない。


「うーん、やっぱり怒らないか。先にこっちの話を聞いていると上手く行かないか」

「怒りに任せて襲い掛かるのは愚か者のすることだ。どうして俺のことを怒らせようとしているのかは知らないが、俺はそう簡単には怒らないぞ」

「本当昔っからそうだよね、君は。うんざりするほど冷静で、物事を俯瞰して見る」


 やれやれと肩を竦める青年。深くため息を吐いた後、左腕をすっと前に伸ばす。


「正直、今のバアルゼブルよりも君がいる方が厄介なんだ。だから、ここで消えてもらうよ」


 そう言うと青年の背中から神々しさを感じる真紅の翼を生やし、力強く羽ばたかせて膨大な炎を生み出す。

 同時に伸ばした左手からも炎を生み出し、翼を羽ばたかせて生み出した炎と螺旋を描きながらモラクスに襲いかかる。

 回避行動を取ろうと構えるが、後ろに美琴がいるので回避を止めて正面に防壁を瞬時に形成することで炎を防ぎ、炎が消えた瞬間に防壁を砕いて一本の巨大な槍に作り直して射出する。


 青年はそれを何かを媒体にした半透明の結界を張ることで防ぎ、右手をポケットに突っ込んで取り出した何かを投げる。

 ばらばらと投げ出されたそれは、美しいサファイアとアクアマリンだった。


 先にアクアマリンがぱきんと砕けて、中に込められていた力が解放されて洪水を引き起こす。

 咄嗟に右腕を伸ばすことで輝く障壁を正面に張って防ぐが、遅れて砕けたサファイアによって水が凍結したのを見て失敗したなと舌打ちする。


「宝術か」

「この時代では宝石魔術、なんて言われているみたいだね。便利だよねこれ、質のいい宝石ならばたくさんの力を込めることができるんだもの。それは魔術や魔法に限らず、権能すら例外じゃない」

「ぬかせ。お前が使っている宝石は、権能で作り上げたものだろう。ただの宝石が、俺達魔神の力を籠められるはずがない」

「流石は大地の魔神。鉱石のはったりは効かないか」


 宝石魔術。

 使用する宝石の質や色に応じて、様々な魔術を込めて呪文の詠唱をせずに瞬時に発動することが可能となる魔術。

 基本的な使い方は、宝石に魔術の式を刻んでおいて、使う際に必要な魔力を流してから投げて使用する、あるいは魔力を先に込めておいて特定の呪文を唱えることで地雷や罠のように使用する。


 汎用性はかなり高く魔術師の間で人気の魔術ではあるが、媒体が宝石ということもあってとにかく出費がかさむ。

 資金に余裕がある、あるいは術の威力や精度は少し落ちるが宝石の複製品を魔術で作ってそれで補うことができなければ、あっという間に破産だ。

 目の前の青年は、複製品ではなく本物の宝石を自分で生み出せる術があるため、その威力はかなり高い。


 これが相対しているのが魔術師や魔法使いであれば、正面に張ったシールドを消したところで氷を破壊することは敵わないだろう。

 だが今戦っているのは魔神モラクスだ。権能に対抗できるのは、同じく権能のみなのだ。


「震天!」


 右腕を真っすぐ前に伸ばし指を揃えて立てながら唱えると、正面の地面と壁、天井が激しく揺れる。

 張られていた氷はそれで粉砕され、青年は揺れる地面に足を取られる。


「岩鉄隆!」

「うおっとぉ!」


 権能によって硬質化した地面を勢いよく隆起させて、それを攻撃に用いる。

 一本目は危なげなく回避されるが、続けて二本三本と地面や壁、天井から同じように硬質化させたものを勢いよく隆起させる。

 青年はそれを遊んでいるかのように大げさな素振りで回避していくが、十五本目を作ったところでモラクス自身が前に踏み出して、右の拳を強く握る。


「岩砕!」


 一番手前にある石柱を思い切り殴りつけると、それを起点として全ての石柱が同時に粉砕されて、大量の岩石弾となって青年に襲いかかっていく。

 隙間なく迫っていく岩の砲弾を回避するすべはなく、あの細い体は千切り飛ばされ抉り飛ばされ、叩き潰されて原型を残さないだろう。


「ばあ」

「なっ!?」


 だからこそ、無傷で目の前に小馬鹿にするような表情をして姿を見せた時は、思わず心臓が跳ねてしまった。

 目の前に姿を見せた青年の右手には、紫色の破滅の雷が強くほとばしっている。

 その雷は、最強の魔神バアルゼブルの権能でしか作られることのないものだ。


巌鉄鎧(がんてつがい)!」


 後ろに下がりつつ全身を岩の鎧で覆い権能で強固に硬質化して、腹部に向かって放たれた掌底を防ぐ。

 本家本元の権能よりは威力が低いようで、体が若干痺れはしたが岩を貫いてくることはなかった。


「かったいなあ。その鎧使わないでもらえる?」

「断る!」


 顔面目掛けて左拳を打ち出すがひらりと回避されて、再び背中の真紅の翼を羽ばたかせて炎を発生させる。

 炎を岩の鎧で防ぎながら進撃すると、炎が強く爆ぜた直後に岩の鎧が消滅する。

 今の炎で破壊されるほどやわに作っていないので混乱するが、こんな芸当ができるのは七十二柱いる魔神の中でも一柱しかいない、あの戦闘狂の権能だ。


巌竜咬(がんりゅうこう)!」


 ずんっ、と右足で強く地面を踏みつけると、そこから大量の岩の龍を生み出して青年に向かわせる。

 もちろん権能で強く強化しているためそうそう壊れることはないのだが、青年が全く同じものを使って迎撃してきて、両者の中央辺りで衝突しあって砕けてしまう。


「岩鉄、」

「それはうざったいからなし」


 岩鉄隆を使って再び石柱を作ろうとするが、発動する直前で発動しようとしたことそのものが偽りにされてしまい不発に終わる。


「やはり、それはベリアルの……!」


 それだけではない。モラクスの権能『岩王地帝』、フェニックスの権能『永劫輪廻を廻る真紅インフィニックス・クリムゾン』、バラムの権能の『千里の神眼』、アモンの権能『亡者の獄炎』、果てには最強の魔神バアルゼブルのものすらある。

 ただ分かるのは、どれもが本家には及ばないということだ。

 モラクスの権能も後から使っているように見えて、千里の心眼を使って先読みしてから十分モラクスのものに対抗できるようにと時間をかけていた。

 ベリアルの権能の『偽りの堕天使』も元の性能が飛びぬけて反則染みているおかげで騙されそうだが、ベリアル本人が使えばすでに起きてしまっている事象そのものを偽れるので、先んじて使っているあたりこれも効果は及ばない。


 ただし厄介なのは、青年は複数の権能を併用できることだ。

 一つ一つは及ばなくても、束ねれば強力なものになる。偽物が本物に敵わない道理がないのと同じように。


「……一つ、聞きたいことがある」

「どうぞ」

「何故、このようなことをする。俺が知る限りでは、お前はあの時人として善き王として君臨していた。そんなお前がなぜ、」

「うーん、言ってしまえば純粋な知的好奇心かな。現代の人間はこんなものができたら、一体どのようにするのか。俺はそれが知りたくて仕方なかったんだ」

「……それだけなのか?」

「君からすればその程度に思えるかもしれないけど、俺からすれば大切なことさ」


 思っている以上にどうしようもない理由で、モラクスは思わず呆けてしまう。

 そんな理由でこんな恐ろしいものが作られて、そんな理由で邪魔になり得る自分のことを排除しに来ている。

 あまりにも横暴が過ぎる。あまりにも身勝手すぎると拳を強く握り、すぐにすっと緩める。


「とりあえず理由は分かった」

「本当かい!? じゃあ今ここで───」

「だからこそ、俺はここで死ぬわけにはいかない。すまないが、ここで倒すことはできなくても怪我をしてもらうぞ」


 しゃがみこんで右手を地面につけ、この時代に蘇ってから新しく作った技を使う。


富嶽活火(ふがくかっか)!」


 権能を使って地面の下に高純度高品質の超巨大なルビーを生成し、その色が象徴する炎を解き放つ。

 大爆音が響き噴火する火山のように炎が噴き出て青年を飲み込む。


「み、見たことのない攻撃だねえ!?」


 ギリギリで攻撃を回避した青年だったが、移動した先に向かってモラクスが形成した岩の大槍を射出する。

 バラムの権能を限定的に使えるためそれも回避しようとするが、しっかりと青年に焦点を合わせたまま両手を強く叩くことで青年の周囲の壁や地面を激しく振動させて、次の行動に移るのを防ぐ。


「……いやー、まさか君にダメージを与えられるなんてね」


 射出された槍が青年を捉え、腹部を貫通して壁に串刺しにした。

 痛そうにする素振りもなければ血も流れていないのを見て、そういうことかと腑に落ちる。


「お前、本体ではなく人形か何かだな? お前本体ならその指輪の効力を使って、俺を傀儡にすることもできただろう」

「ありゃ、それもバレた。君の言う通り、これは人形だよ。意識は俺のものだけどね」


 からからと笑う青年。それをモラクスは不快そうに睨め付ける。


「そんな怖い顔しないでくれよモラクス。よかったじゃないか、これが人形のおかげで君はまだしばらく家族と暮らせるんだから」

「……そうだな。この幸運には感謝しよう。だからと言って、それとこれとは話が別だ」


 それだけ言ってモラクスは岩の破城槌を形成して、それを青年に叩きこむ。

 人を潰す音ではなく、硬い何かが砕けるような音を鳴らし、青年だったものがばらばらと欠片となって地面に散らばる。


「……非常に今更だが、配信は切っているか?」

『もちろんでございます、モラクス様。気絶してしまっているお嬢様に変わって、助けてくださりありがとうございます』

「何、気にしなくていい。娘がバアル……美琴さんの配信を見ているからな。あの子の楽しみを奪うようなことをしたくないだけさ」


 気絶して地面に横たわっている美琴の側に歩み寄り、顔にかかっている長い鴉の濡れ羽の髪をそっと指ですくい上げてから、やや躊躇いながら横抱きにして抱え上げる。


「地上の新宿ギルドまで運ぼう。魔神としての名前は出してもいいが、くれぐれも俺の本名は出さないでくれよ?」

『もちろんでございます。私はAIですので、口を滑らせるということはございませんのでご安心を』


 その言葉に安心して、モラクスは美琴を抱えて地上に向かって歩き出す。

 途中、僅かに後ろを振り返って戦いがあった場所を数秒じっと見つめるが、どうせあれもしばらくすれば元通りになる。

 限定的にとはいえ、自分自身の力を勝手に使われるのはあまりいい気分ではないなと苦虫を噛み潰したような顔をして、踵を返して再び真っすぐ地上を目指して歩き出す。

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