179話 再び訪れる灼熱の皇
ネメアの獅子の核石が大爆発を起こして、一時的に聴力がなくなったので回復を待つこと数分。
まだ若干耳鳴りがしていなくもないが、会話くらいなら成立するくらいにはなったので説明を聞く。
「魔力暴発、かあ。それって魔術道具を作っているとよくある奴なのかしらね」
『よくあったら大惨事ですよ。普通はそんなに頻発するようなものではありません』
「そういえば、深層攻略している時にフレイヤさんが面白い組み合わせを見つけたとかなんかで試してみたら、危うく研究部屋が消し飛びかけてたってコメントがあったわね」
『魔力暴発は魔術道具が決壊する、あるいは製作中に過剰な魔力が注がれることで確認される現象ですので、フレイヤ様だからとそういう現象がないわけではありません』
彼女のことだから暴発でもしたらどうなってしまうのだろうかと、ものすごく心配だ。
そんなことよりも、暴発は入れ物が壊れた時が一番発生しやすいそうで、道具使いで一番多い事故という魔力切れによる機能停止に次いで多いらしい。
ネメアの核石が暴発したということは、あれ自体に魔力がかなり詰まっているので考えられなくもないことだが、深層で回収した核石をフレイヤが割って内部構造の解析を行っているので、何かが条件なのかもしれない。
もしや彼女は核石の魔力を別の場所に移した後で割ったのだろうかと思案し、気になって仕方ないのでメッセージを送っておく。
『これでますます、ダンジョンとそこに生息するモンスターが、この現実世界を舞台としたゲームみたいなものだという信憑性が増してきましたね』
視聴者に聞こえないようピアスの方からアイリが言う。
認めたくないし、もしこれが明るみになったらパニックどころの話ではない爆弾だが、確かに彼女の言う通りますます信憑性が増してきてしまった。
魔力暴発は人工物に起こりやすい現象。自然物でも起こらないこともないが、人工物より安定していることが多いのでそうそうない。
今回の暴発はたまたま偶然と受け取ることもできる。何しろ、ボスモンスターの核石があんなふうになるなんて報告は今まで一度もなく、何万分の一という確率を引き当ててしまったのだと視聴者は思うだろう。
だが前にフレイヤが引っ提げてきた、ダンジョンとその中にいるモンスター、特にボスはプログラミングのようなもので作られた人工物だという説。それを聞いているため、美琴は視聴者達と同じようないい意味と悪い意味で運が悪いと素直に受け取れない。
”美琴ちゃん大丈夫?”
”あんなことあったし、もう今日はやめにしたほうが……”
”最近ダンジョンがきな臭く感じるのは気のせい?”
”なんかまた探索者の行方不明者数や死亡報告数が増えてきているらしい”
”まさかまたダンジョン内に魔神が……?”
”もう美琴ちゃんが負けるとは思えないけど、だからって安心はできない”
”楽しそうにしてくれるのはこっちとしては嬉しいんだけど、今日はもうやめたほうがいいと思うマジで”
”一人より二人の方が安心できるはずなのに、美琴ちゃんにはそれが当てはまらないのが一番怖い”
”もしこのまま進めるにしても、何かとんでもないことがこの先で起きて怪我でもしたら、ワイはショックで寝込んじまいそう”
”せめてフレイヤさん召喚して、安全マージン確保しよう”
”そこはマラブさんに緊急連絡だろ”
”ギルドがこれくらいで特務管理室所属の連中を動かすとは思えん”
コメント欄には今日は引き返したほうがいいという意見で溢れ、美琴も確かにそのほうがいいかもしれないが、見逃せないコメントもちらほらと見つけた。
ダンジョンがまたきな臭い。どうそう感じるのかは分からないが、そんな意見を見かけてしまえば放っておくことはできない。
ネメアの獅子を意図的にバグらせる、というのは狙ってやったのできな臭いとは言わないが、それ以前、深層攻略時にヴラドが前回の記憶を有していたというのはあまりにも異常事態だ。
「下層の最深域くらいまで行ったら、終わりにするね。みんな心配してくれてありがとう」
耳鳴りも収まったので、壁を背もたれにして腰を掛けていた少し大きな岩から腰を上げ、ぐーっと伸びをしてから螺旋階段を降りていく。
少しだけ長く感じる螺旋階段を下りて行き、深域に足を踏み入れる。
「……なーんか静かじゃない?」
『足を踏み入れた瞬間にその感想が出てくるあたり、五感も大分人外染みてきましたね』
「ダンジョンにいる時だけですー」
深域に入ってすぐに感じたことは、世田谷ダンジョンという慣れた場所ではなくいつもはあまり行かない新宿ダンジョンだからかもしれないが、それにしても妙に静かに感じた。
こんなに静かなのは、覚えがある。
それは、アモンが世田谷ダンジョンでモンスターを焼いて自分の眷属にしていた時と、よく似ている。
「またダンジョンの中で魔神が生まれましたー、とかやめてよね。もう二度とあんなのと戦いたくないわよ」
アモンの時の防御を突き抜けてくる衝撃と、フルフルの時の腹部に剣が突き刺さった時の激痛と焼けるような熱。それらを思い出し、下腹部に左手を当てて顔を青くする。
魔神として覚醒したからよかったものの、仮に覚醒できずにいたらあの場で失血死していただろうし、死ななくても刺さっていた場所的に雷電宗家の血は美琴で途絶えることになっていただろう。
慎重に進んでいつ襲撃があってもいいようにと警戒しながらコメント欄に目を向けると、視聴者達も今日のダンジョンは何かがおかしいと感じているようだ。
美琴という存在が話題になり始めた頃の、モンスターが謎に少ないという現象。あれに近しいことが今も起きているのだと、騒然となっている。
頼むからそっちでもフラグは立てないでくれとひっそりと心の中で懇願しながら歩いていると、いきなり広い空間に出る。
既に数度、モンスターハウスだと思ってはいったらただの広い場所だったということがあったが、ダンジョン内の広いところは危険だという前提知識があるため警戒しながら進むと、空間そのものに亀裂が入った。
「ここまで来たらせめて全部外れてくれた方が面白みがあったと思う」
『ですがよかったではありませんか。おかげで見せどころができましたよ』
「ネメアの獅子と戦ってあんなことやったんだから、大分十分な方でしょ」
とはいえ、ボス戦以外まともな戦いがないのもつまらないので、確かにモンスターハウスを引き当てたのはよかったかもしれない。
全てのモンスターが出てきたので体に雷をまとわせて霹靂神を使い穂先にも雷をまとわせて威力の底上げを行うと、モンスターハウスの奥の方に何かがゆらりと揺らめいた。
それが気になって目を凝らしてみると、何やら炎のようなものが少しずつ大きくなっていくのが見えた。
「……は?」
炎を使ってくるモンスターなのかと思っていたが、すぐにそれは間違いだと知らされる。
炎はどんどん大きくなっていき、形を成していく。右手に炎の十字架を持った大きな怪物、いや怪人の姿に。
───ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
叫ぶように口のようなものを大きく開けて、激しく燃え盛る音が咆哮のように響く。
それはかつて、初めて見た時は灼熱地獄の如く変貌したボス部屋で、二度目は灯里が使った魔術によって再現されたもの。
「イノケンティウス……?」
掠れたような小さな声でその名を呼ぶと、それに応えるように右手の十字架を地面に強く叩き付け、モンスターハウス全体を飲み込む巨大な炎の津波を発生させた。




