第18話 炎の十字、それは魔女狩り教皇の象徴
紫電をまとわせ炎の怪人と向き合う美琴。
心なしか、あの少女がいなくなった途端に温度が若干下がったように感じる。
『先ほど謎の少女があれをイノケンティウスと呼称しておりました。調べましたが該当する名前を見つけました。十五世紀末に第二百十三代ローマ教皇として名をはせ、魔女狩りと異端審問を活発化させた人物です』
「全身炎なのは、その当時の処刑を象徴しているってことね」
魔女狩りで有名な処刑方法と言えば、火刑だ。魔女と断定された人物を生きたまま火炙りで処すという、想像するだけで背筋が凍りそうな方法だ。
『表面の摂氏は千度を超えるでしょう。中心温度ともなれば、おそらく数千に達するかと』
「こっちから下手に雷薙で攻撃すれば、武器を失いかねない、か」
周囲を炎の壁で覆い、逃げ場をなくされているボス部屋。
この怪物がどれだけの速度で移動するか分からないが、あの真紅の髪の少女と同じでないことを祈りばかりだ。
長時間の戦闘はこちらが不利になるので、雷エネルギーの蓄積を最優先にして立ち回りをどうするか構築していると、イノケンティウスが右手の炎の十字架を掲げる。
「謌代′蠢?隱?縺ッ縲√い繝「繝ウ讒倥↓縺ゅj?√??繧「繝「繝ウ讒倅ク?ュウ!」
聞き取れない言語のようなもので何かを叫ぶと、ただでさえ大きな炎の十字架が巨大化する。
それだけで温度がぐっと上がり、これはまずいなと大量の汗と共に冷や汗を流す。
何かが強烈に噴射するような音が聞こえたかと思うと、イノケンティウスがジェット機もかくやという速度で詰めよってくる。
動き出した瞬間から音速を超え、音の壁を突き破って接近してくる。
こちらは雷なのでその速度はさほど脅威ではないが、近付かれるとそれだけで焼き殺されてしまいそうなので、地面を蹴って離れる。
「雷撃槍!」
自身から雷を放出して、それを雷撃の槍として打ち出す。
発生するとほぼ同時にイノケンティウスに直撃するが、これといったダメージが入った様子はない。
「この程度の攻撃じゃびくともしない。じゃあ……万雷!」
単発では効かないというのであれば、一度に何十発何百発も打ち込むのだろうだろうかと考え、無数の特大の雷を一斉に放つ。
雷鳴に雷鳴が重なり、その雷鳴をまた別の落雷がかき消す。
ボスの部屋の中で繰り返し鳴り響き、反響して音が増幅する。
「蛛ス繧翫?鬲皮・槭h縲∵?縺梧妙鄂ェ縺ョ蜊∝ュ玲楔縺ォ陬√°繧後k縺後>縺!!」
再び何かを叫ぶと、ボオオオオオオオオオオ!! と炎が叫びを上げるような音を上げて特大の炎の十字架を掲げ、叩き付けるように振り下ろす。
十字架が叩き付けられた場所から放射状に炎の大波が迫ってきて、たまらず美琴は上に跳んで逃げる。
このまま上から通り抜けられやしないだろうかと思ったが、きっちりと天井まで炎の壁が行く手を阻んでいるため諦める。
天井に足を着けると、下から爆撃のような轟音が鳴る。イノケンティウスが炎の強烈に噴射させながら足元を爆発させて、猛烈な推進力を得て突進してくる。
その速度は最初に見せた突進より速く、瞬く間に美琴がいる天井まで移動してくるが、音速より早い程度では雷は捉えられない。
「解析はまだ?」
『申し訳ありません。この手の怪物と戦うのはこれが初めてでして。いかんせん情報が少なく、時間がかかります』
「珍しいわね。とにかく、何か一つでも分かったら教えてちょうだい」
アイリからの返事はなかった。それだけ解析に全ての回路を集中させているのだろう。
きちんとしていれば本当に頼りになる相棒だと小さく笑みを浮かべ、爆撃のような音を立てながら接近してくるイノケンティウスから距離を取りながら、次々と雷撃を叩きこむ。
しかし、体が全て炎でできているからかあまり手ごたえというものを感じられない。
あれを倒すとしたら、あるのならどこかにある核を破壊するか、一撃で丸ごと消し飛ばすしかないだろう。
三鳴のエネルギー蓄積にはまだ数分かかる。できればそれまでには解析を終えてほしいところだが、期待は半分くらいにしておく。
イノケンティウスは繰り返し十字架を叩き付けては炎の津波や間欠泉を発生させるが、物体を伝ってやってくるという特性があるからか美琴に届くまでに多少のラグがあり、その間に回避してしまうため当たらない。
美琴の攻撃はまだそこまで有効打にはならないし、炎の教皇の攻撃は届かない。
そのまま一進一退を繰り返していると、急に炎がすべて消える。
これはチャンスだと深層へ続く道に向かって飛び出そうとするが、今までにない速度で加速してきたイノケンティウスが、至近距離で十字架をほぼノータイムで振り下ろしてくる。
焼き殺されてたまるかと左の壁際まで一瞬で移動するが、至近距離まで近付かれたからか顔の左半分が少し痛い。
火傷まで行っていないかもしれないが、赤くはなっているだろう。
「急に加速したわね」
『お嬢様、お気をつけてくださいませ。膨大な熱量が、あの炎の怪物に集約しています。恐らくですが、圧倒的な熱量を丸ごと運動エネルギーや推進力に変換させているのでしょう』
「器用なことするわね。おかげで炎がなくなって涼しくはなったけどさ」
部屋全体を覆うほどの炎が全て消え、立ち込めていたはずの熱すらも消滅したので、足を踏み入れた時と比較すれば明確に温度が急激に下がった。
それまでに大量の汗を流していたこともあって、少し肌寒くすら感じる。
「あれだけの炎を自在に操れて、当然そこから得られる熱エネルギーは相当なもの。それを丸っと運動エネルギーと推進力に転換すれば、そりゃとんでもない速度と威力になるでしょうねっ!」
アイリの推測通り、イノケンティウスは音速よりもずっと早い速度で美琴に接近してくる。
炎を消してくれたおかげでやりやすくはなったし、逃げ道ができたので隙を窺って転送陣を踏んで脱出したいが、それを許すつもりは微塵もない様子だ。
それに、逃げ道を自ら作ったということは自分の有利を捨てるのと同義であり、それはすなわち自分に対する状況的な弱体化に他ならない。
魔術ではどうかは知らないが、呪術における制誓呪縛に似た何かを使っているのは間違いないだろう。
実際自ら相手の逃げ道を作ったことで、戦い始めた時よりもずっと速度と一撃の威力が上昇している。
炎の十字架だというのに物理的な破壊力も備わっているようで、かなり強固で簡単に傷付かないはずのボス部屋の地面や壁が大きくえぐれて消失している。
あんな攻撃、掠ったりでもしたら大怪我じゃ済まないだろう。
「雷槌!」
雷となって移動する美琴にイノケンティウスが追従してきて、激しい攻撃を繰り出してくる。
掠ってはいけないし、下手に攻撃をすると武器を失いかねないほどの熱を内包しているため、余裕を持って少し大きく回避してから雷薙に膨大な雷をまとわせて横薙に振るう。
雷薙の軌跡に合わせて雷の鉄槌がイノケンティウスに直撃し、後ろに押し飛ばす。
『おや?』
「さっきまでは炎の形が崩れる程度だったのに」
『……攻撃が当たった原因を解析しました。炎の内側に芯と思しき物質が出現しております。恐らく、炎を全て取り込む際に生成されたものでしょう』
「あー、じゃあやっぱりこれ制誓呪縛に似たやつだ。次々と露骨な弱点が作られているし」
己が不利になる条件を次々と後出しで追加することで、どんどん自己を強化していっている。
これ以上制誓呪縛と似た何かで強化されてはたまらないので、様子見をやめて三鳴の状態で全力を出すことにする。
「様子見とは言ってられない。これ以上強化されたら本当にやばいからね。解析はもうついででいいわ」
『四鳴は使わないので?』
「白雷使ってから。それでも倒せなかったら使うわ」
ついには左手にも炎の十字架を持ち出したのを見て、うんざりしたようなため息を吐いて様子見のために少しセーブしていた分の力を全て解き放つ。
蓄積を優先しない分そっちは遅くなるが、それに頼り切りになってはいけない。
「稲魂」
解き放った雷を使って、自身の周囲に野球ボールほどの球体を大量に作り出す。
小さな雷の圧縮体だが、その電圧は四十億ボルトに達する。これに耐えられる生き物はこの地上には存在しないだろう。
それらを一斉に機関銃のようにイノケンティウスに向けて飛ばすと、アイリの言う通り炎の体の中に弱点ともいえる芯が形成されており、それに直撃する。
芯にぶつかった稲魂は弾き飛ばされるが、その制御は失われておらず戻ってきては再び衝突する。
やはりその芯が弱点となっているのか、炎の教皇は両手の十字架を振り回して絶えず射出されている稲魂を弾き飛ばして防御する。
「電光雷轟!」
しばらく稲魂を飛ばして攻撃をした後、雷をぴたりと雷薙に隙間なくまとわせてから、今までよりもずっと速い最高速度で踏み込んですれ違いざまに斬り付ける。
制誓呪縛と似たものを機能させるためのものだからか、その芯は極端に硬いわけではないようだ。
武器で斬り付けられるようになった理由は、繰り返し撃ち出し続けた稲魂はあの炎に触れても消失しなかったため、ならそれと同程度の雷をまとわせれば行けるのではないかというある種の賭けだったが、上手く行ってよかったと内心ほっとしている。
「隱ソ蟄舌↓荵励k縺ェ繧医?√↑繧頑錐縺ェ縺??鬲比ココ繧√′!」
「さっきからなんて言っているのか、全く分からないわよ!」
膨大な熱量を運動エネルギーと推進力に変換したイノケンティウスは、電光雷轟を使っている美琴よりやや遅れながらも、やはり追従する。
右の十字架を振り下ろして地面をえぐり、追うように左の十字架を振りかざす。
攻撃させまいと石突で腹を殴り、そこから強烈な雷を放出して後退させてから、自分自身で激しく動き回りながらの斬撃の檻を形成して閉じ込める。
上手いことに、イノケンティウスは致命的な損傷を負いかねない威力の攻撃だけを弾き、それ以外は芯の強度だけで耐えた。
嬲り殺しにされてたまるかと言わんばかりに両腕を振り上げて、両手の十字架を同時に地面に叩き付けることで、地震もどきを発生させる。
バランスを崩したら確実に体が消滅しかねない一撃を繰り出されると直感し、雷を超圧縮して足場を作ってそれを踏むことで回避し、ゴリアテにやったのと同じように斬撃を叩きこんだ後に追撃を発生させる。
最初こそ速度的な部分で有利だったが、次々と後出しで弱点でも作っているのか、じわじわと美琴の速度に追い付き始める。
一体どこまで怪物なんだと舌打ちしながら、ならばと更に加速する。
『お嬢様、解析が完了しました。イノケンティウスは魔術でも呪術でもない、まったく別種の力によって生成された怪物であることが判明しました』
半分期待せずにいた解析が完了したとアイリから報告が入り、これで少しはやりやすくなってくれと願望を抱く。
「なんとなく予想はしてた! 弱点は!」
『時間経過で増加しております。推測通り、制誓呪縛に似た何かがあります。ただし、その性能はその比ではありません』
「倒す方法は何かある!?」
『弱点を突けば。その中で最も有効な弱点は、左胸付近にあるコアの破壊です』
「ちょっと露骨すぎる気はするけど、やるしかないわね!」
更に加速する。
一秒の間に何度雷鳴が鳴っているのか、それは美琴しか分からないだろう。
美琴の速度に追い付きつつあったイノケンティウスは再び追いつけなくなり、縦横無尽に駆け回る美琴の攻撃を反応しきれずその身に受ける。
すると、速度で追い付けないのなら近付かせなければいいと考えたのか、自ら速度を捨てて再び炎が現れる。
灼熱の地獄が再来し、素早く移動することで乾いた汗がまた流れ始める。
「また面倒なことを……!」
しかもあの怪物は自身の周りに出現させた炎の温度を他よりもかなり高くしているようで、足元の床が溶け始めてぐつぐつと沸騰する。
太陽ほどの温度ではないかもしれないが、周囲の岩の床が溶けて沸騰するなど最低でも数千度に達している。
もし直接あの炎に飛び込めば、瞬く間に骨すら残さずに消滅してしまうだろう。
だが、あの場所に留まってくれるのはありがたい。触れてはいけない炎がそこにあるのなら、それを先に排除してしまえばいいだけの話。
それに、すでにエネルギーの蓄積は完了して三つ金輪巴となっているため、白雷を撃つ準備はできている。
「すぅー……、ふぅー……」
大きく距離を取って八相に構え、深く呼吸をする。熱が喉を乾燥させ、不快感を感じる。
心を落ち着かせて、体の無駄な力を抜く。
余計な力みは遅れを作り、遅れができれば攻撃が遅れ、攻撃が遅れるのならば防御も遅れ、防御が遅れればその命が尽きる。
ならば一切を遅らせないために無駄な力みを省き、ピンポイントで最低の力で最大の一撃を叩きこむ。
ハッ、吐息を短く吐いてから踏み出して、一瞬で最高速度へ到達する。
同時に、イノケンティウスが炎の壁を美琴の前方に集中させる。触れれば即死。ならば触れなければいいだけのこと。
強く地面を踏みしめる。遅れて雷鳴が鳴る。
刃先に全ての雷と、それによって発生する熱を集中させる。
「雷霆万鈞!」
空間を捻じ曲げるほどの威力を誇る一閃を振り下ろす。行く手を阻んでいた炎の壁が、ばっと左右に広がる。
一歩前へ踏み出して壁を抜ける。イノケンティウスが迎撃しようと両腕の十字架を掲げる。
振り下ろされるよりも早く間合いに踏み込み、焼けるような熱を感じながら鋒を左胸に押し当てる。
三つ金輪巴の雷を全て鋒に集中させる。
ただ広い範囲を薙ぎ払う白雷ではなく、一点に全てを集中させて貫通力に超特化させた応用技を放つ。
「諸願七雷・三紋弐式───白雷・一天!」
限界まで圧縮された超高電圧の一撃が、炎の教皇の左胸を穿ち抜く。確かな手ごたえを、美琴は腕に感じ取っていた。
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