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178話 暴発

「そりゃそうだよね、ここフレイヤさんのホームみたいなものだし、ダンジョンに潜っている探索者だって他にもいっぱいいるし」


 下層上域のボス部屋、マリオネット・レギオンが待ち構えている場所に転送陣を踏んで入ったのだが、ものの見事にもぬけの殻。

 振り返って確認すると、ボスを倒した時にのみ現れる外への転送陣があり、少しだけ期待していた分肩透かしを食らった気分だ。


”本当、美琴ちゃんは安定してるねえwww”

”割とウキウキで足を踏み入れたら空っぽなの草”

”こういう時でも運の悪さを発揮して、我ら眷属に癒しと笑いを提供してくれるぽんこつ女神様万歳”

”ねえ、なんかあちこちにすっげえデカい切り傷とかあるんだけど、これもしかしてリタさんが一人でやったとかじゃない?”

”考えてみれば奥の方からやってきてたし、あの子も全体で見てもトップクラスだから多分そうかも”

”なんでほとんどが学生のクランなのに、尽くがソロでボス倒せるくらい強いんですかねえ?”

”美琴ちゃん→深層ソロで行ける

フレイヤちゃん→多分深層ソロで行ける

リタさん→音響ドラゴンの鱗斬れるから、恐らく深層ソロ行ける

中学生ロリっ子組→それぞれが下層をソロで行けるくらい

あやちゃん達→下層余裕

綾人くん→贔屓入団かと思ったら深層行ける化け物男子高校生。サポート性能鬼高

マラブさん→不憫可愛い魔神。ダンジョンいけないけど、未来を見て都合のいい未来を他人に教えることができる

ラインナップがぶっ壊れすぎてて草枯れるわこんなん”

”今はこうして知り合い集めただけの身内経営だけど、その内これに数の暴力も加わるだろうし、その内世界中のダンジョン攻略しそう”

”美琴ちゃんは魔神だから分かる。フレイヤちゃんは魔導兵装がぶっ壊れだからまあ分かる。リタさんが一番分からない”

”美琴ちゃん除いたら確実に最速だしなあのメイドさん”

”背も高い方でスタイル抜群で、仕草とか表情が一々エロくて大人っぽいのに美琴ちゃんと同い年という事実”

”仮に付き合うことができても、最初から最後までずっと手玉に取られてそう”

”実はエッチな耐性がほとんどなくて、その状況になったら顔真っ赤にして超狼狽えるとかのギャップがあってほしい”


 相変わらず変態がたくさん湧くコメント欄だと呆れながら、中域に続く螺旋階段を降りていく。

 このままだとモンスターを倒しているが、ボス戦という大きな見せ場もなくただの散策のようになってしまうので、どこかでモンスターハウスでも引き当ててしまおうかと考える。

 ただモンスターハウスは毎回決まった場所というわけでもなく、やけに広い場所に出たと思って警戒しても何もなかったりする。

 美琴は運が悪いので、仮に広い空間を見つけることができてもただの広い場所、という可能性が高い。


「こういう時昌がいたら、もっと何かできたかもしれない……いや、やめておこう。絶対にろくでもないこと考える」

『でしたら私から何か提案しましょうか』

「却下」

『最近話題のロリ〇レクイエム以外にもう一つ、MVや歌詞が色々とギリギリなバーチャルアワーチューバーの踊ってみたとかはいかがでしょう』

「却下って言ったよねえ!?」

『ほかにも、なんたらダンスホールなるものもございますが』

「まともそうに聞こえるけど、アイリからのそういう系の提案はある意味信用できない!」


 このAIは何をさせようとしているのか、本当に分からない。

 まだ作られたばかりで、返答もとにかく機械的で最低限のやり取りしかできなかった、最初期の頃のアイリが恋しい。

 今ではすっかり眷属サイドのAIとなってしまい、あの手この手で美琴に何か変なことを提案してくる。

 クリスマスの時に販売したグッズのASMRの時も、甘いシチュエーション+ワードセンスギリギリな耳かきと言うものを提案してきていて、琴音にそれが伝わる前に全力で阻止したものだ。


『でしたらそろそろ新しい歌ってみたを出してくださいな。日々DMが届いてやかましいです』

「私一人で歌うのやだ。アイリも歌って」

『私の場合ですとボーカロイドみたいになりませんか?』

「そういう需要はあるみたいよ? アイリだって自分のチャンネル持っていて結構な人気獲得しているし、そっちのチャンネルで歌を出せば伸びるんじゃない?」

『ふむ。でしたらお嬢様を称える歌でも作ってみましょうか』

「やめてぇ!?」


 このAIならやりかねないので、全力で拒絶する。

 こういう時視聴者にも助けてほしいのだが、彼らはほぼ全てアイリサイドなので期待できない。


「どうせ誰も助けてくれないんだぁ……うふふ……」


 若干死んだ目をして、今日はなんかよく見かける灰色ゴリラを見向きもせずに雷撃で消し炭にした。



 それから一時間ほどが過ぎた頃。

 美琴は中域ボス『ネメアの獅子』のボス部屋の前で膝を抱えていた。


「どうしてこう、私って尽く運がないのかしらね」

『まさかモンスターハウスだと思ったものが全て外れだとは思いませんでしたね。確率にすればどれくらいなのでしょう』

「知りたくもないやあ……。きっとここのボスも誰かに倒されているんだろうなあ……」


”美琴ちゃんの目が死んでいる……”

”モンスターハウス外しまくってだんだん涙目になっていくのそそったわ”

”美琴ちゃん、マジでお祓い行ったら? 神様スペックだから人間のお祓いじゃあまり効果ないかもしれないけど”

”ここまで運が悪いと、前世で何かやばいことでもしでかしたのかと思ってまう”

”美少女の不憫は可愛い”

”膝抱えて死んだ目で遠く見てるの草”

”下半身映らないようにしているってことは、今美琴ちゃんのパンツが見えているってことだねアイリちゃん!?”

”お願いします……! 後生ですから、色だけでも教えてください……!”

”そんなにJKのパンツの色が気になるのか。個人的には黒の紐とか履いててほしい”


「ねえ、もうちょっと慰めてくれたってよくないかな? 歌動画出さないよ?」


 あまりにも慰めのコメントが少ないのでむっとして、ちょっと怒った口調で言うと、一瞬だけ流れが止まってから一斉にコメントが流れてくる。

 何がなんでも美琴の歌ってみた動画が新曲が欲しいようで、なんか釈然としないがとりあえず良しとする。


「……お願いだからライオンはいて頂戴よね」

『ネメアの獅子をライオンと言い切れるのは、世界広しと言えどお嬢様だけでしょうね』

「アメリカの探索者とか言ってそうじゃない?」

『それは偏見と言うものですよ』


 アイリの返答にこつんと右手で軽く叩いて返してから、転送陣を踏む。

 以前来た時同様、転送されたら目の前にデカいネメアの獅子がいた。


「ガアアアアアアアアアアア!!」


 そして先手必勝と言わんばかりに、ナイフのように鋭い爪の生え揃った前足で攻撃を仕掛けてくる。


「セェイ!」


 それに合わせて美琴も踏み込み、右足に雷をまとわせながら地面を蹴って強烈な跳び蹴りを胴体に叩きこむ。

 肉を打つ鈍い音が響き、獅子は悲鳴を上げて蹴り飛ばされて地面を転がる。

 少しの間じたばたともがいていたがすぐに起き上がり、蹴られて陥没した部分を即座に回復させた。


『膂力も大分人外になってまいりましたね』

「バアルから戦闘以外の時は普通の女の子と同じくらいの力に抑え込む制御術教わったから、こんな力出せるのは戦いの時だけよ」


 だとしても十分化け物と呼ばれてもいいくらいには力が強いのは自覚している。

 美琴のことを応援してくれている視聴者達のおかげで力は日に日に増えて行っているが、何の制御もできない状態で増え続けると日常生活に支障をきたしてしまう。

 その辺の超細かい制御方法はバアルの方が詳しかったので、あれこれ苦心しながらも、自分の力を七つに分割したうえでさらに力を抑える手段を獲得した。


「今の私じゃ一鳴でも過剰威力だし、諸願七雷はなしで行くわよ」


 雷薙を構え、穂先に雷をまとわせる。

 蹴り飛ばされたネメアの獅子は低い唸り声を上げてから、攻撃してきた美琴に怒りの咆哮を上げて突進してくる。


 ほぼ完ぺきな雷神となっており、二柱もの魔神と戦ってきた美琴からすればその突進はあまりにも遅い。

 もちろんこんな感想を抱けるのは自分だけだと分かっているし、比較対象がおかしいだけなので口には出さない。


 振り上げられた右前足を、振り下ろされるよりも先に跳躍することで軽々と切断し、すっ飛んで行かないように雷の足場を作ってそれを蹴って下に加速。

 同時に体を回転させることで遠心力をたっぷりと乗せて、目測が少しずれてしまったが雷薙の柄で思い切り殴りつける。


「ギャアアアアアアアアアアア!?」


 近接殺しと名高いネメアの獅子でも、今の美琴の攻撃はかなり響くらしい。

 悲鳴を上げてて、痛みで凶暴化して手が付けられなくなるほど激しく暴れ回る。


 すぐに再生した右前足を叩き付け、左前足の爪で引っ掻き攻撃、一歩下がってそれを回避したら頭を狙って噛み付き攻撃。しゃがんで回避したらその巨体を使ったボディプレス。

 次々と激しく攻撃を繰り出してくるが、美琴はそれらをひらひらと回避して合間にカウンターを叩き込んでいく。

 雷をまとった雷薙の刃は、生半可な攻撃を弾く固い毛皮を熱したナイフでバターを切るように斬られ、ダメージを蓄積させていく。


 以前、フレイヤとダンジョンに潜ってレギオンと戦った時に、二人が強すぎたからかおかしな挙動を見せたことがある。

 それからしばらく経って、このダンジョンが何者かによってプログラムされたゲームの世界のように人工的に作られたものの可能性が浮上し、あの時のレギオンの行動を表現した『エラーやバグを吐いたNPC』という言葉に信憑性が出てきた。

 もし、可能性は低いかもしれないが、あの時フレイヤと美琴がボスモンスターに与えられている処理能力の限界を遥かに超えた強さを見せたせいでああなったのだとしたなら、もしかしたら今ならば一人で再現できる可能性がある。


「あまり認めたくはないものだけどね……!」


 だが検証しなければいけないことでもある。

 ネメアの獅子よりもずっと強く、かつあの状態に移行させるために瞬殺してはいけない。

 自分で考えておきながら中々鬼畜難易度じゃないかと苦笑して、七つに分けている力を半分結合させる。


「疾!」

「ガ、ァ……!?」


 体に雷をまとわせて身体能力を上昇させ、再び頭に嚙り付こうとしてきた噛み付きをしゃがんで回避し、ほぼ同時に真下から強烈な蹴りを顎に叩きこむ。

 バギッ、と何かが砕けるような音がしたので目を向けると、長い牙が折れて落ちてくるのが見えた。

 それを咄嗟に掴んで、顎を蹴り上げられてひっくり返りそうになっている獅子の腹に向かって全力投擲して貫通させる。


 雷の放出は行わない。半分も力を合わせているので、そんなことしたら消し炭になってしまう。特に今は、周りに考慮するという美琴を縛る要素もないから。

 牙を砕かれ腹を自分の折れた牙で貫かれたネメアの獅子は、若干怯えの色を滲ませた目をしながら後ろに下がる。

 怯えられた目を向けられて美琴の攻撃の手が緩む……なんてことはなく、躊躇いなしに追撃を仕掛けに行く。

 すると途端に滲ませていた怯えが消え、苛立たしげに迎撃してくる。


 いつもは真っ向から勝負を挑んで割と早く倒してしまう、あるいは複数人での戦闘なのでヘイトが分散するのであまり見ることはないが、ネメアの獅子は下層のボスモンスターだ。

 見た目こそただひたすらにデカいライオンだが、その知能はかなり高い。典型的なパワーファイター系のモンスターではあるのだが、時折その知能の高さを活かした搦手も使ってくることがある。

 どうして美琴を前にして怯えた目を向けたのかはよく分からないが、恐らくはそれが有効だと考えて実行したのだろう。


 獅子の迎撃をするりと掻い潜り、右上に切り上げて深い切り傷を刻む。

 赤い血が溢れるがすぐに再生が始まり、再生しながら懲りずに噛み付き攻撃を仕掛けてくる。


 一歩横にずれながら薙刀の刃を水平に構え、突っ込んでくる勢いと美琴が振る勢いの相乗効果で首にも大きな傷を入れる。

 胴体の傷が治りきる前に新しく傷を付けられ、先に付けられた方の再生を優先して治して次を治そうとしても、美琴が次々とダメージを入れていく。

 硬い毛皮を削ぎ落してそこに強烈な一撃を叩き込んだり、振るってきた前足を輪切りにしながら胴体に接近し、陰打ちの要領で作ったできるだけ威力を控えめにした破城槌をぶち込んだ。


 何をしてもダメージを与えられ、どれだけ再生してもそれを上回る速度で傷を付けられる。

 だんだんとネメアの獅子が美琴に向ける目に、強い闘争心や敵対心が薄れていき、恐怖心で塗りつぶされて行く。


「ガ、ガガ、ァ、アァアアア……」


 すると途端に、ネメアの獅子が体を激しくびくびくと痙攣させ、不自然な挙動を取り始める。


”ええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?”

”あれ、これって前に美琴ちゃんとフレイヤちゃんがレギオンボコってた時と同じ奴!?”

”うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?”

”あの時もそうだけど、マジでこうして見るとバグやエラー吐いたNPCだな”

”行動AIがバグ起こしているようにしか見えなくなるってえ!”

”なんか心なしか、声にも変なノイズがかかっているようにも聞こえる”

”以前はフレイヤちゃんと二人がかりで出した状態異常(?)を遂に一人で出したか……”

”地味に怖いなこれ”

”このバグみたいな挙動ってどれくらい続くんだ?”

”永続とかだったら面白そう”


 以前は怖くなってすぐに倒してしまったが、今回は倒さずに観察する。

 十秒、二十秒、三十秒とどう出るのかを観察して一分ほどが過ぎると、いきなり痙攣が止まる。

 攻撃を仕掛けてくるのかと気を引き締めるが、体にビシビシと亀裂が入っていき崩壊する。


「これって、もしかして自壊?」

『モンスターがこのように自壊するなど聞いたこともございませんね』


 瓦礫の山のようになったネメアの獅子だったものが、モンスターが倒された時特有の塵となって崩壊していく反応を起こす。

 その場に残されたのは大きな核石といくつかの素材だけ。まさかの結末にあっけに取られるが、とりあえず戦闘が終わったので雷薙をしまって核石を拾いに近付く。


「いったいどうしてなのかしらね」

『お嬢様があれの心を粉砕したのでは?』

「狙ってやってたから否定できないのが辛い」

『道理で。お嬢様らしからぬ戦い方をしていると思いました』

「前にフレイヤさんと私でレギオンの人形を作られるよりも早く殲滅した時、ダメージは入れていないのにあんな挙動を起こしたからね。もしかしたら次の行動に移せないくらいの恐怖を叩き込んだらそうなるのかなって試してみたんだけど、もしかしたら当たりかもね」

『そんなことができるのはお嬢様やフレイヤ様くらいでしょうね。……おや、この反応は』


 核石に近付いてしゃがんで拾い上げ、やっぱり大きいなと満足げに頷くと、核石に大きな亀裂がびしりと入る。


『お嬢様!!』


 アイリが叫ぶよりも早く拾った核石を全力で投げ捨て、踵を返して全力で壁の方へ雷鳴を轟かせて移動する。

 壁に張り付くようにして身を低くした瞬間、猛烈な大爆音が響き咄嗟に両耳を塞ぐ。

 爆風で髪の毛が激しく弄ばれてぼさぼさになり、砕けた岩などの破片がぴしぴしと当たる。


 耳を塞いだとはいえど強烈な爆発だったので、キーン、っと耳鳴りがする。

 もうもうと土煙が舞い上がっており、風などは吹いていないし自力で発生させることもできないので細かく確認できないが、恐らく爆心地は大きくえぐれているかもしれない。


「何よ今の……」

『魔力暴発です。魔術師が何かに魔力を込める際、その許容量を超えた魔力が注ぎ込まれる、あるいは入れ物が破壊された時に発生する爆破現象です。魔術道具製作や宝石に魔力を込めたりする際によく見られる現象らしいですが、まさか核石でも発生するとは』

「……」

『お嬢様?』

「え、ごめん、何か話していたかしら? ちょっと耳鳴りが今酷くて」


 何かを話していたらしいアイリにそう返すと、ホログラムで『でしたら後程ご説明させていただきます』文字を表示させてくれた。

 思えば逃げる必要はなかったのだが、今までああいう危険なものからは遠ざかるという行動をしてきたので、反射的に移動していた。下手したら着物が消滅していた可能性もあるので、距離を取ったのは正解だろう。


 アイリが今のが何かを知っているようなので、耳鳴りが収まるまではこのボス部屋の前で休憩することにして、激しく乱れた髪の毛を手櫛で軽く整えてから部屋を出た。

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某7つの傷の男の殺気に猛獣が死を覚悟して首を差し出すように、美琴やフレイヤに命乞いするモンスターとかあらわれたり?
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