177話 ダンジョンになぜかいたメイド
「やっぱりここは生息分布が狂っていないから、最初の方は割と平和よねー」
『下層を平和と言い切ってしまうのはお嬢様くらいでしょう』
「彩音さんと中学生組の二人を除いた女の子メンバー全員当てはまると思うの」
『灯里様とルナ様は、どちらも非常識火力の魔術師ですので、揃っていなくとも下層はもう余裕でしょう。今のところ一人で下層まで行くことはありませんが、灯里様はルナ様やフレイヤ様達と共に下層まで行って、危なげなく戦闘をこなしていますよ』
「もうれっきとしたうちの火力担当になったねえ」
美琴がいつも行っている世田谷ダンジョンはアモンの影響がいまだに残り続けており、もう何か月も経っているのに生息分布は狂ったままだ。
あまりにも元に戻ろうとしないので、最近は美琴が原因なのではないだろうかとすら思い始めた。
その一方で、フレイヤがいつも潜っているこの新宿ダンジョンは、今はなき元日本三大クランブラッククロスのマスターの息子、黒原仁輔が作った特大撒き餌三つの影響で一週間ほどめちゃくちゃになっていたが、次第に元通りになって行って今となっては全てのモンスターが元の生息地に戻った。
なので下層上域には下層上域にしか出現しないモンスターしかいないし、最深域には最深域にしか出現しないモンスターしかいない。
こういうところはしっかりと、生まれ方は特殊でも生物らしくはあるのだなと思いつつも、ダンジョンそのものが人工物である可能性が非常に高いことをフレイヤから聞いたので、なんとも言えない感情を抱く。
「ここのところあまり灯里ちゃんやルナちゃんとダンジョン潜っていないし、来週くらいに誘ってみようかな」
『ルナ様でしたら、今から誘っても来るでしょうね』
「確実に来るわね、あの子なら。でもおうどん作りに行った時、まだ冬休みの宿題全部終わっていないって言ってたから、お休みが明けるまではお預けね」
『それを聞いたら膝から崩れ落ちるでしょうね』
「簡単に想像付くなー」
”ルナちゃんの行動が俺達の思っていることと思ってもいいよ”
”美琴ちゃんと一緒に行動できるチャンスが来るなら、全てを後回しにしてでも美琴ちゃんと一緒にいる方を選ぶ”
”ワイら的には、美ロリと高身長美少女が一緒にいてくれるだけでいい”
”たとえ締め切りが近かろうが、美琴ちゃんの隣に行って生声を聞いていい匂いを嗅げるなら、締め切りぶっちしても行く。それが眷属と言うものだ”
”ルナちゃんは眷属の中でも熱狂的な狂信者だから、割と想像しやすいwwww”
”狂信者でも女の子で美琴ちゃんからの評価も高いから、積極的にスキンシップしに行っても怒られないのが羨ましい”
”ワイらが仮に美琴ちゃんのクランにいて美琴ちゃんから評価が高くても、スキンシップしたらその時点で事案だからなー”
”現役女子高生という名のバリアが強すぎる。女子高生でなくてもいきなり異性に触られたらセクハラか痴漢で雷撃ビンタ食らうだろうけど”
”美少女からのお仕置きは我らにとってのご褒美です”
”そんなこと言うと美琴ちゃんがゴミを見るような目を向けるだろもっと言ってください”
”ゴミを見る目じゃないけど、本気で憐れんでる目を向けてるwwwwww”
”この「人として大丈夫?」みたいな目がたまらん”
”アッ、アッ、だんだん冷たい目になって行ってるの最高です!!!!!!”
もう自分のチャンネルの視聴者は救いがないのかもしれない。
美琴が美少女だからという理由だけで、基本無視して目に入れないようにしているが、結構変態リクエストが来る。
カメラを抱くようにしながら囁くように雑魚と罵ってほしいとか、今日の下着の色を教えてほしいとか、酷いとスリーサイズまで言わせようとしてくる。その中に目測でアタリを付けている激ヤバ変態がおり、結構近い数字が書き込まれることがある。
女子高生にそんなセクハラして楽しいのか甚だ疑問だし、そういう迷惑なコメントは見ている側も不快なのでモデレーターをしているアイリによって送られた瞬間に消されている。
あんまり酷いようなら、あまり言いたくはないが「嫌い」という言葉を使うのもやぶさかではない。
「あら? 美琴様、今日はこちらに来ていたのですね」
アッシュコングがドラミングしながらやってきたが、触れたくもないので雷撃で消し炭にして核石を放置して先に進もうとしていると、先にある分岐路から見知った顔の女の子が姿を見せる。
「え、リタさん? どうしてダンジョンに?」
「フレイヤ様に頼まれた、新しい魔導兵装のテスト運用です。美琴様なら、なんとなく予想は付くのでは?」
「…………えぇ?」
「割と本気でドン引きしていますね」
「いや、だって、そりゃねえ?」
「美琴様が言いたいことが痛いほど分かります」
フレイヤのことなので、いつも新しい魔導兵装を作っているのだろうけれども、視聴者には分からないように美琴なら予想は付くと言われ、思い当たるのが一つだけあった。
要するに、正魔力の安定した生成法のみならずそれが籠った武器の作成にすら成功したということだ。
一応、月を跨いだと言えば時間はそれなりに経っていると受け取れるが、モラクスとブエルに会ったのは年末で、今日は一月四日だ。つまり、四日で正魔力付き魔導兵装を作ったということだ。
リタもその魔導兵装がどれだけやばいものなのかを理解しているようで、データ収集のためにカメラこそ回しているが配信はしていない。
「製作者本人曰く、まだ安定とは程遠いのでまだまだ改良の余地がある、とのことです」
「ねえ、あの人何を目指しているの?」
「神の鍵の作成が目標ではありますが……これは些かその目標からは逸脱しておりますね」
”マジでフレイヤちゃん何を作ったwwwwwwwwww”
”美琴ちゃんガチでドン引きしてたじゃん”
”深層攻略の時も、初めての挑戦なのにしっかりと通用する兵装用意して来てたし、きっとあれに近いようなものでも作ったんだろ”
”これでまた正魔力が込められたものを作ったとかだったら速報もんだけど、流石のフレイヤちゃんも全くの偶然でできたものだから複製は無理って言ってたもんな”
”俺達にとっての非常識がフレイヤちゃんの常識みたいなものだから(震え声)”
”美琴ちゃんは常識はあるけど強さは非常識な雷神様
フレイヤちゃんは魔術限定ではあるが、割と本気で常識がぶっ飛んでいることがある”
”常識ってなんだっけぇ??”
”美琴ちゃんから始まって、夢想の雷霆ができてからは下層はヌルゲーっていう認識がされ始めたのは流石にヤバいから、マスターを含めてフレイヤちゃんももう少し大人しくしてくださいまじで”
”時給のいいバイト感覚で下層、場合によっちゃ深層潜っているしなあ……”
”何万回も言っているが、あんなに楽々進めるのは美琴ちゃん達だからであって、絶対に真似しないように。じゃないと死ぬ”
”迷惑系が美琴ちゃん達を見たのか「下層くらい余裕wwww」とか言って十分でぼこぼこにされて即帰還した動画があったな”
”いい意味でも悪い意味でも影響を与えまくってる”
「フレイヤさんが作ったのって何?」
「こちらの大鎌です。とても軽量でありながら威力は申し分ありませんし、切れ味も抜群です。使ってみますか?」
「いい。大鎌なんて武器、癖強すぎて私じゃ多分扱いきれない」
見るからに戦いづらそうな形状をしているのに、それを手足のように自在に操るリタは、どのような鍛錬を積んだのだろうか。
柄が長いので扱いは棒術や薙刀に近いものがあるのかもしれないが、それでも刃が横に跳び出ている上に内側を向いているので、ただ長物を扱えるからと使えるようなものではないだろう。
「美琴様は……配信ですか」
「うん。……あと、お正月の間運動をあまりしていなかったから、この三日間のカロリーを少しでも減らすために」
「真面目な美琴様にしては珍しいですね」
「お正月ってどうしても、何をするにも億劫になっちゃうのよねー」
「それは理解できますが、体形維持はわたし達の永遠の課題ですよ。油断はなさらないように」
「私も分かっているわよ。それで、リタさんはこの後どうするの?」
「データは十分取れましたので、このまま帰宅します。今日はこの武器しか持っていませんし」
あわよくばリタと二人でと思ったのだが、極秘情報の塊みたいな武器しか持っていないそうなので諦める。
ぺこりと折り目正しく腰を曲げて頭を下げたリタは、驚くほど足音を立てずに歩き去って行った。
「毎回思うけど、リタさんとフレイヤさんって所作全部がお上品だよね」
『リタ様はともかく、フレイヤ様は考えていることはお上品とは言い難いですが』
「根っからの研究者って言うのも考え物ね」
ふぅ、と息を一つ吐いてから下層上域のボス部屋がある方を向いて歩きだす。
こうして一人で歩いていると、パーティーを組むつもりはなくソロのままで行くと言っていた時期が懐かしいなと感じると同時に、最近は誰かと一緒にいるのが当たり前だったので、アイリがいるとはいえ少し寂しさを感じる。
「なら私がいれば問題ないんじゃない?」
「……お願いだから、出てくる時は一言言って」
いきなり後ろから抱き着かれながら、自分と同じ声をしているバアルに言う。
ウガリット神話の主神にまでなったことのある神様なのに、考え方とかが宿っている美琴に大分寄っているのか、あるいはただ暇だったのか、とても神様とは思えない行動が多い。
最近は夕飯の時に自分の分も欲しいと言って出てくることも増えて来たし、元々あまり神様とは思っていなかったがここ最近はそれに拍車がかかっている。
数日振りに配信に姿を見せたこともあり、コメント欄は大盛り上がりを見せる。
「眷属のみんな久しぶりー。今日も美琴のことを応援してくれてありがとうねー。美琴、最近調子はどう」
「神性開放できるようになってからは、力が少しずつ高まっているのが分かるわね。でもこれだけあっても、全盛期には遠く及ばないんでしょう?」
「どうしたって悪性の方が強いからねえ。私個神としては、このまま悪性サイドも手に入れないでいてほしいんだけど」
「私もよ。というか、それまで手に入れなければいけない状況になってほしくないというのが大きい」
「今の段階でもほとんどの魔神には勝てるしねー。流石は最強の魔神」
「元はあなたの力でしょう」
「あいてっ」
抱き着いたまま離れないので、頭をデコピンで軽く弾く。
「いったーい、みんなー、美琴がいじめてくるー」
「そんな棒読みで言わない。それに、バアルは今ほとんど力がない状態なんだから、下手に出てこない」
「物理と権能以外じゃ死なないわよ私」
「だとしてもよ。帰ったらマフィンでも焼いてあげるから」
「マジ? やった。チョコチップ入っている奴がいい」
それだけ言ってバアルは美琴の中に戻って行った。
「わがままねえ。これじゃどっちがお姉ちゃんか分からないじゃないの」
姉妹のようなやり取りをしていたため、コメント欄が「てぇてぇ」で埋め尽くされ、それに呆れたように苦笑する。
とりあえず、上域は思っている以上にモンスターとの遭遇が少ないので、このままだと見せ場がなくなってしまうためモンスターハウスでも何でもいいからと、ボス部屋を目指しながらうろうろ徘徊することにした。




