176話 年明け初攻略
年を明けてからの三日間、つまり三が日は家族や友人との時間を最優先したため配信はせずにいた。
このことはあらかじめ告知していたので荒れることはなかったが、ツウィーターのリプライ欄には美琴の振り袖姿が見たかったという声が多かったので、全員で集合した写真を上げた。
案の定すさまじい数のいいねとリプライ、RTがされて一瞬でトレンド入りを果たして、どれだけ待ち望んでいたんだと呆れそうになった。
そして四日目の一月四日の朝。華奈樹と美桜は荷物を持って美琴の家の最寄り駅の改札付近の邪魔にならないところに立っていた。
二人の学校の冬休みはまだあと二日、美琴は三日残っているが、前日にばたばたと慌てて帰宅するよりも一日余裕を持って帰ったほうが色々と安全だからだ。
「長いこと世話になったのう。楽しい冬休みじゃった」
「美琴とこないに長う過ごせて楽しかったわぁ」
「私も楽しかった。昔みたいに四人で過ごせて、いい思い出になったよ」
「綾人は前と違って少しいづらそうにしておったがのう」
「ほっとけ」
幼馴染が京都に帰るということで、綾人も見送りに来ている。
他のメンバーはそれぞれやることがあるそうで予定が取れなかったので、この場にいるのは幼馴染組のみだ。
「またいつでも来ていいからね」
「もちろんそのつもりじゃ。じゃが、たまにはそっちから来たっていいのではないか?」
「もうそっちの問題は終わらしたんやんな?」
「そうだけど……やっぱりまだ、ね」
もう十分安心していいのかもしれないしトラウマというわけでもないのだが、それでもまだ故郷に帰るのに少し躊躇いがある。
それを察知した華奈樹と美桜は一瞬だけ目を伏せると、同時に美琴のことをそっと抱きしめてきた。
「いつかでいい。いつか、また妾達の故郷で、四人で遊ぼう」
「美琴の傷が完璧に癒えるまで、うちらは待っとるから」
「……うん。ありがとう」
二人の温かさに感謝して、お返しにとそっと抱き返す。
「……綾人も、ここに入ってもよいのだぞ?」
「君分かってて言ってんだろ」
「くふふ。思春期男子には刺激が強いかもなあ」
「おい」
「美桜、あまりからかわないの」
油断するとすぐに綾人のことをからかうのは、本当に昔から変わっていない。
「さて、これ以上ここに残ってると名残惜しなって帰りとうのうなってまうさかい、行きましょ」
「そうじゃな。それじゃあ美琴、綾人。春休みくらいにはまたこっちに来るやもしれんから、その時はよろしく頼むぞ」
もうそろそろ電車が来る時間なので、二人とも地面に置いてある自分の荷物を持ちあげる。
「うん、楽しみに待っているわ」
「その時はからかうのはほどほどにしてくれよな」
「それは、ぬし次第じゃな」
「勘弁してくれって」
にしし、と悪戯笑顔を浮かべる美桜は一足先に改札を通っていく。
「次にうちらがこっちに来た時は、少しくらいは色々と進展させときな」
「……善処するよ」
「期待しとるよー。それじゃあ美琴、またそのうちに」
「うん、バイバイ」
ひらひらと手を振って、改札を通って行った二人を見送る。
この二週間ほどはとても賑やかで楽しかったが、それももうおしまい。
少しだけ寂しくなるなと思っていると、頭に何かが乗っかるのを感じた。
「……何?」
美琴の頭に乗っているのは綾人の大きな手の平だった。
「別に……。ただ、少し寂しそうな顔をしていたからさ」
「慰めてほしいほど寂しいわけじゃないんですけど。まあ、でも、ありがと」
「おう」
髪の毛が大事なのは綾人も分かっているので、撫でまわすのでなくただぽんっと手を乗せているだけだ。
昔は美琴が綾人のことを撫で繰り回す側だったのに、と随分と変わった幼馴染に目を向ける。
あの小さくて可愛い弟そのものだった男の子が、今や自分よりも背が高くて筋肉質な体を持った立派な男の子だ。
「……ほら、帰るぞ」
美琴からじっと視線を向けられているのが恥ずかしかったのか、ほんのりと頬を赤くしながら頭にのせていた右手を話して、踵を返して歩き出す。
彼の手が乗っていた頭には僅かに温もりが残っていて、少しだけ名残惜しく感じていた。
♢
「眷属のみんな、数日振り! 琴峰美琴のゲリラダンジョン攻略の時間だよ!」
美桜達を見送った後、綾人はそのまま一人で帰宅したので龍博と琴音と共にまったりと午前中を過ごした。
冬休みの課題もとうに終わらせ、冬休み明けにある実力テストの勉強も完璧。
もうこれ以上時間を潰すものがないので、思えば三日間休んでいた配信をしようと突発的に思い、三十分ほど前に告知をした。
”待ってたよおおおおおおおおおおおおおおおおお”
”お正月に上げたあの集合写真最高だった! 我が家の家宝がどんどん増える”
”美琴ちゃんの振り袖姿が眩しすぎて目が潰れそうだった”
”何気に綾人くんもめちゃくそ紋付き袴が似合ってて草なんだワ”
”女子メンバーの振袖が最高。またどっかで振袖着てほしい”
”フレイヤちゃんとリタさんもめちゃくそ似合ってたし、ロリっ子組も可愛かったし、需要の過剰供給で死にそうだった”
”あれを見た後だと、美琴ちゃんのその着物がいかに肌の露出が多いのかが分かる”
”露出があってもなくてもエロスを感じるのが我ら日本人”
”本来着物って言うのは露出がほぼないものなんだけどなー。おかしいなー”
”ゲリラ配信とはこれまた珍しいよね”
”何気なしにツウィータースライドしてたら、いきなりゲリラやるって言う告知あって飛び起きたわ”
”新年早々深層とか行かないよね?”
にもかかわらず、相変わらずすさまじい数の視聴者が集まって来た。
最初は日本語のコメントの方が多かったが、だんだんと外国語のコメントも増えてきた。
「三日間お休みしてごめんね。配信活動自体は楽しいけど、やっぱり家族とか友達との時間も大事だからさ」
世の中には視聴者のためだけに配信をしてくれないと怒る人というのもいるそうだが、美琴の視聴者はそんなことは全くない。
活動している理由が親孝行のためと何度も明言していることもあり、ちゃんと家族の時間を取ったりするとむしろ逆に褒められる。
今回も、家族のために時間を取れて偉いと捉えようによってはバカにしているのでは? と捉えられるコメントが書き込まれている。
「そうそう、みんなに教えなくちゃいけないんだけど、華奈樹と美桜は今朝京都に帰っちゃったから、春休みとかにならない限りはもう私の配信に映ることはないから」
”そんなっ!?”
”幼馴染美少女と和気藹々としているのをもっと見たかった……”
”美少女×3の暴力と尊い百合がしばらくは見られないのか”
”これで一時期美琴ちゃんサイドが弱体化すると思われたが、よく考えなくても一切弱体化していないの笑える”
”まだ先の話だろうけど、フレイヤちゃんが正魔力の生成に成功するだろうからねえ”
”というか、フレイヤちゃんもリタさんもいなくたって何も変わらないのがほんま酷い”
”力をセーブしなくてもよくなったから、むしろ強化入るのワロエナイ”
”それでも俺は、美少女同士のてぇてぇやり取りが見たかった”
”まあトライアドの三人抜けば全員学生だし、仕方ないよね”
”冬休みもあともう少しで終わりだもんなあ。……明日までには宿題終わらせないと死にそう”
「冬休みの宿題がまだ終わっていない人は今すぐ配信閉じて終わらせてきなさい。ちゃんと頑張ったら……歌ってみたを上げるから」
『お嬢様、自ら逃げ道を塞いでおられますが』
「あまりにも歌ってみたを出してほしいって言うコメントとかが多いからね。一回黙らせるためにもやらないと」
『今後出してほしいという声が余計に増えて、歌動画を出す頻度が増えることになると思いますよ』
「そうなったらその時よ」
再び歌動画を出すと言ったからか、たくさんいる学生視聴者が一斉に宿題を終わらせてくると書き込んでいき、学生ではなく社会人視聴者達はどんな歌を歌ってほしいというリクエストを大量に書きこんでくる。
「言っておくけど、私が恥ずかしがらずに歌えるようなものだけだからね。だからあまり期待しないほうがいいわよ」
『でしたらなぜか最近アワーチューブでえげつないくらい人気を獲得している、ロリ〇レクイエムはいかがでしょう』
「私の話聞いてた!?」
聞いたことはないが、急上昇ランキングの上位に食い込んでいたのを見たことがあり、タイトルとサムネイルから恐らく美琴が手を出すには早すぎる代物だと判断したため、再生はしたことがない。
ショートの方で音源として使われているのが大量にあるので、全く聞いたことがないとは言い切れないが。
「とにかく! 私が歌うものは私が決めるから! ほら、いつまでもこんなところにいないでさっさと行くわよ!」
アイリが余計なことを言ってくれやがったおかげで、コメント欄が全てそのロリ○レクイエムを歌ってほしいと言うもので溢れかえるが、意地でも歌ってやるものかと決める。
そのコメント欄の中に、琴音の名前がちらっと見えた気がするのだが、美琴は何も見ていない。
今日は世田谷、ではなく新宿ダンジョンの方に来ている。
毎日同じところに潜り続けていると流石に飽きてくるので、気分転換というのも含めていつもとは違う場所にした。
もしかしたらフレイヤも潜っているかもしれないし、ダンジョン内でばったり鉢合わせたらそのまま突発パーティーで下層まで行ってしまおうかと考える。
とりあえず、三が日は体をあまり動かしていなかったので、この三日間の間に溜まっているであろう余計な女の子の天敵を消費するために、ダンジョンの中を進んでいく。




