175話 憧れは最高の原動力
参拝を終えて帰宅すると、カメラボディのアイリがおしるこを用意してくれていたようで、小豆の甘い香りが漂ってきた。
ますますこのカメラは、カメラの機能から逸脱していっているなと頭が痛くなりそうになった。
美琴の負担を減らすためにと、浮遊カメラを少しずつバレないように改造して大きくして、最終的に機体内に万能アームを取り付けたことでついに料理までできるようになってしまった。
「あら、アイリが作ってくれたの?」
『はい。外は寒いですから、まずは皆様に温かいものを召し上がっていただこうかと思いまして。勝手ながらお嬢様が昨日作っていたお餅を使わせてもらいました』
「うん、それはまあ別にいいんだけど。……最近このAIの進化具合が怖くなってきた」
ちらりと龍博の方を見ると、感動したように目を輝かせていたのでこれはもうどうしようもないなと諦める。
「ボトムアップ型でもないのにこの学習能力。素晴らしいですね。龍博社長、アイリの基本的な構造を教えてほしいのですが」
「フレイヤさんでもそれはダメだ。アイリの後継機を正式に製品として販売するために、こっちも日々研究を続けているんだ。美琴の友達だからって、流石にそこまでは特別扱いはできない」
「当然の答えですね。となると、自力でアイリさんを再現してみますか」
「勘弁してくれない?」
フレイヤならマジでやりかねない。今までの彼女の実績から考えて、本当にやってのけてしまう可能性がある。
というか、今まで不可能だと言われていた正魔力の生成をモラクスが昔酒の席で聞いたという話を聞いただけで、いきなりやってのけるような人間離れした発想の柔軟さと頭脳を持っているのだ。
もしかしたらトップダウン型AIではなく、冗談抜きでボトムアップ型を作り上げてしまうか、あるいは人間の脳の構造を完全に模倣したAIを作り上げてしまう可能性がある。
「……フレイヤ様は既に、ご自宅でいくつかAIを製作されていますよ。アイリ様のこの機体にも、戦闘用と戦略用、演算特化のAIが積み込まれていますから」
「そういえばそうだったわねっ」
まだ戦闘用と戦略用のカエサルと、演算特化のノイマンを使っているところを見たことがないので何もコメントできないが、フレイヤが作ったものなのだから普通の性能をしているはずがないという信頼がある。
とりあえず全員でリビングに入り、リタとアンドロイドボディのアイリに制止されて、おしるこが運ばれてくるのを待った。
「ん……甘くて美味しい」
「やっぱりお正月と言ったらおしるこですよね」
「妾は甘酒も好きじゃが、華奈樹の言う通り正月はおしること雑煮が正義じゃな」
特別何か余計なものを入れているわけでもないようで、ネットにあるレシピを読んで作ったのだろう。王道的なおしるこの美味しさが口に広がっていく。
それと同時に、AIでもこうして料理をする体さえあれば、こんな料理も作ることができるようになるのかという恐怖を感じた。
「明日は私がおしるこ作ろうかな」
「そうは言いますが、小豆はまだたくさんありますので当面は私の作ったものになりますよ」
「どれだけたくさん作ったのよ」
「旦那様がおしるこが大好物なのは知っていますから。時々自販機で買っているのを知っていますよ」
「お父さん……」
「……好きなものは好きなんだ。仕方ないだろう」
その言葉にはものすごく同意できるし、最近の自販機のそういうものも美味しくなっているのも分かっているが、言ってくれれば美琴が作ってあげるのにとちょっぴり不機嫌になる。
帰ってくる機会が少ないから、そういうものに頼ってしまうのも仕方ないのも理解できるのだが。
「美琴先輩がお料理上手なのって、やっぱり一人でいる時間が多かったからですか?」
もちもちと小豆に浸って甘くなったお餅を食べていると、ルナがそう聞いてくる。
そう言えば料理配信でちまちま言ったりしているが、しっかりと説明はしていなかった気がする。
「それもあるけど、憧れもあるかしら」
「憧れ?」
「小さい頃はさ、人参とかじゃがいもとか、そういう食材がお母さんの手によって形を変えて、たくさんある調味料をその時作っているものに適しているものを選んで、全く別の料理に仕上がっていくのが魔法みたいに思えたんだ。小さい頃の私は、キッチンに立つその魔法使いに憧れたの」
「懐かしいわねー。美琴ったら、夕飯を作る時間のことを魔法使いになる時間、料理している私のことをキッチンの魔女さんって呼んでいたわね」
「よく覚えているわね……」
「覚えているに決まっているわよ。可愛い可愛い娘が言ったことなんですもの」
まな板に並べた固い人参やじゃがいもが、包丁を持った琴音の手によって小さく切られて行き、小さい美琴からは中が見えない鍋の中に放り込まれて行く。
そこにお肉や玉ねぎなどほかの食材も加えていき、数々の調味料を組み合わせることで、あんなに硬いものが口の中で簡単に崩れるくらいほくほくになり、とても美味しいものになっていく。
料理をまだ知らなかった頃の美琴は、どんな食材でも絶対に美味しく仕上げてくれる琴音が、本当に魔法使いのように見えていた。
そして、美琴もキッチンに立つ魔法使いになりたかった。
「魔法使いになりたくて、私に頼み込んで魔法使いにしてほしいって、キラキラした目でお願いしてきたわねー。懐かしいわ」
「今ではすっかり、俺達の胃袋を掌握してしまったキッチンの魔女になったな」
「理由がものすごく可愛い……」
「でも、憧れって言うのは確かにいい原動力ですよね。私も、お姉ちゃんに褒められたいって言うのと、お姉ちゃんみたいになりたいって言う気持ちがありましたから」
「すんげー説得力。灯里ちゃんの魔術、普通だったら超ベテランの魔術師とかが辿り着く領域だからな?」
美琴があまり灯里と一緒にダンジョンに行けていないので、最近はトライアドちゃんねるやルナ、フレイヤと一緒にダンジョンに潜っている灯里。
彼女のあまりにも卓越しすぎている魔術の腕を知っているメンバーは、全員納得したような表情をする。
「憧れで思ったけど、剣城くんの戦い方ってどことなく美琴ちゃんっぽさを感じるんだけど、やっぱり憧れてる系?」
「んぐっ!?」
「ちょ、綾人くん大丈夫!?」
急に彩音から話を振られた綾人が喉に餅を詰まらせて青い顔をする。
背中を叩いたり色々とバタバタして窮地を脱して、ほっと安堵のため息を吐く。
「ど、どうしてそう思ったんですか? 俺、実家の流派があるんですけど」
落ち着くためにお茶を飲んでから、話を振ってきた彩音に聞き返す。
「んー、確かに剣術とかは全くの別物だけど、でも立ち回りとかそう言うのが結構美琴ちゃんに寄っているように見えるのよね。美琴ちゃんも自分が習った剣術や薙刀術があって、それを実戦で鍛え上げているから美琴ちゃんの戦い方って言うのがしっかりと確立されているから、他の人が似たような動きをすると結構目立つのよ」
「彩音、それ美琴ちゃんが普通じゃない動きしているって言っているようなもんだぞ」
「女子高生で深層ソロ余裕で行けるんだし、いい意味では間違っちゃいないでしょ」
「彩音先輩、酷いですよぅ……」
自分でもそこは否定できないのが辛い。
「で、剣城くんは美琴ちゃんの立ち回りとかと自分なりに理解して自分の剣術の動きと自分の立ち回りに組み込んでて、剣の腕以上の実力を発揮しているの。だから登録したてなのに、いきなり深層連れて行かれても割と余裕でいられたんだと思う」
新人なのに深層に連れて行かれた可哀そうな幼馴染が、なぜか深層でも割と余裕で戦えている超大型新人とコメント欄で評価が大きく変わっていた。
SNSの方でも、地上で退魔師と呪術師やっててどっちも準一等とはいえ、多くの恐怖心などが向けられているダンジョンの深層を、一週間経っていない新人が生還できるのはおかしいと言われていた。
彩音が、綾人は美琴の動きの一部を自分の動きに組み込んでいると言っていたので思い返してみると、確かに美琴の動きに似ているような気がする。
昔みたいにもう頼ってくれることはないのかと寂しく思っていたのだが、分かりづらくも頼っていたのだと知って嬉しくなる。
温かい目を綾人に向けると、目が合った彼は気まずそうに目を逸らした。
「言っておくけど、美琴ちゃんの動きを理解して自分の動きに取り入れるってすごいことだからね? 美琴ちゃんの立ち回りって、人間じゃできないような反応速度が前提みたいなところあるから」
「まあ、美琴は雷神ですからね。脳から発せられる電気信号とかも、自由に操れるんだし普通は真似できないのは当然ですよ」
「アモンと戦う前は、これでも基本を守っているつもりだって言った時は驚いたけどな」
「でも基本こそが奥義ですよ?」
「美琴の場合はその基本のレベルが高すぎんだよ」
「あてっ」
綾人に軽く頭をぽこんと叩かれる。
そんなことを言われても、美琴はいつまでも基本を忘れずにいるのは事実なのだから、流石に少し不本意だ。
戦いの時だって、相手の動きをよく観察してその動きの中から突くことのできる隙を見つけろという基本を、今でもしっかりと守っている。
確かに、雷神じゃないと絶対に見つけても突くことのできない隙を攻撃していることもあるが、それだってしっかりと基本だ。何も間違っていない。
「でもまあ、美琴の立ち回りは実際めちゃくちゃ参考にはなりますから」
「……剣城くんさ、どう考えても特等クラスの実力持っているよね」
「そこで餅を口いっぱいに頬張っている特等退魔師には手も足も出ませんよ」
「んむっ……?」
幸せそうな表情でお餅を頬張っている華奈樹は、話の矛先が自分に向いたのに気付いて首を傾げる。
「それに、今の俺の強さってあの呪術ありきですから。純粋な剣技だったら、ここにいる誰よりも低いでしょうね」
「確かに妾達には敵わぬかもしれぬが、一番下ということはないじゃろう。昔と比べると、あの泣き虫とは思えぬほど強くなっておるぞ」
「そいつはどうも。……いつまで経っても、弱いままなのは流石に嫌だしな」
「………………ほほう?」
「なんだよ、その意味ありげな笑みは」
「いや、何でもないぞお? ただまあ、綾人も苦労するなと思っただけじゃ」
「あ?」
「鈍感なのも考え物じゃなあ?」
「なんでこっち見ながら言うのよ」
そう言うと、マジかこいつみたいな顔をされる。
しかも美桜だけでなく華奈樹と、彩音も何かに気付いたような表情を浮かべてから同じ顔をした。
一方で龍博と琴音はというと、
「いいわねー、こういう甘酸っぱい青春って」
「すれ違いもまた、青春の醍醐味だ」
「奥様、旦那様。発言があまりにも老人的ですよ」
ものすごく温かい目でこちらを見ていた。
なんでそんな目でこちらを見ているのかが分からず、ただ何か釈然としないので、少し大きめにお餅を噛み切ってもちもちと咀嚼した。




