173話 いつもと違う初詣
フレイヤがまさかの正魔力の自力生成に成功した翌日。
世の中は新年おめでとうムードで溢れていた。
美琴も年越しライブを行い、そこで思わず視聴者に向かって大好きと言ってしまったものだからとんでもないことになるというアクシデントはあったが、それを除けば無事二〇二四年を迎えることができた。
新年早々ダンジョン配信をするわけにもいかないし、美琴にだってやらなければいけないことがあるため三が日は配信はお休みする予定だ。
おせちも作らなければいけないし、初詣とかにも行きたいからとても配信をする時間を取れない。
「クランメンバー全員呼んで初詣行くわよみんな!」
「急に何? すごく目を輝かせているから、ただ単にお母さんが用意した着物とかを着てほしいって思っているのは透けて見えているんだけど」
「ソンナコトナイワヨ」
「目を見て言って」
華奈樹と美桜と一緒にキッチンに立っておせち料理を作って重箱に詰めていると、やけにテンションの高い琴音がリビングに飛び込んでくるなり、高らかに言った。
もとより初詣に行くつもりではあったし、幼馴染組と美琴の両親だけというのは少し味気ないと思っていたので、どのみちほかのメンバーに召集をかけてみる予定ではあった。
なので琴音がそう言わずともメンバーは集まっていただろうが、琴音は人数云々の話よりもシンプルに、自分が用意しているであろう振袖や着物を着てほしいのだろう。
琴音のことだし、それぞれに合っている着物を用意しているのでデザインなどは心配しなくていいだろう。
「美琴にも随分と友達が増えたからな。親としてはとても嬉しいことなのさ」
「そりゃ友達がいないと女子高生の貴重な青春を存分に謳歌できないから。ただその友達に変な熱量をあまり向けないでほしいわね」
「みんな可愛い女の子とイケメン男子ばかりで無理。本当は今すぐにでも夢想の雷霆メンバーだけの専用雑誌を作りたいくらい」
「そんなこと考えていたんだ」
「琴音さんは昔から相変わらずなんどすなぁ」
「こんな性格じゃというに、美琴はあまり似ておらんのう」
「ある意味で反面教師にしてきたのかもね」
『時々奥様の娘だと実感できるほど、テンションがおかしくなる時もございますけどね』
「お母さんほどじゃないけどね」
どちらかというと、フレイヤやルナの方がテンションが上がる理由などは違うとはいえ琴音によく似ている。
とりあえずおせち作りが一段落着いたら、メッセージアプリに新しくできたクランメンバー用のトークルームに、初詣に行かないかどうかのメッセージを送ることにする。
「うわー! 今年のおせちは随分と豪華ねえ! だて巻き一個いただきぃ」
「あ、ちょっと! つまみ食いしないでよ!」
「一つくらいいいじゃないの。んー! ふわふわでおいしいー! この味付けは……多分華奈樹ちゃんかしら?」
「そうやで。うちもだて巻きが好きやさかい、作らしてもろうたんの」
「絶品よ! 器量もよくて勉強もできて料理もできるなんて。将来いいお嫁さんになれるわよ」
「ふふっ、おおきに~」
毎年のことではあるが、こうしておせちを作っていると必ずつまみ食いや盗み食いをする。
直してほしいのだが中々やめてくれず、毎年やっているのでもはや新年の恒例行事みたいになってしまっている。
つまみ食いをするのは琴音だけなのが救いだが、時々少しだけ多く持って行って龍博に食べさせることもある。
今年は龍博にも食べさせたいようで、また一つだて巻きを摘まんで龍博のところに向かって行った。
「仲睦まじいことじゃな、雷電夫妻は」
「仲よすぎて時々娘の私があてられるくらいよ」
「えことやないの。喧嘩をするよりずっとましや思うで」
「そうなんだけどね。あの二人が本気で口論するところなんて、生まれてこの方一度も見たことないけど」
あくまで夫婦間の本気の喧嘩を見たことがないだけで、京都にいた頃は割と頻繁に見ていたし、雷神となってからは世田谷に引っ越すまでは毎日見聞きしていた。
ちなみにこのおしどり夫婦が本気の喧嘩をしたところを見たことがないだけで、休みが取れなくて夫婦の時間や家族の時間が取れないと言って喧嘩しているところは何度か見たことはある。
怒鳴りあうとかではなく、よく聞いていれば一緒にいる時間が少なくて寂しいとかそういう感じのものなので、喧嘩というよりも夫婦の愛情確認に近いかもしれない。
美琴もこっぴどく叱られるなんてことはあまり記憶にないし、喧嘩している内容もよく聞いていればそんなものなのを知っているので、アイリから教えられたが龍人が来た時はすさまじい怒号が飛び出たなんて想像できない。
ここまで溢れんばかりの愛情を注がれて育ててくれたし、両親揃って社長という信じられないくらい恵まれた環境にいて、そのおかげで不自由もなく生きてきた。
大切な一人娘だからという理由でたくさんのお金をかけてくれたのだから、きちんと親孝行をしてあげないと罰が当たってしまうなと、リビングで睦まじく会話しているのを見ながらひっそりと思った。
♢
「あけましておめでとうございます!」
「ルナちゃん! あけおめー!」
「うわ、結構軽い!? でもこれはこれでありです」
おせちを作り終えた辺りでメンバーに連絡を入れて見ると、見事に全員大丈夫という返事が来た。
どこかで待ち合わせたほうがいいだろうかと思ったが、今日はどこの神社もすさまじいことになっているだろうからと美琴の家に集合という運びになった。
そして真っ先に来たのは、振袖に身を包んだルナだった。
「その振袖可愛いわね。似合っているわよ」
「えっへへー。絶対に美琴先輩と初詣行くんだって、クランに入ったころに用意しておいたんです。願いが一つ叶ってよかったー!」
くるくるとお披露目するように回るルナ。その動作が可愛らしくて、ついぎゅっと抱きしめてしまう。
数秒抱きしめた後にぱっと話すと、ものすごくとろけた表情をしていたのには結構驚いた。
ルナが来てから数分すると、今度はトライアドちゃんねるの三人がやって来た。
彩音は振袖を着ていたが、和弘と慎司はお洒落な洋服を着ていた。
「あけましておめでとうございます、彩音さん、和弘さん、慎司さん」
「あけましておめでとう、美琴ちゃん。その振袖とても似合っているわね。やっぱり綺麗な黒髪をしていると、黒い生地の振袖がとても映えるわね」
「ありがとうございます。彩音さんもとても綺麗ですよ」
「ありがとー。……それよりそこのソファーで天井見てるルナちゃんは一体どうしたの?」
「あー……。その、可愛くてついぎゅってしちゃって」
「なるほどねー。ルナちゃんは美琴ちゃんの大ファンだから、そんなことされたらああなっちゃうか。ところで、慎司くんと和弘くんはどうして無言なのかなぁ?」
リビングに来てから一言も発さずにいる男性二人の方を、彩音が悪戯っぽく笑みを浮かべながら振り向く。
美琴も二人に目を向けると、頬をほんのりと赤くしながら惚けたように美琴のことを見つめていた。
注目されることは慣れているし配信すれば多い時で一千万を軽く超える時もあるのだが、こうして直接分かる距離でじっと見つめられるのはやはり恥ずかしい。
「あ、え……っと、あ、あけおめ」
「えー、今年もよろしくお願いします」
「……かったいわねえ」
「う、うるせえ! 仕方ないだろ、美琴ちゃんみたいな子の振袖みられるなんて思わなかったんだしよ」
「美琴ちゃんでそれじゃ、今この家にいる華奈樹ちゃんと美桜ちゃんが来たらどうなっちゃうわけ? ちなみにその二人は?」
「私のお部屋で着替えていますよ。もうそろそろ降りてくるんじゃないでしょうか」
「だってさ」
「だってさって、彩音なあ……。おれは別に、美少女達の振袖が見たくて来たわけじゃないから」
新年早々三人で軽口を叩き合っているのを見れて、どこかほっとするような気分になる。
昨日フレイヤがいきなり正魔力の生成に成功するとか、モラクスに会いに行ったつもりがまさかブエルとも会ってしまったこともあって、日常にいるのにものすごい非日常を味わってしまったからだろう。
それよりもこの日本に一体どれだけの数の魔神がいるのかが気になって仕方ない。その内七十二柱全てが揃いそうな勢いで怖い。
そうこうしているうちに続々と残りのメンバーが合流してくる。
灯里は振袖を持っていなかったようで、防寒対策をしっかりしつつ可愛らしい洋服に身を包んで来たが、琴音がせっかくだからと自分で用意した振袖を着させていた。
本人も和服を着てみたいという願望があったようなので、微塵も嫌がる素振りそ見せずに美琴の部屋に連れて行かれていた。
フレイヤとリタは日本に住んでいることと、そういう和の文化が大好きとのことで自前のものを用意していたようだ。
琴音は自分のものを着てほしそうな顔を一瞬したが、二人ともしっかりと自分に似合っている色と柄のものを選んできており、それはそれでいいやと言い笑顔を浮かべていた。
綾人は途中で合流したらしい昌とマラブと一緒にやってきて、三人共カジュアルな洋服だったので琴音の餌食となった。
そしてそれを見た慎司と和弘は、大人しく自分から紋付羽織袴を着たいと申し出た。
「全員揃ったし、初詣に出発ね」
去年は昌と美琴の両親だけだった初詣が、今年はこんなにもたくさんの友達と一緒に行くことになるとは思っていなくて、嬉しくて笑みがこぼれる。
今年の初詣はいい思い出になりそうだなと、軽い足取りで草履でアスファルトの地面を踏んだ。




