171話 大地の招待
『モンスター、いいえ、ダンジョンは……人工的に作られた現実世界のゲームです』
昨晩、家に飛び込んできたフレイヤから聞かされたこの言葉は、一晩経ってもなお頭から離れなかった。
ダンジョンそのものが、現実世界のままゲームのように作られている人工物。
フレイヤのこの発見は、世界の根幹を激しく揺るがすとてつもないものだ。
無論、今まで不思議に思ったことはある。
地上の怪異は倒したらおしまい。なのにダンジョンのモンスターは核石と素材を落とし、それを売買するだけでなく加工してアクセサリーや装備などに加工できる。
ボスモンスターを倒したら一週間は出てこないが、ふつうあのレベルの強さの怪異は一週間程度で出てくるはずがないし、全く同じものがこんな短期間に再度誕生することもあり得ない。
しかし、モンスターの発生条件は怪異と同じ、人間から向けられる恐怖を筆頭とした負の感情。
あの場所にはこのモンスターが発生している。この階層にはこのモンスターが住み着いている。
このような恐怖が長い年月向けられ続けることで、同じ場所に同じモンスターが発生し続けるようになっているのだと思い込んでいた。
だからこそ、昨日フレイヤが持ち込んで来た核石の断面と彼女の導き出した答えを聞いた時は、まさに青天の霹靂だった。
(もし……もしあれが本当にそうなのだとしたら、一体誰が、どうやって、何の目的のためにダンジョンなんてものを世界中に作ったの?)
現在美琴は少しラフな部屋着に着替え、来るのが遅かったため泊まっていくことになったフレイヤとリタたちの分の朝食を作っていた。
朝食はシンプルな目玉焼きとベーコン、サラダにトーストだ。
トーストが焼き上がるまでの時間に目玉焼きとベーコンをフライパンで焼いているのだが、上の空となっているためか焼き過ぎになっているのに気付いていない。
(灯里ちゃんやルナちゃん、フレイヤさんの高火力の魔術を受けても破壊はできるから権能でできているわけじゃない。でも、権能を使った私の攻撃を受けても再生をしてしまうとなると、権能かそれ以上の修復力が働いていないとおかしい)
「み、美琴!? 焦げてる、焦げてますよ!?」
(アモンとの戦闘の時に空いた大穴は、修復されることなく残る。神性開放をした魔神の力なら修復されない? でも神性開放はあくまで全盛期の肉体の情報を現代のに上書きして、権能を掌握するだけだから本質は変化しない。魔人二人の全力の力が衝突することで、その分の修正するプログラムにバグが生じた?)
「美琴ー!? おーい!?」
「華奈樹、ここはもう火を止めたほうがよいぞ」
(モンスターがいつまで経っても消えない核石と素材を落とす理由。現実世界の物質となって落とすのも意味が分からない。今までダンジョンはそういうものだからってほんのちょっと疑問に思うだけで、それ以上は何も思わなかったのに)
「せいっ」
「ほぐっ!?」
ぐるぐると思考の渦に飲み込まれていると、頭に強めの衝撃を感じて一気に意識が浮上する。
そして真っ先に視界に映ったのは、黒焦げになってしまったベーコンと卵だった。
「え、嘘!? うわぁ~、やっちゃった~……」
食材を無駄にしてしまい、割とガチ目に凹んでその場にしゃがみ込む。
「どうした美琴。料理しておると言うのに上の空とは、珍しい」
後ろから美桜の声がしたので、頭を強めに叩いたのは彼女で間違いないだろう。
「昨日私が言ったことを考えていたのですか?」
リビングの方にいるフレイヤがそう言ってきて、そうだと言いたかったが言葉が喉につっかえて出てこなかった。
彼女は別に、美琴を思い詰めさせるためにあの話を持ってきたわけではなく、ただあまりにも信じられなさすぎる話を自分一人で抱えきれなくなっただろうから、美琴の家にやって来た。
立ち上がってから華奈樹と美桜を見ると、全くのいつも通りとは行かない様子だが美琴ほど考え込んでいるわけではなさそうだ。
「ごめんなさい、私が余計な話を持ち込んでしまったせいで……」
「う、ううん! 気にしなくていいよフレイヤさん。私が勝手に変に考え込みすぎただけだから」
しゅんと悲しそうにするフレイヤを見て、わたわたと手を動かしながら否定する。
幼馴染二人は話のスケールが大きすぎるから理解しきれていないためか、美琴ほど考え込んでいるわけではない。
美琴だって規模が大きすぎて理解しきれていないので、本当にただ勝手に上の空になるほど考えていただけだ。
「じゃが、とんでもない規模の話を持ち込んできたことには変わりないがのう。一晩経っても、未だに昨日のことが信じられぬ」
「私もです。ゲームはやらないので詳しくはありませんが、現実にいるのに、現実のことなのに、現実味がなさすぎます」
現実にあることの出来事。それなのに、あまりにも現実離れしすぎている。
いや、そもそも美琴を始めとした魔神達や、華奈樹と美桜達退魔師、霊華を筆頭とした日本の呪術師、灯里、ルナ、フレイヤ達魔術師、雅火達十三名の魔法使い。これら全てが元より現実離れしている。
この超常の力を扱う者達、超常の存在に挑む人間離れした身体能力を発揮する者達自体、ダンジョンがあらわになるまで秘匿され続けてきた。
国レベルで隠され続けて来ていたのに、ダンジョンが出て来ただけでまるでそれを待っていたかのようにその秘匿を解除して、存在を世に知らしめた。
まさか、ダンジョンを作った何者かがそうなるように仕込みをしていたのではないかと考えたが、それこそフレイヤが持ち込んできたものよりも現実味がなさすぎる。
「ところでお嬢様、そちらの黒焦げの目玉焼きとベーコンはどうなさいますか?」
「……頑張って食べる」
「お体に障りますよ。そちらは私が処理しておきます」
「でももったいないし」
「そうではなくてですね。この機体は魔力駆動が基本ですが、人間と同じように食事をすることでバイオ燃料として確保することも可能なのです。黒焦げになっていてももとは食材ですので、そちらは私の燃料として活用させていただきます」
「……フレイヤさん」
「すみません、説明を忘れていました」
食べ物を接種することでそれを燃料にする機能があることを知らなかったので、じとーっとフレイヤに目を向ける。
製作者様はうっかり説明を忘れていたようで、申し訳なさそうに目をゆっくりと逸らす。
「美琴様、本日の朝食はわたしがお作りしますのでリビングで待っていてください」
「お客様にそんなことさせるわけには、」
「急遽押し掛けたわたし達を一晩泊めてくださったお礼とでも思ってください」
アイリが焦げた朝食を持ってリビングに向かった後で、リタがキッチンに入ってくる。
リタに任せるのは少し気が引けたが、料理に集中できないほど考えてしまうのだから、ここは任せたほうがいいだろうと判断してお願いしますと言ってキッチンから離れた。
そのタイミングでインターホンが鳴らされ、今度はなんだとアイリに視線を向けてカメラ映像を表示してもらう。
「マラブさん?」
そこに映っていたのは、ニット帽にサングラスとマスクというあまりにも怪しすぎる格好をしているが、ウェーブのかかった長い金髪にすさまじいスタイルをしているため、色んな意味で逆に目立ちまくっている。
変な人が美琴の家の前にいるとご近所さんに気付かれる前に招き入れ、そのままリビングに通す。
「お、おはよう美琴。こんな朝早くにごめんなさい」
「それは気にしていないですけど、どうしたんですか? あなたからうちに直接、連絡もなしで来るなんて珍しい……まさかまた撮影が嫌で逃げました?」
「逃げたらマイクロビキニ着させられるって脅されてるし、琴音がそれを冗談じゃなくてマジで言ってるのが権能で分かってるから逃げられないわよ。そうじゃなくて、一つ教えたいことがあって」
「教えたいこと?」
「前にバアルが言ってたでしょ? 私が完全に知者の魔神の道に進む際に知識とかを教えてくれたのが、大地の魔神のモラクスだって」
魔神の中で随一の知識量とトップクラスの戦闘能力を持つ魔神、モラクス。
前回の深層攻略の際にフレイヤが一発だけ引っ提げてきた正魔力の作り方を知っている可能性があり、魔神バラムはモラクスに知識を教えてもらったことに恩を感じており、帰還後に頼んでみたら快く了承してくれた。
そこから一日以上経った本日、モラクス関連の話を持ち込んできてくれたようだ。
「権能とかを使って色んな分岐未来を探ったんだけど、あの人私の権能熟知してて抜け道を知っているから、権能では探し当てることはできなかった」
「神性開放は?」
「やったけど結果は同じ。モラクスは特別目立ちたがりじゃないし、隠れるのも上手だからね。本気で身を潜められると、探すのが難しいのよ」
「じゃあどうしてここに?」
何の情報も得ていないのにどうしてここに来たんだと、やや非難するような目を向けてしまう。
「そんな目で見ないで頂戴。見つけられなかったのは、『権能では』って言ったでしょ。前の配信でバアルがモラクスの名前を出してネット上で一体誰がって話題になってて、テレビのニュースとかでも世界初の正魔力の運用云々に成功して、それの量産の鍵を持っている可能性があるモラクスとはー、みたいな感じになってるのは知ってる?」
「えぇ。バアルが迂闊にしゃべっちゃって申し訳ないって思ったわね」
『失礼ね。そっちが色々と知りたいって言ったから、知っているかもしれないモラクスのことを話したのに』
頭の中にいきなりバアルの声が響いて、びくりと体を震わせる。
「権能で無理ならネットではどうだって徹夜で探してたんだけど」
「お母さんに怒られますよ」
「徹夜は前職で慣れてるから平気。で、徹夜で探しまくっても結局私からは見つけられなかった。でもなんと、私個人のツウィーターアカウントに、なんとモラクスの方から連絡があったのよ」
「本当ですか!?」
モラクスから連絡があったというマラブの発言に、フレイヤが過剰に反応する。
無理もない。根っからの研究者気質で、偶然出来上がった正魔力が籠った砲弾をどうにかして量産したくて仕方がないのだ。
そんな正魔力の生成方法をもしかしたら知っているかもしれない、魔神最高峰の頭脳と知識を持つモラクスと、コンタクトが取れたのだ。興奮してしまうのも仕方がない。
「本当の話よ。そしてさらに朗報よ。今日、あなた達に会いたいってご本人が言っているわ。午後の三時に指定した場所に来てほしいって」
そう言ってマラブがスマホを取り出して見せたのは、銀座にあるとある宝石店の住所とURLだった。




