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170話 一つの答え

「ふんふふーん♪」

「えらいご機嫌やね」

「華奈樹と美桜が、私の手打ちうどんをとても美味しそうに食べてくれたのが嬉しいのよ」

「あれは実に美味であったぞ。あんなものを知ってしまうと、当面は病みつきになって毎日せがむか自分で作るかもしれん」


 ルナと灯里と共に料理配信と配信外の勉強会を終えた美琴は、その日の夕飯に家に泊まりに来ている幼馴染二人にうどんを振舞った。

 反応は非常に好評で、食べている時に華奈樹が自分で作ろうかと呟いたのを聞いた時は、こちらに引きずり込んでやろうと決めた。

 そんな三人は現在、一緒にお風呂に入っている。


 元々琴音が大のお風呂好きで、この家を建てる際にものすごく拘りを持ったと言っており、その要望通りに大分広い浴室になっている。

 美琴、美桜、華奈樹の三人が同時に入っても全然余裕はあるし、何ならここにフレイヤとリタを入れてもまだ多少は余裕はあるだろう。


「しかし、華奈樹がクリスマスに美琴に贈ったこの入浴剤、いい香りがするのう。一つ一つが大きいから、こんなにも大きな浴槽に入れても十分に色と香りが広がりおる」

「京都におった頃から、美琴の家のお風呂が大きいんは知っとったからな。どうせここのも大きい思て、大きいのを買うて正解やったわ」

「本当にありがとう華奈樹。この入浴剤は大事に使うよ」


 香りも気に入ったので、なくなりそうになったら自分でも買ってしまおうと脳内メモを書く。


「それにしても、美琴も華奈樹も昔と比べて随分と育つところは育ったものじゃな」

「そ、それは美桜だってそうじゃない。前に私の下着見て大人なものーとか言ってたけど、美桜だって随分大人なもの履いていたし」

「乙女というのは、目に見えないところまでお洒落をするのが当然じゃ。美琴だって、そう教えられておるのじゃろう?」

「それは、まあ……確かにそう、だけど」


 誰も気付かないようなところまできっちりとお洒落をすること。お洒落に気を付け始めた頃から、琴音から口酸っぱく言われてきた言葉だ。

 幼い頃はそこまでする必要はないだろうと思っていたが、今となってはそういうところまで気を付けることで、人に見られる表面のお洒落をより気にするようになった。

 そう言った面では教えてくれたことに感謝するのだが、その結果下着がどれも人によっては気合が入っているものだと思われかねないものが揃ってしまった。

 こればかりは琴音の会社のものを揃えているため、結果的にアダルティなものになってしまうのは仕方がない。


「逆に華奈樹が一番地味目なものを付けているのが驚きだった」

「美琴よ、これでもマシになったほうじゃぞ。中学生のころなど、学校がある日はともかく私生活でもスポーツブラとスポーツショーツしか着けておらんかった」

「そないなこと言わなくたってええでしょ!?」

「お洋服のセンスとかいいのに、そこまでは気を使ってなかったんだ」

「だ、だって、下着を見せる機会なんてそうそうあらへんから……」

「まあそうなんだけど」


 気合の入っている下着を見せる機会なんて、それこそ恋人ができた時に普通の恋人から、大人な恋人になる時くらいだろう。

 まだ十七歳で、恋人がほしいとは思っているがそこまで進みまくった関係になろうとは思っていないので、もしそんな状況になるのだとしたら行ってもせいぜい大学生ごろか社会人になってからだろう。


「逆に言えば、それを見せるような機会がやってくれば大人なものを身に着けるようになるのかもしれぬのう」

「まだそんな機会はこおへんやろな」

「華奈樹すごくモテそうなのに」

「長期休暇直前やクリスマス前はすさまじいことになっとるぞ」

「やっぱり」

「男子はどうしてそんなにも、女子とお付き合いしたいんやろな」

「お付き合いしてあれこれしたいんじゃない?」

「不純やねえ」

「思春期男子の性欲はすさまじいと、父様が苦い顔をして言っておったな」


 美桜の言うことも理解できる。

 美琴も、落ち着いているとはいえ未だに男子から告白を受ける身。クリスマス直前も、何の関わりのない男子からいきなり告白されて、あわよくば進んだ関係になろうとしているのが透けて見えて少し怖かった。

 そういう男子が数多くいる中で、幼馴染で過去に幼稚園とか小学校低学年の時とはいえ、一緒にお風呂に入ったことがあるからかそういう下心満載な目で見てこない綾人は、一緒にいて心地がいい。


 綾人ほどとは言わないが、せめてあれくらい紳士的になってくれれば男子の知り合いというのもここまで少なくはなかったのかもしれない。

 琴音を目標にして色々努力した結果、色んな所が成長したので土台無理な話かもしれないが。


 冬休みの課題をもう終わらせてしまっているとはいえ、予習復習は欠かせない。

 お風呂好きではあるがあまり長湯しすぎるのもよくないので、お風呂から上がる。

 髪の毛と体に着いたお湯をバスタオルで吸い取って下着を身に着け、寝間着に着替える。

 その後で髪の毛を乾かすが、長いと乾くのに時間がかかる。


 長い方が色々アレンジができるので好きなのだが、毎回ドライヤーで乾かすのに時間がかかってしまうのはどうにかしたい。

 いつか龍博に相談して、髪の毛を傷めずにすぐに髪の毛を乾かすことができるドライヤーを開発してもらおう。


「いい湯じゃったな」

「そうやねー。私の上げた入浴剤もええ香りしとったし、体の芯からしっかり温まったわ」

「そこに止めのココアはいかが?」

「「飲む!」」


 息ぴったりに返答した二人にくすりと笑いキッチンに向かおうとすると、インターホンが連続で押される。

 こんな時間に一体誰がと思ったが、アイリが飛んできてインターホンのカメラの映像を映してくれて、そこにフレイヤが必死の形相でいるのが映って驚く。


「どうしたのよフレイヤさん、こんな時間に」


 急いで玄関に向かって鍵を開けてドアを開けると、飛び込むようにフレイヤが入ってきた。


「た、大変、です! と、とと、とん、とんでもないこと、が……!!」

「落ち着いて。とりあえず、まずは上がって頂戴。ココアを淹れるところだったから、それでも飲んで落ち着きましょう。お話はそれから」


 そう言ってフレイヤを招き入れてリビングに通し、ソファに座らせる。

 大分気が動転しているようで呼吸が荒く、小さな声で英語で何かをぶつぶつと呟いている。

 断片的にではあったが、「ありえない」や「不可能だ」と言っているのが聞こえた。


 一体何があったのかとても気になるが、今の彼女の状態でまともに話しを聞き出せそうにないので、急いてことを聞き出すより落ち着かせてからのほうがいい。

 ココアを作っている途中で、遅れてリタがやってきたので彼女も家に上げて、彼女の分のココアも追加で作ろうとしたがやんわりと断られてしまった。


 自分の分を含めた四人分のココアを淹れてリビングに戻り、フレイヤが落ち着くまでしばしの間無言の時間が続く。


「……すみません。酷く取り乱してしまって」

「いいのよ。でも、フレイヤさんがあんな風になるなんて、一体何があったの?」


 ココアを半分ほど飲んだところで、ゆっくりと口を開くフレイヤ。

 時々暴走することはあれど、ここまで気が動転するところなんて見たことがない。

 どんなありえないようなものが出てきても、それがどういうものなのかを真っ先に解明しに行くようなフレイヤが、取り乱すほどの何かに遭遇でもしたのかもしれない。


「一昨日、皆さんで深層の攻略に行って、ドラキュラの核石を私が受け取って解析を行うためにギルドに向かったのはご存じですね?」

「えぇ。……まさか、もう何か分かったの? まだ一日くらいしか経っていなくない?」


 フレイヤは信じられないレベルの努力をするし、解明するためならどんな手段をも選ぶある種の狂気も持ち合わせている。

 彼女なら何かを、ヴラドの核石から読み取ることができるかもしれないと思っていたが、まさかこんなに早くできるとは思いもしなかった。


「いいえ、その逆です。何も分からなかったんです。ただ、たった一つのありえないことを除いて」

「ありえないこと?」

「まず、これを見てください。私の魔導兵装を一つ鉄くずに変えることで、やっと半分に割ることができた核石の断面です」

「フレイヤさんの魔導兵装壊すとかどれだけ硬いのよ。こんなんじゃあ、何かに加工するとかできなさそうね」


 美琴のブレスレットのように、別の空間に保管しているのであろうノートパソコンを取り出したフレイヤは、まだ少しだけ震えている手でカーソルを操作して、一つの画像を表示する。

 それは核石の断面を撮影したもののようだが、ものすごく綺麗に割れていて鏡のようになっている。

 画像端にひしゃげている何かが映っているが、それがフレイヤの言う壊れてしまった魔導兵装なのだろう。


「よく割ったわね、本当」

「鏡みたいじゃな」

「綺麗ですね。……うん?」


 見入るように見つめていた華奈樹が、何かに気付いたように目を細める。


「何か分かったの?」

「えっと、分かったって言うか、違和感? みたいなのを感じたんです。こう……あまりにも綺麗すぎる、というべきでしょうか」

「そう! そこです!」


 華奈樹の言葉にかぶせるようにフレイヤが言う。


「断面が極力綺麗になるように割ったので、そこは別にどうだっていいんです。問題は、核石の断面に映っているこの鏡のようになっているもの。それが、あり得ないくらいに整いすぎているんです。自然にできたものも、驚くほど綺麗に整っているものというのはあります。ただこれは、整いすぎている。私はまず、そこに違和感を覚えたんです」


 普段の調子が少し戻ってきたのか、やや早口で説明しながら次の画像を映す。


「そこで次にこの断面を拡大してみました。もちろん何も分かりません。しかし、何も分からないなりに一つの発見をしたんです」

「発見?」

「はい。よく見てください。ここに映っている模様、どう考えても自然にできた物とは思えないパターンを描いているんです」


 言われてよくよく見て見ると、確かに自然にできたとは思えない模様ができている。

 しかしそれを見たところで、何も分からない。


『……これは、まさか』

「アイリさんも同じ答えに行きましたか?」

『…………はい。ですが、これは、』

「あり得ない。不可能。そう、思いますよね」

「待って、そこ二人だけで理解しないで、私達にも分かるように教えてくれない?」


 アイリはその模様を見て答えを見つけたようだが、美琴、華奈樹、美桜、リタは理解できていない。


「私も最初はあり得ないと思って、間違えたのだと思って何度も見返しました。でも、何度見ても同じ答えに行きついてしまったんです」

「ねえ、だから、」

「あの日、ドラキュラは前回美琴さん達と戦った記憶を保持していた。それは今までのダンジョンのボス攻略の根幹を大きく揺るがす、あり得てはならない出来事です。そもそも、どうして地上の怪異とダンジョンのモンスターは本質は全く同じなのに、現れる場所が違うだけで素材や核石を落とすのですか? どうして下層へ続く中層をはじめとした、その階層を守護するボスモンスターは全く同じ場所に現れるのですか? どうして一週間ぴったりに、全く同じ大きさ、全く同じ強さをしたボスモンスターが現れるんですか?」


 フレイヤのその問いは、ダンジョンが現れた時から常識となっているものの問い。

 誰一人として、全く疑問に思わなくなってしまった「常識」。

 そもそも、発生源は人間の怒りなどをはじめとした負の感情であるのに、住んでいる場所が違うというたった一つの相違点で、地上の怪異ではありえない核石というモンスターの核となる石と、そのモンスターの一部である素材を落とすのは、どう考えてもおかしいことだ。


 モンスターと怪異は同じ存在。祓われてしまえば、その時点でこの世界から消滅する。

 なのにモンスターは物を落とす。本体が祓われた後も、半永久的にこの世界に一つの物質として残り続ける。


 そして何より、ダンジョンが発生した後にできたものではあるが、同じようなものがこの世界に存在している。

 それは、ゲーム。

 ダンジョンが発生した後で、ある程度ダンジョンのことが解明された後で、ダンジョンを題材にしたゲームというのはいくつも生まれてきた。

 そしてゲームの中では、いくらモンスターを倒しても根絶やしになることはなくずっと生まれ続けるリポップが存在し、そしてそのリポップはエリアやフィールドのボスにも適用されている。


 ゲームではプログラミングによって、ある程度の時間が過ぎればモンスターが生まれるようになっている。それは電子の世界だからこそできる芸当。

 なら、現実のダンジョンは? モンスターはダンジョンより生まれるものという恐怖心が向けられているとはいえ、どうして上層、中層、下層、深層と分かれていて、それぞれの階にしか存在しないモンスターがいる?

 どうして全く同じ場所に復活して、どうして全く同じ方法で姿を現す?


「ま、さか……」


 あり得ない答え。あり得てはならない答え。

 フレイヤからの問いを聞き、美琴はその答えに行きついてしまった。

 パソコンの画面を見る。断面に浮かんでいる模様を見る。そして、思い至る。


 高校一年の頃に手を出そうとしたが、思っているより複雑ですぐに諦めたプログラミング。そのコードに、似ている。


「う、そ……。嘘、嘘よ……」

「嘘なんかではありません。私はこの模様が何かに似ていると思い色々調べて、プログラミングコードに似ていることに気付きました。流石に偶然だろうと思いましたが、プログラミング言語に当てはめてみると驚くことに、一致している部分が多くあったんです」


 それはあまりにも恐ろしいこと。

 この世界にダンジョンが発生してから七十年以上経ち、築き上げてきた常識をいともたやすく崩壊させてしまう魔法の言葉。


「モンスター、いいえ、ダンジョンは……人工的に作られた現実世界のゲームです」

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