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第17話 灼熱の地獄

「……やっぱり何か変なんだよなあ」

『何がでしょうか?』


 下層に潜り始めてから一時間ほどが経過したころ。美琴は違和感を感じていた。


「アイリ、私が下層に入ってから遭遇したモンスターを教えてくれる?」

『どのような意図で? かしこまりました。まず最初に妖鎧武者、その次に鬼、西洋怪物のミノタウロスにフランケンシュタイン、キマイラ……、なるほど、そういうことですか』


”なになに?”

”なに、どういうこと?”

”今来たけどなんか進行止まってる?”

”なんか美琴ちゃんが違和感感じてるっぽい”

”何が変なんだろう。全く分からん”

”潜ってる本人にしか分からない系?”


 美琴が感じている違和感。それは、下層で遭遇するモンスターが偏っていることだ。

 モンスターだって当然生き物で、ダンジョンの中は弱肉強食の世界。縄張りの場所が変わるなんてことはよくある話だ。

 最初はモンスター同士が縄張り争いをして、負けたほうがその場から離れて来たのかと思っていたが、アイリが挙げたモンスターと遭遇する都度に違和感が増していった。


 そしてついさっき倒したキマイラを見て、違和感は半ば確信に変わった。


「みんなはさ、私の配信を見て楽しんでくれているから多分気付いていなかったと思うけど、結構あり得ない会敵ばかりしているのよ」


”ありえない会敵?”

”え、全く分からん”

”落ち武者、鬼、ミノにフランケンとキマイラだっけ”

”あれ、これって……”


「そう、これ、全部下層深域から最深域まで行かないと遭遇しないモンスターばかりなの。それで私はまだ中域にいる。これ、もしかしなくても何か起きてるかも」


 本来生息している場所からモンスターが離れることは滅多にない。

 一番有名なのは、スタンピードだ。あれはモンスターをモンスターが追い、更に別のモンスターが追いかけてという最悪の悪循環の末に生まれる災害だ。

 もう一つスタンピードに並んで知られているのは、生息しているモンスターよりも強力な怪物が発生し、逃げざるを得なくなった場合だ。この場合でも、そのモンスターから逃げるために複数のモンスターが逃げて、スタンピードが発生することがある。


 スタンピードはそんなに頻発することもないし、下層の深域から最深域に生息しているモンスターが逃げ出すほどの怪物だって、それこそボスクラスの強さがなければあり得ない。

 なのに成長を続けることで最強格とまで呼ばれるほど強くなる妖鎧武者や、生まれた瞬間からトップクラスの身体能力と腕力、膂力を持つミノタウロスが、上域から中域に出現している。

 それらは軍勢を為して一斉に逃げてきているわけでもなく、まるで生息地を変えてやってきているだけのようだ。


 妖鎧武者とミノタウロスは、中層の最後で戦ったボスと変わらない危険度と強さを誇る。

 それが己の縄張りを捨てて逃げてきたということはつまり、逃げざるを得ない怪物が発生したことになる。


”つまりイレギュラーが発生しているかもしれないってこと?”

”イレギュラーモンスターかよ!?”

”流石にこればかりは逃げたほうがいいんじゃない?”

”《トライアドちゃんねる》なんだか最近ダンジョン全体、特に下層でスタンピードを含めた怪物災害が頻発しているって噂は聞いたことあるけど”

”掲示板でもなんかそんなこと言ってる奴いたな”


『直近二週間の配信者のアーカイブの確認をしてまいりました。全てで二千七百七十二個の動画があり、そのうちの三割が怪物災害に見舞われております』

「二週間……。アイリ、同じ時期から下層上域で戦ったモンスターと同じ種類が出てきた動画を探して」

『かしこまりました。………………確認しました。二千七百七十二個の動画全てで、本来の生息域とは違うモンスターが確認されました』


 それを聞き、美琴はこのダンジョンで異常事態が発生していることを確信する。


「放ってはおけないかな。まずは確認だけしてこないと」

『一鳴は開放しておいたほうがよろしいかと。そのほうが即時撤退が可能でございます』

「そうね、そうする」


 アイリの提案通りに一鳴を開放し、仮にイレギュラーが発生しても瞬時に逃げられるように準備を整えておく。

 あくまで確認をしに行くだけであって、戦いに行くわけではない。

 しっかりと雷薙を持って深域を目指して駆けていく。


「……アイリ、気のせいじゃなければ、気温上がってない?」

『はい。ここの気温は常に二十度前後ですが、現在は三十四度となっています』


 進むこと十分。

 一鳴を開放したこともあって、偵察も兼ねているため速度は落としているもののその進行速度は今までの比ではなく、その十分の間に深域を通り抜けて最深域に到達していた。

 下層はそれぞれに上域、中域、深域、最深域と四つに分かれていて、それぞれにボスモンスターがいる。

 上域と中域は三日前に大手クランが倒したことをギルドに報告しているので、戦わずに済むのは分かる。

 しかし深域のボスは一月もの間どこかのクランが倒したという報告がされていない。なのにボス部屋は空で素通りできた。


 確実に何か得体のしれないものがいると思いながら最深域を進んでいると、気が付けばじっとりと汗を流していた。

 長い前髪が顔に張り付き、首筋に浮かんだ珠のような汗が伝って胸元を濡らす。

 空気そのものが熱く、鼻で呼吸すれば鼻の中が乾くし、口で呼吸すれば口と喉が乾燥する。


 ぱたぱたと汗を滴らせながら進み、こまめに水分を補給しながら警戒を強める。

 最深域はまだ足を踏み入れたことはないが、ボス部屋までのルートは売れるためにとひたすら他配信者の配信を見て研究していた時に覚えているので分かる。


「これもしかしたらボス部屋に何かいるかも」

『今いる場所で三十七度です。ボス部屋に近付いた分だけ温度が上昇しています。これ以上進むのは危険だと判断します』

「何がいるのか判明していないんだから、行くしかないでしょ。私ならボス部屋の中に何かがいても、すぐに逃げられるし」

『万が一ということもございます。今からでも遅くはありませんので、撤退を推奨します』

「いいえ、進みましょう」


 何がそこにいるのか。どのようなイレギュラーが発生しているのか。

 自分の配信に映して証拠を残すことで、ギルドや祓魔局に報告しても冗談だと門前払いされることもなくなる。

 どんな異常事態が起きているのか証拠を撮り、それをもとに大勢に警告を出すことで余計な被害者が出なくて済む。そのために、アイリの推奨を断って進むことを選択する。


 そうして進むこと三十分。最深域のボス部屋に到着する。

 もはや真夏の猛暑日の炎天下を歩いているのではないかと錯覚するほど暑くなっている。

 滝のように汗を流し、体から水分が抜けていくのがわかる。


『四十度。危険な暑さです』

「分かってる。私もこの暑さの中で戦うつもりはないから」

『せめて、他の探索者がここに来るのを待ちませんか。今回ばかりはお嬢様でもパーティーを組むほうがよろしいかと』

「今から潜ったところでここに到達するまで何時間かかると思っているの。最短ルートで敵を全無視しても最低三時間はかかるわよ。それに、偵察は一人のほうが効率的」


”俺達として今すぐ撤退してほしいんですが……”

”今ツウィーターでトライアドちゃんねるが潜ったって呟いてる”

”いやもう間に合わんやろ”

”汗だく美琴ちゃんめっちゃいいんだけど、素直に鑑賞していられない状況なんだけど”

”もうボス部屋入る気満々みたいだし、頼むから戦わずに何がいるのか偵察して即撤退してくれ”


 コメント欄は撤退すべきと、入るなら戦わないでほしいというコメントで溢れる。

 こうしたダンジョン攻略配信を見に来てくれたのは今日が初めてだというのに、優しい視聴者達だなとふわりと笑みを浮かべ、気を引き締めて転送陣を踏んで部屋の中に入る。


 その瞬間、目に入ったのは部屋全体を埋め尽くすほどの深紅の炎と、肌を焼くような猛烈な熱さを感じた。


「っっっ……!?」

『お嬢様! 今すぐ撤退を!』


 瞬く間に水分が失われていくのが分かるほどの灼熱に、美琴は思わず膝を折ってしまう。

 眼球が乾燥して痛みを感じる。しっかりと開けていられないが、とにかく一目でも何がそこにいるのかを目視で確認する。


 そこにいるのは、五メートルほどの体を全て炎で包み、身の丈よりも大きな炎の十字架を右手に、頭には冠のようなものを被っている全てが炎でできている化け物と、その傍らでその炎の怪物を愛おしそうな眼差しで見上げている、真紅の髪をした少女だった。


「あれ、ここに入ってもまだ焼き殺されないんだ。珍しい」


 美琴の侵入に気付いた少女は、振り返ってこてんと首を傾げながらよく通る声で言う。

 その顔は精緻な人形のように整っていて、左の頬には炎のような刺青が刻まれている。


「ん? んんー? あなたもしかして、繝舌い繝ォ繧シ繝悶Ν?」

「な、んて……?」


 おそらく名前か何かを言ったのだろうが、全く聞き取れなかった。


「繝舌い繝ォ繧シ繝悶Ν? 繝舌い繝ォ繧シ繝悶Νだよね? 絶対そうだ。間違いない、間違えるはずがない」

「げほっ……! 一体、何を言っているの」

『お嬢様! 早く撤退を! これ以上は危険です!』


 彼女が一体何と言っているのかを知りたかったが、アイリの言うとおりこれ以上はあまりにも危険なので、撤退を選ぶ。

 ここのボスモンスターではないことは明らかなので、雷速で後ろにある下層へ戻る転送陣に向かって移動する。


「どうして逃げるの?」

「な───」


 雷とほぼ同じ速度での移動だというのに、転送陣目前で真紅の髪の少女は駆けだした美琴に一瞬で追いついて、いつどこから取り出したのか分からない斧槍を振り払ってきた。

 咄嗟に雷薙の柄で受け止めるが、美琴よりも小柄で細いのにどこにそんな膂力があるのか、転送された場所まで弾き飛ばされる。


「んー……繝舌い繝ォ繧シ繝悶Νにしては弱い。でもこの感じは間違いない。まさか……」


 すぐに起き上がって顔を上げると、眼前にはすでに少女がいた。

 今いる場所から転送陣まで、直線距離でおよそ百メートル強はある。

 その距離を一秒未満で移動できるのは、雷の力を使えるからであって、とてもマネできる芸当ではない。なのにこの少女は、同じ速度で移動を難なくしている。


「仕方ない、様子見といこう。イノケンティウス、この子と戦いなさい。弱いようなら、殺しちゃって」


 下手に動いたりでもしたら殺される。殺気も何も発していないのにそう感じ、体を動かせずにいた。

 どうにかしてここから逃げ出さないとと考えを巡らせていると、少女が小さくため息を吐いてから離れていく。

 得体のしれない少女はそのまま深層へ通じる通路の方まで歩いていき、姿が見えなくなると同時に通路が炎で塞がれる。


『お嬢───』

「戦うしかないみたいよ、アイリ。……サポートをお願い。情報が何一つとしてないから、解析して」

『……かしこまりました』


 イノケンティウスと呼ばれた炎の怪人はまだ襲ってくる気配がないので、今のうちにと水筒の中身を全部飲んで補給して、空になったそれを投げ捨てる。


 ここを抜け出すには、あの炎の怪人を倒すほかない。しかもこれだけの灼熱の中で活動していられる時間はそう長くない。

 いきなり手の内の多くを晒すわけにもいかないので、美琴は様子見も兼ねて三鳴を開放して雷を放出する。

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― 新着の感想 ―
[一言] バアルゼブル…どこかで聞き覚えがあるなぁ(すっとぼけ)
[一言] 教皇だ
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