165話 伯爵vs夢想の雷霆超高火力メンバー
「どう、して……」
言葉が出なかった。
モンスターは倒されたらそれっきり。その時の記憶や経験などは一切引き継がれず、全く新しい存在として別の個体が発生する。
それは各階層の守護者たるボスモンスターも同じことで、だからこそ対ボス戦のテンプレートというのが確立されている。
モンスターに生まれ変わりはない。
知識や記憶、経験の引継ぎなども存在しない。それが常識だ。今この瞬間までは。
「どうしてだと? おかしなことを聞くものだな。私が再び私として生を受けたまでよ」
「それがありえないのよ! どうして……どうして、前の個体の記憶まで引き継いでいるのよ……!?」
”おいこれ洒落になんねーぞ!?”
”もしこの記憶継承がこれだけじゃなくて今後もあるとしたら、回数を重ねればその分だけこっちが不利になるってことだし”
”下層の最深域のボスまで確立された対ボステンプレートが、ここからは一切作れなくなるってこと!?”
”いくらなんでもおかしすぎんだろ……”
”これさ、真面目に冗談抜きで美琴ちゃん達以外で深層攻略できる奴いなくなるじゃん”
”そもそもが深層は下層と比べ物にならんレベルの地獄だから、下層ソロ攻略できる奴でも行きたがらない場所とはいえどさあ”
”これでもう深層に挑みたがる探索者でてこなくなるだろこんなん”
”一分間の情報だけでも億単位の価値がある深層でも、ボスがこんなんじゃあなあ”
”テンプレートが作れないんだと、何回かは戦闘方法を変えられるけど、ネタが尽きるともう打つ手がなくなる”
”これ、フレイヤちゃんも下手すると手段がなくなってくるタイプじゃない?”
”いくら大量に頭のおかしい威力の兵装を隠し持っているとはいえど、一つ使えばその一回は次に使えなくなるだろうし”
”美琴ちゃんが深層は魔境だって言ってはいたけど、ここまで魔境なのは反則過ぎる”
”しかも何がヤバいって、六人中三人が戦い方を知られてて、そしてその三人がメイン火力という”
”フレイヤちゃんとリタさんもメイン火力だけど、美琴ちゃんや華奈樹ちゃん、美桜ちゃんみたいなインチキ技はないからなあ”
”インチキ技はないけどインチキ効果の魔導兵装なら持ってるけど、それがこいつに通用するかどうか”
コメント欄も、前回の記憶を保持しているドラキュラは流石に洒落にならないと、大量のコメントを送ってくる。
今までのボスは全く同じ戦い方でも、前の個体の記憶を一切引き継ぐことがなかったためできた。
だからこそ、ボスが一週間して復活した際に大手のクランや一部の実力は探索者が、定期的に倒しに挑んでいる。
繰り返すが、そういったことができたのは記憶と経験の蓄積や継承がないからだ。
今のドラキュラとまみえるまでは、ここに足を運ぶ人間はほぼいないだろうが今までと同じで、戦い方を確率さえさせてしまえばあとは楽になると思っていた。
しかしそれは叶わない。
「さて、能書きを垂れていないで戦いを始めようか」
美琴、華奈樹、美桜の三人の脅威を知っているドラキュラは、最初から全力を出すようだ。
広範囲に赤黒い影を展開して、大量の目玉がついている歪で大きな獣達を呼び出し、本人は甲冑を身にまとって大剣を二本、左右の片手で持って構える。
「諸君、戦の時が来たぞ。諸君、貴様ら好みの柔らかく甘い血肉が来たぞ。血に穢れ、肉に溺れ、爛れ切った私のくそったれな獣畜生の諸君。小さくも大きな、大戦争が幕を開くぞ」
がつんっ! と左手に持っている大剣を地面に突き立てる。
「回避!!!!!!!!!!」
ほぼ同時に、美琴が絶叫するように指示を出す。
知っている美桜と華奈樹は倒れるように前に飛び出し、フレイヤは反射的に護国の王を呼び出して球体状にシールドを張り、リタは超速でその場から踏み込んで一瞬で先に駆けていた華奈樹達を追い抜き、綾人は秘術で真っ先にドラキュラに斬りかかりに行った。
直後に、大量の鋼鉄で太い串が地面から突き出してきた。
発生方法は怪異が使う呪術や魔術と同じだが、使われているものがダンジョン内に実在している物質であるため、今の美琴に傷を付けることができる代物だ。
というより、ドラキュラはド派手な魔術のようなものを使ってこず、ほぼ全て物理攻撃なので美琴との相性はよくない。
雷鳴を轟かせ串を破壊しながらドラキュラに向かって行くと、先に攻撃を仕掛けていた綾人が雑に振るわれた右の大剣を受け止めて、そのまま力づくで押し飛ばされた。
そのまま美琴とぶつかりそうになるが、美琴は減速することなく進み、綾人は秘術を使って再びドラキュラのすぐそばに姿を見せる。
「ほう? 面白い移動方法だな」
背後から現れた綾人の攻撃を、回避行動を取らずに自身の体をすり抜けさせることで回避し、地面から引き抜いた大剣を首目がけて薙ぎ払おうとする。
それを阻止するようにリタが上から落ちてきて大剣を弾き、追い付いた美桜と華奈樹が刀で斬りかかる。
「お前達の戦い方はよく知っているぞ」
美桜ほどの手数はないが圧倒的な技と一撃の重さで攻める華奈樹と、圧倒的な速度と手数とそれを支える技で攻める美桜。
お互いの欠点をカバーしつつ長年の連携によって繰り出される連撃は、技とも言えないただの右の剣の振り下ろし一発で乱されて、その衝撃で体の軽い二人は吹っ飛ばされる。
その二人を飛び越えるように美琴が斬りかかるのだが、美琴の技を知られてしまっているため、後手に回ってしまう。
戦い方を知られている。ただこれだけなのに、恐ろしいほど戦いづらくなっている。
特にこの戦いにおいては必須級と言ってもいい華奈樹の死壊の魔眼は、前回の戦いでドラキュラは脅威認定しているため、今回は前回以上に華奈樹を潰しにかかるだろう。
それを証明するように、ドラキュラは美琴を大きく振るった右の大剣で大きく弾き飛ばしてから華奈樹の方に肉薄し、一回一回の攻撃は大振りなのにその膂力のせいで彼女は体勢を崩し、剣戟から抜け出せなくなっていた。
「お相手は華奈樹様だけではございませんよ」
ドラキュラの背後に立ったリタが大鎌を振りかざしながら言うと、ドラキュラは振り向かずに足元の影から無数の串を飛び出させて攻撃する。
死角からの攻撃で、あわやリタが串刺しにされるかと思ったが、時間でも加速しているかのような動きで射程圏内から外れながら、大鎌でドラキュラに斬り付ける。
華奈樹を逃がさぬようにと展開していた、乱雑な剣の檻がそれで一瞬だけ鈍り、それを見逃さなかった綾人が秘術で華奈樹を救出してフレイヤの近くまで離脱する。
「ぬぅ!?」
影に潜って華奈樹を追いかけようとしたが、フレイヤが何かを上に向かって放り投げると、どういう原理なのか影だけが消失する。
「あなたの影移動は対策済みです!」
「フレイヤさんナイス!」
『……なるほど。影に干渉する魔術ですか。あれがある限りは、この城の中に影ができることはないでしょう』
そんな魔術まであるのかと驚きそうになるが、モンスターや地上の怪異・魔物が使うのは魔術や呪術だ。
怪異が使える術は人間でも使える。ドラキュラが影に潜って移動しているということはそれ則ち影の魔術であり、人間にもそれが使える。
ドラキュラはすぐに、フレイヤが上に投げて落ちずに浮遊している何かが原因だと気付き、それを破壊しようと跳躍して右の大剣を振りかざす。
美琴がそれをさせまいと追いかけようとするが、対策済みだったようで三メートルほどまで近付いたところで殲撃の女王が姿を見せるとほぼ同時に攻撃を仕掛け、撃墜する。
ズダンッ! という音を立てて地面に叩きつけられたドラキュラは、そのダメージがないかのようにすぐに起き上がってもう一度向かおうとするが、今度こそはと美琴が自身の周りに形成した大量の雷の槍を射出する。
その槍は地面から生えて来た無数の金属の串で作られた壁に阻まれるが、あの時よりも魔神に近しくなった美琴の権能は強く、前よりも容易く破壊できた。
「ぐ、ぅ……!?」
前回の記憶とはかけ離れた美琴の権能の力に驚いたのか、ドラキュラは鋭く美琴を睨め付ける。
一瞬だけでも動きが鈍ったので追撃を仕掛けようと突進していくと、反対側から綾人が接近しているのが見えた。
瞬時にアイコンタクトを取り、意図に気付いた綾人は小さく頷く。
「貴様の攻撃など見えているぞ、小僧!」
猛烈な風切り音を鳴らしながら後ろ回し蹴りが繰り出され、綾人はそれをギリギリで回避する。
下段に構えた刀を鋭く振るうが大剣で容易く弾かれ、そのまま脳天目がけて振り下ろされる。
その瞬間、綾人と美琴の位置が入れ替わる。
「何ッ!?」
「雷霆万鈞!」
入れ替わる直前に刀身にまとわせた紫電を、空間を捻じ曲げる斬撃として叩き込む。
ほぼ直進上に綾人がいるので飛ばすことはできなかったので、雷の速度で雷薙を振るうことでゼロ距離雷霆万鈞を食らわせることができた。
体を斜めに両断できたが、しくじったと歯噛みして追撃しようとするが、全身をコウモリに変えられてしまったので離脱する。
「ごめん綾人くん、しくじった」
「ドンマイ、気にすんな。……普通のモンスターだったら確実に死んでる傷だったけどな」
「ちゃんと吸血鬼伝説をそのまま再現しているみたいでさ、心臓を潰さないと倒せないのよ」
「深層だからそうだろうとは思ってたけどマジかよ」
『しかもこちらの攻撃は体を透過させるためほぼ通用しませんし、血の一滴でも吸われたら恐らくその瞬間奴の傀儡に成り下がってしまうでしょう』
「クソゲーじゃん」
『一応伝説上では、自由意思のないグールと呼ばれる怪物に成り下がるのは、非処女・非童貞となっておりますが』
「…………グールになることはないけど、結局あれと同族になるのは嫌だね。それがあいつに適用されているかは別として」
遠回しに、綾人が女性経験ゼロだと知って、顔が熱くなっていくのを感じる。
余計なノイズを追い出す様に頭を軽く振って意識を切り替えて、雷薙を強く握って踏み出す。
いくら戦い方を知られているからとはいえ、攻撃全てが雷速だと対処はできないだろう。
そう思って体に雷をまとわせながら攻撃を仕掛けると、いくら怪物代表のドラキュラでも厳しいようだ。
両手の大剣を軽い枝のように振り回すことができるほどの膂力を持っていても、動き全てが雷速だと追い付かない。
距離を取って冷静になってから動きを注視して、動き出しを確実に潰しながら自分だけが攻撃を仕掛けられるようになる。
京都にいる時に散々霊華に教えられた、最速の後の先を狙う戦法。
一番効くのは人間だが、人ではなくとも人と同じ知性を持つ相手にも同じくらい有効らしい。
「面白い技だな! そら、もっと見せてみろ!」
ドラキュラの攻撃手段は剣だけじゃない。
影を広げられなくなり、新しく歪な獣達の召喚は不可能になったが、それ以外の攻撃手段である鋼鉄の串がある。
分かりやすく剣を突き立ててから串を生やしていたが、案の定そんなことをしなくても自在に地面に限らず色んな場所から突き出させることができるようだ。
今のところ地面や壁、天井から連続で生やしてきているが、予想外な場所からも生やせるかもしれないので警戒しておく。
ないとは思うが、直接対象の体内から串を生やすなんてこともあり得るかもしれないと、頭の片隅に置いておく。
今はとにかく、どんどん力が増していっているドラキュラの意識を、自分に向けさせ続けなければいけない。
『お嬢様、合図をしましたら左に避けてください』
強烈な金属の衝突音を城の中に響かせていると、右耳のピアスのスピーカーからアイリが指示を出してくる。
どうしてなのかと疑問に思ったが、すぐに『今です』と合図を出したので左に避ける。
直後に、美しい白銀色の光線が通過していき、ドラキュラを捉えて吹っ飛ばして壁に激突させる。
見なくても分かるがとりあえず振り返ると、砲口付きのランスから硝煙を上げているフレイヤが目に映った。
彼女が何かしたのは見なくても分かっていたが、何をしたのかが皆目見当もつかない。
だがドラキュラに有効打を与えたのも事実なので、それを知るためと仕切り直すためにフレイヤのところまで撤退する。
「今何をしたわけ?」
「ドラキュラに限らず全てのアンデッドの弱点である純銀で作った砲弾を聖水に浸した上で法儀式を施したものに、同じくアンデッド特攻属性の聖属性を付術したを撃ち込みました。真祖にどれだけ有効かは分かりませんが、少なくとも下層のアンデッドであれば直撃すれば即消滅、掠めるだけでも致命傷になります」
案の定よく分からないことをやってきたようだ。
「その聖属性って言うのがよく分からないんだけど」
「簡単に、アンデッド特攻や浄化の力があるものだと思ってください。あれといずれ戦うのだと思い、それを増幅させる魔導兵装を用意しておいて正解でした」
バシュウウウウウウウウ!! という音を立てて排熱しながら、砲弾を失った薬莢が飛び出て地面に落ちる。
あらわになっているスライドに、フレイヤが同じものなのか銀色で弾頭に幾何学模様の描かれている砲弾を差し込んで、次弾を装填する。
「前に使っていた、弾倉付きのものじゃないんだ」
「深層のモンスター相手に有効打を与えられるほど出力を上昇させるには、一度に撃てる数を減らさないといけませんでした」
「制誓呪縛と同じものね」
「魔術ですと制約魔術ですね」
そう言いながら、着ているアテナの戦鎧がいきなり先ほどの光線と同じ白銀色の花の装飾が彫られている鎧に変化する。
美琴は見逃さなかったが、人間であれば視認できない速度で下着を除いた全ての装備が分解されるように消えて、すらりと長い足を白のタイツが覆って行き、上半身を黒のインナーが覆ってその上に鎧が構築されるように現れた。
雷を使った自己強化による情報処理速度の強化のおかげで、こんな時でもフレイヤの刹那の変身を見逃さなかった。
「……」
「なんですかその顔」
「変身が全部見えちゃってすごく申し訳ない気分なのと、その鎧は一体何なんだろうって言う疑問が入り混じった顔」
「な、なんで見えるんですか……」
美琴だけにほんの一瞬だけとはいえ下着姿になったのを見られたフレイヤは、ほんのりと顔を赤くしながら右手に持つガンランスを構えなおす。
よく観察すれば、さっきの砲弾の弾頭に刻まれていたものに似た紋様が刻まれているので、この鎧そのものがアンデッド特攻となっているのだろう。
フレイヤのことなので、どうせ同じ属性の魔術の威力を数十倍から最大で百倍以上に跳ね上げるとかの機能を付け加えていそうだが。
「悪しき人は轟く雷鳴に恐怖を抱け。私は高き館の主なり」
余計なことを考えるのは止そうと頭を振り、神性開放の最後の部分だけを唱える。
美琴の力が膨れ上がるのを感じるが、現時点で唱えられる全文詠唱と比べるとその上昇幅は少ない。
頭から左右で長さの違う角が生えてきて、両腕にガントレットのように鱗が生えてくる。
「器用なことをしますね」
「この配信の前にバアルから聞き出したのよ。呪文を唱え切らずに神性を開放すると、その一部だけがこうして使えるようになるって。こっちの方が負担も少ないから、使える時は積極的に使って行かないとね」
体が軽くなり奥底から力が湧いてくる。
体の調子を確かめていると、吹っ飛ばされたドラキュラが舞い上がっている土煙の中から姿を見せる。
「今のは流石に少し効いたぞ、小娘。そこの魔眼持ちの小娘だけではないのだな」
フレイヤの攻撃が直撃した脇腹部分は酷くえぐられており、赤黒い血がぼたぼたと落ちている。
先の攻撃がアンデッドに有効なのは確かなようで、再生をしているのだが明らかにそれが遅い。
この戦いにおいてドラキュラを仕留められるのは、どんな状態であろうと確実に殺せる華奈樹と、特効兵器を大量に有している(かもしれない)フレイヤが鍵だ。
「フレイヤさん、全力で行くわ」
「では私はサポートでしょうか」
「いいえ、あなたも思い切りやっちゃって。このお城が壊れたってかまわないから、とにかく全力で」
「Yes, master」
そう言うと彼女の顔にフレームのないゴーグルのようなものが現れる。
「マスターはやめなさいってば」
美琴はそう言いつつもふわりと微笑みを浮かべながら、強烈な雷を走らせる。
フレイヤも、言われたとおりに全力を出すのかすさまじい量の魔力を漲らせる。
そして響くのは、一つの何かが砕けるような音と、一つの雷鳴だった。




