164話 二度目の邂逅
深層に潜ってから数時間。
美琴達は埋まっていないマップを埋めるようにあちこち歩きまわり、時にはモンスターとの戦闘を行い、核石と素材を回収しながら進んでいった。
華奈樹と美桜、フレイヤとリタは美琴と違って行っても下層の最深域までだったし、綾人に至っては登録したての新人。
全員大分余裕を持って深層に挑めるというぶっ飛んだ実力を有していても、一体一体のモンスターの強さは下層の比ではないし、小型のモンスターも下層であれば余裕で生き残れる程度に強く、数も多い。
美琴の幼馴染組は退魔師や呪術師として、多くの怪異と戦ってきたという経験を持っているし、フレイヤ達も下層を余裕で踏破できる実力者ではあるが、下層よりも広大なフィールドに大量のモンスター、慣れない場所と危険な場所であるがゆえに続けざるを得ない警戒で、大分疲弊が蓄積していっていた。
「どうする? 今日はもうここまでにする?」
疲れた様子で大きな岩にもたれかかっている綾人の顔を覗き込みながら、心配そうに言う。
「まだもうちょい行ける……って言いたいけど、思った以上に疲れがたまっているっぽい。これ以上無茶して進むと、洒落にならない足の引っ張り方をしそうだ」
「それは私も同感ですね。回復特化魔導兵装があるとはいえ、精神的な疲れというのはそう簡単になくせるものではありませんし」
「てっきり、フレイヤ様は一人でも進み続けると言い出すのだと思っていました」
「流石にそこまでではありませんよ。研究のことになると周りが見えなくなるのは自覚していますが、狂科学者というわけではありませんから」
”ほんとにぃ?”
”やばい威力の新作兵装のテストの時に、目を輝かせていたことをおれ達は知ってる”
”深層に来て真っ先に、あの音響兵器ドラゴンと真っ向勝負しに行ってそれはないでしょ”
”自分の兵装の性能を確かめるために、深層の大型ドラゴンに挑む時点で十分マッドですよお嬢さん”
”美琴ちゃんもさ、考え方とか時々ぶっ飛んでる時あるけど根っこは清楚で、行動原理も両親への親孝行って言う家族思いな優しい子だからまあ、どうにか受け入れられるけど、フレイヤちゃんは行動全てが兵装開発のためって言う色んな意味でヤバい子だから”
”そしてその目標が魔法のこもっている神の鍵を自力で作ることとかいう”
”フレイヤちゃんが加わると、美琴ちゃんの(一部行動や言動を除いた)常識人っぷりが際立つ”
”先週くらいに作業配信やってた時に、面白い組み合わせを見つけたとか言って危うく研究部屋消し飛びそうになったのを忘れないでねフレイヤちゃん”
”その後で床に正座させられてリタさんにお説教されてたの面白かったなあ”
”終わった後にしゅんとしてて、叱られた犬みたいになってたのも高得点”
”怒りすぎたってスコーン持ってきたら一瞬で機嫌直したのも追加で”
”一部の行動だけ見ると普通なのに、繋げるとおかしくなるって最高に意味分からん(誉め言葉)”
”気になることを試さずにはいられない。それが科学者という生き物だってフレイヤちゃん言ってたなあ”
「ちょっと、余計なことは言わなくていいですっ」
フレイヤの配信は、クランメンバーになってからは可能な時は見るようにしているのだが、美琴が見ているフレイヤの一面はほんの一部だったようだ。
興味あることを試そうとして部屋が消し飛びかけるとか、一体どんなものを作ろうとしていたのかが無駄に気になって仕方ない。
そんなフレイヤの一面を、フレイヤの配信画面に映っているコメントを見て知って、稀に行く社交界で稀に会う友達から一緒にダンジョンに行く友達にグレードアップしていても、まだ知らないことが多いなと苦笑する。
「うーん、じゃあ今日はこのまま終わっちゃう? 正式な深層攻略はこれで三回目で、大分マップは埋まったし多少のモンスターの分布とかも知れたし」
「そうしたいのは山々だけど、どうせなら最後に一つデカいのに挑みたい」
「……綾人くんが今考えていること、すぐ分かったんだけど」
「私もです。綾人、流石に少し無茶だと思いますよ?」
「あれに挑みたいという気持ちはまあ分からんでもないが、疲弊している状態で挑むのは危険じゃ。ここは一度引いて、次ここに来た時に直行すればよいじゃろう」
「いや、行ける。少し休んだらだけど」
綾人が言ったデカいのに挑みたいとは、図体が大きいモンスターに挑みたいではなく、ここのボスに挑みたいという意味だ。
深層上域のボス、遠くにあるのになお大きく圧倒的存在感を放つ城にて待ち構えている、不死身の夜の怪物、ドラキュラ。
不死身という名に恥じない不死性を有しており、神性開放習得前だったとはいえ封印が壊れ常時全開状態の美琴でさえ、決定打に欠けた。
あの時はマラブという未来を予知してそれを高速で相手に伝えることができる魔神がいたから、大きなトラブルこそあったが仕留めることができた。
しかし、今彼女はライセンスを剥奪されてしまっているためダンジョンに潜ることはできないし、そもそも戦闘向きではないためここに潜ることを元から極端に嫌っている。
もしライセンスを剥奪されていなかったとしても、美琴のお願いでもダンジョンには行きたくないと駄々をこねていただろう。
「私は綾人さんと同じ意見です。カウント・ドラキュラ……。不死者の王、血啜る夜の怪物、ヴラド・ツェペシュ……。その不死性がどのように作用しているのか、実に気になります」
「綾人くんはシンプルに、強いのと戦いたいってだけだと思うんだけど」
「フレイヤ様はいつだって、未知に対して強い好奇心をお持ちですから」
「……まあ、せっかく配信もしているから挑みたいって言うなら別にいいけど、今からあそこに行くとなると大分時間かかると思うわよ?」
「それに関してはご安心を。こういう時のために、大人数を一斉に運ぶ魔導兵装も用意してきましたので」
そう言ってフレイヤは、二百メートルほどの長さ、数十メートルほどの高さの鈍色で武骨で飾り気のない巨大な乗り物を出した。
その乗り物はどこをどう見ても空母で、船体の左右に二つずつの計四つのプロペラが付いていて、ただの空母っぽいなにかではないのは確かだ。
「特に名前も決めていませんが……この際方舟とでも付けておきますか。ここからこれに乗れば、十分もしないであそこに行けますよ」
「便利ねえ、それ。最初からそれがあったら多分ものすごく楽だったんじゃないかしら」
一回目の深層攻略の際に多くの犠牲者も出したし、危険なモンスターとの戦闘もこなさなければいけなかったし、何より野営するのに安全地帯を見つけ出さなければいけなかった。
方舟の強度がどれほどのものかは知らないが、フレイヤが作ったものだ。そう簡単に壊れるようなものではないのは確かだろう。
「そうは言いますけど、これただの移動用に作ったのであるとしてもシャワーと仮眠用ベッドくらいですよ」
「ダンジョン攻略するにおいては十分すぎるわよ」
特に若い女性にとって、シャワーだけでも浴びられるのは非常に助かる。
前回は水浴びすらできずにいたし、こうして人目を遮ってくれるものの中で体を清められるのは大きすぎる。
とりあえず、ドラキュラに挑むために方舟に乗り込んで、全員の体力の回復のために運航速度を遅くしてもらって、三十分ほどで着くようにしてもらった。
外のモンスターはどうしようかと思ったのだが、きちんと対策済みだから美琴も休んでいていいと言われた。
お言葉に甘えて仮眠室に入って少しだけ体を横にしようとした時に、外から砲撃音が聞こえてきたので、もはや爆撃機か何かの間違いではないかと思った。
♢
三十分後、方舟はドラキュラ城の近くで停止して、地面に降りた。
一時間もない短い時間だったが、仮眠を取れただけでも大分調子が違う。
問題があるとすれば、アイリが仮眠中の美琴をしっかり配信に映してくれていたことで、起きた時に恥ずかしさで悶え死ぬところだった。
急いでその三十分間を遡り確認したが、妙なアングルからの撮影はしておらず下着が映り込むなんてことはなかったので、そこだけは安心した。
ドアップで自分の寝顔が映っていたのは許せなかったが。
「なんで仮眠中も配信していたのよ」
『配信を切るように言われませんでしたので。それに配信を切ってしまうのはもったいないと判断したからでもあります』
「だからって寝顔を映す必要なかったよねぇ!?」
『眷属の皆様には非常に需要があったようですが』
「もうこの人達は私がやること全てに需要を見出す変態さんだから」
”寝顔可愛かった”
”もう最の高です家宝にします”
”寝顔が可愛すぎて三十分間ずっとスクショしててフォルダがヤバい”
”美少女の寝顔と寝息は万病に効くって言うデータが大学から出てる”
”美琴ちゃんって、寝る時左向きで寝るんだね”
”横向きで寝るもんだから、立派なメロンが寄って目に猛毒だった”
”はだけるんじゃないかってはらはらしたけど、超速戦闘中でもはだけないんだから平気という結論に至ってからは、安心してガン見できた”
”いつかただ美琴ちゃんが寝ているだけの配信とか動画出てもいいよ”
”言葉も何も発していないのに、その三十分間ずっとコメントの濁流で笑ってたわwwwww”
”何人かもっと下の方から映せって言ってる変態いたな。速攻で捕捉されてBANされてたけど”
”ぶっちゃけ美琴ちゃんがどんなパンツ履いてるのかは気になる”
”前に美桜ちゃんが大人なものって言ってたから、個人的には清楚な見た目に反して黒のレース付きのエロイものと予想”
”写真集とかまた出す時にガーターベルト着けてくれてもええんやで?”
”リタさんの初期のメイド服と衣装交換でも可”
「絶っっっっっっっ対にしないから」
「女の子の配信には変態が湧くってよく言われてるけど、マジなのかよ」
若干寝ぐせのついている綾人がコメント欄を見て、口元を歪めながら言う。
『大部分は悪ノリですが、中には本物もございますね』
「なんとなく悪ノリとそうじゃないものの区別はつくけど、変態が幼馴染にセクハラコメントを送っているって思うと、あまりいい気分じゃないな」
「ありがとう綾人くん。そう言ってくれるだけでもとても助かる。……それより、寝ぐせついているわよ。ちゃんと直しなさいよ、もう」
後ろにいた綾人の方を向いて、寝ぐせのついている右側頭部に手を伸ばして、思っているよりも柔らかい髪を撫でながら直す。
昔からよく寝ぐせがつきやすくて、お昼寝をした後とかはいつもこうして直してあげていたなと、懐かしくなる。
あの時は綾人の方が小さくてやりやすかったが、すっかり身長は逆転しているし、幼馴染とはいえ男女であるため少しやりづらかった。
「はい、直った」
「……さんきゅ」
「どういたしまして。次はちゃんと自分で直しなさいよ?」
「……おう」
少し気まずそうに目を逸らす綾人。
美琴も、配信中に何をやっているのだと軽率な行動を恥じるが、綾人に寝ぐせがあるままボスに挑ませたくなかった。
「華奈樹さん、美桜さん。あの二人って付き合っているわけじゃないんですよね?」
「フレイヤさんにもそう見えますか」
「そう思われてもおかしくないくらい距離が近いが、あの二人がまたまともに話すようになったのはクリスマス当日からじゃからのう。そこから一気に関係が進展するなんてことはないじゃろ」
「つまり、ただの男女の幼馴染であるにもかかわらず、あんな行動を取っていると」
「これは……付き合い始めたらすごいことになりそうですね」
「少なくとも、独り身男子にとって最高火力の爆撃になるでしょうね」
離れたところで他四人が集まってひそひそと話しているが、聞こえていないと言い聞かせる。
コメント欄も、主に綾人への嫉妬コメントが爆速で流れていくが、これも無視する。
妙な気まずい空気が流れたが、それを振り払うように入念なストレッチを行い、方舟を降りてから十分経ってからドラキュラ城の巨大な門に触れて開ける。
重い音を鳴らして扉が開き、美琴達は城の中に足を踏み入れる。
視界に広がるのは、数か月前と変わらない謁見の間のような飾り付けがされている広い空間。
思い出すのは、ここで命を落としてしまった、地上に戻るまでは名前を知らなかった探索者達の顔。
今回は少数精鋭だ。華奈樹は最強の退魔師で、美桜も華奈樹に次ぐ実力者。
綾人は美桜ほどではなくとも呪術師の中ではかなり上位に位置する実力を持っているし、フレイヤもリタも深層では十分以上に戦える。
現状、美琴のクランにいる最高火力を集めているパーティーだ。怪我こそするかもしれないが、犠牲者は出ることはないだろう。
薄暗い広間を進んでいくと、玉座のような豪奢な椅子に腰を掛けて、頬杖を突いている人型のモンスターが見える。
美琴もまだ、一度しか戦ったことのないモンスター、ドラキュラ・ヴァンパイア。
数十メートルまで近付くと、ドラキュラはふっと顔を上げて美琴達を見て、少しだけ驚いたような顔をする。
「ほう。また随分と久方ぶりの来客かと思えば、見知った顔が三つもあるな」
呼吸が、止まった。
ドラキュラの言っていることが、理解できなかった。
いや、頭では理解はできている。でも、心がそれを否定している。
華奈樹と美桜も、あり得ないと目を見開いている。
しかし、続いた言葉が、美琴達の否定を否定する。
「幾月ぶりだな、雷神バアルゼブル。今日は随分と、取り巻きの数が少ないのだな」




