163話 秘密を知るのは
グラウンドワームとの戦闘を終え、連戦を避けるために偶然見つけた安全地帯まで退避した美琴達。
そこに着くなり、美琴は早速あの砲弾について聞くことにした。
「それで、フレイヤさん。二体目のグラウンドワームを一発で倒したあの砲弾、私の勘違いじゃなければ正の魔力が込められていたんだけど、あれは一体どういうことなのかしら?」
正の魔力、正の呪力を自力で実戦まで練り上げることができる人間は存在しない。
通常の負の感情を用いて変換するよりも数億倍も効率が悪く、四等にも満たない程弱く階級すら与えられていない怪異を倒すこともできない。
かつて世界中の術師や研究特化の魔術師が総出で正の力を実戦レベルに持っていくための研究を行い、国もそれを全力で支援して何百億というお金が出資された。
それでもなお成果を出すことができず、最後まであがき続けた一人の研究者が、効率は通常の数億分の一という結論を叩き出した。
そんな、実質不可能とまで言われた正の魔力の実戦運用を、フレイヤは可能にしてしまった。
これは世界中の術師達が望み続けてきた偉業に他ならず、美琴とフレイヤの配信を通して世界中に発信されたことで、戦闘が終わった今でも配信画面がカク付くほどの盛り上がりを見せている。
「……美琴さんの言う通り、あれは正魔力を弾頭に込めたものです。開発した……とは、とても言い難いものですが」
「それはどうして?」
するとフレイヤは、先ほどのガンランスで使った空薬莢を取り出し、それを美琴達に見せる。
「確かに私は、この深層攻略の前に正魔力を実戦レベルまで持っていくことに成功しました。ただ、意図的にできたのではなく、全くの偶然だったのです。しかも余程運がよかったのか、同じ方法で作ろうとしてもあの一発以外は全て失敗しました」
詳しく話を聞くと、そもそもフレイヤは全く別のものを作ろうとしていたらしい。
元々は対象にゼロ距離で打ち込んで、内側で炸裂させる徹甲榴弾的なものを作ろうとしていたのだが、最後の最後で集中を切らして間違えてしまったそうだ。
これは失敗したなとジャンクとして処分しようとしたところ、普段から感じている魔力とは正反対の感じのする魔力を感知し慌てて調べたところ、正の魔力を帯びた怪異特攻の砲弾となっていたそうだ。
正の魔力や呪力は人力で生み出すことは不可能。
今いる安全地帯の正エネルギーを利用しようと思っても、普段使っている魔力がこれとは正反対なことも手伝って不可能。
それが今までの常識で、フレイヤも幾度となく魔導兵装で正の魔力を作れないか試したが、ことごとく失敗していたため不可能という結論に至っていた。
それなのに、たった一発の砲弾だけとはいえそれの製造に成功した。
たとえそれが全くの偶然だったとしても、紛れもない偉業そのものだ。
”ついに怪異特攻兵器を引っ提げて来たかと思ったけど、一発だけだと知って安堵したことに驚いた”
”一発だけの切り札だったとはいえ、正魔力を怪異に効くレベルまで込められたのがイレギュラーすぎる”
”《The British Magic Association》:£261:We will cooperate fully, so could you please make the same thing again?”
”《The British Magic Association》:Please, please, I beg you”
”イギリス魔術協会まで張り付いてたのかよこの配信wwwwwwwwwwwwww”
”ワールドワイドすぎるチャンネルだなあ”
”つかコメントする場所ミスってるミスってるwwwww”
”美琴ちゃんも英語読めるっぽいけど、送るんだったらフレイヤちゃんのチャンネルでしょ。フレイヤちゃんも配信してるんだしそっちに送ってあげなよ”
”フレイヤちゃんの配信二窓してみてたら、同じ内容のスパチャとコメントが送られてきてコーラ吹いた”
”ちなみに要約すると、サポートするから同じもん作れ”
”大分無茶なこと言ってる自覚あるかって聞きたいけど、フレイヤちゃんだからできそうな気がしてならねえ”
”大体何でも魔導兵装でできちゃうフレイヤちゃんでも、あの砲弾だけはマジでただの偶然でできたくらいだし、やっぱり不可能なんじゃない?”
”たった一つの例外ができてしまったからぐっちゃぐちゃになってもう訳分からん”
”掛け算みたいに魔力や呪力を掛け合わせてやれば行けるんじゃないか説もあったけど、結局それも否定されてたしなー”
”ますますどうしてフレイヤちゃんができたのかが謎過ぎる”
”謎が謎を呼ぶ”
「あれができた時はすぐ近くにリタがいたくらいしか、違いがないんですよね」
「紅茶とお茶菓子を持っていきましたね。あの時わたしは、フレイヤ様が何を作っているのか知りませんでしたが」
「他に何か思いつくことはある?」
「うーん……」
顎に手を当てて深く考え込むが、一分近く考えた末に分からないと頭を振る。
「魔力も呪力も負の感情を火種に、霊気……魔術だと大魔だっけ? から生成される。正のエネルギーは名前の通り真逆のものだから正の感情から作れなくはないけど効率は死ぬほど悪い。……一度作ったのをそのまま反転させる……は無理か。もう変換しちゃってるんだし」
綾人もどうしてできたのかを考えるが、結論と呼べるほどの答えを出せない。
「美琴はバアルゼブルの記憶があるのですから、そこから何かを知ることはできませんか?」
「権能は魔術や魔法と違って魔力も大魔も全く関係ないからなー。魔神としての記憶や知識は豊富でも、それ以外は全く」
権能は魔神が力尽きるまで無尽蔵に行使することができる。
魔法使いも地球から溢れる大魔を好きなだけ使えるが、それとはわけが違う。
魔神の知識は非常に豊富だ。戦いなどで非常に役に立つものから、なぜ覚えたのか閨での過ごし方まである。
そんな膨大な知識を持っているバアルゼブルでも、正のエネルギーの作り方を知らない。
「バラムも流石にそれは知らないからなー。他に誰か知ってるのいたかしら」
「うわぁ!? い、いきなり出てこないでくれる!?」
美琴も乏しい術の知識を総動員して考えていると、いつの間にか左隣に出てきていたバアルに驚く。
「だって暇なんですもの。戦いになったら引っ込むけど、それ以外ではこうして出て来たっていいでしょー」
「ならせめて出てくる時に一言言って頂戴。本当にびっくりしたから」
「えへへ、ドッキリ大成功ってやつ? あ、そうだ! モラクス! モラクスならもしかしたら知ってるかも」
「モラクス? モラクスって、二十一位の大地の魔神の?」
ソロモン七十二柱の魔神序列二十一位、大地神モラクス。
序列こそ二十番台になっているが、その実力は全盛期バアルゼブルにあと一歩及ばないとはいえ、魔神最上位に位置する最強格の武神の一柱だ。
彼は天文学や薬草学、宝石に詳しく人間には友好的な魔神でもあるため、魔神全盛期の時代は人間社会に溶け込んで天文学についての講義をしたり、薬草などで怪我や病気の人を手当てしたり、宝石を自分で掘って宝石商をこっそり営んでいたりしていた。
知識の量は魔神随一で、もう一柱の知者の魔神であるブエルすらモラクスの膨大過ぎる知識量に感服していたほどだ。
確かに魔神随一の知識神である彼を訪ねることができれば、もしかしたら正エネルギーの生成法を知ることができるかもしれない。
しかし、美琴は現在善性側七割程度しか覚醒していないこともあり、一目見ただけで魔神であると見抜くことはできないし、そもそもモラクスが現代に蘇っているかどうかすらも分からない。
「その、モラクスという魔神にさえコンタクトを取ることができれば、この問題は解決するのでしょうか」
「あくまで多分、だけどね。彼は私達の中で一番知識を持っているから。バラムが戦いから逃げて知者の魔神になったのだって、モラクスが色々と知識を詰め込んだからだし」
「権能があんなものだからだと思ってた」
「それもあるけど、モラクスに教えてもらったことの方が大きいかしらね」
「ちなみに、彼って言っていたけどモラクスは男なのか?」
「そうよ。今のところ美琴と関わっている魔神みんな女の子だけど、ちゃんと男もいるわ。バルバトスとかも男だし、他にも男の魔神はちゃんといるわよ」
”魔神はみんな女の子じゃないのか……チッ”
”百合百合魔神だったらどれほどよかったか”
”でも今のところみんな女の子なんだし、実質百合魔神(?)”
”大地の魔神とか、もう強くないわけがない”
”四大元素系は魔術でもクソ強いからなあ。それが魔神規模……考えたくもねえ”
”新しく大地創成をやってきても驚かん”
”宝石に詳しいってあるから、そこから派生してマジもんの宝石を権能で作り出しそう”
”その理屈で行くと薬草学から派生して、治癒能力も持ってることになるぞ”
”神血縛誓で無理やり傷を治してるのを美琴ちゃんで見てるけど、モラクスはそれすら必要ないとかバケモンすぎる”
”不死身のフェニックス、ぶっ壊れ権能持ちベリアル、治癒能力持ち大地神”
”天文学にも詳しいから星関連の攻撃もしてきそうで超怖え”
”マラブさんモラクスに色々と教えてもらってたのか”
”昔のマラブさんがどんな姿だったのか気になって夜しか眠れん”
”バルバトスもどんな魔神なんだろう”
”気になるのが多すぎて困る”
「モラクスがいるかどうかは、地上に戻った後でマラブさんにでも聞いてみるわ。あの人の権能ならいるかどうかを知ることはできるだろうし」
「そのほうがいいかもね。バラムはモラクスに恩があるし、今の肉体の律義さもあって協力はしてくれるでしょ」
「フェニックスとベリアルとの縛誓で私には協力せざるを得ないんだけどね」
「それは過去のバラムの所業の数々が悪い」
「それは……擁護できない」
昔はかなりの性悪だったのをバアルの記憶から知ったので、擁護のしようがない。
それでもまだフルフルに比べると何千倍もマシというのだから、恐ろしいものだ。
とりあえずそれらは全て地上に戻ってからの話なので、ここでは一旦その話を終わりにする。
未知を解明する研究者気質が強いフレイヤは早く知りたくて仕方がないといった様子だったが、自分の欲と今やるべきことを天秤にかけて、この先に進むと言った。
まだ未開拓領域が多すぎるので休憩もそこそこに、美琴達は引き続き深層探索を進めていく。




