162話 大地を食らう蚯蚓
ドラゴンの素材をフレイヤに持たせておくと、隙あらば観察しそうだということで、大事そうに抱えていた素材をリタに一旦没収してもらい、先に進む。
没収する時に泣きそうな顔をしていたが、数時間だけではなく長い間潜っていられるとはいえ、時間は限られているからと説得することで納得させた。
もちろんフレイヤ本人は納得しきっていなさそうな様子だったが、全身触手の気持ち悪いモンスターが現れた瞬間目を輝かせて表情を明るくしたので、多分それで不満は消し飛んだだろう。
「じゃあその魔導兵装は、着用者の身体能力の上昇だけじゃなくて、いくつもの武装が内蔵されているんだ」
「はい。先のドラゴンとの戦いでいくつか武器を使っていたのを見たと思いますが、あれは魔力を武器の形に押し固めて作ったものなんです」
粘液を巻き散らす触手モンスターとは戦いたくなかったので、またフレイヤが戦いたいと申し出てくれたので任せて戦ってもらった後。
歩きながら美琴は、フレイヤの着ている鎧型魔導兵装の性能について説明を受けていた。
身体強化の性能はドラゴンをアッパーで上に殴り飛ばすくらいなので特に説明は必要なかったが、それ以外の若干透けて見える武器などは皆目見当もつかなかった。
フレイヤ曰く、あれは魔力を圧縮して作ることで耐久値という概念そのものを取り払い、攻撃力や出力などは手のひらに収まる大きさのグリップ型魔導兵装で、攻撃の瞬間に爆発的に高めているらしい。
そのグリップは鎧型魔導兵装「アテナの戦鎧」の中に内蔵されていて、一度に使用できるのは二つまでで、どちらに出力を偏らせるかなどの調整を行う機能が備わっているそうだ。
”もうフレイヤちゃんが何言ってんのかなんも分からん”
”魔力を圧縮することで武器を作ります→そういう魔術があるから分かる
攻撃の瞬間に破壊力とかを爆発的に上昇させます→分かる
人間である都合上一度に使えるのは二個までで、鎧はいわゆる制御装置みたいなもの→分かる
武器そのものは魔力でできているから耐久値という概念がありません→分からない”
”そこだけが意味不明すぎて一生はてなが浮かぶ”
”美琴ちゃんもなんか理解するのを放棄してそうな顔をしてる”
”このパーティーメンバーの中では、多分フレイヤちゃんの次に頭がいいであろう美琴ちゃんでも理解しきれないのか”
”強度という概念がない攻撃力ぶっ壊れ武器とか、世界中の探索者が喉から手が出るほど欲しいだろうな”
”しかも何が怖いって、使用者が使う魔力は起動させる分だけで、それ以外の魔力は全部大魔を使うってこと”
”神の鍵を目指して魔導兵装作ってるって言うけど、発生する事象が魔術になっちゃうだけでそれ以外はまるきり神の鍵と同じなのが一番の恐怖”
”こんな火力のおかしい兵装には、魔力切れという概念がない”
”それが一番の恐怖”
”しかも普段はリミッターかけてて、それを外すと威力が更に跳ね上がるという”
”もうフレイヤちゃんの魔導兵装魔神倒せるだろwwwwwww”
”魔神だから魔術と魔法は効かないけど、魔術で作った物理攻撃だとどうなんだろう”
”魔術(物理)という矛盾”
”本人の能力を数十倍に底上げする奴の方が、魔神的には怖いだろうな。物理攻撃では殺されるらしいし”
フレイヤのアテナの戦鎧の説明を聞いていた視聴者達も、もう困惑するしかないのか変に盛り上がってコメントが大量に流れていく。
魔術と魔法以外での攻撃、物理攻撃と権能での攻撃であれば魔神には有効で、フレイヤは魔術師なので魔術は効かない。
だがあの数々の破壊力のおかしい魔導兵装を作っているフレイヤのことだ。いずれ魔神戦に巻き込まれた時ようにと、物理特化のものを作っていてもおかしくないし、何なら戦鎧内蔵のあの武器も構成しているものが魔力なだけで、手段は物理だ。
よく魔神を倒せるのではという話が出てくるのだが、深層でここまで大暴れしているのを見ると冗談では済まされなくなってきた。
「もし魔神が襲ってきても戦えそうなのが怖いわ」
「流石に魔神は無理ですよ。攻撃力ならば有効打を与えられるかもしれませんけど、あの速度で動き回る魔神相手にまともに戦える気がしません。防戦前提なら、多分どうにかなると思いますが」
「防戦でもある程度どうにかなるのもおかしいけどね」
魔法よりも上の権能を、ノーリスクで連発してくる魔神。
身体能力も、一部の例外を除いて神性開放前の段階で人の限界を遥かに超えており、恐らく魔術による強化を施してもなお魔神には届かないだろう。
それに加えて権能によってさらに強化も加えてくるので、どうあがいても人間である以上魔神とはまともに戦えない。はずなのだが、それをどうにかしてしまうのがフレイヤの魔導兵装だ。
何度も、実はフレイヤも魔神なのではなかろうかと思ったのだが、美琴の中にいるバアルは何も言ってこないし、どうにもそんな感じはしないので毎回違うと結論付けている。
「……む? 美琴、モンスターが来るぞ」
「美桜の聴力も人のそれを外れているわよね」
聞こえてくるのは風の音や、遠くに聞こえるモンスターの声だけ。
一体何が聞こえているのだろうかと思いつつ、雷薙を取り出して構える。しかし、足音などが聞こえない。
「ッ!? 下じゃ!」
「綾人くん!」
「おう!」
微かに足元から振動を感じた瞬間、美桜が下から襲撃されると言葉短く警告し、美琴が綾人の名前を叫ぶ。
すぐに意図を理解してくれた綾人は地面にしゃがみ、両手で複雑な印を結んで両手を地面につけ、全員が入り込むほど大きな呪印を地面に刻む。
振動が一気に近付いてきた瞬間綾人が秘術を発動させて、彼が視線を向けていた先にあった塔のようなものの上に瞬時に移動する。
その直後、轟音を立てて地面から何かが飛び出してくる。
もうもうと土煙が上がり姿が隠れて見えなかったが、瞬時に美琴達を捕捉したのか自ら土煙の中から飛び出してくる。
そのモンスターは見た目は真っ赤なミミズだが、横幅だけでも十メートル以上もあり、美琴達に向かってきている口の方には無数の鋭い牙がびっしりと隙間なく生えている。
あんなものに食われたら想像を絶する痛みを味わいながら死ぬのだろうなと背筋を震わせ、雷薙に雷をまとわせてから砲撃するように放つ。
フレイヤも槍の形をしているが砲口の付いている兵装を取り出し、美琴の攻撃に合わせて引き金を引いて砲撃する。
牽制するように放った美琴の雷が直撃し体の表面を焦げ付かせミミズモンスターは、地面に倒れる前にフレイヤの砲撃の直撃も受ける。
「ギィッ、ギィイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」
雷神の雷とぶっ壊れ魔導兵装のダブル砲撃を受けたモンスターは地面をのたうち回り、周りにある建物を破壊していく。
「綾人くん、あれなんて言うモンスターか分かる?」
「なんで俺に聞く」
「だってゲーム詳しそうだし」
「RPGゲームとか死にゲーはよくやるけど、特別詳しくはねーよ。コメント欄にグラウンドワームって名前がちらほら書きこまれているし、それでよくないか?」
『グラウンドワーム……砂漠にいるサンドワームの亜種のようなものですね。ミミズみたいな体表に見えますが、お嬢様の権能とフレイヤ様の砲撃を受けて掠り傷で済んでいますから、地面を掘削するために非常に強固なものになっていると推測できます』
「深層ともなれば地面の強度は相当ですからね。フレイヤ様の砲撃特化型ガンランスのフルバーストを耐えるとは、恐ろしいです」
千切れて飛んできたドラゴンの腕を一瞬で細切れにしたリタも恐ろしいと言いそうになり口を噤むが、何を考えているのかお見通しだと言わんばかりの妖しい笑みを浮かべてこちらを見られる。
「どうやって倒す?」
「綾人くんはあれの周りを飛び回って、一応目がないかの確認をして。ワームってあるくらいだからないと思うけど、探知するための感覚器官みたいなのはあるはずだから」
「登録して一週間経ってない新人にやらせる難易度じゃないんだが。まあいいけど」
「華奈樹は魔眼を使ってできる限り削って行って。可能なら両断してもいいわよ」
「あれだけ太いと両断するのにも一苦労すると思いますが」
「でしたらわたしの武装を一つ貸しますね。大魔を使って武器の間合いを大幅に拡張するというシンプルなものですが、華奈樹さんとは相性がよさそうです」
「ありがとうございます、フレイヤさん。あとで使用感を報告しますね」
「となると、妾は華奈樹の補助といった感じかのう」
「でしたらわたしも美桜様と同じように、華奈樹様をサポートします」
「フレイヤさんは私と来て。翼は使う?」
「この鎧の性能チェックのためにも、可能な限り使わないでおきます。これも飛行機能は付いていますから」
本物のミミズのようにじたばたとのたうち回るグラウンドワーム(仮称)にやや嫌悪感を感じつつも、手早く全員と作戦を立てる。
機動力や速度の面で言えば美琴の方が斥候などに適しているが、その斥候の段階で倒してしまっては意味がない。
何より視聴者は美琴が戦闘することを望んでいるので、美琴がメインアタッカーを務めることにした。
「よし、あれも回復したみたいだし、始めるわよ」
「恐らく、あの巨体で深層の地面を抉るほどですから、先のドラゴンよりも強いでしょう。……腕が鳴りますね」
太もものベルトに付けられているグリップを二本取り、起動させることで魔力でできたブレードランス二本を持つフレイヤ。
美琴も、念のためにと二鳴まで開放して自身を強化し、体と雷薙に雷をまとわせる。
綾人は美桜と華奈樹の肩に触れてから塔から秘術で移動し、リタは恭しく「行ってまいります」とお辞儀をしてから、大鎌を持って塔から飛び降りる。
綾人達がそれぞれバラバラに分かれていき、グラウンドワームはまるでそれが見えているかのように口がある方を動かすが、美琴とフレイヤの方が脅威に映っているのかこちらを先に排除するかのように、地面を抉りながら向かってくる。
ゴリゴリと非常に強固な地面を破壊しながら迫ってくるワームを、まずは美琴が迎え撃つ。
雷鳴を引き連れて瞬時に接近した美琴は、ワームの上から体を回転させながら雷薙を思い切り叩き付ける。
そのまま追撃も発生させて傷を付けようとするが、想像以上の硬さで体表が欠ける程度だった。
「うわ、かった」
神性開放を取得してから権能の性能は以前とは段違いになっていて、今日は深層攻略だからと七つに分割していた力は一つにまとめている。
その上で二鳴を開放して強力な追撃を発生させたはずなのだが、表面を欠けさせる程度なのでもしかしたら美琴との相性はあまりよくないのかもしれない。
一撃を食らったワームが体をうねらせて、無数のノコギリのような歯が生えた口を美琴に向けるが、一条の流星のような速度で突っ込んできたフレイヤが、ブレードランスで思い切り殴りつけて地面に転ばせる。
ずしん、とお腹に響く音を立てて地面に倒れたグラウンドワームに、フレイヤは持っている右手のランスを逆手に持つ。
するとグリップ部分から青白い炎が噴き出てきてそれがランスを覆い、フレイヤは体を捻りながら全力で投擲する。
若干遅れて音の壁を突き破る音と衝撃が来たので、ただの投擲で音を遥かに超えているようだ。
音を超えて投げられたランスはワームの胴体に直撃し、直後に大爆発。さらに続けて、爆散した魔力を再収束させてワームの上にブレードランスの穂先を大量に形成させて、それを一斉に射出して攻撃し、それもまた大爆発を起こす。
「何それぇ……」
「星屑の雨という名前を付けているランスです。これは今回のために作ったものではなく、元々持っていた火力が高すぎて上では使えない代物です」
「なんでそんなものを……」
分かっている。神の鍵を自分で作るためだ。
くるくると回転しながら戻ってきたグリップをキャッチして再びブレードランスを展開するのを見て、せめて今日はもうこれ以上驚かないぞと心に誓う。
星の槍とかいう槍を持っているのに、また同じ星の名前を関するものを作ったのかと、若干呆れる。
とか思っていたら、左手に持っている魔力でできたブレードランスが星の槍と同じ性能なのか、かつてネメアの獅子との戦いで見せた流星のような速度で移動しながらの突きを食らわせたので、もう訳が分からなくなってきた。
とにかくここでぼうっとするわけにもいかないので、グラウンドワームに向かって突進する。
二鳴から三鳴に切り替えてさらに強化を加えるが、改めて至近距離で見て分かったのだがこのグラウンドワームは全身くまなく赤い岩のような物質で体を覆っている。
最初の斬り付けの時に感じたやけに硬い手応えはそういうことかと納得し、これは少し相性が悪いなと眉をひそめる。
「だからどうって言うことでもないんだけど」
雷はその温度実に三万度、ジュールに数えれば5ギガジュールという桁外れな温度を有しているのだが、瞬間的な攻撃であるため硬い岩との相性はあまりよくない。
ならば瞬間的ではなく継続的に同じ場所に雷を当て続けてしまえばいいと考え、目印をつけるために一気に接近してから、超至近距離で雷霆万鈞を放つ。
流石に空間を捻じ曲げる威力の攻撃には耐えられなかったようで、その巨体にしては小さいが美琴から見れば大きな傷を付けることができた。
あとはそこに常に雷を当て続けてしまえばいい。
繰り返し雷を当てるのに適している万雷を使い、激しく暴れ回るグラウンドワームの攻撃を掻い潜りながら、雷霆万鈞で付けた傷に雷を当て続ける。
万雷という技の特性上、美琴が技の使用をやめない限り永遠に雷鳴が鳴り響いており、地面でグラウンドワームと戦っている美桜が抗議の声を上げているのか、美琴の方を向いて左腕を振り上げている。
家に帰ったら満足するまで稲荷寿司を振舞ってあげようと決め、引き続き雷を当て続ける。
グラウンドワームはあちこちを秘術で飛び回っている綾人や、無視できない火力で殴りつけてくるフレイヤの方に意識を多く割いていたようだが、美琴の目的を察する知能があるのか、いきなり二人を無視して美琴の方に全力で口を向けてくる。
その攻撃を掻い潜り、地面に潜られないように真下から雷を放出して上にかち上げて、また雷を同じ場所に当て続ける。
権能で発生させて火力をマシマシにしているので、普通の雷とは比べ物にならない温度を持っているのに、それでもなお中々溶けないワームの体表。
一体どんな材質でできているのだろうかと思ったが、そのすぐ後に体表が溶け始める。
これはチャンスだと万雷そのものの火力を上げて攻撃を激しくするが、体を激しくうねらせて大暴れし始めたので、万雷を一度中断して攻撃を掻い潜りながらタイミングを計って圧縮した雷の槍をぶつける。
するとフレイヤが全力で右手のランスを投擲して、何かまた特殊な機能でも起動させたのか、美琴が溶かしたところに着弾して大爆発を起こし、霧散した魔力を大量の穂先に再形成してまた同じ場所に着弾させて爆発を連鎖させる。
”すまんが、今美琴ちゃんとフレイヤちゃんが何をやってるのかがいまいち理解できん”
”えー、端的に見たことをそのまま話せば、美琴ちゃんが雷でグラウンドワームの岩みてーに硬い体表を溶かして、フレイヤちゃんがそこに星屑の雨の爆撃を食らわせた”
”言葉だけ見ればそういうことねって分かるんだけどさ、何の会話もなしにいきなりそんな連携攻撃かましてきて驚きなんですけど”
”いやいや、美琴ちゃんの雷をあれだけ喰らって平然としてるミミズもおかしいだろ”
”深層モンスターで相性がよろしくないとはいえさ、魔神の権能で発生した雷に耐えるモンスターっておかしくない?”
”このミミズ、実は魔神の手によって作られたって言われても信じる”
”《探索者ギルド新宿支部》☑:¥50000:もっと! もっとそのモンスターとの戦いを見せてください!”
”《探索者ギルド世田谷支部》☑:¥50000:雷電特等の雷撃をここまで耐えられるそのモンスターの体表、ぜひとも回収してきてほしいものです”
”フレイヤちゃんの活動拠点と美琴ちゃんの活動拠点のギルドもよう観とる”
”美琴ちゃんの攻撃に耐えられるってだけで、紛れもなく数億から十数億レベルの価値が出てくるのマジ笑える”
”それ一つ売るだけで美琴ちゃん冗談抜きで一生暮らせるのうらやま”
”この深層攻略してる時点で飛ぶようにスパチャが世界中のギルドから飛んでくるし、これだけでも十分遊んで暮らせるレベル”
”夢があるなんてレベルじゃねえぞこんなの”
コメント欄も美琴の攻撃に耐えられるモンスターということで大盛り上がりを見せ、美琴とフレイヤの配信に張り付いている探索者ギルドの支部長や本部長から、次々と赤スパが投げられてくる。
ただ進んでいるだけの時でもポンポン飛んできていたし、グラウンドワームと戦い始めてからはさっき以上の速度で投げられてくる。
配信を終えるころには目を疑うレベルの収益になっているだろうなと、今から胃が痛くなってくる。
「ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」
美琴が雷撃で体表を溶かし、フレイヤがそこに爆撃をぶちかます。
それを何度も繰り返して着実にダメージを与えて行っていると、グラウンドワームが酷く金属がこすれ合うような非常に不快な声を上げる。
思わず耳を塞いで、離れた場所に移動して足を止める。何かをしてくる前兆かと予想していたのだが、何もしてこない。
「っ!? もう一体……!?」
周りにも警戒しつつワームに集中していたが、下には全く注意を向けていなかったのがあだとなり、美琴の真下からのもう一体からの襲撃に反応が遅れた。
立っていた建物が崩落し、崩れるそれに足を取られかけるが雷で足場を作ることで、それを蹴って脱出することができた。
美琴との相性が悪い大型モンスターが二体。こうなってくると雷薙で戦いながら、このモンスターの情報を引き出すのは難しいだろうと三鳴のまま陰打ちを作ろうとする。
「セェエエエエエエエエエエイ!」
すると新しく出てきたワームに向かってフレイヤが爆速突進を仕掛けてきて、恐ろしく硬い体表にランスを突き刺す。
持っているのがブレードではなく砲撃特化のガンランスとなっており、体内から直接フルバーストを浴びせることで瞬時に決着を着けるつもりなのかと思ったのだが、左手に持っている銀色に輝く砲弾一つを見て、ありえないと目を瞠る。
「こんなところで使うつもりはありませんでしたけど……一つしかないとっておきを食らいなさい!」
ガンランスの薬室に直接その砲弾を装填し、ガシュンッ! という音を立ててセットする。
そしてそのままゼロ距離で引き金を引いて砲撃を食らわせると、たった一撃で新しく出てきたグラウンドワームがその体を崩壊させる。
フレイヤが持っていた銀色の砲弾。それは、怪異にとっては絶対に触れることができない最大の特攻を持つ、正のエネルギーが込められていた特殊な砲弾だった。
正のエネルギーは自然にあふれて一か所に滞留することがあり、それはダンジョンの中で安全地帯となって探索者の休憩場所になっている。
その中にモンスターを引きずり込むことができれば、それだけでモンスターは触れた場所から体を崩壊させる。
しかし人間の手でその正のエネルギーは作ることはできない。
正確にはできないわけではないのだが、通常の負の感情から作られる呪力や魔力が、一の大魔で一から人によっては十の魔力や呪力を生成できるのに対し、正の感情からだとその効率は数億分の一にまで落ちる。
つまり作ろうと思えば作れなくはないのだが、それを戦いで生かせるかと言えば不可能なレベルだ。
それなのにフレイヤは、一つだけのとっておきと言っていたとはいえ、戦いで使えるほどの正の魔力が籠ったものを用意してきた。
これは正真正銘前代未聞の大発明だ。
一体どうやってそんなものを用意したのだと固まっていると、二人の間に綾人がいきなり姿を現して、右手で美琴の肩に、左手でフレイヤの右腕に触れて秘術でその場から離脱する。
一瞬で華奈樹達がいる場所まで移動した美琴達は、そのまま彼女の後ろで待機する。
「これ以上の戦闘は危険です。このまま私が終わらせてもいいですね?」
「いい、けど、綾人くんはどうだった?」
「あいつらには目はない。代わりに頭? みたいなところにちっさい角みたいなのが大量に生えてた。多分あれが感覚器官で、あれで臭いとか音を感じ取ってるんだと思う。それ以上は分からなかったけど、今はそれで十分だろ」
「……うん、そうだね。また仲間を呼ばれても厄介だし。華奈樹、やっちゃって」
「言われなくても」
そう言って華奈樹が大上段に構えると、彼女の持つ九字兼定の刀身の周りに魔力が集まっていき、十メートルを超える魔力の刃が形成される。
グラウンドワームは見失ったように周りを見回す様に頭を動かしていたが、匂いか何かで見つけたのか美琴達の方を向いて、地面を抉りながら接近してくる。
ワームが華奈樹の間合いに入り込む直前に、華奈樹の気配が大きく変わる。魔眼を開いた証拠だ。
そして間合いに入った瞬間、鋭く刀を振り下ろして美琴達が破壊するのに手間取っていたとは思えないほど、すんなりと魔力の刃が通って両断する。
傷口から毒々しい濃い緑色の血のような液体が噴き出てくるが、それはフレイヤが展開したエネルギーシールドのおかげで触れずに済んだ。
慣性の法則に従って進んでいったワームは、その巨体の三分の一ほどを華奈樹の手によって斬られたところで停止する。
深層のモンスターなのでこれでもまだ生きている可能性があると警戒するが、すぐに体をぼろぼろと崩壊させていったので、ほっと安堵の息を吐く。
グラウンドワームの体が完全に崩壊し、残されたのは異常に強固な体表の一部とたくさんの鋭利な歯、そして音響兵器ドラゴンよりも大きな核石だった。
それらを急いで回収した後、美琴の雷鳴でモンスターが寄ってこない可能性があるとはいえ、戦闘音を聞きつけてくる戦闘狂系モンスターが来るかもしれなかったので、戦闘に勝利したという余韻に浸ることなくそそくさとその場から移動した。




