161話 フレイヤちゃんの大暴れ(ガチ目の暴走)
深層攻略を始めた美琴達。今回は前回美琴が行かなかった方角に行こうということで、何も分かっていない地図の方へを足を進めている。
これで二度目となる華奈樹と美桜は落ち着いた様子だが、今日が初回の綾人は緊張した面持ちだ。
フレイヤはというと、
「はぁ……! これが深層! ここが深層! なんてすばらしい! 小型のモンスター一つとっても下層とはまるで違う! 何よりこの景色です! 中世のルーマニアのようなこの町並みは、どう考えても自然ではなく人工物! どのようにしてこのようなものが出来上がったのでしょうか……!」
とまあ、こんな感じにテンションがぶち上っておかしくなっていた。
魔術師は研究者気質が多いと灯里も言っていたし美琴も知っているのだが、フレイヤはそれが一段と酷い。
コメント欄も爛々と目を輝かせているフレイヤに数多くのツッコミを入れているのだが、彼女は深層の景色に頭がいっぱいになっているのか何の反応もしない。
『研究者を一人連れてくるだけで随分と面白くなりますね』
「面白いというか騒がしいというか」
「フレイヤ様がすみません」
「いえいえ、気にしないで。ああいう子だって分かってたし」
リタがやや申し訳なさそうに言ってきたが、美琴もなんとなく分かってはいたので、特に何とも思っていない。
ただ心配なのは、これで大型の深層モンスターと遭遇した時にどんな反応をするのかが分からなくなったことだ。
「美琴さん! 私、あなたが戦ったあの音響兵器みたいなドラゴンと戦いたいです!」
「えぇ……? あれと戦いたいって正気?」
「至って正気です!」
「とてもそうとは思えない目をしているのは気のせい?」
「私はただあれを細かく研究したいだけです。どうしてあの巨体があんなに速く動けるのか、どうしてあの巨体をあの翼だけで飛ばすことができるのか、肺が六つあるとはいえどうやってあんな音響兵器のような破壊力を持つ声を出すことができるのか。知りたいことが盛りだくさんなんです!」
「あー、盛り上がっているところ悪いけど……多分フレイヤさんのお望みの相手が来たぞ」
綾人が言い出しづらそうに言うと、フレイヤがぎゅるんと彼の方を向いて、方向を教えるようにと無言の圧をかける。
若干引き気味の綾人が正面を指すと、建物を破壊しながら何かが迫ってくるのが分かった。
多分と先に言っていたのでもしかしたら違うかもしれないなと思ったが、百メートル以上離れていても思わず耳を塞ぎたくなるほどの大音量咆哮が轟き、音の発生源と思われる場所の周辺の建物が粉々になる。
”でたー”
”赤黒音響兵器ドラゴン”
”見るたびに、マジでこいつティ○レックスだよなって思うわ”
”雪山で奴にトラウマを植え付けられたハンターの数は知れないな”
”トラウマを植え付けるのはゲームの中だけであって欲しかった……”
”美琴ちゃんとフレイヤちゃんがいるから安心できる”
”相変わらず声でっけえwwww”
”距離離れてるのにノイキャン入ったのマジワロス”
”さて、今日はどんな風に奴を倒してくれるのかな”
”綾人くんもいるし、爆速メイドのリタさんもいるし、すぐに終わりそう”
”ん!?”
”なんだなんだwwww”
”フレイヤちゃんが……ピッタリサイズのアーマーを着た!?”
”体のラインが浮き出てエッッッッッ”
”太もものベルトがいい味出してますねえ……”
”まーた新しい兵装引っ提げて来たよこの女子高生”
「あのー、フレイヤさん? そのアーマーは何?」
「新作です。試作品ですので、あのドラゴンのことを知るついでにこれのテスト運用をしようかと」
「ここ、深層」
「えぇ、ですので出力は下層まで使っていたものよりも数倍あります。あとはこれの癖や性能のチェックがしたいので。というわけで、行ってきます。あ、私一人でやりたいので手は出さないでくださいね」
早口でそれだけ言って、ものすごい速度でドラゴンに向かって駆け出すフレイヤ。
音速を一歩目から超えているのか、若干遅れて踏み込んだ音が聞こえてきた。
どんな出力をしているんだと呆れながらフレイヤを目で追うと、あっという間にドラゴンとの距離を詰めた彼女は、真下から跳び上がって顎に強烈なアッパーをぶちかましてかち上げた。
「……どうしようか」
「なんか、フレイヤさんだけであれ倒せそうですね」
「おかしいのう。あ奴はここに来るのが初めてなはずなのにのう」
「美琴さんの配信を繰り返し見てデータは取っていましたから」
「それであの性能の兵装作ってくるの恐ろしすぎんだろ」
「フレイヤ様のせいで暇になってしまいましたし、ここいらで軽いティーブレイクでもしましょうか」
そう言ったリタは、どこにしまっているのか椅子とテーブルを人数分用意する。
大丈夫だろうかと心配しながらフレイヤを見ていると、咆哮を至近距離で喰らって吹っ飛んでいくのが見えたが、何事もなかったかのように復帰してきていきなり出てきた特大のハンマーで頭をぶん殴って地面に叩きつけていた。
「リタさんはあの魔導兵装が何なのかは知っているの?」
「えぇ、知っていますよ。深層仕様のものでして、着用者の身体能力を数十倍底上げするものです。まだ仮称ではありますが、アテナの戦鎧と名付けられておりました」
「フレイヤさんの兵装の名前って、全部神話関連なんだね」
「目指しているものが魔法のこもっている道具、神の鍵の制作ですからね。まずは形から、だそうです」
アテナはギリシャ神話の女神の名前で、知恵、芸術、工芸、戦略の女神だ。
本人もかなりこだわっているのか、至近距離で見た時かなり凝ったデザインが施されていたし、あれ一つで一つの芸術品のように感じられた。
ただそれだけで終わらないのがフレイヤクオリティ。しっかりと深層に通用するレベルのものに、深層に行く前から仕上げてきたようだ。
すいすいと空を飛び回り、追いかけるようにドラゴンが翼を羽ばたかせて空中戦となるが、ドラゴンからすれば体の小さなフレイヤの動きはあまりにも速いようで翻弄されており、真下から胴体を蹴り上げられて上に飛ばされ、そのまま続けて体を回転させながらものすごい打撃音を響かせながら連続で蹴りを叩き込んでいる。
「あれでまだ満足しないってすごいけどさ、どうしてフレイヤさんはあんなふうになったんだ?」
紅茶を受け取った綾人は、テーブルの上に用意された一口マカロンを一つ取って、それを食べてから質問する。
「わたしがフレイヤ様のメイドになる前からああだったそうなので詳しくは分かりませんが、旦那様曰く自分の会社の不良品の武具などを玩具代わりにさせていたら、いつの間にか正規品のものよりもすごいものに改良していたのが始まりだそうで」
「じゃあ、別にフレイヤさんのお父様が何かを教えたわけじゃないのですね?」
「そのようですね。魔導兵装と言うもの自体、フレイヤ様が自分で編み出したものですし。旦那様も、そういうモノづくりに恐ろしい情熱を注げるのは、ロスヴァイセ一族の血がなすものだと、苦笑しておりました」
「ロスヴァイセ……。その会社の名前以外で、なーんかどこかで聞いた覚えがあるんじゃよなあ……」
紅茶が少し熱かったのか、バレないように息を吹きかけて少し冷ましてから飲んでいた美桜が、首を傾げながら言う。
「一応、先祖に魔法使いがいましたからね」
「え!? そうなの!?」
「はい。確か、エリアス・ロスヴァイセという百年以上前にいた先祖が魔法使いだったそうです。なんでも、兵器魔法という構造を把握してさえいれば、何もない場所から無制限に兵器を作り出すことができたのだとか」
「何そのチート」
「魔法使いは軒並み理不尽ですから」
すさまじい音がしたのでそちらを向くと、フレイヤがドラゴンの尻尾を掴んで地面に何度も叩き付けているのが見えた。
あれも十分理不尽な強さをしているのだが、魔法はあれよりも上を行くというのだから恐ろしい。
というか、あんな雑に叩き付けられているドラゴンの表情が何とも言えないものとなっており、なんだか少し可哀そうに見えてきた。
「もしかしましたら、美桜様はそれでロスヴァイセの名前を知ったのかもしれませんね」
「そうかのう? 妾は魔術も呪術もからっきしじゃし、他の国のことなぞなんも知らんのじゃがな」
「どこかで聞いたというより、何かで見たとかじゃないんですか?」
「むーん……。ダメじゃ、何も分からぬ。冬休みが終わる頃に実家に帰るんじゃし、その時にでも父様と母様に聞いてみるかのう」
首を傾げながら思い出そうとしていたが、諦めたのか思い出すのをすっぱりとやめる。
気になるところではあるのだが、記憶力のいい美桜が思い出せないというのだから大したことではないのかもしれない。
殴り飛ばして千切れたのかドラゴンの右の腕翼が飛んできたが、リタがすっと立ち上がってから大鎌で一瞬で細切れにして、前方に結界のような膜を張ることで血飛沫を浴びずに済む。
一体どんなことになっているのだとまた目を向けると、戦闘開始してまだそこまで時間も経っていないのに、ドラゴンが見るも無残なぼろぼろな姿になっていた。
モンスターであるためその傷はすぐに回復していくのだが、自慢の強靭な鱗が殴り壊されたことが恐ろしいのか、美琴達にすら見せたことのない恐怖した表情をしている。
しかし逃げるという選択肢はないのか、フレイヤから距離を取りつつ小出しに咆哮を上げることで牽制していたが、殲撃の女王のカーテナの腹に乗って投げ飛ばされ、護国の王のシールドで強引に突破してきて左腕に装着するように装備している、フレイヤの倍くらいある兵装を胴体に叩き付けるように押し付ける。
あれは何なのだろうかと胡乱な目で見ていると、ドラゴンの咆哮に引けを取らない爆撃音が響き、ドラゴンの胴体に特大の風穴を開けた。
”こんな深層で何ゆっくりティータイムしてんだって言いたいのに、後ろでフレイヤちゃんが大暴れしてて腹痛ぇwwwwwwww”
”なにこの……なに?”
”何もかもがぶっ飛んでて草草の草”
”フレイヤちゃんのご先祖に魔法使いがいることとか、美桜ちゃんのちょっと気になる発言とかもあるのに、全てを持っていくフレイヤちゃん本人よwwwwwww”
”何気に重要っぽい話をしているのに、アイリちゃんの無駄に完璧なカメラワークのおかげで話に集中できねえwwwww”
”初めての深層なのに余裕で深層モンスターと渡り合える兵装引っ提げてくるとか最高に意味不明で大好き”
”美琴ちゃんも十分おかしいけど、まだ神様って言う言い訳が通用する。でもフレイヤちゃんはただの人間の女の子だから、何の言い訳もできない”
”もはやバグだろあんなのwwwwwwwwwwwwww”
”もうちょっと苦戦するのが見られるのかと思ったけど、そもそも深層モンスをあのゴミの処分の時にぶちのめしてるからなあ、この金髪碧眼巨乳JK”
”尻尾掴んで左右にびたんびたん叩き付けるの、リアルでやる奴初めて見たわ”
”あまりにも強すぎるせいでドラゴンさん最後泣きそうな顔してませんでした?”
”てゆーかあの半透明な武器の数々は何なのか”
”アテナの戦鎧ってリタさん言ってたし、武装関連なら何でもござれなチート兵装なのかな”
”ご先祖様の兵器魔法が構造理解して入れば何でもできる系だったみたいだし、多分それを自力で再現でもしたのかねえ”
”魔法を魔術と科学の二つで再現するって、もうこれわっかんねえな”
”綾人くんが一番普通のリアクションしてんのマジワロス”
”リアとくんのリアクションが本来の反応だから”
”美琴ちゃん達のおかげで見事俺達の感覚も狂ってきたな”
”それよりリタさんが一瞬で飛んできたあのドラゴンの腕を細切れにしたのが一番ヤバい気がする”
「はー……。いいデータが取れました。こうして大きな鱗と牙と、喉にあったものと思しき謎の器官も手に入りましたし。このままここで研究したいですね」
「それは流石に地上に戻ってからにして頂戴」
「分かっていますよ。ここではろくな機材もありませんから。……一人でも問題ないみたいですし、ソロで行く時は機材を持って行ったほうがいいかもしれませんね」
「フレイヤさん?」
「冗談です」
今のは確実に冗談の声ではなかった。
放っておくと確実に機材を深層に持ち込みそうなので、リタにしっかりと監視しておくようにとお願いしておく。
信じてくれないのかと若干ご立腹だったが、リタお手製の一口マカロンを一つ口に突っ込むだけで大人しくなった。




