159話 人生初のホラゲ配信
「やだ」
「やだじゃない」
「やりたくない」
「約束したろ?」
「うー……」
「猫か君は」
一族ぶちのめしの翌日。
新幹線で帰るには時間がかかるからと霊華が摩利支天の隠形呪術を使いながら、使役している四神の一柱、朱雀の背中に乗せてくれて世田谷まで運んでくれた。
霊華とはそれなりの付き合いがあったが、使役している四神、それも自身の呪力で作った偽物の偽式ではなく本物を呼び出す真典を見るのは初めてだった。
そうして交通費を浮かすことができて世田谷に戻った美琴達は、フレイヤとリタ、トライアドちゃんねるの三人とルナと灯里の中学生組は一度帰宅することになり、幼馴染組と何故か霊華は美琴の家で食事をした。
その後で、先送りにしようとしていたのに勝手にすることに決められてしまっていたホラゲ配信をすることとなり、美琴はソファーの上にあったクッションを抱え、リビングの隅で縮こまりながら嫌だとごね続けていた。
ちなみに味方してくれると思っていた両親は、帰宅するなり仕事しに出社したためここにはいない。
助けを求めるように、凛としたたたずまいで背筋をピンと伸ばしてお茶を飲んでいる霊華に視線を向けるが、ふわりと柔和な微笑みを浮かべるだけで助けてくれない。
「諦めたほうがよいと思うぞ」
「逃げようとしたって無駄やで」
なら頼みの綱の華奈樹と美桜はというと、それはもうにっこにこの笑顔でゲームをやらせようとしていた。
最後の希望は昌だったが、無言でやれとハンドサインを送って来た。
「お嬢様のお部屋のパソコンをお持ちしました」
「本体ごと持ってきたのかよ」
「お部屋のモニターだと画面が小さいですからね」
「アイリの裏切者ぉ……」
止めにアイリがデスクトップパソコンの本体を運んできて、コンセントを刺してHDMIケーブルを大画面テレビに繋げる。
特別配線がごちゃごちゃしているわけではなかったので、ここに運んでくるのにさほど苦労はなかったようだ。
しかしホラゲだけは本当に嫌だとごね続けて、警戒心バリ高な猫のように部屋の隅で動かずにいると、アイリが呆れたように肩を竦めてからパソコンを操作して、やる羽目になってしまったホラゲをインストールする。
ついでに、いつの間にか購入していたのか新品の純正コントローラーをテレビの下の棚から取り出して、無線通信で接続する。
「もう諦めなって。アイリはやらせる気満々だし、俺も美琴がホラゲでクソほどビビってるのが見てみたい」
「なんで綾人くんまでそっち側なのよ」
「美琴がビビッてる姿が全く想像付かないからかな」
「薄情者ぉ……」
結局のところ、見かねた昌が日本最恐として名高いお化け屋敷に行くか、泣くほど辛い激辛料理フルコースを味わうか、ホラゲ実況するかの三択から選べと脅してきたので、泣く泣くまだましなホラゲ実況を始めることになる。
「嫌だよぉ……。やりたくないよぉ……」
よりにもよってシリーズの中で一番怖いと話題になっていたもので、黒い背景に怖いフォントで書かれたゲームタイトルだけでもう泣きそうだ。
ちなみにすでに配信は始まっており、始まる前からめそめそと泣いている美琴の姿はしっかりと集まっている百万近い視聴者達に見られている。
”美琴ちゃんもう泣いてるやんけwwwwwwwwww”
”ホラー系がここまでダメなのマジで今どき珍しいぞ”
”普段泣かないからか、あーじくんがどうしたみたいな感じで顔を近づけてんのカワヨ”
”あーじ君の肉球が美琴ちゃんの巨乳に乗っかってんのイイネ”
”笑顔の方が可愛いけど、美少女の泣き顔はワイらのワイらに大いなる元気をもたらしてくれるな”
”美少女の可哀そうは可愛い”
”¥10000:ホラーダメすぎて泣いてる美琴ちゃん可愛い”
”¥30000:ほうら、これでもっといい音響機器揃えな”
”¥10000:これクリアしたらまた別のホラゲ実況やってほしいです”
”サムネでは何のゲームか分からんかったけど、よりによって一番怖いバ○オ7かよ”
”これ……美琴ちゃんの上質な事件性のある悲鳴が聞ける……って、コト!?”
”上質な事件性のある悲鳴とかいう謎ワードwwwww”
”美琴ちゃん以外全員ホラー耐性あるから、余計な悲鳴が入ってこないのよき”
”リタさんがいても問題ないけど、美琴ちゃんだけの悲鳴も聞きたいしな”
”綾人くん今ハーレム状態やんけふざけんな”
”霊華さんおるんかい!?”
”日本最強がそんなにあっさり京都から離れてええの?”
”この人のことだから、大量の式神を置いてきたから大丈夫とか言いそう”
配信が始まってまだ間もないのにものすごい量のコメントが送られてきて、まだゲームが始まってすらいないのにもう泣いている美琴が可愛いからと、早速いくつかスパチャが飛んでくる。
その中には別のホラゲもやってほしいと書いてあるものがあったが、こんなものはこれを終わらせたらこれっきりにするつもりなので、今後やることはない……と思いたい。
「へぇ、配信画面とはこうなっているのですね」
「ぴぃっ」
いつの間にか霊華が後ろに立っており、配信画面をのぞき込みながら呟く。
ずっと怖い怖いと怯えているところにいきなり後ろから声が聞こえたので、びくりと体を震わせて思わず変な声が漏れてしまう。
変な声を出してしまった恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、恥ずかしさよりもこれから来る恐怖の方が強いので、右隣に座っている綾人の服の裾を指先でちょんと摘まむ。
「見た目は頼れるお姉さんみたいなのに、余程ホラーがダメなんだな」
「無理なものは無理なのよ……」
「声ちっさ」
「怪談話も美琴さんだけは泣いて嫌がっていましたよね」
「あったなー、そんなこと」
夏の風物詩ともいえる怪談話。
華奈樹、美桜、綾人の三人は霊華の飛び切り怖い怪談を楽しみにしていたし、何なら自ら何かないかと聞きに行くくらいには怪談好きだ。
しかし美琴だけは見えている分には何の問題もないのだが、そういった怪談を人の口から聞くのを極端に怖がっていた。
理由はシンプルに、怪談の話し手は聞き手を怖がらせるように話すため、それが怖くないわけがないからである。
ホラー映画やゲームも似たような理由でダメで、視聴者やゲームを遊ぶ人を本気で怖がらせるために人間が作ったものが、怖くないわけがないからだ。
その根幹にある大本は一番怖いのは人間という考えである。
何がともあれ、インストールもされてコントローラーも手渡され、大量の視聴者と送られてくるコメントとスパチャの量から逃げ道を封じられてしまい、べそをかきながら震える手でコントローラーを持ってボタンを押してゲームを始める。
「そういえばさ、美琴って元々もっと前にフレイヤさんと深層攻略する約束してたけど、それってどうして延期になったんだ?」
「ねえそれ今聞くこと?」
もうすでに怖い冒頭ムービーを見て体をぶるぶると震わせていると、全く余裕な表情の綾人が聞いてくる。
確かに元々は、フレイヤがブラッククロスを壊滅させて登録者が超爆増し、助けを求められて突発コラボになった際、次の土曜日に深層攻略をしに行こうという話になっていた。
だがその約束は延期となっており、明日いよいよフレイヤは初の深層攻略となっている。
「あの直後にフルフルの件があって忙しくなったことと、流石にあんなことがあってすぐに深層まで行くわけにはいかないからよ。フレイヤさんも納得の上での延期だったし、むしろそれで行こうとしたなら全力で止めたって言われたわよ」
「それはいい判断だったかもしれないですね。あの後の美琴の注目度具合と言ったら、すさまじかったですし」
「何故か妾達にも飛び火したのにはちと驚いたがのう」
「二人ともクランメンバーだからじゃないか?」
「私達は高校卒業してから正式加入なので、正しくはまだメンバーですらないんですよ」
「勘違いされておるが、まあ仕方あるまい。それだけ妾達の存在感があるということじゃ。それよりほれ、もう操作できるようじゃぞ」
ムービーが終わり、画面には左のスティックを倒して操作しろという指示が表示されており、このキャラを進ませたらここから恐怖が始まるのだと思うと震えが止まらない。
だがこうしてゲーム配信を始められてしまった以上、最後までずっとこの最初の場所で止まり続けるわけにはいかないので、一分近くそのまま動かないで覚悟を決めてから、そっと親指で左スティックを傾ける。
そしてその一歩が、美琴が小学生の時に大流行した卵型携帯ゲーム機や、龍博に時々連れて行ってもらったゲームセンターのアーケードゲーム以外のゲームを知らない美琴に、危うくゲームは怖いものと思わせかけるほどの恐怖の始まりだった。
「ひいぃ……暗いぃ……」
しばらくキャラを進ませていると大きな廃屋に着き、その中に足を踏み入れる。
電気は点いておらず、外は明るいのに家の中はかなり暗くなっている。
しかしすべて真っ暗というわけではなく、所々窓から陽の光が入ってきていて明るくなっているところもあり、ただそれだけなのに美琴はそれすらも怖く感じていた。
”進む速度おせーwwwwwwwww”
”普段の超ハイスピード殲滅配信を観ていると、これだけ進行が遅いのは新鮮だな”
”最初から泣いてるし、ゲーム始まってからもずっと泣きそうな顔してんの可愛い”
”まあこれシリーズ最恐と名高いやつだからな”
”ホラー耐性マイナス値カンストしてる美琴ちゃんにはきついだろうな”
”ずっとぷるぷる震えてんの可愛すぎんだろ”
”膝の上のあーじ君が一緒になって震えてんの超笑えるwwww”
”あーじ君が震えてるのかと思ったら美琴ちゃんが震えてるからかこれ”
”美琴ちゃん可哀そうに……。でもそれが可愛い”
”綾人くんのことをからかいすぎた代償だからね。自業自得だね”
”怖いからか心なしか綾人くんとの距離がやたら近く感じる”
”綾人くん少しいづらそうな顔してるなあ?”
”こんなスーパー美少女が近くにいて緊張しないわけがない”
”きっとめっちゃいい匂いがするんだろうなあ”
コメント欄がすさまじい速度で流れていくが、そんなものを見ている余裕がない。
早くこの地獄から抜け出すには、早くこのゲームを終わらせる必要がある。
ストーリー自体が長いそうなので今日一日で終わらせることは無理だそうなので、今日できるところまでさっさと進めてしまいたい。
そう思いながら進めていると、キッチンのような場所に出る。
その瞬間、視聴者達が何かを察したのか「あ」というコメントがたくさん来る。
「ねえ、急に『あ』って言うの止めて!? 怖いから!」
「そんなことはいいから。ほら、なんかテーブルの上の鍋みたいなものを操作できるってさ」
「こういう系でこういうお鍋って大体変なものが───ぴゃあああああああああああああああああ!?」
綾人に言われた通りテーブルの上にあった鍋の前でボタンを押すと、キャラクターが近付いてその蓋を開けて、腕に大きなゴキブリが張り付いた。
それを見た美琴は再び変な悲鳴を上げ、思わずコントローラーを放り投げてしまいそうになる。
「……ぷはっ」
「なんで笑うのよぉ!?」
「い、いや、変な悲鳴だなって」
「ホラー苦手な私の気持ちなんて分からないでしょうねえ!」
頬を膨らませながらコントローラーを握って、さっさとキッチンから出る。
そこから廃屋をうろうろと動き回り、セーブポイントを見つけたり、配電盤がある部屋を見つけて砂嵐を流しているテレビが重要なものだと教えられ、ビデオデッキに差し込むカセットを探し回る。
あちこち探しまわった結果、見つけたセーブポイントのすぐ真横にあったようで、どれだけ恐怖で視野が狭くなっていたのかが分かった。
「ビデオも作り込まれてるなー」
「白黒で随分見づらいのう」
「でもこれがいい味出していますね」
「私からすれば余計な演出はしないで欲しかったけどねっ」
カセットとデッキに差し込むことで映像が流れだし、その映像の中の人物を美琴が操作することになる。
美琴以外にも二人おり、まだ一人じゃないだけましだと一瞬だけ思ったが、映像が白黒で時間帯が深夜なのか、灯りは手に持っている懐中電灯のみなのか視界が悪い。
そうしているとビデオの中で一人がいきなり姿を消し、残った美琴ともう一人のNPCで探し回っていると、このビデオを流している部屋に隠し扉があることが判明し、二人でその隠し扉を通る。
その中ではしごを見つけ、NPCが先に行けと言ってそこから一歩も動かず、美琴が先に行く羽目になってしまいゆっくりゆっくりと降りていくと、そこに姿をくらました一人の姿があった。
それだけで美琴はここは間違いなく驚かせに来るポイントだと気を引き締めていたのだが、振り向いた顔が血まみれですでに息絶えているのか美琴視点のキャラ毎地面に倒れ、目や口から血を流す顔がドアップで映される。
「み゛ゃああああああああああああああああああ!?」
再びコントローラーを放り投げそうになり、反射的に顔を逸らして右に座っている綾人の腕にしがみつきつつ顔をうずめる。
「本当にちぐはぐだよな。ダンジョンに潜っていればこれに近いことはよくあるのに、作り物になった途端にダメダメになるなんてさ」
ぶるぶると震えていると、あやす様な優しい手付きで背中をさすりながら、呆れた声で綾人が言う。
「ひとがいちばんこわいんだもん……」
「声ぷるっぷるじゃないか。ほら、君が怖がりまくって負担だろうからって配信時間一時間だけにしていて、あと十分もないんだから頑張りな」
「あやとくんのおにぃ……」
”ダンジョンとか怪異相手どころか魔神でさえも最強格なのに、人の作ったホラーがダメなのギャップすご”
”普段はつよつよ雷神JKなのに、こういう時はよわよわ一般JKになるのいい”
”一々悲鳴が面白可愛いのよ”
”画面端で霊華さんが壁に頭付けて、声必死に殺して笑ってんのじわる”
”死ぬほどビビってる人を見るとどうしても笑っちゃうよね。ビビってる人からすればひどい話だけど”
”んなことよりも美琴ちゃんに抱き着かれるとか羨ま死するレベルで羨ましい”
”さりげなく背中をさすってるぞこいつ”
”完璧で究極な美少女に抱き着かれるだけでなく、自ら触れにいくたぁいい度胸してんじゃあないか”
”おい綾人くんよ、美琴ちゃんに抱き着かれた感触と香りの感想を後で聞かせろください”
”幼馴染だからって美琴ちゃんが心を許してても、俺達が許さねえかんな”
”とは言いつつも誰一人として離れろと言わない辺り民度がいい”
”なんだかんだでイケメン&美少女の組み合わせは映えるっす”
”隣に座ってたのが綾人くんだったってだけで、これ華奈樹ちゃんでも美桜ちゃんでも霊華さんでも同じ状態になってただろうな”
”綾人くんを除外しても最終的に百合方面に突っ走る最強クランの現役女子高生系クランマスター”
そこから数分ほど綾人に引っ付いたままだったが、どうにか気持ちを落ち着かせてから震える手で操作し、ビデオにあった通りの道を進む。
途中ではしごが折れて上に戻れなくなってしまったが、流石に可哀そうだからとこの先でセーブポイントがあることを教えてもらい、安堵する。
でも視聴者の大半は美琴が怖がる姿を見たい変態ばかりなので、半信半疑で進んでいると、確かにセーブポイントがあった。
途中で水の中から腐乱しているように見える死体が浮かび上がってきた時は、反射的にコントローラーをテレビに向かってぶん投げそうになったが、綾人が制止してくれた。
どうにかこうにかセーブポイントまでたどり着いた美琴は、もうこれ以上やる元気もなかったので、ほんの少し早くはあるが本日のホラゲ実況はここまでとなった。
「もうやりたくないけど、一応最後までやるって約束だから……。明後日くらいにまたやります……」
「その時は俺はいないだろうから、華奈樹か美桜にでも縋りな」
「そうする……。そういうわけだから、今日は最後まで見に来てくれてありがとう……。明日は幼馴染組とフレイヤさん達で深層攻略配信だから、楽しみにしててね……」
「声に元気ねー」
あんなものをやらされて元気なんて出るわけないだろと、心の中でツッコミを入れつつ無言で肘でわき腹を突き、元気がないまま終わりの挨拶をして配信を終える。
配信が完全に終わったことを確認すると、ずっと震えっぱなしの緊張しっぱなし、怖がり過ぎて体が常に力んでいたのか終わった途端にどっと疲れが出てきて、そのままソファーに倒れ込む。
「お疲れさん」
「もう二度とこんなことしたくない」
「それは難しいでしょうね。お嬢様があまりにも作りて冥利に尽きるリアクションをしたものですから、今後色んなゲーム会社からぜひとも自社のホラーゲームをやってほしいという案件が来るかもしれませんよ」
「断っておいて」
「全部断るとお嬢様の評価にも関わりますので、厳選させていただきますね」
「裏切者」
ソファーで横になったままクッションを胸に抱き、アンドロイドボディのアイリをじとーっと睨み付ける。
しばらくの休憩の後、今日の分の冬休みの課題をやろうという流れになり、綾人が美琴の部屋には流石に行けないからとリビングで課題を進めることになった。
課題を終わらせた後は、昌が華奈樹と美桜とはまだそこまでかかわりがなかったので、親睦を深めるために霊華さんも混ぜてパーティーゲームをすることになった。ちなみにゲーム機とソフトは綾人が自宅に取りに戻った。
思っている以上に霊華が現代に適応していて、彼女が一番ゲーム内成績がよかったりするという珍事があったが、楽しい時間を過ごすことができた。
しかしその夜、昼間にやったホラーゲームを思い出してしまい一人で寝られなくなったため、華奈樹と美桜が使っている客間の方に行って三人で川の字で寝ることになった。




