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155話 ブチギレ雷神

 龍博は人生の中で今まで、ここまで頭痛と胃痛を感じたことはないだろう。

 いつもだったら非通知の電話番号なんかに出るはずもないのだが、今日だけはなぜかでなければよくないことが起こると感じたため、仕事中にかかってきた電話に出た。

 だがそれが間違いだったと後になって激しく後悔した。


「もういい加減にしろクソ親父! てめえが何を言おうが、美琴をあそこに連れて行かせるわけねえだろ!」


 電話の相手、それは龍博の実父、美琴の祖父の龍人だった。

 もう彼の声を聞くだけで速攻電話を切ってしまいたかったが、開口一番世田谷に構えている家の前にいると言ったものだから、切るわけにもいかなかった。

 声を聞いてすぐに電話を切っていたら、何も知らない美琴が帰宅した時に鉢合わせてしまう。それだけは何としても避けたかった。


 事情を秘書に説明して会社を早退し、琴音に連絡して帰宅。

 本当に家の前に龍人が立っており、数年ぶりに見る憎むべき父親の顔を見て怒りが沸き上がってきたが、ここは一旦堪えた。


 その後琴音も仕事を早退して帰宅し、どうして龍人がここにいるのかを本人の口から聞きたかったので説明させたが、このろくでなしがわざわざ京都の本家から離れてくる理由なんて一つしかない。

 案の定目的は美琴を京都の屋敷に連れ戻すことだった。


 連れ戻そうとする理由は、ここ最近美琴はあまりにも大きな出来事に巻き込まれすぎているため、霊脈のほぼ真上にある実家の方が安全なのは理解できる。

 もし一族全てがまともで、心の底から孫娘のことを心配しているような両親であれば、高校在学中は無理でも大学に進学する際は京都にということはできたかもしれない。

 しかし、自分ともう一人の例外である鳴海を除いた全ての雷一族の連中がまともなわけがないし、言葉上では心配していると言っていても、真に案じているのは美琴が持っている雷神の力だけだ。


 厳霊業雷命、真名をバアルゼブルの持つ権能は強力無比。

 長い歴史の中で神性開放まで覚醒した現人神は初代と美琴以外に存在しないが、それを抜きにしても、魂が神霊化したことで個人で千年以上生きている最強、朱鳥霊華を除いて最強だ。

 同じ存在でなければ雷の速度で移動と攻撃ができる雷神に敵わないし、空を支配してしまえば遮蔽物がない限りは逃げ場など存在しない。

 極めつけは、バアルゼブル自身の能力である雷の物質化による武装の生成と、その異次元な破壊力。

 これがある限り、一族全体としての最強の地位は揺らがない。


 ただそれは美琴が生まれるまでの話で、龍博は一族の洗脳染みた教育は一切通じなかったし、頭が狂いそうなほどの雷神への信仰なんて微塵も持ち合わせていない。

 美琴に抱いている感情はただ一つ。父親として娘に向ける溢れんばかりの愛情だ。

 美琴をどのように想っているかなんて決まっている。この世界の全ての財宝をかき集めてもなお足りないほど大切な、たった一人の最愛の娘だ。

 そんな最愛の娘を、目の前にいる龍人は自分勝手な理由で奪おうとしている。


「てめえらの都合で美琴から名前を、自由を、奪おうとするんじゃねえよ! いつまでも雷神の力に縋りつくんじゃねえ!」

「そういうお前は、命様の力を独占しているではないか」

「一度たりとも娘から手助けしてもらった覚えはねえ! というか、俺の娘をその呼び方で呼ぶんじゃねえ!」

「雷神の力を呼び起こした時点で、命様は命様だ。神はこの世で最も尊き存在。このように穢れた人間が跋扈する穢れた地ではなく、最も穢れなき雷電の地にいなければならぬ」

「美琴は! 雷神の力を持っているだけの人間の女の子だ! 第一、一番穢れているのはあの土地だろうが!?」


 きっと美琴がここにいれば、ここまで激昂している龍博を見て怯えていただろう。

 美琴は幼い頃から聞き訳がよく、幼い頃特有の好奇心と行動力からした悪戯を叱ることはあったが、怒鳴ることは一度もなかった。

 去年美琴に、自分はどういう父親に映っているのか聞いた時は、常に冷静で感情的になることは滅多になく、顔は少し怖いけど内面は驚くくらい優しくて、愛妻家で極度の親バカと答えてもらったことがある。


 一年で抱いている印象を大きく変えるようなことはしていないし、愛娘には嫌われたくないから今まで通りの自分でい続けている。

 だからもし、今の怒鳴りまくっている自分を見れば、美琴の知っている龍博ではないと怯えられるかもしれない。


 とにかく今は、この男に美琴を会わせるわけにはいかない。

 もし二人が鉢合わせでもしたら、この男はいかなる手段を使ってでも美琴を京都の実家に連れて行くだろう。

 それほどまでに龍博と鳴海以外の一族は、美琴が持っている雷神の力を狂喜的なまでに信仰している。

 幸いアイリが先んじて美琴に連絡して、その後で琴音も家に帰ってこないほうがいいと言ったため、ここに来ることはないだろう。


『……旦那様、申し訳ありません。お嬢様が警告を無視して帰宅するそうです』

「……はっ!?」

「なんと! これは僥倖だな!」


 きっと中学からの美琴の親友の昌の家に行くか、昨日からまたかかわりを持ち始めた綾人の家に行くかのどちらかだろうと思っていたところに、アイリから美琴が帰ってくると聞かされて仰天する。

 美琴も一族の人間とは会いたくないと言っていたから、どういう心境の変化なのだろうかと頭を抱えそうになっているところに、聞き慣れた愛娘の声が聞こえた。



「美琴あなた、どうして帰って来たのよ!?」


 家に着くなりすぐに玄関まで駆けつけてきた琴音が、もうこれ以上進ませるものかと言わんばかりに抱き着きながら叱ってくる。


「ごめんなさいお母さん。でも、いつまでも逃げるわけにはいかないから」

「だからって、あのイカれた一族の中でも飛びぬけて狂っているのに会う必要なんてないわよ!」

「そうだぞ美琴。やっぱり今からでも、アイリに荷物持ってきてもらって俺の術で家まで跳んだ方が、」

「ううん、いいの。正直、一つ言わなきゃ気が済まないことがあるから」


 現人神となった人を信仰していればよかったものを、力そのものに信仰心を抱いていたために起きた、あまりにも酷すぎる出来事。

 雷の色も含めて多くのことが違うのに、天候を不格好ながらも支配できることと雷を起こすことができるという、たった二点で厳霊業雷命だと認識して、危うく本当に鳴海の全てを奪ってしまいそうになっていたこと。


 鳴海は現在、あんな一族の元に戻すわけにはいかないと霊華が保護しており、フルフルという魔神が原因で襲撃という行為をしてしまい、まだ一部からはまだ冷たい目で見られているようだがほぼ元通りの生活に戻ることができている。

 元の生活に戻れて、また恋人と同じ時間を過ごすことができるようになれて幸せだと、フルフルとの戦いの後に涙ながらに報告してくれた。


 結果的にほぼ元の生活に戻れたからいいものを、もしフルフルが美琴に恐怖したままで襲ってくることがなければ、倒すことができていなければ、鳴海は一生今以上に冷たい目で見られる羽目になっていた。

 自分達の勝手な解釈で一人の女の子の青春を食い潰そうとしたことを、美琴はどのようなことがあっても許すことはしない。


 そっと琴音から離れると、今まで聞いたことのない龍博のすさまじい怒号と、どたどたと慌てて走ってくるような足音が聞こえる。


「おぉ! 命様! ついに……ついにこうしてお会いすることが叶い、この龍人、心の底から歓喜しております!」


 見た目だけは、年を取った龍博のような老人が姿を見せる。

 それだけで強烈な吐き気を催し、頭が痛くなってくる。


「私はできれば死ぬまで会いたくはなかったですけどね」


 近付いてきて手を伸ばしてきたので、電撃でその手を打ち払いながら感情のない声で言う。


「理由は分かっていますけど、とりあえず聞いておきます。何の用ですか」

「決まっておりましょう! このような不浄の地ではなく、最も穢れのない雷庭にお連れするためでございます!」

「何が穢れのない場所ですか。自分達の都合で数多くの雷神となった女性を食い潰した、最も穢れて呪いがこもっている場所でしょう」

「歴代の雷神様は、自らの意思で雷庭に残り続けてくださっていたと、一族の歴史書には書かれておりますが」


 そう、二代目から美琴の先代まで全ての現人神達は、自ら進んで雷庭に縛られることを選んでいる。

 人質を取られたからとかではなく、本当に自らその選択をしているのだ。

 自ら進んであの土地に縛られることを選び、外の世界から隔絶されて生き、そして一生をそこで終える。

 神が生涯身を置いて、その命を終わらせた場所ではあるからある意味では最も穢れはないかもしれないだろう。


 だが最後に雷神が生まれたのは三百年ほど前の話だし、美琴は今の時代を生きる現役の女子高生だ。

 学校に行って学ぶことはあるし、友達と一緒に遊びに行きたいし、誰かを好きになって恋人関係になって、もしかしたら喧嘩して別れて、また誰かを好きになって、大人になったらその人と結婚する。

 そんな先が見えない、でもその何も分からないことが楽しい人生を歩んでいきたい。

 そう思うことができるほど環境に恵まれていることは自覚しているが、そういう環境を作ってくれた親がいるからこそ、両親に対して恩返しをしたいし育ててくれた分以上に幸せになって安心させてあげたい。


「ともかく命様。一刻も早く、このような場所から離れましょう。いつまでも祓魔十家の成りそこないと剣術だけの只人と、(みやこ)を捨てて逃げた臆病者と関わておられるとあなた様に悪影響です。さあ、参りましょう」


 今の発言を聞いて、今すぐにでも龍人の舌を引き千切って四肢を消し炭にしなかった自分を褒めてあげたくなるほど、一瞬で怒りがピークに達した。

 どれだけ自分のことをバカにしたっていいし、本名の美琴と呼んでくれなくたって、どうせ何を言ったところで聞き入れやしないからと割り切れる。

 だが、親しくしている幼馴染を目の前でバカにされて平然としていられるほど、美琴は懐が広くない。


 激しい怒りに呼応して雷が若干暴走し、体の周りでパチパチと小さく弾けるのが見えた。

 ぎゅっと右手を強く握りながら大爆発して殴りかかりそうな怒りを抑え込む。


「……帰りませんよ。帰るわけないじゃないですか」

「何故!?」

「今の私にとって、帰る家はここだけです。私が帰る家は、大好きなお父さんとお母さんが帰ってきてくれる、一緒にご飯を食べることができる、この家だけです。そもそも、私の大切な友達のことをバカにするような老害がいる場所に、私が『はい分かりました』って行くわけないでしょう? 常識でものを考えてください」


 言った後で、らしくないほど悪い言葉が出て来たなと思ったが、反省も後悔もしない。

 むしろはっきり言ったから少しだけすっきりすらした。


「珍しくお口が悪いですよ、お嬢様」

「み、美琴から聞いたこともないような言葉が出てきてびっくり……」

「むしろ俺達の美琴にそこまで言わせるクソ親父も相当なんだがな」


 二階の美琴の部屋にあった美琴、華奈樹、美桜の荷物を持ったアイリが下りてくる。

 美琴本人から老害と言われたのが衝撃的だったのか、固まっている龍人の隣をアイリが素通りして課題の入った鞄を三人に手渡してくれる。


「……明日、一度だけ雷庭に戻ります。けど、帰るわけじゃありません。ずっと続いてきた悪習を、私の手で全て終わらせるために明日一日だけ戻ります」

「美琴!?」

「ダメだ! 行かせられるわけがないだろう!」


 明日一日だけ雷庭に行くと言うと、龍博と琴音が猛反対する。

 その一方で、龍人はその言葉を待っていたと言わんばかりに笑みを浮かべる。


「口約束では簡単に破られてしまいますなあ」

「はぁ……。だったら神血縛誓で約束してあげますよ。これだったら私からこれを破棄しない限り、約束を破った日から七日後に死にますから」

「でしたら、そこに一つ付け加えていただきましょう。明日、一族の者と模擬戦をしていただき、命様から一本取ることができればその時点で雷庭から出ることを禁ずる、というのは」

「別にいいですよ。本気でやりますから、そっちも本気で来てください」


 そう言って左手の親指の腹を歯で食い破って血を流し、その血を使って縛る。

 最後まで見た龍人は満足そうに頷いた後、驚くくらいあっさりと身を引く。


明日(あす)、一族総出であなた様の帰還をお待ちしております」


 龍人はそれだけ言ってから玄関を開け、軽い足取りで立ち去っていく。


「な、何を考えているんだ!?」

「そうよ! 勝手に色々と決めないで!」


 少しばかりの静寂の後、龍博と琴音が怒鳴るまではいかないが怒りの声を上げる。


「お父さん達を介さずに勝手に決めたことは謝るけど、こうでもしないと帰らなかったでしょ」

「私に持ってこさせた荷物が無駄になりましたね」

「それはごめん。こんなあっさり帰るとは思わなかったから。これは私が持っていくから」

「それよりも模擬戦だ! あのクソ親父は一族の人間との模擬戦と言っただけで、一対一の模擬戦とは一言も言っていなかった! あいつなら、美琴対一族全員とかいう狡い真似をするような奴だぞ!」


 鞄が少し重いので床に置くと、龍博が言う。

 何が何でも美琴のことを連れ戻したい龍人のことだ。龍博が言った通りのことは確実にするだろう。

 立ち去っていく時の足取りと言い、浮かべていた笑みと言い、まるで自分達の勝ちを確信しているようだった。


「大丈夫よお父さん」

「何が大丈夫なんだ!?」

「だってあの人、私が『本気で行く』って言った時にやめろなんて言わなかったし、そのままの内容で神血縛誓を結ばせたんだもの」

「だからそれがなんだって、言う……」


 美琴が言っていることをだんだんと理解してきたのか、勢いがなくなっていく。


「あの人の中では多分、私は能力を使わない模擬戦だと受け取っていると思い込んでいるんだろうけど、そこを一切指摘してこなかった。つまり、何の能力の制限をかけない状態での模擬戦に持ち込めたの」

「お嬢様、それは流石にえげつなさすぎると思うのですが」

「現役女子高生の青春と今後の人生を奪おうって言っているんだから、それ相応の代償を払ってもらわないとね♡」


 後ろにいる華奈樹達も、美琴がやろうとしていることに気付いたのか「うっわぁ……」と零すのが聞こえた。


「そうだ。死なれたら困るし、霊華さんにも連絡しておこっと。あの人がいれば死人は出ないし」

「……人生で初めて、あいつらが可哀そうだって思った」

「私もよ、あなた。私達の娘って、本気で怒るとものすごく怖いのね」

「前に一度怒られたことはあったが、それの比じゃないな」


 静かに、しかし確実にブチ切れている美琴に、両親は揃って遠い目をする。

 とりあえず家で勉強ができるようになったので、床に置いた鞄を持って二階に上がりながら、スマホで霊華に明日のことを伝えるためにメッセージアプリを起動した。

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