154話 向き合う時
ダンジョンを抜け地上に出て、ギルドで回収した核石を換金して四人で山分けした際に、下層ボスとミノタウロス強化種の核石一つでかなりの額になることに驚いた綾人が拒否しようとしたが、今のところ換金許可証を持っているのは美琴だけなので、規則に従って平等に分けないといけないと説得して受け取らせた。
ギルドを出る時に、自分のスマホで口座を確認していた綾人の手がぶるぶると震えていたのを見て、最近は慣れすぎて何も感じなくなったがこれが普通のリアクションなのだと、活動を始めたばかりの頃が懐かしくなった。
「綾人くんはさ、呪術師としても活動してて任務報酬とかかなりもらっているでしょう?」
「貰っているけど、ここまでじゃない。学業優先だから任務数もそこまで多いわけじゃないし」
「あくまで学生のバイト感覚なんだ」
「怪異討伐をバイト感覚とは、あまりよろしくないがのう」
「綾人やからやろうな」
ギルドの更衣室で私服に着替えた四人は現在、美琴の家に向かっている。
華奈樹と美桜は冬休み中は美琴の家にいる。そこで志桜里を含めて四人で勉強会でもしようと家に来た時には既に決めていたのだが、そこに綾人も加わった。
正確には加わらせたが正しいのだが、律義に課題を鞄に入れて持ってきている。
綾人の妹の綾香も連れてきていいと言ったが、これ以上女子の比率は増やしたくないからと断られている。
「華奈樹と美桜の任務報酬ってどうなっているのか気になるんだけど」
「基本見いひんようにしとるかな。学生が持っていい額やないし。管理は両親に任せとるわ」
「妾は普段いくら入っているのかは知っておるし、管理も妾自身でやっておるな。毎月使える額は志桜里に協力してもらって制誓呪縛で縛って決めておる」
「やっぱ学生の内はそういう管理方法になるか。美琴は?」
「私はアイリに任せているわね。最近高校生でもできる資産運用の口座を作って、後は丸投げしているわ」
「大丈夫なのかそれ」
『今のところ元本割れをしたことはありません』
「AIだから、寝る必要がないっているのが強みよね。何より合理的だから、悩まずに即決できるし」
龍博と琴音からの許可をもらって口座を作り、管理をアイリに任せてから日々利益が出続けているのを見て少し怖くなったが、それをも親孝行のためだと思うことにしている。
その話をしたら、綾人も自分の資産運用口座を作ろうかと呟くのが聞こえ、作っておいて損はないからやったほうがいいとだけ言っておいた。
ちなみに、ダンジョン攻略で得られる核石の換金以外の収入、つまり動画の広告収入や案件配信、スパチャなどは美琴も可能な限り見ないようにしている。
一度アモン戦後の二億円とかいうとんでもないスパチャがあり、アワーチューブやスマホの製造会社の方にいくらか手数料を持っていかれるとはいえ、それでも目玉が飛び出そうな額が入ってくることは確定していたため、郵便局の口座を作ってもらいそっちにダンジョン攻略の収益を入れることで見ることを回避している。
「美琴の場合税金えぐそうだな」
「税金問題はお父さんとお母さんがいるし、アイリもその辺のサポートはしてくれるから、大丈夫だと思いたいわね」
「……来年の確定申告が鬱になりそうやね」
「今それを言わないで」
気が狂いそうなくらいがっつり税金として持っていかれるのは覚悟している。
持っていかれてしまう額を抑えるためにも節税対策は必須だし、やれるだけのことはやっておきたい。
メンバーも増えて来たし、高校を卒業したら一般募集をするのだし、今のうちにクランハウスでも買った方がいいかもしれないなとぼんやりと考える。
『……お嬢様。今は帰宅しないほうがよろしいかと』
「え? どうして?」
課題は何から手を付けようか、やはり面倒な課題筆頭の数学から終わらせてしまおうかと考えていると、突然アイリがそのようなことを言う。
美琴の家で課題を進める予定でいたので、家に帰らなければ筆記用具も課題も回収できない。
『お嬢様方の必要なものは私が回収してきますので、とにかく今は帰宅なさらないでください』
「分かった……けど、理由が知りたい」
『……お嬢様の精神衛生上、答えるわけにはいきません』
その言葉だけで、どうしていけないのかを理解できた。
その直後、美琴のスカートのポケットの中にしまってあるスマホが短く震え、メッセージが届いたことを伝えてくれる。
スマホを取り出すと琴音からのメッセージで、アイリ同様今は帰ってこないほうがいいという内容のものが送られてきていた。
「ど、どうした? 急にものすごく冷たい顔になったけど」
「会いたくもない人が家に来たって言えば分かるかしら?」
「……まさか、一族の連中か?」
「えぇ、それも一族の中で飛びぬけて頭がおかしい、祖父がね」
龍博の父親で美琴の祖父、雷電龍人。
一族の中で誰よりも雷神に執着し、誰よりも心酔し、誰よりも美琴から名を奪おうとした張本人。
百鬼夜行の後、雷神の力を覚醒させて現人神となった美琴のことを、あの手この手で力を抑える釘を刺した部屋に連れ込もうとし、その都度怒髪天の龍博が殴り込んで助けてくれた。
あの時の美琴は、冷たくはあるがなんだかんだで自分のことを可愛がってくれている素直じゃないおじいちゃんと思っていたのだが、今となってはどうしようとしていたのかよく分かる。
可愛がっていたのは、宗家の長男の娘だから。
素直じゃないと感じていたのは、最初から孫娘ではなく雷神の力が宿る可能性が高い器だったから。
中学生になってから両親にしつこく聞き続けてようやく真相を知った時は、あまりの酷さに危うく人間不信になるところだった。
「あのくそ爺か。はよう墓に入ればよいものを」
「美桜、嫌いだからって女の子がそんな汚い言葉を使っちゃいけないわよ」
「私も美桜に同意見やね。私達から美琴を奪おうとするだけやなく、美琴の残りの人生を壊そうとしたんやもん。さっさと死んだほうが世のためよ」
「基本誰にでも好意的な華奈樹ですらそこまで言うのか。余程嫌われてんだな、あのじーさん。分からなくもないけどさ」
「嫌いにならない理由がないものね」
龍人がやろうとしていたことは、朱鳥霊華を含め全ての祓魔十家が知っている。
過去最大規模で過去最悪の百鬼夜行を沈めた最大の功績者を、あの狭い箱庭の中に縛り続けるのは呪術界最大の損失だからだ。
怪異は人間が地球上にいる以上必ず発生し続け、多くの呪術師、退魔師、魔術師がその対応をしなければいけない。
強い力を持っていればその分だけ多くの人を救うことができ、逆にその人が死んでしまえばその分だけ人が死ぬ。
美琴は強い弱いとかそんな次元にない、神の力そのものを有している。
神というだけで怪異には他の追随を許さない特攻性を持ち、神性を開放する前ですら余裕で深層を進むことができる。
呪術師として活動すれば、霊華に次ぐ最強の戦力として前線で戦い、探索者として活動すれば長らく探索が進まずにいる未開拓領域を開拓し、新たな情報や物質を地上に持ち帰ってくれる。
美琴一人でどちらの世界にも大きな影響をもたらす。それを美琴の両親を除いた雷一族以外の全ての人が理解したからこそ、雷一族は孤立している。
「でもアイリ、どうやって私達の荷物を持ってくるって言うのよ」
『フレイヤ様から貰ったものをお忘れで?』
「あー……」
クリスマスパーティーの時に機械の体をプレゼントされたことを思い出す。
確かにあれがあれば美琴達の荷物を外に持ち出すことも可能だ。
可能なのだが、持ち出すことができるとしてどうやって持ち出すかが問題だ。
あの龍人のことだ。どう考えても一人分ではない荷物を持ち出す人物がいれば、龍博達を押しのけてでも追いかけて来るだろう。
『そこはご心配なく。あの機体にはフレイヤ様のブーツと同じで、空気を踏んで移動できる機能が付いているようなので、二階の荷物を回収後窓からそのまま出ます』
「何を付けているのよフレイヤさん」
しかし助かった。
フレイヤもまさかこんな風にアイリの体に付けた機能が使われるとは思っていなかったかもしれないが、それに助けられたことに変わりはないので今度何かプレゼントしてあげよう。
「あ、でも勉強する場所どうしよう」
「そう言いながら俺を見るな」
「だって華奈樹も美桜も実家ここじゃないし、ギルドの勉強部屋は予約制で前日に予約しないといけないし」
「となると、一番都合のいい場所は綾人の家になるのう」
「都合のいいとか言わないでくれないか!?」
だが美桜の言うことも正しい。
ファストフード店で勉強するのはマナー的にもよろしくないし、図書館という手もあるがここからだと若干遠い。
ならこのまま進む先にある綾人の家に行った方が早いし何より楽なのだが、自分で言っておきながら男子の家に行こうと言ったことを若干後悔している。
幼馴染でも綾人はすっかり十六歳の男子高校生。
小さいころの面影を残しつつも、弟のように可愛い男の子ではなく今や立派な男子だ。
そもそも京都にいた頃も綾人の家以外の男子の家に行ったことはないし、その綾人だって九年ぶりだ。
「……やっぱり一旦家に行くわね」
『お嬢様!?』
「いつまでも逃げるのはもう嫌だし、いい加減向き合わないと」
どうしようかどうしようかと考えているうちに、どのみちこの冬休みの間に京都の実家に行くと決めているし、今会うかこの先で会うかの違いでしかないという考えに至った。
アイリだけでなく幼馴染三人もやめた方がいいと引き留めてくるが、再度逃げ続けるのはもうやめると言って説得する。
でも龍人がいる場所で勉強はし続けたくないので、言うことを言うだけ言ってから荷物を回収して、綾人の秘術で綾人の家に直行することにした。




