153話 幼馴染四人パーティー初のまともなボス戦
「下層の深域のボスって、どんなやつなんだ?」
上域と中域は、ボスを昨日綾人が倒したためボス戦という最大の目玉の一つをせずに踏破し、下層深域を進んでいた幼馴染組。
元々食べるのが好きだからか、あるいは体をそれなりに動かしたからお腹が空いたのか、美桜のお腹が可愛らしく、くぅ、っとなったため安全地帯を探してそこで昼休憩をすることにした。
その場で調理するなんて言う命知らずなことはしないので、早起きしてお弁当を用意しているのだが、美琴、美桜、華奈樹の三人の女子高生は揃って料理上手であるため、ダンジョンの中で食べるようなものではないほど豪華なものになっている。
普段から揚げる直前まで準備をした後で冷凍している手作り冷凍から揚げやコロッケ、だし巻き卵、里芋の煮物にタコウインナー、野菜たっぷりサラダに稲荷寿司と、まるでピクニックにでも着ているような気分になるラインナップだ。
そんなお弁当を四人で分けながら食べていると、ふと綾人が聞いてくる。
一瞬、いつも下層最深域まで行くのが当たり前になりすぎて質問の意図を理解できなかったが、綾人は昨日登録したばかりのピッカピカの新人。
中層のボスも全て知っているわけではないし、昨日も中域までしか足を踏み入れていないのだから知っているわけがない。
「あれってどう表現すればいいのかしらね」
「確かに、どう表現すればいいのでしょう」
「マジでどんなボスモンスターなんだよ」
上手い表現の仕方が思いつかず、お弁当に入れるために冷ましたがそれでも美味しくできているから揚げを一つ、割りばしで摘まみ上げてかじりながら考える。
別に、色んなモンスターがぐちゃぐちゃに混ぜ合わさったようなモンスターではないし、姿をそのまま表現するのであれば狼に近いモンスターだ。
ただ、ならばそのまま狼型だと言えばいいではないかと思うが、言葉にするのが微妙に難しいのだ。
「じゃあ、どんな属性を使ってくるのかは教えてくれないか?」
「雷よ。だから相性は私と抜群なの」
「美琴には雷は効きませんからね。今となっては特に」
「今ならば、奴の雷を奪ってぬしの力にできるのではないか?」
「……多分、できるかも」
”雷神系女子高生、遂にボスモンスターの雷すら己のものとする”
”まあ、もう本人とマラブさんから、ここまで覚醒したら物理と同じ魔神でない限り絶対に死なないって言われているしね”
”冷静に考えて、体は人間のままなのに権能と物理攻撃以外一切通用しなくなるのおかしすぎる”
”魔神が俺たち人間の尺度で考えられる次元にいると思うか?”
”どれだけ存在がバグり散らかしてても、美琴ちゃんはどこまでもぽんこつ可愛い”
”毒とか催眠って効くのかな? それとも魔神パワー的なサムシングで無効化されるのかな?”
”あいつの雷奪うことができるかもって言った瞬間の綾人くんの顔よwwwww”
”マジかよ、みたいな顔してんのクソワロwwwwwwwwww”
”ウルトラスーパー美少女幼馴染に向ける表情じゃねえ”
”でも気持ちはよーく理解できてしまう”
”美琴ちゃんの配信を最初期から観続けているワイ、綾人くんの気持ちがよく分かってしまう”
”きっと雷奪って自分のものにできても、どこかで何かぽんをやらかしてワイらに笑いと癒しをもたらしてくれそう”
”魔神戦レベルで集中している時以外、基本何かしらのぽんをしてくれるのありがたい”
”直近だと雷断の解放を知らなくって、名前を呼んでも何も起きなかった奴か”
”あれは本当にあまりも安定で癒された”
「あまりぽんこつって言わないでよぉ……」
「でもぽんこつじゃないですか」
「じゃな。このから揚げだって、最初の二個を油の温度を高くしすぎて衣を思い切り焦がしておったしな」
「それを悲しそうな顔をしながら食べていましたね」
「ねえそればらさないでもらえる!?」
考え事をしていたことと、綾人もこのお弁当を食べるのだと意識していたこともあって油の設定を二百度にしたのを見落としてしまい、そのまま揚げてしまった。
その結果、いつも自分で決めている揚げ時間になる前に気付いて油から上げたのだが間に合わず、見事に衣を焦がしてしまい渋々焦げたから揚げを食べて片付けた。
もちろんそれを美桜と華奈樹にもしっかり見られており、このことは配信では言わないでほしいと約束したのだが、それを反故にされてしまった。
こういう時に呪術が使えれば、制誓呪縛で強制的に黙らせることもできたのにと、呪力を全く持たないで雷神の力を持つ自分を少し恨む。
「んで、結局どんなやつなんだよ、深域ボス」
爪楊枝でタコウインナーを取って、指でくるくると回しながら改めて聞いてくる。
「ものすごく大雑把に言えば、狼っぽいモンスター。……なんだけど、それだけじゃないのよね」
「狼と言えば狼なんじゃが……よく分からんな、あれは本当に」
「もうここまで来たら見たほうが早いと言った方がいいのでわ?」
「そうかもね。じゃあ綾人くん、深層ボスは見るまで楽しみにしててね?」
「すんげーお預け食らったんだけど。そこまで言われてお預けされると、自分で調べたくなる」
「だめ」
「だめって」
「楽しみにしてて」
「……うい」
強力な防御術式の施されているスマホホルダーからスマホを取り出そうとするのを左手で触れて制止して、ここまで来たら見るまで待てと言う美琴。
それでも気になって仕方のない様子の綾人だったが、じっと目を合わせながら楽しみしていろと言うと、目を泳がせてから小さく頷いた。
「この二人のやり取り、本当に姉弟みたいですね」
「妾には姉弟どころの話ではないように見えるがのう」
「言われてみれば。でも不思議ですよね。この二人、昨日やっとまともに会話しだしたんですよ」
「だのにもうあのような雰囲気を出せるとはのう。今後が楽しみじゃな」
「ねえ、何か変な会話していない?」
「「別に」」
「あ、怪しすぎる……」
何を話していたのかを聞き出そうとしたが頑なに口を開かず、最後まで謎のまま昼休憩が終わってしまった。
♢
昼休憩の後、食後の腹ごなしでいくつかモンスターを倒した美琴達は、下層深域のボス部屋の転送陣の前に立っていた。
雷を操る狼のようなモンスター、なのだから確実に狼だけではないと言えるよく分からないモンスター。
視聴者の中には、日本で特に有名な狩猟ゲームに出てくる人気のモンスターを元に発生したものではないかという意見もあり、気になって調べてみたのだがあまり似ていなかった。
「マジでどんなモンスターなのかが気になるな。美琴に調べるの禁止されたから」
「初めて見るものはきちんと楽しみにしておかないとね」
「普通は事前に情報調べて準備するものなんだけどな」
「事前情報ほとんどなしで上域と中域のボスを倒しておいて何を」
右腕を伸ばして綾人の頬を指で突っつく。
美桜と華奈樹、昌や灯里と比べるとあまり柔らかくはないが、意識して肌の手入れをしているのが今ので分かった。
「それじゃあ行きましょう。戦闘準備はしておいてね」
裁決の鍵の鯉口を切り控え斬りにしたまま転送陣を踏む。
飛ばされる感覚を味わってボス部屋の中央に飛ばされる。
まず先に美琴が行ったのは、ボス部屋の外に出るための転送陣がないかどうかの確認だ。
振り返って確認するとしっかりと転送陣はそこに存在しておらず、正しいボスが待ち構えているのだと安堵する。
「アオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
その直後、部屋全体にびりびりとお腹に響くほど大きな咆哮が鼓膜を激しく振るわせる。
あまりの大きさに驚いたのか、綾人が僅かに体を震わせて耳を塞ぐ。
「ほれ綾人、お出ましじゃぞ」
この四人の中で一番耳がいい美桜も、その大きな咆哮に表情を歪ませながら正面を指さす。
下層最深域に通じる螺旋階段。その上部にある大きな洞穴。
そこから下層深域を守護しているボスモンスター、雷狼牙が姿を見せる。
「確かに……狼だけじゃないな?」
「でしょ?」
ずしん、と音を立てて洞穴から飛び降りてきたライロウガの見た目は、シルエットはまさに全長二十メートル近くある巨大な狼なのだが、額からは大きな螺旋状の角が生えており、体の上半分を青い毛の混じった灰色の毛皮で覆われ、下半分は爬虫類のような鱗で覆われている。
前足は丸太のごとく太く大きく発達しており、そして大きくふさふさな尻尾は四つも生えている。
と、このように全体的なシルエットはまさしく狼なのだが、要所要所で他の動物の要素も加わっていてそれだけではない。
体の下半分を覆う鱗もドラゴンのものなのではないかと思うのだが、何度も戦った経験から体を守るための鱗にしては脆いのが分かる。
ちなみに、狼がベースとなっているということもあってか、モンスターであるにも関わらず造形はかっこいいと男性から評判だ。
そのため探索者の間では非常に高い人気を誇り、中には無茶をしてこのライロウガの写真を撮りに行ってその写真集の販売を行っている者もいる。
少し前ならともかく、今の美琴からすれば見た目的に狼犬やシベリアンハスキーとさほど差がないモンスターに過ぎないのだが。
「尻尾が四本……九尾の狐が元か? でも鱗もあるし、額からは角が生えているし……」
「怒らせると背中から剣みたいな背びれのような何かが出て来るよ」
「ますますよく分かんねえな?」
「あと、雷を使う特性上動きはかなり素早いから気を付けてね」
そう警告した直後、ライロウガが額の角から雷を放出して、雷撃を美琴に直撃させてくる。
「美琴!?」
”雷直撃しましたが!?”
”美琴ちゃーん!?”
”権能と物理以外の攻撃は効かないって言うけど、本当にそうなのか見たことないから不安だよ!”
”直撃するまでの美琴ちゃんが笑顔なのが半端ない”
”ライロウガのビジュアルかっこよくて好きだけど、少しくらい空気読んでくれや”
”あまりにも容赦ねえよお……”
”でもこのメンバーで一番強い美琴ちゃんを真っ先に狙う辺り、本能ってすごいのな”
”あまりにも最優先で狙ってきたから、過去の個体の記憶を持っていると言っても信じるぞ”
”雷直撃した時の綾人くんの顔が、そんなこと言ってる場合じゃないけど面白かった”
”なんで華奈樹ちゃんと美桜ちゃんは何も反応ないん?”
”この程度でやられるわけねーみたいな顔してんのwwwwww”
”確かにやられないだろうけどさあ、もうちょっと心配しましょうよお嬢さん方”
回避行動も取らずに雷の直撃を受けたからか、綾人が驚いて心配に声を上げ、コメント欄も珍しく攻撃を受けた美琴に驚いたのか、大量のコメントを書きこまれる。
直撃を受けた時に舞い上がった土煙をぱたぱたと手で仰ぎながら少しずつ払い、小さく咳き込みながら無事なのを見せると、見るからに安堵する。
「けほっ。平気平気。ほら、傷一つないから」
「だとしても回避行動を取ってくれ。心臓に悪い」
「ごめん、もうしないから」
あえて攻撃を受けた理由。それは、本当に権能と物理攻撃以外で傷つくことはないのかの実験のためだ。
触れる直前であれば、これはダメな奴かどうなのかの判別は付くし、危険なようなら帰還雷撃クラスの速度で移動できるので全然間に合う。
結果として、やや強めの衝撃は感じたが痛みは一切感じず、本当にモンスターや人間では殺されなくなったのだなと実感する。
ちなみに、確証はなかったので実は結構心臓がバクバク言っているのだが、それを悟らせるわけにはいかないと平静を装っている。
「今さっきも言ったけど、あんな巨体でありながら雷を使ってかなりの速度で動き回るから気を付けてね。あと、下層深域のボスだから回避しないと即死する攻撃もいくつか使ってくるから、その時は合図するね」
「りょーかい。美琴も気を付けろよな」
「分かっているわよ」
軽口を叩き合ってからその場から散開し、直後に再び雷が美琴がいた場所を通過する。
このモンスターは本能で強者から優先して狙う傾向にあり、美琴がいれば百パーセント美琴だけを優先して狙う。
美琴本人は防具の類は一切なく、強力な防護系呪術の編み込まれた呪術礼装の着物を着ているだけ。
物理攻撃と権能以外の攻撃が効かなくなったとはいえ、毎回直撃を受けるといらぬ心配をかけてしまうので、雷と同じかそれ以上の速度で移動できる利点を活かして回避タンクをする。
ライロウガは二十メートル越えの巨体に見合わぬ速さで駆け出し、前に飛び出してきた美桜を無視して真っすぐ美琴に向かってくる。
間合いに入ると太く大きな右の前足を振り上げて、体重を乗せて思い切り振り下ろしてくるが、後ろに下がって回避して足が地面に叩きつけられた瞬間に雷鳴を響かせて踏み込む。
前足を左右に切り分けて体勢を崩し、鋭い眼光の金色の瞳を斬り付けようと振るうが、至近距離で角から雷が放たれて危うく直撃するところだった。
紫電で足場を作ってそれを蹴ってギリギリで回避し、お返しにと上から雷を落とす。
「ギャウッ!?」
美琴の攻撃が雷だと分かり回避行動を取ろうとしなかったが、紫電の直撃を受けて悲鳴を上げる。
少し前までは効かないなんてことはなくダメージは通っていたが、今ほど効果はなかっただろう。
高い雷の耐性を持つライロウガにダメージを与えることができたのは、魔神により近くなったことと視聴者達の信仰心による強化があるからだろう。
「相手は美琴だけじゃないぞ!」
「ガアァ!?」
雷の足場に立って宙に浮いている美琴を鋭く睨み付けていると、ライロウガの背後にいた綾人が一瞬で眼前に姿を現して、刀を鋭く振るい左目を潰す。
咄嗟に顔を逸らして両方の目を潰されるのを防ぐ辺り、流石ボスモンスターなだけはあるが、視界の半分を失うのは戦いにおいて致命的だ。
それを狙っていたかのように死角となったほうから美桜が音を立てずに走って接近していき、再生が終わりそうになっていた右前足ではなく左前脚を根元から切り落とし、大きく姿勢を崩す。
そこに華奈樹が美桜の後ろから飛び出して、首を刎ねようと上段に構えて踏み出す。
「アオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
もしやボス戦はこれで終わりなのかとコメント欄がざわつくが、反射的に耳を塞いでしまうほど大きな咆哮を上げることで華奈樹の動きを鈍らせ、その隙に尻尾から放電して雷を彼女に向かって放つ。
華奈樹は呪力も魔力も持たないただの人間で、あんなものの直撃を受けたら大怪我では済まない。
大きく響く咆哮から回復した美琴は、足場を蹴って華奈樹の元へ駆けつけて、胸を除いて華奢な体に抱き着いて離脱する。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「あまり無茶はしないでね」
「はい。……それより、そろそろ手を放してもらえません?」
言われて、美琴の左手が華奈樹のふくよかな胸をしっかり掴んでいることに気付く。
どうりで随分と柔らかい感触があるわけだと顔を赤くし、そっと手を放して小さな声でごめんと謝る。
「変なラブコメしている場合じゃない!」
そこに綾人が一瞬でやってきて二人の肩に触れ、ライロウガの咆哮と共にレーザー状に放たれた雷が当たる前に、秘術を使って最深域へ通じる階段付近まで移動する。
「べ、別にラブコメしているわけじゃ……!」
「言い訳は後にしてくれないか? ちょっと真剣にやらないとすぐに殺されそうだから」
綾人の表情は真剣そのもので、目の前の敵を必ず倒すという目標を強く持った剣士の顔になっていた。
こんな顔もできるようになったんだなと少し胸をときめかせていると、首筋にぞわりとした感覚があったので急いで立ち上がって、上から落ちてきた雷に干渉して軌道を逸らして地面に落とす。
間髪入れずにライロウガが、その巨体を素早く動かしながら美琴達のところに駆けてくる。
美琴がそこから離れると、綾人と華奈樹は眼中にないのかがりがりと爪で地面を削りながら急制動をかけ、美琴を追いかけて来る。
他三人に関心すら持たないならばと、目のいい美桜に目くばせをすると意図を察してくれて、華奈樹と綾人を呼び寄せてくれる。
その間もライロウガは激しい攻撃を連続して繰り出してくる。
太い前足を連続して叩き付け、一際大きな叩き付けの後は四本の尻尾と頭の角から青い雷を放出して牽制してきて、その間に次の攻撃動作に入る。
美琴の眼前で雷を激しく弾けさせて目をくらませ、その隙に頭の角を武器に突進をしてくる。
雷の足場を作って、それを蹴ってくるりと回転しながら回避し、左手で鉄砲の形を作って人差し指から圧縮した雷を放つが、直前で回避されて右耳を抉り飛ばすだけに留まった。
”やっぱライロウガの攻撃速度と頻度半端ねえわ”
”美琴ちゃんの倒し方がおかしいだけで、やっぱりこいつもしっかり下層深域のボスなんだな”
”初めて戦う綾人くんがいるから、速攻で終わらせに行くようなことをしないんだな”
”華奈樹ちゃんと美桜ちゃんもこれ実質初めてじゃね?”
”京都のダンジョンの下層深域のボスもこいつで、二人とも下層最深域までのボスを倒しているゾ”
”今のところ実力が判明していないの綾人くんだけなの草”
”あの……さっきから瞬間移動みたいなことしまくってんだけどこの男子高校生……”
”触れている対象も一緒に瞬間移動できるみたいだけど”
”汎用性があまりにも高すぎる”
”実はあの瞬間移動、完全フィジカルな脳筋技なんじゃないかって思ってる”
コメント欄も、攻撃後の後隙を埋めるような多彩な攻撃を繰り出し続けるライロウガは、美琴がやはり強すぎるだけで十分異常な強さを持っているのだなというコメントがたくさん書き込まれる。
「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
攻撃を全て回避したり、足や尻尾を斬り飛ばしながらいなし続けていると、自分の思った通りに事が運ばないことに怒ったのか、背中から大きな剣のような背びれっぽい何かが複数本生えてくる。
それが生えてきた直後に特大の咆哮を上げて、頭の角、四本の尻尾、そして背中の背びれのようなものから雷を無差別に放出する。
背中から生えてきたものは、普段は体内に収納されている発電器官のようで、ライロウガのことが好きすぎるあまりライロウガだけの知識が豊富な人が作った攻略サイトには、あの背びれは空気に触れることで発電しているようだ。
実際、あの背びれが消えずに素材として残った際に、その攻略サイトの運営者は背びれを戯れで振ってみたら、それだけで強力な電気を発電したそうだ。
なんとも不思議な生態だが、美琴はそのサイトをフレイヤが見つけていないことを祈っている。
もし彼女がそれを見つけてしまえば、来年十八歳になって成人した際に、ライロウガの素材を意地でも手に入れて発電機構を組み込んだ魔導兵装と合わせて、とてつもないものを作りそうな気がしてならないからだ。
そんなことを考えながらライロウガのますます激しくなった猛攻をしのいでいると、ボス部屋の端の方にいた綾人が一瞬でライロウガの目の前まで移動してきた。
雷の速度で移動でき、雷を目視してから回避できる目と反応速度と体がある美琴でも、端の方からここまで移動してくる瞬間は見えず、まるで空間そのものを跳躍してきたように見えた。
「韋駄天・六華!」
原理はどういうものなのだろうかと思っていると、綾人から呪力と思しき力の流れを僅かに感じ、その一瞬後に綾人は目の前から消えてライロウガの背後にいた。
「ギャアアアアアアアアアアア!?」
悲鳴を上げたライロウガは地面を転がり、体の六ケ所から血を吹き出す。
六華と言っていた辺り、超速で移動しながら六回斬り付ける技なのだろう。
「おー、速い」
地面を滑りながら止まった綾人を見ながら、呑気にそんな感想を零す。
続けて美桜も、秘剣の十六夜風刃を使ってライロウガの体に大量の切り傷を付け、華奈樹は立ち上がるのを防ぐように魔眼を使った状態で両前足を斬る。
斬られた足を再生させようとするが、彼女の魔眼で見られた状態で付けられた傷はそうそう治すことはできず、中々直らない自分の足を見て一瞬困惑したように首を傾げるが、すぐに体中の発電器官から雷を発生させる。
「させねえよ!」
ライロウガの背後にいた綾人が、地面を強く蹴ってから再び超速移動しながら、尻尾、背びれ、頭の角を斬り落とすことで発電を阻止する。
頭の角は発電器官であり同時に制御の役割を持っていたのか、発電した雷の制御が失われて暴発して、周囲に雷を巻き散らすが美琴が干渉することで被害が華奈樹達に行かないようにする。
かなりの量の雷を蓄えていたようですぐに暴発が収まらず、収まるまでに五秒ほどかかった。
もうもうと上がる土煙の向こうに、ゆっくりと起き上がろうとするライロウガのシルエットが見えたので、止めを刺そうと裁決の鍵の柄をしっかりと握って踏み出そうとするが、それよりも先に綾人が秘術を使って土煙の中に飛び込んで、首を斬り落とした。
土煙の向こうでズシリという重い音が聞こえ、土煙が消えると体を崩壊させているライロウガと、刀を鞘にゆっくりと納める綾人の姿が見えた。
「あら、いいところを持って行ったわね」
「わ、悪い」
「別に、怒っているわけじゃないわよ。倒せるならそれでいいんだし」
「そうか。……うお、なんだこれ。すげーデカい」
地面に転がっている核石を見た綾人は、自身の頭よりも大きな核石に驚いて、しゃがんでそれを両手で掴んで拾い上げる。
「中域のボスの核石を昨日も見たじゃない」
「あれはこれほど大きくなかっただろ。……これ以外にも何かあるな?」
未成年は核石を持ち帰ってはいけないと昨日ギルドから口酸っぱく言われたからか、核石を地面に降ろしてからライロウガの素材を拾う。
それは背中の背びれの形の発電器官で、複数生えていた中で一番大きなものだ。
「……倒したモンスターの一部がこうして落ちるのか。なんというか、ますますゲームっぽいな」
「ゲームと違って死んだら即終了だけどね」
「そんな軽い気持ちでここに潜ってないから安心してくれ」
そう言って持っている素材を地面に降ろす。
「とりあえず下層深域のボスを倒したけど、どうする? 時間はまだあるけど」
「んー、そうねえ。戻る時間を考えるとここで切り上げたほうがいいんだけど、ここまで来たからには最後まで行きたいのよねえ」
「妾はできれば戻りたいのが本音じゃな。機械の体を手に入れたアイリがいるとはいえ、志桜里を一人で留守番させておるのじゃ。大分よくなっているとはいえ体が弱いことに変わりはないしのう」
「私はここまで来たからには進みたいですが、確かに志桜里を一人にするのは不安ですね」
「俺は別にどっちでも。ここは先輩方に任せるよ」
華奈樹と美桜が志桜里のために戻りたいと言い、綾人は攻略と配信に不慣れなこともあってどっちつかずな発言をしたので、顎に手を当てて少し考えてから戻ることにした。
ライロウガの落とした素材、売ればいくらになるのだろうかと若干後ろ髪を引かれつつ核石だけを回収して、ボスを倒したことで現れた部屋から出るための転送陣を踏んでボス部屋から出て、地上を目指して歩きだす。




