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151話 八つ当たりのワンパン

「綾人はダンジョンに入るのは、これが二回目なんですよね?」


 二十体のゴブリンの軍団を美桜が準備運動がてら倒していくのを見ていると、華奈樹が綾人にそう質問するのが聞こえた。


「そうだな。だからマジでどこに何があるのか、どういう構造になっているのかとか何も分からん」

「あなたの実力ならすぐに把握できて慣れるでしょうけど、それまでは私達の方が頼りになるお姉さんなんですね」

「そこはせめて先輩って言ってくれないか?」

「でもこの中で唯一、綾人くんはまだ十六歳でしょ。誕生日は一月だから」


 美琴、美桜、華奈樹は既に誕生日を迎えて十七歳になっているが、この中で唯一綾人だけが年明けの一月が誕生日なので、十六歳と一つ年下だ。

 こういうこともあるから弟のように思っているというのもある。


「確かにまだ年下だけど、数か月しか変わらないだろ俺達」

「でも年下なのは事実ですー」

「同級生なんだからお姉さんぶるのはやめてくれ。……ん?」


 ゴブリンを全て倒しきった美桜が刀を鞘に納めて戻ってくると、綾人が何かを見つけたのか美桜がいた場所よりも少し先の方に目を向ける。

 何を見つけたのだろうかと同じ方を見ると、そこには宝箱のようなものが鎮座していた。


 もう半年以上もダンジョンに潜っているのでその正体はミミックであることは知っており、間違って開けたら大きく口を開いてかじってくるのも知っている。

 以前深層攻略の時に、マラブが「宝箱にはロマンがある」とか抜かしてかじられて、上に着ていたスーツのジャケットが破れていたのを思い出す。


「宝箱?」

「……不思議なことにダンジョンの中にはああやって、所々に宝箱があるのよ」

「へー。やっぱ開けると何かいいアイテムとか入ってたりするのか?」

「空っぽだったり、地上で換金できる素材だったりするわね。開けてみるまで何が入っているのか分からないわ」

「美琴、あなた───むぐっ」

「しっ。こんなに面白いのを見逃すわけにはいかぬじゃろう。ここは一つ、美琴の悪戯に乗ろうではないか」


”美琴ちゃん!?”

”こーれ、狙ってますねえ”

”初心者あるあるだな”

”知識がないと分からないからなあこいつ”

”確実に知識を持っている側の美琴ちゃんが騙そうとしてるの草”

”美琴ちゃんもこういう表情するんだ”

”悪戯笑顔もかわいすぐる……”

”美桜ちゃんが思い切り悪ノリしているのもイイね”

”唯一華奈樹ちゃんが助けようとしたけど、美桜ちゃんに口塞がれてて尊い”

”さてさて、新人君はどんな反応を見せてくれるんだろうか”

”美琴ちゃんが初めてミミックと遭遇した時どんな反応したのかが知りたすぎる”

”きっとびっくりして悲鳴を上げたに百万ジンバブエドル”


 綾人に見えないようにしているコメント欄を見て思い出す、初めてミミックを見つけた時のこと。

 ゲームなどはほとんどやったことがないので、どうしてこんなところに宝箱があるのだろうかと最初から不審に感じ、警戒しながら近付いた。

 もし何かしらのトラップだったらすぐに破壊できるように、一鳴(ひとつなり)を開放してからそっと開け、そして勢いよく噛み付こうとしてきて驚いて悲鳴を上げながら思い切り蹴り飛ばした。

 間違って脛で蹴ってしまって強烈な痛みに悶絶しつつ、片足で跳びながら近付いて真っ二つにした。


 この時は配信を既に始めていたが、ウォームアップ中だったので動画は残されていない……はずだ。

 アイリはその頃はまだここまで人間っぽさはなかったし、美琴の命令には忠実だった。


「ゲームみたいなこともあるもんなんだな。でも何でこんな分かりやすいところにあるのに、開けられていないんだ?」

「宝箱はランダムで出現するみたいだから。だから前はなかった場所に出てくることもあるし、あった場所からなくなっていることもあるの」

「面白いな」

「今日が初めての正式攻略だし、宝箱を開ける人第一号は綾人くんに任せるわね」

「いいのか?」


 なにも疑わずに聞き返してくる綾人に、危うく吹き出しそうになってしまうのを必死にこらえる。

 美桜と華奈樹の方を見ると彼女達も同じようで、美桜はもうギリギリなのか手で口を塞ぎながらぷるぷると震えている。


 三人が笑い転げそうなのを必死にこらえているのを知らない綾人は、つかつかとミミックに近付く。

 それに比例して、コメントが美琴達に乗っかる視聴者と綾人を助けようとする視聴者で加速していく。


「これには何が入っているんだろうな」


 ミミックの前で膝を突いて、楽しみにしているのかやや明るい声色で言いながら手を伸ばす綾人。

 そしてついに、その正体を知ることになる。


「うおわぁ!?」


 ほんの少しだけ()を開けた瞬間、勢いよく開いてそのまま綾人のことをかじろうとしてくる。

 驚いて尻もちをつくが、反射的に左手で逆手に掴んだ刀を抜いたのか、嚙り付こうとするミミックが両断される。

 齧られてじたばたしている綾人も見たかったが、あの情けない悲鳴を上げて尻もちをついたのも面白いのでそれで良しとする。


「……え? は? え、なにこれ!?」

『反射的に両断するのは流石ですが、綾人様。こんな危険な場所に明らかな人工物のようなものが置いてあることを不思議に思いませんでしたか?』

「て、てっきりRPGゲームのあれ的なものかと」

『では復習をしましょう。怪異は人の恐怖心から発生する呪力や魔力を元に、大勢に信じられることでこの世界に刻まれている恐怖の存在、日本だと鬼や妖怪が有名ですね、などにその呪力や魔力が蓄積されて行き、一定以上の力を獲得することで発生します。ダンジョンの中にいるモンスターは、呼び方が違い生息域がダンジョン内部に限定されていますが、発生原理は地上の怪異と何ら変わりありません。そして、わざわざこんな場所に人間があんな宝箱のようなものを置くわけありませんし、そんなことをする理由はありません。理由は、そんなことをするメリットがなく、デメリットの方が圧倒的に上だからです』

「……ってことは、俺は美琴に騙されたってことか?」

『その通りでございます。こんな場所に人工物があることを疑うことができれば引っかかることはない、あまりにもあからさまな罠です。……さてお嬢様、ネタ晴らしをしたのですからもうそろそろ我慢しなくてもいいですよ』


 呆然とした表情でアイリの解説を聞いている綾人にもう我慢の限界だったが、アイリにもういいだろうと言われて限界を突破する。


「あっはははははははは! ま、まさかあんなに綺麗に引っかかるなんて思わなかった! あははははははは!」


 我慢していた分、お腹を抱えながら思い切り声をあげて笑う。

 ダンジョンの知識は乏しいことは分かっていたし、ミミック自体上層から確認されているだけでも深層までとかなり広く分布しているが、実は中々見つからないレアなモンスターであることもあって、知らない人は一定数いる。

 攻撃力がかなり低いらしく、齧られても痛いだけで特にダメージもなさそうなので、ここは一つ悪戯を仕掛けてやろうと思ってやってみたのだが、まさかここまで見事に嵌るのは予想外だった。


「だ、ダメ……! 笑いすぎて……お腹痛くなってきた……!」

「ダメですよ美琴、そんなに笑っては……綾人が、かわいそう、ですから」

「くくく……! か、華奈樹も、笑っておるではないか……!」


 あまり笑うなと言ってきた華奈樹も、声に出して笑うのを我慢しているが口角が上がっているし体もぷるぷると震えていて笑っているのがバレバレだし、美桜は美桜で笑っているのを隠そうとすらしていない。


「き、君達なあ……!」

『こればかりはしっかり騙された綾人様が悪いですよ』

「それはそうだけどなあ……」


 けらけらと笑う美琴達を、綾人は恨めしそうな目で見つめる。

 コメント欄も少し考えれば分かることだと呆れつつ、こうして笑っている美琴達を見ることができてよかったや、美琴達を笑わせてくれてありがとうなどのコメントがたくさん流れていく。

 一番の新人で年齢的にも数か月だけではあるがまだ年下だし仕方がない部分はあるとはいえ、ここまで笑われるのは気にくわないのかむすっとした表情で地面に胡坐をかいて座り込んだ。


 その後、美琴の初めてのミミック遭遇の瞬間をアイリはしっかり録画していたようで、後でその動画を自分のチャンネルの最新投稿で見つけて恥ずかしさのあまり悲鳴を上げるのは、まだ数時間先の話。



 綾人とミミックに引っかけてからしばらく経った後、美琴は見るからに凹んでいた。


『自業自得ですね』

「だからって……だからってVRのホラーゲームやらせなくたっていいじゃない! しかも何年か前に結構話題になってたあのゾンビゲームのやつ!」


 綾人を引っかけてお腹を抱えて大笑いした美琴は、反撃としてVRホラーゲーム配信をクリアするまでやることになってしまった。

 今の時代怪異という幽霊や妖怪が大勢に見えるようになって、ホラー耐性が高い人が多くいるのだが、美琴はホラーが大の苦手。

 理由は、一番怖い人間が視聴者を本気で怖がらせるために作ったものが怖くないわけないから。


「ご愁傷様じゃのう」

「まあ、頑張ってください」

「他人事みたいに……!」

「実際他人事じゃからのう。妾達はホラーが平気じゃし」

「むしろこの時代にそこまで苦手な方が珍しいですよ」

『お嬢様のクランは、フレイヤ様とお嬢様のマネージャーの昌様以外ホラー耐性はありませんよ。和弘様と慎司様は分かりません』

「世にも珍しいクランだな?」


 こんな緩い雰囲気でダンジョンの中を歩いているが、進行速度は止まらずに進んでいること、ショートカットを美琴が知っていることから常人の比ではない。

 事実、上層はとっくのとうに踏破して中層に足を踏み入れ、その中層も中域の後半まで進んでいる。


”知ってるか? こんな緩い、散歩みたいな雰囲気だしてるけどダンジョンに潜ってんだぜ?”

”美少女三人の戦闘能力壊れてるし、綾人くんも確実に異常に強いだろうから、それこそ下層最深域くらいまで行かないと脅威がないの笑える”

”仮に脅威があったとしても、深層のモンスターですら余裕で倒せる美琴ちゃんがいるからなあ”

”訳あって中断したとはいえ、深層をソロで進んだ実績あるのは強い”

”これでぶっ壊れバフのルナちゃんがいないんだから、あの子がここに加わったらこのメンバーだけで深層攻略できそう”

”でも美琴ちゃんが一番実力発揮できるのは、巻き込む人が周りにいないことという”

”世田谷市民を守りながら魔神を二人倒したことがあることをお忘れかな?”

”神性開放も使えるようになっているんだし、もう怖いものなしだろ”

”美琴ちゃんの怖いものはホラー関連なのが笑える”

”綾人くん、美琴ちゃんにVRホラゲーをやらせることにしたの、グッジョブ!”

”可愛い悲鳴を上げて涙流しながらやってくれそう”

”ミミックに引っかけて笑った代償に最強VRホラゲとかwwwwww”

”しっかりとクリアするまでやることになったからなあ。当面は美琴ちゃんの悲鳴成分は過剰摂取できるだろうな”

”美琴ちゃんの事件性のある悲鳴が早く聞きたい”


 前はこんな緩い雰囲気だったらもっと緊張感を持てというコメントがあったのだが、時間が経つにつれて美琴の強さが知られて行ったおかげで、今ではそう言った意見の方が少数になってきている。


 どうにかしてホラーゲームクリアまで実況を回避しようと試みるが、アイリはどこまでも視聴者寄りだし、綾人も撤回するつもりはないようだ。

 しかし諦めるわけにはいかない美琴は、手料理をふるまうから撤回してほしいと提案しようとしたが、いち早く察知した美桜に背後から手で口を塞がれた。


「せっかく面白そうなものが見られるんじゃ。みすみすそれを見るチャンスを逃すわけなかろう?」


 逃げ道を全て塞がれたと分かった美琴は、がくりと肩を落とした。

 ここで美桜には、油揚げも稲荷寿司も禁止と言えば協力してくれそうだが、それを出してくれるまでひたすらホラー映画観賞しようとか言ってきそうなのでやめておく。

 どう考えてもホラーからは逃れられない運命なのだと、目じりにちょっぴり涙を浮かべる。


『ここまで皆様がホラー映画やゲームを進めてそれが話題になると、お嬢様にホラーゲームの案件が来そうですね』

「絶っっっっっっっ対に嫌!!」

『もしその時が来たらお嬢様には伝えずにこちらで進めておきますね』

「やめてぇ!?」


 もっと酷いことになりそうなので、やめるようにと浮遊カメラを左右から挟んで、手助けしてくれなかった視聴者へのお仕置きも兼ねて上下にシェイクする。

 しかしコメント欄はなぜかものすごい加速を見せていた。


 こんな、とてもダンジョンの中にいるとは思えない非常に緩ーい雰囲気のまま中層の攻略も何の問題なく進んでいき、中層最高硬度の皮膚を持つ巨人、ゴリアテが待ち構えている巨人兵の大広間へ通じる転送陣の前につく。


「ここは私が行くわ」

「八つ当たりじゃな」

「八つ当たりですね」

「八つ当たりするな」


”美琴ちゃんだからいいけどさwwwwww”

”八つ当たりする強さの敵じゃねーwww”

”いじられすぎていじけちゃってんじゃんwwwww”

”膝抱えてのいじいじ美琴ちゃんじゃないのが残念だけど、ちょっとムキになってる感じなのもイイね”

”何気にゴリアテ行くの久々じゃない?”

”まともなダンジョン攻略も久々や”

”クリスマスに販売開始のグッズ制作に追われてたもんなー”

”フルフル戦以降はダンジョン攻略も控えめにしてたし、料理配信も多いから調理器具関連の案件もあったしで忙しくしてたもんね”

”美琴ちゃんの超速ボス戦が見られる!”


 ダンジョン攻略をするのは実に一週間ぶりだ。

 どうしてそこまで期間が開いたのかというと、フルフル戦の直後だったことと、注目が異常に集まっていたこと、いい加減舞い込んでくる案件も受けないといけないと思ったいたことが重なったからである。


 案件なんてやったことがないので手探りでどうにかやって行ったが、料理家電の便利グッズの紹介などはとても楽しかった。

 ほとぼりが冷めるまでずっと自宅での案件配信ばかりやっていて、それもあって一週間も空けてしまった。


 神性開放取得&信仰心を力に変換可能になってからそこまで多くダンジョンに潜っているわけではないので、まだ完全に今の自分の強さを把握しきれていない。

 そのためにゴリアテの討伐に自分一人で行くと乗り出すつもりでいたのだが、綾人をからかったせいで酷い目を見るのが確定してしまったため、思い切り八つ当たりするために乗り出した。


 四人で転送陣を踏んで巨人兵の大広間の中央に転移して、数秒待つと地面から岩の巨大な棺がせり上がってきて、その中からゴリアテが姿を見せる。


「試験の時はライカンスロープって言う人狼のモンスターに挑んだけど、基本ボスモンスターってすげーデカいんだっけ?」

「深層上域のボスは、人間の殿方とそう変わらぬ大きさじゃったが、基本はこれのような大型じゃな」

「なんだかんだでこれに挑む回数少ないんですよね、美琴って」


 後ろに下がって行った三人の会話を聞きながら、七つに分割している力を三つ繋ぎ合わせ、三鳴を開放する。


「オォオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 巌の大剣を掲げて重い足音を鳴らしながら走ってくるが、今の美琴は真っ向から律義にやりあうつもりはない。

 せっかくだし、バアルから教えてもらった武器以外の雷の物質化を試してみようかと思ったが、やめておく。


「ちょっと今、むしゃくしゃしているから、今の状態で思い切りやらせてもらうわ」


 バチバチと体から紫電をほとばしらせて放出し、それを物質化させるのではなく一か所に凝縮しつつある生き物の形に整える。

 あまり厨二と言われたくはないのだが、視聴者達はなんだかんだで技に名前が付いている方が好きなようなので、見たまんまの名前を付ける。


「雷龍」


 日本の神話などに登場する蛇のような形をした龍を模した雷を、右手の人差し指を指揮棒のように振るいながら操る。

 雷龍が姿を見せた瞬間、ゴリアテが地面に大剣を突き立てて停止し背を向けて逃げようとするが、帰還雷撃と同じ光速の半分の速度で迫る巨大な雷の龍から逃れられるはずもなく、激しく反響する爆撃のような雷鳴と共に飲み込まれ、雷龍がダンジョンの壁に穴を開けて消滅して残されたのは、焦げた皮の一部と大きな核石だけだった。


「……もしかして怒ってる?」

「むしゃくしゃしていると言っていましたから、少なくとも怒っていますね」

「じゃが美琴は権能を妾達に向けることはないのだし、撤回する必要はないじゃろ」


 後ろにいる三人がそう話し合っているのが聞こえた。

 美桜の言う通り人に向けることは絶対にしないが、今のでビビって撤回してくれればよかったのにと頬を膨らませる。

 そう簡単に行かないかと思い至って頬を膨らませている空気を抜いて、少しすっきりした気分のまま下層に進もうと三人を呼び寄せてから、長い螺旋階段を下りていく。

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